13.父からの手紙
広場でのデートを終えて一週間が過ぎた。
辺境伯領で過ごす日々にも馴れてきて、生活のリズムも定まってきている。
マナーの先生も到着し、今は午前中にこの辺境伯領のことをトーマスに教えてもらい、午後の時間にマナーの先生から教えを受けている。
先生には所作を一通り確認してもらい普段の作法で気になるところを直してもらった後は、王族との晩餐会や、お茶会に呼ばれた時の振る舞いを教えてもらっている。
そんな充実した日々を過ごしていたある日。
休憩時間に部屋でくつろいでいると、父から手紙が届いているとシンディが届けてくれた。
婚約と言われているところに結婚してほしいと申し込んだことを、怒られるだろうなと覚悟して読み進める。
(うっ、やっぱり……)
思った通り、婚約ではなく、急に結婚と変えてしまったことに対するお叱りと、ノエル様にご迷惑をおかけしないようにという言葉が連なっている。
それは覚悟していたのだが、思わぬことも書いてあった。
(どういうこと……? フェネオン侯爵家のご子息が再度婚約を申し込んできた……?)
当然、その頃には書類上とはいえ既にノエル様との結婚を済ませていたので、お父様はお断りくださったそうだ。
眉をひそめながら読み終わると、シンディから心配そうな声がかかる。
「どうされたのですか? 何かよろしくない知らせがあったのですか?」
心配してくれるシンディに向かって首を振る。
「予想していたことの他に、思いがけないことが書いてあって」
「私が伺ってもよろしいことでしょうか?」
「えぇ。私がこちらに来る前に婚約していたフェネオン侯爵家のご子息が、婚約を戻したいと言われていたのですって」
「それは……」
驚きで絶句するシンディに私は言う。
「安心してね。私は既にノエル様と婚姻を結んでいるので断ってもらっているわ」
「はい。しかし、理由が気になります。私は以前の婚約者の方について存じ上げませんが、婚約を解消されたシャルロット様のことを忘れられずに、ということでしょうか」
「ないわね。別の女性との間に子ができたと言って、婚約解消を告げられたのよ?」
「酷いですね……」
「そう。だから、たぶん、何か困ったことがあったから、私との婚約を戻したいということなのでしょうね」
「シャルロット様のお気持ちは……、前のご婚約者様に未練などはございませんか?」
シンディの言葉に私は力強く頷いた。
「婚約解消され、落ち込んでいた私にノエル様は婚約を申し込んでくださったの。その時に、ノエル様と幸せになるって私は決めた。だから、復縁を迫られたからって心変わりはしないわ」
私はシンディに微笑みかける。
「私、このルフォール辺境伯領に来て、とてもよかったと思っているの。ノエル様はお優しいし、シンディにも出会えた。それに、私の浄化魔術を必要としてくれている人達もいる。今は、こちらに来るために、婚約を解消されたのかしらなんて思っているくらいよ」
「……私もシャルロット様にお仕えできて、短い間ですがとても嬉しく思っております。これからもどうぞよろしくお願いいたします」
「もちろんよ」
「そうだ、早速で悪いのだけれど、今度、空いている時間にクッキーの作り方を教えてもらうことはできるかしら」
「クッキーですか?」
怪訝な顔をするシンディに、私は説明を付け加える。
「この間、町に行った時に、ノエル様が孤児院のことも気に懸けておられることを知って、それで私に何ができるかと考えていたの。それで、まずは様子を見に行ってみたいと思って。その時に一緒にクッキーを持って行けたらと思ったのよ。でも作ったことがないから、一度試してみたくて」
それに、孤児院に持って行くだけではなく、上手にできたらノエル様によくしてもらっているお礼としてお渡したいと思っている。
こちらの理由は口にはしなかったが、シンディは孤児院の話だけで納得してくれたようだ。
「では、孤児院の視察の件と合わせてトーマスに伝えておきます。厨房の使用許可もでるとは思いますが、……念のため伺わせてください。シャルロット様はお料理の経験はございますか?」
「ないのだけど、難しいかしら……私にできる?」
「どの辺りまでをご担当いただくかを考えておりました。誰にでも初めてはありますから、問題はないかと。手配はお任せください」
「頼もしいわ! よろしくね!」
すんなりと厨房の使用許可は下り、私はクッキーの作り方を教えてもらうことになった。




