11.町へ
翌日。
朝食の後、私は気合いをいれて外出の準備を行った。
今日着ていくのは、昨日シンディと共にたくさん悩んで決めた、襟元や袖にフリルの飾りがついた白いブラウスに、ペールブルーのロングスカート。足下は歩きやすいようブーツにした。
コルセットがない分少し心許ないが、町中を見て歩く予定なので動きやすさを優先している。
そして、この衣装もノエル様が用意してくれていたクローゼットの中に含まれていた。
(ノエル様も、私と町でデートをしたいと思ってくださっていたということよね!)
そう考えるだけで嬉しくなる。
一通り身に付けて、私は鏡の前で最終確認を行った。
髪型はハーフアップにしてもらい、サイドの髪を三つ編みにして細い紫色のリボンを編み込んでもらっている。
金色の髪に映えるからとリボンの色は紫色にしたが、もちろんノエル様を意識してのことだった。
(この色はやり過ぎだったかしら。スカートに合わせて青系の方が無難だったかも……)
今になって不安が湧いてくる。
シンディには、ノエル様の色を使うことは妻なのだからおかしくはないと言われたのだけれど。
鏡の前で悩み出した私に、シンディが満足げな様子で言う。
「シャルロット様、とてもお似合いです」
「ありがとう。シンディのおかげよ。だけど、やっぱり――」
言いかけたところで、ノエル様がいらっしゃったと他の侍女が取り次ぎに来た。時間切れのようだ。
お待たせしないよう、ノエル様の元に向かう。
「ノエル様、お待たせしました」
「迎えに来たよ、シャルロット――。いつもはとてもきれいだが、今日はとても可愛らしいな」
なんだかまぶしいものを見るように見つめられて、頬が熱くなってくる。
「ノエル様も、とても素敵です」
ノエル様の恰好はシンプルなシャツと黒のトラウザーズだが、それが逆に彼の魅力を引き立てていた。
「勘違いならば恥ずかしいが、そのリボンの色は……私を意識してくれたのか……?」
こう聞かれてしまっては、誤魔化すことは無理だった。
私が恥ずかしさを抑えて頷くと、ノエル様は嬉しげに微笑む。
そして、不意に垂らしている髪を一筋手に取ると、唇を寄せた。
「なっ」
「嬉し過ぎて、すまない。衝動で動いてしまった。嫌だったか?」
「い、いえっ、驚いただけですからっ」
「そうか」
ノエル様は笑みを深くし、顔を真っ赤にしている私の手を取ると、馬車へと向かった。
ルフォール辺境伯領の城下町は来る時に通っただけだ。
馬車で通った大通りは流石に覚えているが、それ以外は全くわからない。
町の入り口で馬車を降り、焼き栗の店がある広場まで歩いて向かう。ノエル様が行きつけの焼き栗の店は、広場にあるそうだ。
「歩きながら、ざっくり町の説明をしておこう」
そうして、ノエル様は説明をしてくれた。
まず、ルフォール辺境伯領の城下町は城を中心に丸く広がっている。
城に近い部分は、貴族や何代もルフォール辺境伯に仕えてきた者達の屋敷があるそうだ。
その外周は四つに別れ、南側は私も来る時に通った大通りがある商業区画だ。
西側の区画は工房街で、東側は商人や裕福な市民の家がある住宅街となっているそうだ。
北側の区画はもともと町ではなかったそうで、東側の区画に住居を持てなかった人達が発展させた来た区画となっている。
その分、領主の手が届かず、少し入り組んだ町並みになっているそうだ。
「治安はどうなっているのですか?」
思わず尋ねた私に、ノエル様は機嫌を悪くすることなく答えてくれる。
「私が来てから騎士団の見回りを増やしたんだ。おかげでかなり改善したようだ。だが、目の行き届いていない箇所はあると思う。シャルロットが来たい時は私が連れてこよう」
「お願いします。でも、どういった経緯で見つけられたのですか?」
「それは――」
ノエル様が言いかけた時だった。
「あ! 領主様だ!」
声が聞こえて、子供が数人駆け寄ってくる。
「領主様、こんにちはっ!」
「わっ! 領主様、女の人と一緒だ!」
「すごい、綺麗な人……!」
皆同じ年頃だ。十二歳か三歳くらいだろうか。
男の子が三人に、女の子が一人の組み合わせだった。
「あぁ、君たちか。今日も元気だな。変わりはないか?」
「はい! 領主様のおかげで元気に過ごせています」
四人の中で一番年上の子が言う。
「ノエル様、彼らは……?」
「この区画の孤児院で育っている子達だ。私がこちらに来た時に、色々あって時々様子を見に行っているんだ」
「そうだったのですね。ノエル様、私の事も紹介してくださいませ」
ねだると、ノエル様は一つ頷き子供達の方を見る。
「皆に紹介しよう、彼女は私の妻、シャルロットだ」
「シャルロットと申します。皆様、どうぞ私とも仲良くしてくださいませ」
カーテシーを行うと、子供達を目を見開いた後、勢いよく挨拶してくれる。
「ぼ、僕は、リックと言います!」
「オレはビル!」
「私は、ジョエルと言います」
「わっ、私は、グレタですっ」
彼らなりの精一杯の挨拶が微笑ましい。
「かわいらしいご挨拶をありがとう」
微笑むと、四人とも頬を染めている。
「領主様の妻ってことは、奥方様だよね……?」
「すごい人じゃん」
「やっぱり、綺麗だから奥さんにしたのかな」
「領主様、デレデレだもんね」
四人は小声で話しているつもりのようだが、丸聞こえである。
隣を見上げると、ノエル様は眉間を揉んでいた。
「こら、四人とも、聞こえているぞ」
「あっ」
四人は慌てて口を塞ぐ。
そんな四人を一人ずつ見つめ、ノエル様が口を開く。
「私がシャルロットを妻にしたのは、もちろん、愛しているからだ」
突然何を言われたのかと戸惑うものの、次の瞬間、言われた意味が理解できて胸の鼓動が早くなる。
(勘違いしてはいけないわ。これは、私が相思相愛夫婦を望んだからで、きっと建前としての言葉なのだから)
私は、動揺を抑えつつ、話題を変えようと四人に話しかける。
「とっ、ところで、四人はどちらへ向かわれるところだったのですか?」
尋ねると、ジョエルと名乗ってくれた男の子が答えてくれた。
「孤児院のお使いです。私とグレタは買い出しに、ビルとリックはこれから西の区画の職人さんのところに向かいます」
「む、西の区画にか。孤児院に何か不足が?」
「鍋に穴が空いたので、ふさいでもらいに行くだけです」
そして、背中に担いでいた荷物を見せてくれる。
確かに大きな鍋の取っ手が見えていた。
「そうか。気を付けてな。また、何かあったら言いなさい」
「ありがとうございます」
四人は頭を下げて、駆けていった。
彼らを見送って、私は口を開く。
「孤児院のお世話もなさっているのですね。私にもお手伝いできること、あるでしょうか」
「あぁ。シャルロットも今は大変だろうから落ち着いてからな。その時は、手伝ってくれるか?」
「もちろんです! お任せください!」
そう答えると、ノエル様は淡い笑みを浮かべる。
「シャルロット、ありがとう」
領主夫人として、領内の孤児院や養護施設に気を配るのは当然のことだ。
何に対してのお礼かはわからなかったが、そのままノエル様は歩き始め、話は視察の日程の話題に変わってしまった。
孤児院の都合もあるだろうから、視察は後日がいいだろうという結論が出たところで広場へと着いたのだった。




