1.婚約破棄と新たな婚約の申し出
「悪いな、シャルロット。お前との婚約は解消する。マリエルに俺との子ができたんだ」
婚約者だったはずのジェレミー様は、私の知らない女性を連れて待ち合わせ場所のカフェの席に来るなりそう言った。
「解消の手続きはこちらでしておく。それではな」
言うだけ言って去って行く背中を見送り、ようやく何が起きたのか理解が追い付いてくる。
つまり、私は婚約者に捨てられたのだ。
「嘘でしょ……。今世こそは幸せな家庭を築くはずだったのに……」
前世、私は聖女だった。
魔王討伐の任務を果たし、その後は共に戦った勇者と結婚した。
でも、勇者はよく言えば女性に優しい、悪く言えば断ることができない人だった。
結婚相手の私がいるにも関わらず、女性関係のトラブルが絶えず、前世の私はその痴情のもつれに巻き込まれ死んでしまった。
だから、今世こそは幸せな結婚をしようと、五年前に婚約を結んだジェレミー様にも尽くして来た。
「なのに、なんでこうなるの……!」
私は一人残されたカフェの席で、人目があることも忘れて泣きじゃくった。
帰宅後、お父様に婚約解消の話を伝えると、そのまま部屋に引きこもった。
フェネオン侯爵家嫡男のジェレミー様との婚約がダメになってしまったからには、今後私に持ち込まれる話は、後妻や、初婚でも性格に問題がある方との婚姻ということになってしまうだろう。
「諦めなきゃ、いけないのかしら……。いえ、諦めたらそこで終了よ」
どんな方と婚姻が決まっても、諦めなければその方と愛ある関係は築けるはず。
「絶対、幸せになってやるんだから!」
そして、にじんでくる涙をぬぐい、今回の婚約で何がいけなかったのか反省点を振り返るのだった。
翌日。
お昼ご飯を終えてすぐに、私はお父様に呼び出された。
(婚約の解消手続きで、何かあったのかしら……)
もしかして、婚約解消を取り消すことになった、とか?
思い当たる理由がなくて、執務室に向かいながらそんな都合の良いことを考える。
「失礼いたします。お呼びと伺いました」
「あぁ、シャルロット、来たか」
言いにくそうに、お父様が告げる。
「お前に、結婚の申し込みが来ておる」
「えぇっ」
驚く私に、お父様も困惑気味だ。
「どなたなのですか?」
「それが、ルフォール辺境伯だ」
「えっ……」
「まだ解消の手続きも終わっていないというのに……」
お父様はぶつくさ言っているが、私はそれどころではなかった。
「ルフォール辺境伯というと、臣籍に下られた王子殿下が興されたお家ですよね」
「そうだ。魔術に秀でた第三王子殿下が国境を守るためにと王領を賜られて興された家だ。身分としては申し分ないが、あの地は混沌の森に近く、魔獣が多いと聞いている」
「危険な地なのですか?」
「王都に比べればな。だが、殿下のご尽力で最近は発展してきていると聞いている」
「そうなのですか……?」
「うぅむ。何故我が家に……お前が浄化魔術の使い手だからと、この婚約の話を持ち込まれたのかもしれんな」
確かに、前世から引き継いでいた浄化魔術を人のために使おうと、今まで積極的に奉仕活動を行っていた。
そこを評価してくださったのかもしれない。
魔獣を倒した人は魔獣が宿す瘴気というものを浴びてしまう。
一度や二度なら問題ないかもしれないが、継続的に瘴気を浴び続けると体に害があり病気になってしまうのだそうだ。
つまり、これは辺境に浄化魔術の使い手を呼ぶための結婚、ということだろうか。
納得する私に、お父様は言った。
「伯爵家にこの婚約を断る力は無い。手紙にはすぐにでも来て欲しいと書いてある」
「わかりました。仕度を急ぎます」
条件が悪い結婚しか望めないと思っていたのだ。
それが、能力を認められて、王子殿下の元に嫁げるなんて最高じゃない。
(今度こそ、逃さないわ……!)
私は改めて気合いを入れるのだった。