月を結ぶ蝶
プロローグ
―嘗て、妖は人間の理解を超える力を持ち、加護を与えてくれる神に最も近い存在であると考えられた。人々の願いは五穀豊穣を始め、ある者は商売繁盛を、ある者は子孫繁栄を、そしてある者は自らの幸運を願った。
妖は加護を聞き入れ与える代わりに崇め奉り数年に一度、生贄を差し出す事を掟とした。
そうして平穏な暮らしは保たれ幾年も続いていたが、人々の間である悪い噂が広まる。
“妖は危害を加えるバケモノ”と…
一人の偽りにより人間と妖との間で軋轢が生まれ、やがて戦へと進展する。闘いは長年に及び繰り返され、甚大な被害と悼みを齎した。
憎悪や悲しみに満ちていた時、一人の女子が歌い舞い踊る。彼女が歌い舞い踊れば野に花が咲き、負傷した者は傷が癒え、やがて人間と妖の怒りを鎮め平穏を取り戻したという。
第一章 悪夢と不安
「約束だ」
二人の人影が強く抱擁する。
人影は次第に消えていきジリっと場面が切り替わる。
辺り一面、真っ赤な炎に包まれる。建物は崩れ落ち、人々は逃げ惑う。燃え盛る炎に刻々と立ち上がる煙、鉛色に染まった分厚く薄暗い雲が夜空を覆う。
「バケモノだ!」
叫びと悲鳴の方へ振り向くと赤く鋭い目つきに九つの尻尾を持った恐ろしい姿をした妖魔がいた。その鋭い眼差しは無機質な殺気が感じ取れる。
妖魔は対抗して戦う人々や仲間の妖らに雷で怒りをぶつけ蛇のような得体の知れぬものが魂を吸い取る。
人や妖らが壊れた人形のように倒れ死体の山となり黒檀色の百合が咲き乱れる…
私は今起きている現状に理解出来ず呆然とその場に立ち尽くしていた。
背後から勢いよく駆け寄る音が近づく。
一人の少女が前を通り過ぎ両腕を広げる。
「お願い、もうやめて!」
少女の願いにより白く眩しい光に包まれハッと目が覚める。
片方の腕を額から下ろしゆっくりと体を起こす。腕を見ると少し湿っている。汗を搔いていたようだ。
「結月、ご飯よ」
悪夢から目覚めた結月は母に呼ばれ、重たい体を持ち上げながらリビングへと向かう。
「そう言えば今日から伯母さんの所に行くんだよね?」
久々に家族の休日が重なる為、私達はこの長期休暇に伯母の家へ五日間遊びに行く事になっていた。
「花音は来る?」
「予定も無いし一緒に行こうかな」
私には花音という三つ下の妹がいる。茶髪
の巻き髪に化粧で華やかに彩られた顔、
ぷっくりとした赤い唇。
朝食を摂りながら両親達は会話をしている。
両親は私達の前では仲良く装うが、隠れて言争い喧嘩をしているのを私は知っている。喧嘩後は八つ当たりのように私に当たる。私はそれが堪らなく嫌だ。
「浮かない顔ね、どうしたの?」
母は結月の元気のない様子に気付き訊ねた。
「最近同じような悪夢を見る」
「そう、どんな夢?」
「はっきりとは覚えてない。起きた時には殆ど忘れている。けど…」
結月は曖昧に答えた。
「夜遅くまでスマホいじって見ているからじゃないの」
「そうだな、結月はもう少し早く寝なさい」
父は妹の言葉に同調する。
「夢なんてその内忘れるわ」
「ねぇ、そんな事より聞いてよ、彼氏がさ〜」
花音は早々に話題を変える。
身支度を済ませ私達は車に荷物を積み移動する。
これから会う母の姉・伯母の家は歴史ある藤美稲荷と言う神社を営んでおり平日も参拝客は多く、年に数回行われる神に感謝や祈りを捧げる儀式を見に訪れる観光客もいる。
正直、私は憂鬱だった。
家族揃い出掛けられ嬉しいはずなのに…
「やっぱり空気が違うわね」
「本当だ~。お姉ちゃんも早く!」
車から降りた両親と妹は私を呼びながら神社へ向かおうとする。
シャラン…
ふと脳裏に鈴の音が響く。
「早く…あの人に…会いに行かないと…」
結月はぼそっと呟きながら何かに操られているかのように家族とは別の方角へ進み出す。
「結月?どこに行くの、そっちじゃないわよ」
母は何度も呼び止めるが、結月はそのまま歩き続ける。
「結月!」
母に腕を捉まれようやく我に返る。
「今朝から変よ、大丈夫?」
心配そうに尋ねる。
「分からない、誰かに呼ばれている気がして。
ただの幻聴かも…けど、もう大丈夫」
鳥居を潜り襖のような玄関の戸を開ける。
「あら久しぶりね。会えて嬉しいわ」
伯母の京子が穏やかに向かい入れる。
「こんにちは!」と花音は元気よく挨拶する。
「京子さん、お久しぶりです…」
花音とは対照的に結月は礼儀正しくお辞儀する。
「二人とも大きくなったわね」
結月は照れ臭そうに笑う。
「花音ちゃんに結月ちゃん、久しぶり!」
と言い拝殿から出迎えたのは朱色の緋袴に白衣と呼ばれる巫女の装束を着た従姉妹の茜。
今日はこの神社で近々行われる祭りの準備に勤しんでいた。茜は巫女が舞や神楽を行う際の千早を羽織り、拝殿から神様に奉納する神楽を行う屋根付きの建物の神楽殿へ移動し舞い始める。伯母の京子は年の事もあり今は茜が巫女の職を引き継いでいる。
「やっぱり綺麗だな…」
茜の可憐な舞に本音が漏れる。
私も誰かを魅了するものがあれば変わるのだろうか…
そんな事を考えながら結月は祭りの飾りつけや倉庫で荷物整理をしていた。倉庫には世界の神話や古事記、妖怪図録など民俗に関する資料が積み上げられている。
「面倒くさい、もう疲れた…」
花音は息を吐くように呟く。
ふと結月の足元に何かが当たる感触がした。
手に取ると何の変哲のない小さな鈴だった。
これ、神楽鈴のかな…
「何でこんな場所に?」
すると京子が様子を窺いに声を掛ける。
「お疲れ様、手伝ってもらって悪いわね」
突然声を掛けられたのに驚きとっさに拾った鈴をポケットに隠す。
「楽しいですよ!ね、お姉ちゃん?」
花音は私の時とは態度が一変し元気よく返事をする。
「そ、そうですね」
(さっきは面倒って言っていたくせに…)
「向こうにお茶菓子を用意してあるわ、少し休憩にしましょう」
「やった~!ありがとうございます!」
花音は足早に倉庫から出る。
「ふふふ。元気ね、結月ちゃんは最近どう?」
「えっ」
「無理はしていない?」
伯母からの唐突な質問に戸惑うが結月は決まり文句のように答える。
「…していませんよ!」
私は物心がついた時から心から楽しいと思えた事は無い。だから花音のように楽しそうな様子を見てると時々羨ましいと思う。けれど私は迷惑をかけてはいけないと笑顔の仮面で取り繕う。
精一杯自然に…
「気を張り詰めたり無理しちゃだめよ」
京子は違和感を感じていたが、それ以上は何も言わなかった。
私達も移動しようと倉庫から出ようとした時、背後で誰かに呼ばれ振り返る。
そこには本棚しかなく誰の姿もない。棚を一通り見た時[妖伝・]と書かれた古い書物が目に留まる。
気になり尋ねてみると伯母は眉を下げた。
「これは…とても悲しい話よ」
「えっ」
「向こうで話すわ」
和室へと移動すると伯母は真剣な面持ちで語り始めた。
「遠い昔、妖の青年と人間の女性が恋に落ちたの。けれどそれは禁断の恋だった」
「どうしてですか?」
「結月ちゃんにとって妖怪はどんなイメージ?」
「…人間に化けて妖術を使い悪さをしたり?」
「そうね、近頃は様々な形で表現されているからあまり悪いイメージを持たれてないけど、昔は無害な者と害をなす者の二種類いたと考えられていたの。前者は人間に対してとても友好的だけど、後者は攻撃的で清らかな霊力のある娘を発見すると、拐かし危害を加えるとされていた。だから人間は妖と交わる事や契りを結ぶのは禁忌だった。けれど、その二人は互いに惹かれ合い恋に落ちてしまった。当然村人からは非難された。二人は村から離れて密かに暮らす事にしたけど、そんな矢先、村に災いが訪れた。彼女には民を守るという巫女としての使命があった。当時の巫女は神に舞や歌などで祈りを捧げて村を平穏に保ち続けなければならないの。彼女は彼を愛していたけど、村に戻り舞を踊り使命を果たし無事に年を越し村に平穏を齎した。けれど、彼女は何者かにより命を落としたとされているわ。その他にも様々な説話や文献があって本当の事は分からないんだけどね…」
「命を懸けて…」
「もし結月ちゃんだったらどちらを選ぶ?」
「私ですか、私は…」
もし自分が彼女だったらどちらを選択するのか考えてみるが全く想像が出来なかった。
「お姉ちゃんには難しいんじゃない、好きな人って言うか彼氏いないもんね」
花音は意地悪そうに答える。
「あら、そうなの?」
「そうですね、誰かを好きになる感覚がまだ分からないです…」
「悪い事ではないわ。結月ちゃんもその内分かるわ、心から愛する人が出来れば」
すると、花音が持っていたスマホが鳴り誰かと通話しながら部屋を出る。
「結月ちゃんは神話や伝説に興味ある?」
「興味と言うか、声が聞こえたんです。誰だか分からないけど…」
「声?」
「それと、これ、さっき拾って…」
倉庫で拾った鈴を伯母に渡そうとした時、母が勢いよく襖を開け入る。驚き咄嗟に渡そうとした鈴をポケットに再び隠した。
「ごめん、仕事が入った!」
母は急遽仕事場に戻らなくてはいけなくなり、玄関先で慌てて準備をする。
「明日じゃ駄目なの?」
「うん、欠員で人手が足りないらしくて…!」
「お父さんは?」
「ここからだと遠いから送って行く」
「あ、それなら私も途中まで送って!」
スマホを片手に花音が母に頼み込む。
「どうして?」
「彼氏と出掛ける事になった!」
「あらデート?仕方ないわね」
やれやれと母は力なく笑う。
「結月は一人でも大丈夫よね」
また私を置いて行くの…
「京子、帰り遅くなるかもしれないから悪いけど結月をお願いしても良い?」
「それは構わないけど…何も今日行かなくても。長い休暇久々なのでしょ」
「そうなんだけどね…」
繋ぎ止めたい想いと心細さが同時に押し寄せる。
(いや、置いて行かないで…!)
「待って!」
結月が珍しく大声を出し全員一斉にこちらを振り向く。
「何、どうしたの⁉」
「結月ちゃん?」
伝えたいのに言葉が詰まる…
「あ…ううん。気を付けて」
喉の先まで出かかっていた言葉を私はぐっと堪えた。
「また連絡する」と告げ両親と妹は楽しそうに会話をしながら歩いて行く。次第に遠ざかる背中を私は玄関先で見送った。
私は両親と妹の四人暮らしで、どこにでもいる普通の家族だ。私立の学校へ通い、何人か友人と呼べる人もいる。不自由なく生活は出来ている。
けれど最近妹の花音が優秀な成績を修めてから両親の関心が私ではなく、花音へ向けられているような気がする。花音が欲しいと言えば大抵の物は買ってもらえ、体育祭や授業参観があれば両親は花音を優先する。“私の日は仕事が重なって”や“もう見てもらう年でもない”等と説明されるばかりで私には“貴女には関心・期待をしていない”と言われているようだった。
時々、ぽつんと自分だけが取り残されているような不安に駆られ惨めな気持ちになる。
だからせめて両親の機嫌を損ねないよう良い子を演じる…
「大丈夫?寂しくない?」
その場に立ち尽くしていた私に京子は心配そうに顔色を窺う。
「たまには我儘を言っても良いのよ」
「大丈夫です。もうそんな年頃じゃないので…」
私なりに精一杯の強がりを見せた。
夕飯を済ませ私は用意された自分の部屋へ移動し眠りにつくまで先程の書物を開いた。
紙は湿気を帯び現代の文字ではなく変体仮名のため全ての解読は困難だ。瞼が重くなり目をこすりながらも一枚ずつゆっくり紙を捲るとあるページでピタリと手を止めた。
“祭祀の日
人身御供を捧げんと
神の逆鱗に触れよう
村や街に危機が迫る
民は恐ろしくおぼえて
巫女へ救いをこう
妖しき者により街は紅く染まりて
修羅の世とならむ
異国から現れし
羽衣をよそほひしたる乙女
光を照らさん
この言葉の意味を詳しく知りたいと伯母に尋ねようとしたが、時刻はすっかり真夜中となっておりその日は諦め眠りについた。
***
翌日、残りの作業に取り掛かる。
京子や茜、手伝いをしに来ていたボランティア達との楽しげな会話が耳に入る。
一人が私の肩をぽんと軽く叩く。
「貴女もボランティアの人?どこの学校?」
「あ、いや、私は…」
「従姉妹だよ。ね、結月ちゃん」
困惑している様子に茜は代わりに答える。
「結月ちゃん?は一人っ子?」
「三つ下の妹が…」
「え、ここにいる?」
「昨日まではいたけど…今はいない」
「そう言えば昨日三人で写真撮ったよね」
「見せて!」
スマホで三人が写っている画像を見せる。
「この子が結月ちゃんの妹の花音ちゃん」
「可愛い!…何か雰囲気違うね」
その瞬間ぷつっと何かが切れた感覚がした。
自分を否定されているようだった。
「京子さん、私、その辺散歩してきます」
「私も一緒に行きたい!」
茜は爽やかに誘う。
「ごめん、ちょっと一人になりたい…」
「…そっか、分かった」
茜は困惑の表情を浮かべながら見送る。
「あまり遠くへ行かないようにね。それと、連絡取れるようにスマホは持って行って」
「はい、行ってきます」
私は小走りでその場を後にした。
「大丈夫かしら…思い詰めてなければ良いけど…」
***
茜達と別れ小道を道なりに歩くと賑やかな声が聞こえ始める。
「…だよな!」
五・六人の学生らしき男女がわいわいと騒ぎながらこちらに近づくと一人の金髪の青年が元気に挨拶する。
「こんちは!」
結月は小さく会釈する。
「ねぇ君、この辺にある稲荷神社?知りません?俺達ボランティアで来たんだけど」
「えっと、ここをまっすぐ行って突き当りを右に曲がった所にあります…」
「ありがとう、助かった!」
「いえ…」
私は再び会釈をしその場から去るように足早に駆けると背後にいた青年と肩がぶつかる。
「あ、すみませ…!」
「君…」
一瞬、青年と顔を見合わせたが結月は直ぐに視線を逸らしその場から去る。
「あの子…なかった⁉」
「あんたは…だけでしょ!」
「ね、爽汰!…爽汰?」
「どうした?」
「…いや、何でもない。気のせい…か…」
はっきりではないが、背中越しに彼らの声聞こえ頭の中で反響する。
きっと私の事だ。
嫌だ、聞きたくない…
墨色に染まったものが込み上げる。
私は一人の青年がこちらを振り返った事に気付かず歩き続けた。
森林の中を進んで行くと草原へ辿り着く。
そこには巨大な樹木が聳え立っていた。
「うわ、でっか!」
その巨大さに思わず本音が漏れる。
「ここで少し休もうかな」
スマホで音楽をかけ気持ちを落ち着かせる。
心地良い風に次第に瞼が重くなり意識が遠のいていく。
***
『どうか○○をお救い下さい!』
目の前に少女が手を合わせ必死に何かを訴えながら拝んでいる。
『○○を救って!でないと…思い出して、約束を忘れないで…!』
(約束…あなたは誰なの?)
ゆっくりと瞼を開けると周りの木々は空の夕陽を浴び赤やオレンジ色に染まっている。
慌ててスマホで時間を確認すると一六:三
〇を過ぎている。
「そんなに寝ていた?早く戻らないと!」
歩き出してから数分が経過した頃、冷たい雫が頭上へ落ちる。
「うそ、雨⁉さっきまで晴れていたのに」
足早に駆けるが雨は段々と激しさを増す。
途中雨宿りが出来そうな小屋を発見し、そこで雨を凌いだ。待機の間にハンカチで濡れた体を拭こうとポケットに手を入れる。
「そうだ、スマホ」
ポケットに入れていたスマホの存在を思い出し電話を掛けようとしたが、通話ボタンを押す手前で手を止める。
このまま止まなかったら誰か心配して迎えに来てくれるかなと少し期待したが、直ぐにそんなはずはないと首を横に振った。
第二章 かくりよ世界
不思議な青年との再会?
ものの数分で雨は止み神社に戻ろと歩き始めるが歩けど同じ場所へ戻ってくる。
「おかしい。何で…この辺りのはずなのに…」
スマホも電波が悪いのか反応せず役に立ちそうない。
“迷子”そんな言葉が頭を過る。
突然草村からカサカサっと音が聞こえた。
この森は都会と違い熊や猪のような野生動物が出現してもおかしくない程に草木が生い茂っている。一気に緊張が走る。
キュン、キュン…
小動物らしき鳴き声だ。
声のする方へと進むと木々の間から動物が
横たわっているのが見える。
純白の毛並みに頭には大きな獣耳が二つ、
ふさふさとした長い尻尾を見て狐と確信する。
狐と分かり安堵するが、狐は横たわり動こうとしない様子に違和感を感じた。
「もしかして怪我…している?」
私は倒れ込んでいる狐の側に近づく。
身体を見ると額や胸元、体に傷の様な模様があり苦しんでいるように見える。
可哀想に、苦しそう…
持っていたハンカチで傷口を結び背中を摩ると狐は元気に立上りほっとする。
「それにしても珍しい色…真っ白だから狐白とか?」
ふさふさな柔らかい毛並みを撫でると狐は嬉しそうに鳴き、結月の足元の裾を口元で何度か引っ張りさっと前へ走り出す。姿が見えなくなる手前で振りかえり“キュン”と一鳴きした。
その様子に「来て」と言われたようで私は狐に導かれるように後を追いかけた。
途中六、七メートルの長い竹林の一本道が続き、抜けたその先に真っ赤な鳥居が幾つも並んでいた。狐が歩くと提灯が怪しく灯る。通り抜けると私の背丈より遥かに巨大な鳥居があった。
ここにも神社があるなんて知らなかった…
大きく立派な鳥居だが、手入れはされておらず蔦が生え今にも崩れそうだ。
「相当古いな。いつからあったんだろう…」
鳥居を潜り境内へ足を踏み入れた瞬間、鈴の音と同時にサ〜っと風が吹き髪や服を靡かせる。前方を見ると一本道が続きその道を灯篭が照らす。周りには大きな泉があり、その泉を囲うようにアネモネなどの花々が咲いており何とも神秘で幻想的だ。奥へ進むと古い廟もある。狐を発見し再び追いかけると拝殿の奥に封印の護符を発見する。
結月は忍びのようにゆっくりと建物へ入る。
ボロボロな外観に内装も古めかしいが、以前も来たような懐かしさがある。
ふと足元に何かが当たっている感触がした。
何故この場所に鈴があるのかと疑問に思うが、ポケットに入れた鈴が落ちたのかとあまり気に留めなかった。それより寧ろ護符が気になっていたので側へ寄る。
埃を払おうと指先で護符に触れた瞬間、パチンと弾ける様な光と強風が体を直撃した。
恐怖を感じ扉を閉めようとする。
「そこにおるのは誰だ」
突然背後から男性の声が聞こえ、この神社の神職だと思い、慌てて頭を下げ謝罪する。
「勝手に入ってすみません!」
正面を向いた瞬間、結月は息をのんだ。
狐面を付けた二・三十代くらいの若き青年が立っていた。面で顔全体は確認出来ないが、さらっとした白髪に百八十センチくらいの高身長、淡い色の上品な袴姿。
(狐白?)
あの狐が青年に化けて現れたかと思う程その美しい風貌に思わず見入ってしまう。
「ゆき…ね」
青年は小さく震える声で呟いた。
覚えのない名を聞き私は首を傾げる。
青年は勢い良く側へ駆けよると肩を掴み細く大きな腕で私を包み込んだ。
「生きていたのだな!」
あまりにも突然の出来事に驚き硬直する。
「雪音、ようやく会えた」
再びその名を聞き我に返った結月は青年を押し返すと青年は唖然とする。
「あの、どなたですか⁉」
「蓮だ。覚えておらぬか?」
親戚や友人、今まで関わってきた人を思い返すが、この男性と出会った記憶はない。
「多分、人違いかと…貴方とは初めて会いました。それに私、雪音?じゃありません…」
「雪音ではないのか…」
(そんなに似ているの?)
「人違い…そうか。それはすまなかった…」
青年は肩を落とし落胆する。
人違いとは言え申し訳ない気持ちになる。
妙な気まず差から私はスマホを取り出そうとポケットに手を入れるが、違和感に気づき、焦りへ変わる。
「あれ、スマホが無い!」
「すまほ?何だ、それは」
青年は聞き馴染みのない言葉に戸惑う。
「やっぱり無い!どこかで落とした?」
慌てて辺りをくまなく探索する。
「すみません、ここら辺でスマホを見ませんでした?」
「そのスマホとやらは知らんが、先程四角い物を落としたぞ」
青年は袖口からその物体を見せる。
「あ、それです!良かった~。ありがとうございます」
「この四角いのがスマホ…と言うのか、スマホとは何だ?」
(令和の時代にスマホ知らない人がいるなんて珍しい…しかも見た目若そうなのに…)
「携帯って分かります?」
「けい、たい?」
(もしかしてこうゆうの使わない人?携帯以外で何て説明すれば…)
「簡単に説明すると、ゲームで遊んだり誰かと離れていても通話や連絡が出来たりする便利な物です」
「よく分からんが、この四角くいスマホとやらは便利な物とゆうわけか」
(本当に知らないの?もしかして役者でそうゆう設定とか?)
不審に思いながらも伯母に連絡しようと電源を入れるが画面は暗いまま。嫌な予感がした。
「どうした?」
結月の焦っている様子を見た青年は尋ねる。
「電源がつかないんです。さっき落とした衝撃で壊れたのかな?画面も割れてるし…」
「暫し待て」
言われた通り片手にスマホを持った状態で待機する。青年はその上に片手をかざし、ぶつぶつと何かを唱え始めた。
「これで、どうだ?」
「ついた!どうやったんですか?」
「回復の術を唱えただけだ」
「術?」
(よく分からないけど直してくれたって事だよね…)
「それでスマホとやらは使えるようになったのか?」
結月はスマホの電源がつくのを確認し再度電話が繋がるか試みる。しかし圏外と表示され繋がらない。
「電源は入りますが、圏外で…」
私は困り果て眉を下げる。
「なら今すぐに帰るべき場所へ戻れば良い」
「そうしたいんですが、その…帰り道が分からなくて…」
「分からない?」
青年は思いがけない発言に困惑する。
「狐を追いかけていたらいつの間にかここの神社に着いたんですが、私、ここの神社は初めてで帰り道が分からなくなりました…」
(でも、この人なら知ってるかも!)
結月は思い切って尋ねる。
「桜山稲荷神社ってご存知ありませんか?」
「ここも稲荷神社だが?」
「あ、いえ。ここではなく別の神社で…」
「この先に村がある。助けてもらえるだろう」
「は、はい。分かりま…くしゅんっ!」
「どうした?」
寒気を感じ始め体が震える。
「さっき雨が降っていて濡れてしまって…」
私は手で腕を擦り震える体を温める。
「…仕方ない。ひとまず私の社へ来い」
「えっ…」
「闇夜は冷える、それに女子一人は危うい」
「でも、ご迷惑では…」
「…先程より冷たいではないか」
私に触れる事なくそう言う彼に驚くがそれどころではなかった。
見ず知らずの人に世話になるのはと思ったが風邪を引き帰れぬまま凍死は避けたいと考え、青年の後を追い社へお邪魔させてもらう事にした。
案内された場所は先程の神社だった。
「お、お邪魔します」
(やっぱりこの人はここの神職さん?)
中は殺風景で静寂としていた。
「あの、ご家族とかは?」
「家族?ここでは私一人だ」
「そうでしたか…」
「風呂で身体を温めろ」
「はい…」
結月は髪を結い湯船につかり冷えた体を温めた。
「部屋はここを使うと良い」
「あ、ありがとうござま…した」
私が感謝を言い切る前に彼は襖を閉めどこかへ去ってしまった。
一人なり緊張が解けるとその場に座り込む。
他人の家の匂い…
暫く部屋の隅で蹲っていると襖が開いた。
「腹は空いているか?」
意外な言葉に驚き顔を上げる。
「いえ、大丈夫で…ギュル~…」
腹の虫が鳴り恥ずかしさで頬を赤らめる。
「こんな物しかないが」
そう出されたのは黄土色の稲荷寿司だった。私は両手を合わせ合掌する。
「美味しい…」と私が言うと「そうか」と青年は優しい口調で一言、その後は食べ終わるまでお互い何も話さなかった。
食事を終え用意された部屋の寝床についた。暫くは寝つけずにいたが、次第に瞼が重くなり目を閉じ眠りについた。
夢の中
森の中、暗く冷たい箱の中を彷徨っていると何かの生物が怯え蹲っていた。
私が近づこうとした時、光が差し込み一人の少女は生物の元へ駆け寄り手を伸ばす。
『私が側にいるから大丈夫…』
穏やかな陽光に瞼をこすられ、私はゆっくりと目を開け寝ぼけながら天井を見る。いつもと違う部屋に気づき飛び上がる。
(そうだ、昨日、蓮さんの神社に泊めさせてもらったんだっけ…)
何かを作業している物音が聞こえたのでその場所へ移動する。
青年は朝食の準備をしていた。
「お、おはようございます…」
「眠れたか」
「はい…」
見ず知らずの人に寝床や食事まで用意してもらい感謝しかない。
「あの〜」
「名を聞いていなかったな」
「あ、結月と言います」
「ゆずき…どんな字だ?」
「結ぶに月と書いて結月です」
「結月か…良い名だ」
互いに沈黙の時間が流れ私は耐え切れず口を開く。
「あの…!」
「何だ」
「昨日仰っていた雪音さんはどんな方なんですか?」
「其方には関係ない事だ」
青年は冷たく素っ気なく答える。その冷淡さにそれ以上踏み込むなと言われているようだった。
「ですよね…ただ私とそんなに似ていたのかなと気になって…」
私は苦笑いをして誤魔化した。
聞かない方が良かったと後悔するが、青年は俯いている結月の様子を見て言いかける。
「…あ」
「すみません。初対面の人に聞く内容じゃないですね。忘れて下さい」
「いや、言い過ぎた」
「天気も良いですし、ちょっとその辺散歩しながら神社を探してきます」
私は逃げ出すようにその場を後にした。
第三章
暁のあやかし
近くの森林を散歩しながら帰り道を探すが、桜山稲荷神社は見当たらず、見覚えのない道ばかりが続く。
まるで別世界に迷い込んだかのようだ。
気が付くと辺りは薄暗くなり不安に思いながらも前方に人影を発見する。
(蓮さんが言っていた他の住人かも!)
少しの希望が見え安堵する。
自ら他人に声を掛けるのは苦手だが勇気を出し背中越しに声を掛ける。
「あの、すみません。道に迷いまして…桜山稲荷神社ってご存知ありませんか?」
声を掛けられた人物はこちらを振り返る。
その人物を見た瞬間、大きく目を開いた。
深紅色の髪に血のように赤い瞳、額には漆
黒の角が二つ生えている。角は被せ物ではなく額から生えており本物だと分かる。
お、鬼⁉
私は驚きと恐怖で硬直する。
「何だ、人間の女子か。ん?お前さん…」
自分と同じ言語を話している様子にさらに衝撃を受け声を出せずにいた。
鬼は本当に実在するの⁉
ふと京子から聞いた言葉が過る。
(『攻撃的で…危害を加える…』)
もし伯母の話が本当でこの人が鬼だとするとかなり危険な状況だ。
最悪の場合殺されてしまうかもしれない…
「顔色が悪いぞ大丈夫か?」
鬼の青年は結月の青ざめた様子に首を傾げながら尋ねる。
結月は一歩、二歩と後退る。
「あの、ごめんなさい!」
その場から離れようとしたが、力強い手で腕を掴まれた。
「いや!」
結月の行動や発言に疑問を持った鬼の青年は腕を掴みながらも言葉を話す。
「おい、落ち着け!」
「私を食べても美味しくありません!」
「俺は人間を食ったりせん!だから落ち着け」
その言葉に抵抗する体を止める。
鬼の青年は怯える私の気持ちを汲み取るように掴んだ手を離し、角を縮めその辺に腰掛けた。
「いや〜すまん、どうも力加減が難しくてな」
笑けた様子を見て本当に危害を加えるつもりはないらしい。
「何か困っているのではないか?話してみよ」
結月は鬼の青年と同じように腰を掛けこれまでの出来事を端的に話した。
「ほぅ、つまり君は別の村から来たが、帰り道が分からなくなってしまったと…」
「はい…」
「何だ、迷い子か!妖を見るのも初めてと…」
鬼龍院楓と名乗った鬼の青年は困惑しながらも笑かし納得する。
「お恥ずかしながら。そんなところです」
「参ったな、このままでは時期に夜だ、ここで行く当てのない人間を、ましてや女子を一人にするのは…だよな」
楓はブツブツと独り言を呟く。
そして「良し!」と手で膝を叩き「ひとまず家に来い」と言った。
「えっ私、その、食べられたりしません?」
「はははっ!それ先程も言っていたな。いつの時代の話をしているんだ。まぁ、中にはまだ人間を好ましく思ってない奴もおるが見たところ結月は悪い奴ではなさそうだし、きっと大丈夫だろう!」
(そんな無責任な…)
「安心せい、お前さんと同じ人の子もおる」
自分以外にも同じ人間がいる…その言葉を聞き少しホッとする。
けどそこで一つ疑問が浮かんだ。
「人間もいると言っていましたが、貴方のご家族は全員鬼ではないんですか?」
「俺の家族は全員鬼の妖だ。それにここの領地には妖が多くいる。だが、少し離れた里に村があって、そこに人間も共に暮らしている」
「そうなんですか…」
私達は会話をしながら暫く歩いた。
彼は突然ピタリと足を止める。
「どうしたん…」
「静かに」
私は楓の背後からこっそり覗く。
見ると様々な顔の般若らしき面をつけ身体はフード付きのローブで覆っている人物が数名おり不気味な雰囲気を放っている。
「あの人達…知っている…逃げないと…」
「奴らを知っているのか?」
顔も名前も知らないのに恐怖を覚え怯える。
『おい、誰だ。そこで何をしている』
私達の会話が聞こえたらしく冷たく低い声に血の気が引く。
「痛い…」
私は頭痛に襲われ、その場にしゃがみ込む。
「おい、大丈夫か?」
楓は振り返り心配そうに顔色を窺う。
『貴様らは誰だ、ここで何を?』
怪しげな覆面をつけた人物達がぞろぞろと集まりだす。フードをつけているが声や体格からして男と分かる。
楓は私を庇う様に前へ立つ。
「そちらが先に名乗るのが礼儀ではないか」
一人の男は犬のようにクンクンと匂いを嗅ぐ動作をする。
『この匂い…後ろにいるのは人の子か?』
「そうだと言ったら?」
覆面の男達は不気味に笑う。
『そこの人間を寄こせば危害は加えないでやる』
「ほう、渡してどうする気だ」
『捧げ物にする。さすればあの方が褒美を…』
ニヤニヤと不気味に笑う。
「そいつは渡せねーな」
『なぜ人間を庇う』
「それは関係ねぇだろ。それに、いかにも怪しい奴らに女子を渡すほど俺は落ちぶれちゃいねぇよ」
『素直に渡せば良いものを』
男達は手元から何やらドス黒い光を出し待ち構える。
「お前達こそ俺を誰か知らないのか?」
『どうゆう意味だ』
楓はにこりと微笑む。
「鬼龍院楓、名くらいは聞いた事あるだろう」
『鬼、龍院⁉』
その名前を聞き周囲にいた者は声を上げ驚きを見せる。
「結月と言ったな、平気か?」
「あ、はい」
私はゆっくりと立ち上がる。
「ちっとばかし走れるか」
前を向きながら独り言のように小声で話す。
「はい、はい?」
「俺が食い止めておくから結月はそのまま真っすぐ走れ」
「そんな、置いて行くなんて…」
「案ずるな、すぐ後を追う」
「でも…」
「仕方ない、術をかけるが許せ」
楓の手が私の身体に触れた瞬間、体が軽くなり操られたように足が前へ前へと勝手に進み出す。
「そのまま奥へ走れ!」
「え、鬼龍院さん!」
私の意思とは関係なく両足は楓に言われた通り走り出す。
『待て小娘!』
「おっと、お前達の相手は俺だ」
走る足を止め歩いていると随分と奥まで来てしまったと気付く。薄暗く静寂した森は不気味さを増す。
途中に小さな啜り声が聞こえ声のする方へ向かい草村を搔き分けると七歳ぐらいだろうか、男の子が蹲り泣いていた。きっと誰かが声を掛け助けるだろうとそのまま通り過ぎようとする。
“お母さん…”
その言葉に足を止め周辺を見渡す。
こんな幼い子供が独りで暗い場所にいるのは危険だと思い、側へ寄り声を掛けた。
「僕、どうしたの?大丈夫?」
声を掛けられ少年は顔を上げた。
「お母、さん?」
震える声で違うと理解すると目元に大きな水が浮かび、私にしがみつき泣き声を上げた。
私は困惑しながらも「大丈夫」と声を掛けながら安心させるように背中を擦る。
よく見ると膝が赤く腫れているのが見えたので私は少年の膝に手を当てた。
「痛いの痛いの飛んでいけ〜」
次第に痛みは引き少年が驚きの表情を浮かべていた。
「すごい!痛くなくなった!」
「私も小さい頃ね、怪我した時によくこう言ってもらっていたんだ」
男の子に語りかけながら懐かしむ。
「お家に帰れそう?」
「うん、でも、怖い人達が…」
「お家まで一緒に行こうか?」
そう言うと少年は嬉しそうに頷いた。私は少年と手を繋ぎ家まで付き添う事にした。
ふと、ある人物が頭を過る。
私が妖を見たのが初めてと伝えたから怖がらせないように…
きっと彼なりの気遣いなのだろう。
鬼龍院さん、無事だと良いけど…
草村からカサッカサッと音がした。
もしかして鬼龍院さん?
それともさっきの人が追いかけて来た⁉
少年は私の袖にしがみつく。
「春彦〜春彦〜」
女性らしき声が誰かを呼んでいる。
木の陰から一人の少女が顔を出す。
「おねぇちゃん…」
少年は繋いでいた手を放し少女の元へ向かい、少女は少年を抱き寄せる。
「春彦!良かった無事で。すまぬ、もう少し早く来ていれば…どこも怪我しておらぬか?」
(家族が迎えに来たのね…)
その光景を羨ましくも微笑ましく見守る。
「このお姉ちゃんが治してくれたの!」
「そうか、礼を言わねばな」
少女は春彦から少しずつ目線をずらしこちらを向くと雲で隠れていた月が現れ少女を照らし、その姿が鮮明になる。
艶のあるさらさらとした長い黒髪に人形のような整った顔立ち、透き通る白い肌、薔薇色の唇。服は桜桃色の薄い上着に腰から足首まである長いスカート丈。それは時代物のドラマ等で皇族が身に付けている高価な漢服を彷彿とさせる。線が細くふんわりと穏やかな雰囲気とその美しさに見惚れる。美人とはこうゆう人を指すのだろうと自分で納得する。
「姉さん…」
彼女は眉を顰めボソッと呟く。
「…あの、どうかしました?」
「いや、何でもない…」
彼女は私の服装を見るなり再び怪訝な顔を浮かべる。
「見た事ない衣服だが其方どこから来た?」
「えーと…話せば長くなりますが、親戚の家が神社で、そこから散歩していたら帰り道が分からなく迷子になってしまい…」
私は戸惑いながらも出来る限りの事を話した。
「つまり、この近くの村人ではないと…」
少年は彼女の裾を引っ張る。
「この人、困っているみたいだから家に泊めてあげようよ」
「しかしな、兄さん達にも相談しないと」
「そんなご迷惑ですし大丈夫です!それにさっき…」
「お、良かった。そこに居ったか結月」
草村を掻き分け現れたのは先程怪しい者から救ってくれた鬼の青年、楓だった。
「楓兄ちゃん!」
男の子は楓に勢い良く抱きつく。
「春彦に凜。お前達も無事だったか!」
「このお姉ちゃんが来て傷を治してくれたくれたんだよ」
「そうだったか助かった。礼を言う」
「いえ、私は特に何も…」
「楓兄さん、この娘を知っておるのか?」
「迷い子らしくてな…お前さんと似ておるではないか…!」
「あの、先程は助けて頂きありがとうございました」
「いや、無事で何よりだ」
私達は楓の家に到着するまでの間これまでの出来事を話した。
森を抜けると獣耳や尻尾を生やした狐や背に黒い羽をつけた天狗、猫叉など沢山の妖らが楓に頭を下げ挨拶する。隣りにいる凛と呼ばれていた少女も微笑むと男達は頬を真っ赤に染める。
(凄い…妖が沢山…)
「まあ人の子だわ」
「なぜ楓様が人の子を連れているの?」
「あの娘、何者なのかしら」
背後にいた結月の存在に気づいた女の妖等はひそひそと囁く。背中越しに嫉妬のような人間を蔑む声に萎縮する。
周りには木造から西洋風までいくつもの建物が並び、奥には他とは桁違いの巨大な外観見える。
「ここだ」
貴族や皇族が住んでいそうな立派な楼閣に思わず口が開く。
「うわ、凄い…!」
足を踏み入れると再び息を呑む。
美しく装飾された天井に大理石の柱、床には豪華な刺繍のカーペットで何処を切り取っても絵なる内装だ。
楓は私を大広間へと案内する。すれ違う人を見ると楓のように鬼の姿をした妖らが大勢いた。
「まぁ、人の子よ…」
「それに見た事のない衣服だ。どこの村の娘だ?」
また私の事言ってる…
嫌なものでも見るように鬼達は小声で囁く。悪口を言われているようで良い気分はしない。
居心地の悪さにさらに萎縮する。
「只今戻りました」
扉を開けると目の前には五〇から六〇代くらいの貫禄ある年配の男性が椅子に鎮座していた。
「親父、こいつ別の村から来たんだが、迷い子なんだ。家が見つかるまで留めてやってくれないか?」
周りにいた鬼らはざわつき始める。
「私は反対ですわ、何処の者とも知れぬ人の子を」
「人間は嘘つきだしな」
「迷い子と言うのも本当かどうか…」
嫌味ったらしい物言いだが、否定もできなかった。
「僕は良いと思うよ。悪い人じゃなさそう」
「うちも嫌」
歓迎されていない様子に楓が口を開く。
「そう言うなって、人間が全員悪い奴じゃないぜ」
私は周囲から目を合わせないように俯いた。
すると一人の女性が私の前を横切る。
「確かに皆さんが仰るとおりですが、この者は春彦を先に見つけ助けて下さいました。私からもお願いできませんか?」
そう申し出たのは凜だった。
(さっきは私の事嫌っているように感じたけど、気のせいだったのかな?)
「そうだな、春彦が無事に帰ってこられたのはこいつのお蔭だ」と楓も同調する。
家族は一斉に父の方を振り向き、返答を待った。すると、今まで一言も発さなかった老人の口元が開く。
「娘よ、名は何と言う」
「ゆ、結月と申します…」
「そうか」
年配の男性は小さく呟いた。
考え込んでいる間、妙な緊張感が走る。
「良かろう」
この村の長的存在に許しを得て部屋を後にする。
「はぁ~緊張した…」
私は安堵して息を吐く。
「良かったわね」
彼女は優しく微笑む。
「改めて俺は鬼龍院楓だ」
「宜しくお願いします。鬼龍院さん」
「鬼龍院なんて堅苦しい、楓で良い」
「私は凜で、この子は春彦だ」
妖の半数近くは不服の顔を浮かべていたが、私達はお互いに軽く自己紹介をした。
「ご迷惑お掛けしますが、お世話になります」
結月は皆に向かい深々とお辞儀をした。
その後、案内された客室に布団等が用意され一人でいるには十分に広く勿体無いくらいだ。
楓から説明を受けた後、子鬼の女の子がドア越しにこちらを睨んで見ていた。
「言っとくけど私はまだ人間を信用してないから…」
そう言い残し小鬼の女の子はその場を去った。
「悪いな。あいつ良い奴なんだが…」
楓に慰められ苦笑いをする。
「私、皆さんにあまり歓迎されてないようですね…」
「結月が特別悪い訳では無い…昔人間と妖が対立してな、あまり良い印象ではないんだ」
ふかふかな寝床へ横になる。
帰るまで上手くやっていけるかな…
不安で胸をいっぱにしながら眠りにつく。
***
ここに来て数日、気付いた事がある。
まだ俄かには信じがたいがこの世界は人間と妖が住まう異界、いわゆる“かくりよ世界”であるという事。
鬼や狐、天狗などの様々な妖がおり、姿や生態も様々だ。共通して言えるのは人の言葉を理解し、意思疎通を図る事が出来る点である。妖と言っても普段は妖の原形を残しつつ人間の姿に変化・模倣し生活する言わば半妖だ。普通人間も暮らしているが、何故かこことは少し離れた村で生活を送っている。楓の話によると遠い昔、妖と人間が対立し和解をしたが、今でも人間をよく思っていない妖は少なくないと言う。
そして妖の中でも格式高いのは鬼龍院家だ。
最強の鬼、酒呑童子の子孫である彼らは妖術に加え経済力・権力もあるため、時に鬼王様とも呼ばれている。懐に入ろうと身分の低い妖や人間達がこぞって集まり崇めているそう。
ある日、私は人間の住む村へ散歩へでかけた。途中に歴史を感じさせる建物を見つける。
その壁には巨大な壁画がいくつか描かれており思わず足を止める。
(この絵どこかで…)
「おや、お嬢さん。これが気になるかい」
背後から髭を生やした老人が私に話しかける。
「あの、この絵は?」
「これは〇〇で、これは〇〇。そしてこれはこの村に代々伝わる物じゃ。村に災いが訪れた時、巫女が光を照らし救うとな」
「ところでお嬢さん、名は何と言ったかな?」
「結ぶに月と書いて結月と言います」
「良い名じゃ」
私はお世辞だろうと眉を下げる。
「私、自分の名前あまり好きじゃないんです」
「おや、どうしてじゃ?」
「もっと可愛い名前が良かったです」
「結ぶという漢字は人と人を繋ぎ…」
村人と話し込みすっかり遅くなってしまう。
すると私を嫌っていた小さな子鬼の女の子が何処からか帰ってきて顔を合わせた。
「結月…」
無視されると思っていたので名を呼ばれ少し嬉しがる。
しかし顔色をうかがうと窶れ浮かない表情をしており裾の隙間からは傷のような跡が見えた。
「それどうしたの?」
「何でもない」
「見せて」
強引だと思ったが、女の子の袖を捲くる。
「あっちょっ!」
腕には数カ所の軽い傷跡や赤く腫れ痛々しい。
「大変…早く楓さん達に伝えないと!」
「やめて!兄さんには言わないで」
「どうして?」
「色々と多忙だし、余計な心配かけたくない」
「でもこれは言わないと駄目だよ」
「別に妖ならこの程度平気だ、すぐに治る」
騒ぎを聞きつけ村人が近づく。
「おや、どうしたんだい?」
「この子怪我をしていて…すみませんが包帯か何かありませんか?」
結月は村人から包帯やぬり薬などを受け取ると不器用ながらも手当を行う。
「大袈裟すぎ」
「何故そこまでする、この前は酷い事言ったのに…」
「関係ないよ」
「…」
「この傷や腫れ、どうしたの?」
腫れの方はくっきりではないが、どことなく花模様に見える。
「…傷は人の子にやられた」
「そっか…」
私は無意識に女の子の頭を撫でる。
「変な奴…」
第何章
暖かい日差しが部屋を照らす。
穏やかな陽光に目が覚め部屋を出る。
風で木々が擦れる音に鳥の囀りが心地良い。
「ん〜んんん〜」
結月は軽く口ずさむ。
「そなたの歌声は心地良いな」
声を掛けられ驚き振り向くと気品あふれる穏やかな表情を浮かべた女性がいた。
「どうした、この醜い顔が気になるか?」
「綺麗…」
彼女は結月の一言に驚嘆する。
「この姿を見てもそう言えるのか」
「あの子に似ていおる」
「紅葉姉さん、いけません。お体に障ります」
「久々に外へ出たくなったのだ」
そう穏やかに笑う女性は紅葉と言う鬼の妖で楓の姉的な存在だと言う。数年前から病気を患い妖術でも消せない痣が出現し、次第にその痣が広がり精神も蝕まれていたが結月の歌を聞き快くしたそう。
そして紅葉も同伴し食事をとる事になった。大きく長いテーブルの上には美しく装飾された金や銀の食器に色とりどりの料理が並べられた。
「楓に紅葉、」
「承知した。ありがとう餓鬼」
「小さな子供の妖も働いているんですね。あの子達は何歳なんですか?」
「子供?あははは!」
「え、私何かおかしな事言いました?」
「いや、少なくともお前さんよりは年を取っておるぞ」
「妾も年をとった」
まさか…と思いつつ恐る恐る尋ねる。
「皆さん、おいくつなんですか?」
「正確に数えた事は無かったな、百を超えてから数えるのが面倒になって…」
今、百って言った?
「俺が四百くらいだから紅葉は五百くらいでないか?」
「えっ⁉うそ、冗談ではなくて?」
「嘘はついておらんぞ」
「結月、どうした間抜けな顔して」
「何だか信じられなくて…」
「そうか、妖と人間では年の取り方が異なるのだったな」
「会った時にも思ったが、そなた随分と珍しい衣服を着ているな」
やっぱりここでは珍しいんだ…
「これは私の村ではワンピースと言います」
「ワン、ピース…」
「其方が持っている黒くて四角いのは?」
「スマートフォンです」
「スマ?」
「何か調べたい時や誰かと連絡したい時、ゲームで遊びたい時、写真を撮りたい時に色々使える便利な物です」
実際にその画面を皆に見せながら説明する。
「ほぅ!其方の村には面白い物があるのだな」
「いや~それにしてもこうして家族が集まるのは何年ぶりだ?」
その言葉を聞きチクリと胸に刺さる。
「家族…」
「これも結月が来たおかげかもしれんな」
すると私の背後から声が聞こえた。
「ねぇ結月、その…あの時は嫌な事言ってごめん…」
「ううん、気にしてないよ」
「でも完全に信用したわけじゃないからね!」
「はははっ!素直じゃないな」
愉快に話している様子に結月は心を和ませ、それから鬼龍院家の皆とは少しずつ打ち解けるようになった。
しかし私は気づかなかった。
黒い影が少しずつ近づいている事に…
***
昼下がり、村を散策していると見覚えのある神社を発見する。
「あれ、この神社…」
以前は暗がりで気づかなかったが一晩世話になった青年の神社は鬼龍院家の少し離れた場所にあった。
(そう言えばきちんとお礼言えてなかったな)
外の景色を眺めている青年がこちらを振り向く。
「其方は…」
「先日お世話になりました結月です。遅くなりましたが、あの時は泊めて頂きありがとうございました。今は鬼龍院家に居候させてもらっています」
「鬼龍院…そうか…」
私達は話しながら別の場所へ移動する。
「スマホとやらは使えるようになったか?」
「はい、おかげさまで…」
「その衣服…初めて見た」
「これはワンピースと言って…」
「私も色々聞きたい事が…」
それから彼とは日没までの間、スマホや季節、趣味、生活話など様々な事を互いに質問し合い談笑した。はじめは朴訥な印象だったが会話を続けるにつれ彼との時間はとても有意義で会話も弾むようになり時が経つのを忘れていた。
翌日、空が茜色に染まりかけた頃、私は凜の部屋に招かれた。扉を開けようと手で触れようとした瞬間、男の妖とすれ違う。中には毒々しくも美しい花々が活けられ妖艶な香りをまとっている。
「凜さん、これは何の花ですか?」
「気になるか。これはカルミアでこっちはチューベローズの花だ」
「へ〜綺麗な花が沢山あるんですね」
「綺麗か…そうだな」
ふと鼻孔をくすぐるような甘い香りが漂う。
「甘くて良い香り…」
「甘い?あぁ、それは印香だ」
「印香?」
「そこに香炉があるだろう。その中に印香が入っている。人間で言う線香のようなものだ」
水やりを終え凜が口を開く。
「ここでの暮らしは慣れたか?」
「はい。皆さんとても親切で」
「それは良かったな」
黒く艷やかな長い髪に人形のように整った顔立ち。間違いなく今まで出会った女性の中で上位だ。
「凜さんって本当に綺麗ですよね」
「うふふ、そうか?ありがとう」
「良いな〜」
「何がだ?」
「凜さんみたいに美人な人と結婚出来る方は幸せ者です」
「幸せか…」
凜は話を逸らすように結月に訊ねる。
「結月はどうだ。近頃何処かに出掛けているようだが…もしや想い人でも?」
狐面を付けた青年が脳裏を過る。
「好きとかはまだ分からないけど、少し気になる相手はいる…かも…」
「ほう、どんなお方だ?」
興味津々に訊ねる。
「それが不思議な人なんですよね。その人とは初めて会った思うんですけど、以前から知っている様な懐かしい気がして…」
「ほう」
「変ですよね、初めて出会った人なのに…」
「もしや本当にどこかで会っているのかもしれんぞ」
「仮にそうだとしても、彼は私の事何とも想ってないと思います」
「どう言う事だ?」
「他に忘れられない好きな人がいるみたいです。恐らくですが…」
「そうか…想いはもう伝えたか?」
「いえ」
「何故だ?」
「だってまだ出会って間もないですし、それに私、何にも取り柄が無いんです。自分にも自信が無くて…話せるだけで十分…」
「色恋に時は関係ないと思うぞ」
「でも…」
「なら奪ってしまえば良い」
赤い唇がにやりと不気味に笑う。
ひと回り低い声に茜色に染まった夕焼けが凜や花々に影を落とし不気味さを一層引立たせ息を呑む。
「奪う…」
「なんて、冗談だ」
不気味な笑みは消え、いつもの優しい表情に戻る。
「凜さんは私の妹に少し似ています」
「結月は妹君がおるのか」
「はい、三つ下の妹が。私とは見た目も性格も正反対ですけど…」
「と申すと?」
「妹は明るく元気で可愛くて皆から愛されるキャラって言うんですかね。それに比べて私は…妹が羨ましいと思う反面、嫉妬する時もあります」
「そうか。私には其方の方が愛されている…」
「何か言いました?」
「いや、私にも姉さんがおった」
「お姉さんが…」
(そう言えば初めて出会った時に“姉さん”って言っていた気が…)
「姉さんは特別だった」
「特別?」
「お〜い、お前ら飯だぞ!」
続きが気になる所で楓に呼ばれ、凜は“また今度”と食卓へ向かった。
夕食を済ませた私達はそれぞれ自分の寝床へ行き眠りにつく。
***
霧がかかった見知らぬ場所を彷徨っていると風に乗って微かに声が聞こえた。声のする方へ近寄ると一人の歌う少女を発見した。
白き面のキツ
かくりよへ導く
祈りの歌いし乙女
凍てつく氷を溶かし
癒やしとならん
(子守唄?)
それは讃歌でもあり、嘆きのようでもある。
彼女は笑っているような泣いているような不可解な表情を浮かべている。
近寄ろうとすると霧が濃くなり視界も不明瞭になる。目が覚めた時には少女はおらず、ため息をつく。
薄暗い雲が広がる中、私は彼がいる神社へ向かうが彼の姿はどこにもなかった。
近くを歩いていると淡紫色の綺麗な花が咲いている庭園と湖を発見し休息を取る。
今日は出掛けてるのかな…
暫くしても現れなかったので諦めて帰ろうとした時、悲痛な叫びが聞こえた。
「ゔぅ!」
何かが藻掻き苦しんでいる背中が見え近くに寄ると呪いの類が身体に刻まれていくのが分かる。
「蓮さん…⁉」
「寄るな!」
怒鳴り声に二の足を踏む。
荒々しい声だけが森中に響く。
どうしたら良いか考えたが、私は躊躇いながらも彼の背中を優しく擦る。
「私が恐ろしくないのか」
「怖くないと言えば嘘ですが、とても辛そう、…」
暫くして彼は次第に落ち着きを取り戻した。
「先程、歌っていなかったか」
「え?」
「もう一度聴かせてくれぬか」
私、声に出していた⁉
「そんな、聴かせられるようなものでは…」
「構わない」
息を整え、意を決し口を開く。
「ら~らら、ん~んん…」
彼は私の歌を聞いた直後瞳を大きく開き呆然としていた。
「もしやそなた…だがそんなはず…」
「え?」
「いや、続けてくれ」
私は最後まで歌い続けた。歌い終えた時には彼の表情は穏やかになっていた。
「不思議なものだ」
私は首を傾げる。
「昔変わった女子がいてな。其方と話していると在りし日を思う」
そう語る彼は物悲しげに微笑む。
(それって、以前言っていた…)
「もしかして雪音さんですか?」
彼は口籠るが、やがて頷いた。
「…永い間、私は孤独だった」
不意に心に重りがのしかかった様な違和感を覚える。
「彼女がいなければ私は……」
彼は言葉を詰まらせる。
「とても大切だったんですね」
「そうだな」
胸の奥に灰が詰まったような締付けられるような妙な気分になる。
彼は最後に煙管を一服吹かす。
「余計な事を語り過ぎた」
「私、そろそろ戻りますね」
「あぁ」
互いに別れを告げ鬼龍院家に着くと部屋の寝床で横になる。
大切な人か…
星屑が輝く夜にぼんやりと呟きながら眠りについた。
第何章
祭りと犠牲 過去の記憶
「そう言えば明日の夜からからじゃないか?」
「えぇ、楽しみだわ。何年ぶりかしら!」
何やら町が騒がしい。
「明日、何かあるんですか?」
結月はすれ違った村人に尋ねる。
「あら、ご存じない?」
地元民の話によると明日から数年に一度の『祭』が開催されるようで何百年も前から続いているものらしい。百鬼夜行と言う妖の代表らの行進に宴、祭祀の儀式が行われる。
その晩
{…お願い、…を中止して…}
「貴女は誰?」
{話は後よ、時間がありません。災いが再び繰り返される前に…!}
「災い…」
{そう、貴女に見せるわ}
―辺り一面、真っ赤な炎に包まれる。建物は崩れ落ち、人々は逃げ惑っている。燃え盛る炎に刻々と立ち上がる煙、鉛色に染まった分厚く薄暗い雲が夜空を覆っている。
鋭い眼差しに九つの尾を持つ恐ろしい姿をした妖魔がどす黒く禍々しい光を操り魂を喰らっている。
『まだだ、まだ足りぬ』
これは夢で見た光景…
{お願い、祭りを中止にして…!}
翌日
私は夢の事を気になりつつ今夜から開催される祭りの支度をし部屋にある鏡を見て身だしなみを整えていると紅葉が入ってきた。
「結月、その衣服で行くつもりか?」
「変でしょうか?」
「変ではないが…しばし待て」
そう言うと部屋のタンスから上品な女物の漢服を取り出した。
「これをやろう」
華やかな模様の刺繍に目を奪われる。
「こんな素敵な物頂けません!」
「良い。私はもう着れぬ。服も着てくれた方が喜ぶだろう。それに折角の祭りだ」
試着してみると、さらさらとシルクのように手触りが良く上品な服だと分かる。
自分には勿体無いくらいだ。
「似合っているではないか!」
「あのやっぱり私には…」
「正直に申すと一昔前まで妾は人の子が苦手だった。だがあの子と出会って変わったわ。
結月はどことなくあの子に雰囲気が似ておる…」
「あの子?」
「雪音という人の子だ」
(雪音…蓮さんも言っていた…)
「聞いても良いですか、雪音さんについて」
「あの子は良い子じゃったよ。想い人がいたそうだが、許されず想いを告げられぬまま命を絶った…」
「どうして…」
「妖に想いをよせておった」
紅葉は沈痛な面持ちで語るが、すぐに穏やかな表情へきりかえる。
「これで完璧!ご覧」
そう言われ鏡台の前に立つ。綺麗に髪を結われ華やかな模様の漢服を着た結月と背後で満足げな顔をする紅葉が映っている。
まるで自分ではないような姿に驚く。
「気に入らぬか?」
「いえ、そうではなく…何だか私じゃないみたい」
紅葉は考えこんだ後口を開く。
「私達の家族の仲を取り持ってくれた事や今日までの礼だ」
「ありがとうございます…とても嬉しいです」
「それで気になる殿方に見せてこい」
「えっ⁉」
「いるのだろ、毎度そなたが楽しそうに出掛けて行く様子を見て何となくじゃが」
結月は思い出し頬を赤らめる。
「これも付けて行け」
「ありがとうございます」
「上手くいくと良いな…」
私は紅葉に見送られ部屋を後にする。
神社に着き彼の後ろ姿を見た途端、緊張が走り声を掛けるのを躊躇する。彼は音で気配に気づきこちらを振り向く。
「…結月か。一瞬誰かと思ったぞ」
「どうでしょう?やっぱり変ですかね…」
「いや、悪くない」
異性に褒められ慣れていない結月は頬を赤らめる。
私は勇気を振り絞り彼を祭りへ誘う。
「すまない、やはり私は行けぬ」
彼の拒絶のような反応に心を痛める。
「どうしてですか?」
「それは…」
以前なら諦めていたが、変わりたい想いが背中を押す。
「蓮さんの気持ちは理解しています。少しの間で良いんです」
「…分かった」
日が暮れると通りは華やかな服を着た人や扇子を揺らしながら訪れる人が見え賑やかになる。祭りの屋台には色鮮やかな菓子にかき氷、金魚すくい、ゲームなど祭りの定番から人間界では売られない珍しい物まで。林檎飴を持った子供達が私達の前を通り過ぎ別の屋台へと走っていく。村人も妖や動物の面を付けている人が多い。
その途中に櫛や簪、口紅などが売られている小間物屋を見つけ足を止めた。
「綺麗…」
蓮は結月の視線の先へ目をやると金色の鎖に花が形取られたペンダントがあった。
「これが欲しいのか?」
「いえ、綺麗だなと思っただけで…」
「この花…」
ふと周囲は心躍るような音色と歓声で盛り上がる。結月は声のする方へ進むと煌びやかな衣装を身にまとった者達がケルト音楽に合わせ踊っている。
「そこの若旦那、お目が高い!その先端にあるのはミドルミスト・レッドと言う花でとても貴重なものだよ」
「ではこれを一つ」
「彼女さんへのプレゼントですかい?」
「いや、そうではなく…」
「またまた〜隠さんでも分かりますよ!想い人に送れば成就するって噂だ。しかもこの花の意味は…」
「蓮さん、見てください!」
結月は指を差し楽しげに誘う。
「そこの若い恋人さんも一緒にどうだい?」
恋人⁉
予想外の言葉に頬を赤らめる。
「いえ、私達は…!」
村人に手を引かれ広場へと出る。
「ごめんなさい、私こうゆうの踊った事なくて…」
始めはぎこちなかったが、彼にリードされ周りを気にせず踊れるようになる。
優しく大きな手の感触に鼓動が高鳴るのを感じていた。
音楽は終盤へ向かい次第に盛り上がる。
この時間が続けば良いのに…
恍惚感に浸っていると裾に躓き転倒しそうになる。
反射で目を瞑ったが痛みは感じなかった。薄っすら開けると男性らしい逞しい腕に包まれていた。
顔を合わせると提灯の光が結月の頬を夕陽のように赤く照らす。
彼の大きく冷たい手が私の頬を撫でると顎を優しく掬い上げる。
端正な面がゆっくりと近づく。
ドク、ドクッと鼓動が響く。
その時、音楽が止み彼はハッと我に返り結月から体を離した。
「すまない…」
「いえ、私の方こそ…」
結月は視線を逸らし頬を紅潮させる。
その後、私達は人気の少ない場所へ移動し腰かけるが気まずい時が流れる。
沈黙に耐えきれず私は話を切り出した。
「お祭りも踊りも楽しかったです…」
「ああ、そうだな」
すぐに会話が途切れ沈黙の間が続く。
心臓の鼓動と風で木々が揺れる音だけが聴こえる。
「…結月…背を向けてくれ」
困惑しつつも私は頷き彼に背を向ける。彼の手が近づいたと思えば首元に重みがかかる。
「ネックレス…あ、これ…」
それは狐の形をした翡翠の勾玉だった。
「御守りだ」
「良く似合っている」
言葉に驚きながらも鼓動が高鳴る。
「ありがとうございます」
結月は思い出したかのように
「私も…気に入るか分かりませんが、渡したい物があって…!」
私は照れを隠しながらその物を手渡す。
「そのお面、さっき景品で貰ったんですが、何か蓮さんに似ているなと思って…」
「そうか…ありがとう」
会話は少ないものの私の鼓動はおさまらず
頬を紅潮させる。
「それじゃあまた…」
彼に挨拶し帰ろうと背を向けた時、呼び止められる。その声色から今までにない重みを感じ空気が張詰める。
「私と会うのは今宵で終いにしよう」
彼からの予想外の言葉に唖然とする。
「私、何か気に触るような事しました?」
「そうではない。これ以上私と一緒にいるのは良くない。そなたと私では…違うんだ…」
心が真っ暗になる。涙が流れぬよう必死に堪え私達はそれ以上言葉を交わさないまま祭り会場を後にした。
皆が寝静まった深夜、カサガサッと物音が聞こえ眠りが浅かった私は目が覚めた。
ゆっくりと扉の近くへ寄り半開きで聞き耳を立て様子を窺う。
扉の先で女性らしき声の人物とフードをかぶった怪しき者が何か会話している。
誰…こんな夜中に…
怪しき者らは共に地下に続く階段へ向かう。
私は見つからないよう後をつける。
螺旋状の階段を下ると地下牢のような場所へ辿り着く。
そこはどこか不吉で空気が淀んでいる。
岩の隙間から覗くと鬼や狐などの妖らが牢に閉じ込められており、中には顔見知りの妖も囚われていた。
そんな雰囲気に気にもとめず面を付けた者が数名中へと入る。
これ以上の接近は危険だと感じ、岩陰から様子を窺う。しばらくすると般若の面をつけた者と一人の男が姿を現した。
(あれ、あの人どこかで…)
後ろにいる男の顔に私は見覚えがある。
「約束は果しました。家族に合わせて下さい」
『あぁ、そうだな』
男達はその言葉に歓喜する。
『私より家族が大事か』
(はっ!前に私を捕まえようとした人!)
面をつけた者が男に手を向けるとドス黒い奇妙な光を男に放つ。
「ゔぁぁー!どうして⁉」
黒い光が男を包み、魂が吸い込まれ男はその場に倒れ込む。
『もう時期だ。必ず儀式は成功させる』
顔は見えず確信は持てないが、私は背後にいる一人の人物に見覚えがある気がする。
「なあ、蓮よ」
その名に私は耳を疑った。
「そなたにはもう少し役に立ってもらうぞ」
どうして蓮さんが…
胸部に張り裂けるような痛みが襲う。
息を潜めゆっくりと後退ろうとするが、恐ろしい光景を目撃したせいで体が思うように動かない。
パキッと棒を踏む。
しまっ…⁉
『誰だ!』
私は瞬時に身を屈めた。
こつ、こつ、こつ、と硬い靴音が響き渡る。
私は震える手で必死に口を押さえ息を殺す。
心臓の鼓動が耳に響く。
お願い、来ないで…!
チュー。
「鼠か」
怪しき者らが何処かへ姿を消した事を確認し私は息を整え螺旋階段をかけあげる。無事に部屋の寝床へ辿り着くが、その晩はあの悍ましい光景が頭から離れず一夜を明かした。
祭り 二日目
「ゆづ、結月?」
昨日の見た光景がぐるぐると回る。
「お姉ちゃん?」
「え?」
皆が私の顔を窺っている。
楓や凜、皆と一緒に祭について話していたのを思い出す。
「顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
話すべきだろうか…
「そう言えば夜中、魘されておったな」
「実は…昨日怖いものを見てしまって…」
「どんなだ?」
「それは…」
ただの夢であってほしい…
「言いたくなければ無理しなくて良い」
「楽しい事でもすればすぐ忘れる」
「う、ん…」
「楽しい事と言えばもうすぐ“あれ”が見られるね」
春彦は嬉しそうに話す。
「あれって?」
「忘れたのかい。百鬼夜行だ。鬼龍院家を先頭に妖の代表らが行進をする。その後は宴を開きながら村の代表が鬼王らの前で舞を踊るんだ。今となっては恒例行事の様なものだが、この祭りの伝統だ」
(百鬼夜行か、名前は聞いた事ある)
「それは見たいかも」
私は祭りの会場へ向かおうと家を出た。
しばらく歩くと不穏な噂を耳にする。
「最近主人が帰ってこなくてね」
「あら、そうなの…」
「帰ってこないと言えば〇〇さん所も」
「人攫いかしら」
「化け物って噂もあるらしいわ」
「や〜ね〜」
噂話を聞いた後、私は再び祭り会場へ向かう。すると今度は驚愕した声が耳に入る。
「それは本当か⁉」
近くに寄り聞き耳を立てる。
「誰か、代わりの者はおらんか?」
「それが…他の者にもあたってみましたが、王の逆鱗に触れるのは御免だと申していて…」
「参ったな…これ以上体調悪い者が増えれば…」
この村では神様への捧げものとして代表達が伝統舞踊を披露する。気に入られればその年間は安泰だという。
彼女はその代表の中の一人らしい。
「大丈夫…踊れ…るわ」
女性は弱々しく答える。
「無理をするな、その体では体力が…」
周りにいた人達が心配そうに話す。
「あの〜大丈夫ですか?」
恐る恐る声を掛ける。
その一声に妖達は一斉に振り返ったので思わず名乗りを上げた。
「すみません、盗み聞きするつもりは無かったのですが…」
「人間の小娘」
「君は鬼龍院家にいた、名は確か…」
「結月です」
男達は私を品定めするように上から下まで見下ろし、一人の烏天狗の男がひらめいた様子で私の両肩をガシリと掴む。
「そうだ、結月殿が変わりとなれば良い!」
「良い案だ!結月殿は鬼龍院様に気に入られているから鬼王の機嫌も直るかもしれん」
「結月殿、何か披露出来るものはあるか?」
突然の質問に困惑する。
「知っている舞はありますが、皆さんに披露出来る程の物は無理です!」
「だよな…」
ダンスは幼い頃お遊戯会で先生や保護者達のいる前で披露した程度で、大きくなった今では何千人がいる観衆の前で披露するなんて考えただけで恐ろしい。
すると烏天狗がボソッと呟いた。
「この際、誰でも良い」
「幸い今回の舞はそこまで難しいものではない。君は彼女らのマネをしてもらえれば。それにこの面をつければ正体も気づかれまい」
はじめは断っていたが、押しに押されついには面を受け取ってしまう。
けれど彼女は立ち上がり「舞が終わるまで保ってみせます」そう自分を鼓舞して姿勢を正し舞台裏へと移動する。
私は舞台袖近くから見守る事にした。こんな時に何も力になれない自分に少し嫌気が差す。
宴席では宴会料理や月見酒が並び鬼龍院や位の高い妖等は広場の奥、高くなっている舞台に座っている。絢爛豪華という言葉がしっくりくるほど煌びやかだ。
様々な演目が終了し、いよいよ彼女の出番が始まる。舞台の床が開き、人が四・五人は入るだろう巨大な鳥籠がゆっくりと上がる。鳥籠の天井が開いたと思えば魔法の様にゆっくりと消えてゆく。その真ん中には蝶の様な天女の様な美しく装飾された衣装を身に纏った一人の女性の姿が。先程の弱々しい姿とは違い、凛々しい姿がそこにはあった。
音楽が流れ彼女は踊り始める。
優雅で軽やかな動き、力強く飛び靭やかに着地する…
「今宵は酒が進む」
突然、脳裏に記憶がフラッシュバックする。
周りは彼女の美しさに皆が魅了されていく。
しかし後半になるにつれ彼女の動きが重々しくなり周囲がざわつき始める。
音楽が次の曲へ切り替わった瞬間、彼女は舞台の上で膝から崩れ落ちた。
「大丈夫ですか⁉」
私は彼女の元へ素早く駆け寄り声を掛ける。
「見苦しい姿を見せてしまったわね…」
彼女は弱々しく嗄れた声で答える。
「貴様は誰だ?」
その言葉が響きハッと我に返り瞬時に顔に手を当てる。
(良かった、お面つけていた…)
先程もらったお面をつけていた為、正体はバレないと胸を撫で下ろす。
私は彼女を庇うように立ち上がる。
「突然割り込んですみません。この人、体調が悪そうなので休ませてあげて下さい」
「ならその女子の代わりはどうする、まだ祭典の最中だ。そなたは何が出来る?」
私が代わりに?
こんな大勢の人の前で…
出来っこない…
{大丈夫、私が力を貸すわ}
優しい女性の声が脳裏に響く。
{神楽よ、神楽舞}
茜が踊っていた神楽を思い出す。
神楽の舞は覚えるのが苦手な私が唯一覚えているもの。人前で披露はした事ないが、幼い頃から見ていたので一通りの流れは記憶している。
(無理だよ、こんな大勢の人の前で踊ったこと無いし絶対に失敗する!)
{貴女ならきっと大丈夫。だって貴女は…}
彼女は私の腕を掴む。
「待って…私は、大丈夫…」
彼女は震えながら止めようとする。袖越しには花模様の痣が濃く浮かび上がり痛々しい。
私は「大丈夫、何とかしてみせます」と声を掛け優しく彼女の手を離す。
「…私が代わりに舞を披露します」
「ほう、余を楽しませる事が出来るのか」
「ご満足頂けるかは分かりませんが、最善を尽くします…」
私は深く深呼吸し息を整える。
瞳を閉じ脳裏で神楽舞を思い出しながら腕を広げ始めると慣れ親しんだかのように自然と体が動いた。
「あれは…月華の舞…」
観衆達は次第に私の舞に惹き込まれていく。
「それに、この歌…」
何処からか艷やかで澄んだ歌声と共に黄色や青紫色の美しい蝶達が光輝きながら私の動きに合わせ飛びまわる。
「ほう、これはなかなか面白い」
次の動きに入ろうとした瞬間、寝不足で目眩が襲う。何かに躓きその場に倒れ込み、その転んだ拍子に面に罅が入る。
「何だ、もう終いか?」
低い声が響き静まり周りからはざわざわと声が聞こえ冷や汗が出る。
「どうやら躓いたようですよ」
小声で何者かが王に耳打ちする。
「そち、顔を上げよ」
緊張した面持ちで顔を上げると面の罅は大きくなり真っ二つに割れ顔が露わとなる。
「結月…」
「人の子だ」
「何故あの子が…」
観衆達は場違いと冷ややかな目を向ける。
「ま〜面白い物を見せてもらったから良い。だが次は邪魔をするでないぞ」
私は舞台脇へ降ろされその場を去った。
帰りの道中、微かな声が聞こえる気がした。
“助けて!”
扉の向こうから救いを求める声がする。
恐る恐る扉を開けると螺旋階段があり、地下へ続いている。
昨日見た光景と似ている…
だとするとこの地下は…
私は唾を飲み込む。
地下は洞窟の通路のようになっており薄暗く地面に落ちる水滴は黴臭く、恐怖を倍増させる。
下った先では鬼や狐、天狗など様々な妖や人間達が囚われていた。
「おい、いい加減にしろ!」
突然、妖の一人に胸倉を掴まれる。
「もう止めてくれ…家族に合わせてくれ…」
「私、違います!」
「なら貴様は誰だ。何しに来た!」
「私は結月と言います。ただの人間です。声が聞こえたんです、助けを求める声が…」
「声?今まで俺達がいくら叫んでも誰も来やしなかった」
「結月殿!」
「何だ知り合いか」
「我が家で世話をしている」
「あの、皆さんは何故ここに?」
「そんなの俺等にだって分からねぇよ…誰かと話していたら良い香りがして近づいたら覆面を付けた奴らに儀式に必要だからと言われ閉じ込められて仲間の魂を吸い取られた。俺達は何もしてねぇのによ…」
香りと聞きなにか妙な違和感を感じた。
「…ちょっと待っていて下さい」
私は檻の扉を力一杯引っ張る。
「無駄だ、この檻には術が使われている。私達も試したがびくともしない」
「でも何か方法はあるはずです」
私はそこら辺にある石や棒を用いて扉を抉じ開けようとしたが、何度試してもびくともしない。
「結月殿、もう良い…」
「諦めちゃ駄目です!」
「何故そこまで…」
『おい』
背後から低く冷たい声が聞こえた。その一言でだならぬ緊張感が伝わり手を止める。
『誰だ、そこで何をしている』
私は正面を向いた。
そこには覆面を付けた者が立っていた。
「ゆず…き…何故其方が…」
面を付けた者は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに私を問い詰める。
「どうやってこの場所に入った?邪魔をするつもりか」
「あの、この人達を解放させて、下さい…!」
『それは無理な願いだ』
「何故ですか」
『見られたからには仕方ない』
「この人達をどうするつもりですか?」
『貴様には関係ない』
「でも、罪の無い人の命を奪うのは…」
『見ていたのか』
妖力を使い結月も牢へと閉じ込める。
『そこで大人しくしていろ、邪魔をしなければ命は奪わない』
般若は後ろを向き背中越しに語った。
「…っ」
「もう時期で願いが叶うのだ」
願い?
「私はこの日をずっと待ちわびた。ようやく復讐が果たせる」
その言葉を聞き悪寒がした。
「何を…する気ですか⁉」
「そうだ、俺達を閉じ込めてどうするつもりだ、貴様の望みは何だ!」
呆れたようにため息をする。
「面倒だが教えてやろう。“百の妖の魂を喰らえば強大な妖力と不老不死を得られる”という説話がある。今宵この村に混乱が訪れ紅き花が咲き乱れるろう。人間と妖らが争い合い私がその救世主となる。そして最も強大な鬼龍院の魂をも喰らい皆に服従させる」
般若の面と薄気味悪い笑い声が不気味さを引き立たせる。言っている事はまともではないし放っておくのは危険なのも分かる。
「貴様らも我の犠牲となるだろう」
そう言い面をつけた者は静かにその場を去る。そのさり際、微かに香る匂いに違和感を覚えた。
私の名を知っているとゆう事は少なからず面識がある人…誰、一体誰なの…
「すまない結月、そなたまで巻き込んでしもうたな…」
「いえ、ここから脱出する方法を考えましょう」
「やはりあの子に似ている」
彼女は悲しげな表情を見せた。
「詳しく聞かせて頂けませんか」
「辛い話になるわよ」
「構いません」
「貴女になら見せても良いのかも。目を閉じて」
指示通りに軽く目を閉じる。
「これから私の記憶の一部を見せるわ」
彼女は私の額に手を当てる。
目を開けると彼女の昔の記憶の中へ入り込んでいた。
幼い少女とその子を囲っている集団を見つける。
「妖し者がいる、あっちへ行け!」
シクシクと蹲って泣いていると「どうしたの?」と一人の女の子が話しかけてきた。
「酷いこと言うわね、こんなに可愛いのに」
「可愛い?」
「うん、可愛いよ」
「あなたは将来きっと美人な妖になるわ」
それまでずっと怯えていたが気が付くと私は笑顔になっていた。
ジリっと場面が切り替わる。
「違います、彼は化け物じゃありません!」
私と同い年くらいの少女が必死に訴えている。
「貴様は巫女だろ、巫女は皆を守るのが使命じゃないのか」
「ですからこの人は違うんです!」
「貴様の家族がどうなっても知らんぞ」
「それは…」
「でなければ、明日あの妖し者を始末しろ」
「…っ」
その晩、彼女は妖力がこめられた牢の場所へ移動した。
「私が何とかする、絶対に救ってみせるから」
翌朝、村人は牢から彼を連れ出し広場へ移動した。そして彼女も皆の後に続いた。
彼は鎖で手や体を拘束され術が込められた陣に身動きが取れなくなっている。
「巫女、始めろ」
男に呼ばれ彼女は祭壇へ上がる。
「大丈夫、絶対に貴方を死なせない」
彼女は神楽鈴を掲げ踊り始めた。
「あの踊りは神楽?だけど、何だろう…私の知ってる神楽じゃない」
気丈に振る舞う彼女の舞う姿は悲壮感が漂って見えた。
「ごめんなさい…やっぱり私には殺せない」
すると今度は誰かに呼ばれ意識だけ過去へと飛ばされた。目を開けると村の民が慌ただしくしている。訪ねたいが自分の姿は皆には見えておらず、勿論声を掛けても反応はない。
(これは誰かの記憶の中?)
皆が集まっている場所へと移動すると、少女が必死に訴えている。少女の後ろには幼い姿の彼がいた。
「お願い、もう彼を傷つけないで…!」
両手を大きく広げ大粒の涙を流しながら彼の前に立った。
「奴は妖し者だ。妖し者は始末しなくては」
村人はそんな様子にお構いなく抗議を続ける。
「民を救う巫女である貴様がなぜ奴を庇う!悪霊を祓うのが役目であろう!」
「彼は悪霊でも化け物でもありません!」
「貴様もあの妖の仲間なんじゃないか」
「確かに。以前からその瞳や髪色どうも怪しいと思っていたんだ」
「民よ、これまで巫女である彼女に恩は無いのか」
「恩はあるさ、彼女には役目を果たし村を平和にしてもらいたいだけだ」
彼の眼は赤く染まり青紫色のオーラを纏っている。
(…!)
「バ、バケモノ‼」
彼は巨大な狐の妖へと変貌した。
その姿に数名の男達は村の方へと足早に逃げて行った。残ったのは恰幅の良い男二人と数名だ。
「本性を現したなバケモノ」
「やはりな」
「許さぬ…」
その言うと狐の姿に変え森の奥の方へ走っていった。
炎が辺りを覆い尽くす。
「ま、待て!」
呼び止めるが男達は私の言葉に耳をかさず化け物は私をすり抜け森の奥へと進んだ。
私、この人知ってる気がする…
儀式が始まれば皆が犠牲になる…
一刻も早くこの事実を皆に知らせて祭りを中止させないと!
けど、一体どうすれば…
{私も力を貸すわ}
脳裏に優しい女性の声が響く。
{扉が開くよう強く念じて}
私は彼女に言われた通り強く念じるとギィーーと音を鳴らしながら錆びた鉄の扉がゆっくりと開き皆が面食らう。
「嘘だろ、妖の俺達が試してびくともしなかったのに…お嬢ちゃん本当に人間かい?」
「時間がありません。私は皆にこの事を知らせに行きます」
「だがどうやって?嬢ちゃんが言ったところで簡単には信じてもらえないと思うぞ」
「ですが、何もしなければ大変な事に…」
私は急いで祭り会場へ向かった。
宴や祭りは盛大に盛り上がっている。
「小娘止まれ、この先は部外者は立ち入れぬ」
関係者らしき妖に引き留められる。
「お願いです、通してください!伝えなければならない事があるんです!」
「祭典の真っ最中だ」
「うわ!」
突然逞しい腕が横から現れ、引き留めていたおとこたちが
「結月殿ここは私達に任せろ」
「皆さん…ありがとうございます!」
私は礼を伝え駆け足で向かった。
宴席では鬼龍院家や烏天狗などの妖の代表らが酒を交わし合い舞台上には面をつけた者が一人舞を始めようとしていた。その様子に怯む事なく勢いよく声を上げた。
「あの!今すぐ祭りを中止して下さい!」
彼らは手を止めると一斉にこちらを向く。
「結月?」
「宴の邪魔をするな。警護の者はどうした!」
「其方は…先程の娘か」
「お願いです、今すぐこの祭りを中止して下さい!でないと大変な事に…」
「娘よ、先程は良いものを見せてもろうたが、我は気分を害した」
「これは地下牢行きですかね」
その言葉にぞっと血の気が引く。
周りは心配そうな声と同時にひそひそと笑い蔑むような目でこちらを見ている。
「誰かこの者を捕らえよ!」
「待って下さい、皆さんの命が危険なんです…」
がたいの良い妖に腕を掴まれる。
やっぱり私じゃ聞き入れてもらえない?
「待て」
楓の一言に周囲は驚き手を止める。
「中断してまで来たのだ。余程の事があるのではないか、申してみよ」
「…このすぐ近くの地下牢に数名の妖が囚われています」
「牢は罪人を閉じ込める物だ」
「いえ、彼らは罪人ではありません」
「どうゆう事だ」
「何者かが妖を複数人捕え魂を喰らっていました。恐ろしく儀式に利用するつもりです」
「儀式だと?」
観衆達がざわつき始める。
「その人はこの祭の儀式で混乱を起こさせ最後には皆さんの命も奪うつもりです」
「鬼王様、あの者が言っているのは戯言です、耳をかす必要はございません」
「娘よ、話は後でじっくり聞かせてもらう」
「嘘ではありません、信じて下さい!」
「ならばその話を信ずる証拠はあるのか」
「証拠は…ありません…ですが、嘘はついていません」
「見てもいないのに信じろと」
「確かに人間は噓つきだしな」
やはり私の言葉では信じてもらえない。
「出鱈目を言い惑わす気か?」
「そんなつもりは…」
「この娘が言っている事は本当です、俺らは牢に閉じ込められていましたが、結月殿が救ってくださいました。あのままでは殺されていたかもしれません」
「私もです。彼女は嘘をついてはおりません」
「そうか、皆まで言うのだからそうなのだろう。続きを申してみよ」
「数百年前のあの恐ろしい災いが再び繰り返されようとしています」
「災いだと…」
「何故結月が知っている。それにどうして牢から抜け出せた…術はかけたはず…仕方ない」
すると何処からともなく怪しげな人物が近づく。
(あの人は誰?)
片手を掲げると赤紫色の怪しげな光を放ったのが見えた。
「ゔぅ、ゔぅ!」
鬼王は悲痛の声を上げる。
「どうしました?」
(この感じ蓮さんの時と同じ…)
「…めて、止めてくれ!」
『私にお任せを』
「鬼龍院様は気分が優れぬようだ。私はこの女子が怪しい術を使い操っているのを目撃した。捕らえ地下室へ連れて行け!」
「お待ち下さい、私もこの子には沢山助けられましたの。結月ではないわ。ですから、今回の事は大目に見てくださいまし」
そう結月を庇うのは紅葉だった。
「そうだ、何もそこまでしなくとも…」
「ねぇ様は人間を庇うの?」
「其方の願いでも受け入れられない。そこの女子と庇った者をひとまず地下へ連れて行け。話はそれからだ」
「お待ちください鬼王様、人間の娘は分かりますが、姉様は関係ございません!」
異母妹らは納得せず抗議する。
「黙れ、私に歯向かう気か」
「…!そんな…つもりは…」
冷たく冷酷な目に彼女らは悚然とする。
覆面をつけた怪しげな人物は私の前を通り過ぎた時、小さな声で不気味に囁いた。
「邪魔をするなと忠告してやったのに」
私達は檻に囚えられ蔦の様な物で手首も拘束される。
「貴方はさっきの!」
「術を強化した。これ以上邪魔をするつもりなら次は容赦せぬぞ」
「どうしてこんな事を?」
「…其方には分からんよ」
背中越しで小さく語った言葉に苛立ちと虚しさが入り混じっていた気がした。
「結月さん…」
背後から声がしたので振り返ると視線の先に濡れ羽色の黒髪に儚い顔立ちをした少女が立っていた。
私、この人知ってる気がする…
「もしかして、雪音さん?」
「えぇ、ようやく貴女と話せた」
「どうして名前を」
「お願い、彼を、彼を助けて…」
「私も助けたい!けどどうしたら良いのか」
「私にはもう時間がない」
「時間?」
「本当は彼を助けたかった。側にいたかった。けど…もうそれは叶わない。だから貴女に私の力を授けるわ」
彼女は私の胸に手を宛て眼を瞑る。
その瞬間自分の身体が光り、力が漲るのを感じた。
「雪音さん…」
優しく柔らかに雪音は微笑む。
「え、でも待って下さい。これじゃ…」
「貴女にならこの力を託せる気がするから」
「私、雪音さんに話さないといけない事が…」
言いかけた瞬間指で口を塞がれた。
「“これ”をあの子に渡してほしいの」
それは鈴が付いたミサンガだった。
手にした時、これまでの出来事や想いが走馬灯のように脳裏へ入ってくる。ずっと大切な優しい記憶。離れていくような辛い記憶。
「私に出来るか分かりませんが行きます、二人を救いに…」
「ありがとう」
雪音は笑みを浮かべる。その表情は穏やか
で儚げだった。
目を開けた時には雪音の姿はなく、私はお守りを握りしめ目元には涙を浮かべていた。
「結月、大丈夫か」
「…すみません、すぐにここから脱出しましょう」
私達はどうにかして牢から脱出できないかと考えていた。しばらくすると見覚えのある動物が私達の前へ姿を見せた。
「狐白!」
それは以前出会った白狐だった。
「あら、この狐…」
(狐白は私をこの世界に導いてくれた。もしかしたら…)
「狐白、ここから出る方法何かないかな?救いたい人がいるの。って狐に聞いても分かる訳ないですよね…」
キュンっと一鳴きし狐はすぐにどこかへ去ってしまう。
狐が去った後も脱出を試みるが、術が強化されているせいでびくともしない。
どうしよう、このままじゃ…
「おい、そっちはどうだ?」
一人、二人、いや数人の足音がドタバタと騒がしい。
「だめだ、一体何処に隠れていやがる⁉」
何事かと思いつつその場から身を乗り出す。
「いた!結月、無事か!」
「結月お姉ちゃん!」
変装の術を解くと男の子は泣きながら私にしがみついた。
「楓さん、春彦君、それに皆さん!」
「無事だったみたいで安心した」
「どうして?」
「こいつが知らせて案内してくれた」
楓達の背後から顔を出す。
「ありがとう、狐白」
狐白は嬉しそうに一鳴きする。
楓や皆の妖力の力を合わせたおかげで扉を開ける事に成功した。
「早く、外はちょっとした騒ぎになっている」
私達は兵の隙を見て脱出を試みた。
奥から何か助けを求めている声が聞こえる。
「そっちにいるの…」
「結月、どうした?」
「すみません、私、今すぐ会わなければならない人が…」
「会うって誰に?」
「先に行って下さい、後で追いかけます」
「おい、結月そっちは!」
私は楓に引き止められるも、彼女のお守りを握りしめ彼の元へと走る。
洞窟の様な場所を抜けた先には見覚えのある鳥居と神社があり、その先に異様な形をした生物の影が見えた。
「れ、蓮さん…蓮さんですよね」
平静さを装っているが、興奮は治まっておらず、ただならぬ覇気だ。
彼は妖や人間の魂を喰らっていた。
「誰だ」
冷たく白刃の光に臆しながらも少しずつ近づく。
「私です、結月です」
「貴様も私を捕らえに来たのか」
「違います!私は貴方を、蓮さんを助けたい」
「助ける?」
「貴方の過去を知りました。信じられなくて当然だと思います。でも私は…雪音さんはこんな事望みません!」
その名を口にした瞬間、彼は表情を変えた。
「雪音さんはいつもあなたの事を思っていました。それは今でも変わりません」
私は彼を強く抱きしめた。
「何をする⁉」
「お願いです、元の蓮さんに戻って!」
彼は私を振りほどこうと抵抗するが、負けじと必死にしがみつく。
「雪音さんの代わりに謝ります。約束を果たせなくてごめんなさい。一緒に居られなくてごめんなさい」
「止めろ…」
「貴方は化け物じゃない。例え貴方が妖でも私は蓮さんが好きです!」
青年の過去
何時しか彼女が言っていた。
『貴方はバケモノではないわ』
数千年前、妖の存在がまだ受け入れられていない頃に私は人間の里で産まれた。
この村では神は崇めるべき存在で神に願えば叶うと信じられていた。
私は幾年も幾年も人々の願いを聞き入れていた。願いは強欲で身勝手なものばかりだった…
そんなある日、一人の少女が訪ね願った。
「どうか、妹をお救い下さい」
己ではなく他人を思いやれる清らかな娘だと私は彼女に興味を持ち人間に扮して里を下りた。その行為が間違っていた。
私には人とは明らかに違う所がある。
それは妖であり妖術が使える事だ…
妖術を使っているところを村人に目撃され、
その不気味さに周囲は妖し者やバケモノのだと噂を立てるようになった。時には私の力を利用しようと檻に入れる者もいた。私は人々を恐れた。けれど彼女は違った。私を檻から出し救ってくれた。
最初は警戒していたが、彼女と接する内に嘘ではないといつしか心を開くようになった。
「そう言えば貴方の名前は?」
「名は…」
「それじゃあ、蓮華…蓮と言う名はどう?」
彼女はどんな時も笑顔が絶えない心の美しい少女だった。
何時しか興味から恋心へと変わっていった。
人間に対してこの感情は禁じられた想いだったが、私達は桜の種を植え花が開花する時期に再びこの場所で会おうと契りを交わした。
数年の月日は流れ再会出来る日を心待ちにしていた時だ。
「久しぶり、雪音よ」
声を掛け現れたのは妖艶な顔立ちの女性。
「…違う。其方は雪音ではない」
「はぁ、どうして気づいちゃうのかな」
「誰だ?」
「私は雪音の妹の凜だ」
「あぁ、そなたが妹君か」
「姉さんに会うのは諦めた方が良い」
何故かと問うと好いている人ができ、その人と婚姻する事になったと…
「姉さんが本気で貴方を好いていたと思う?」
「どうゆう意味だ」
「姉さんは他でもない人間を選んだの。裏切ったのよ。でも…私なら貴方を愛してあげられるわ」
「雪音でないと意味がない」
「いつも姉さんばかり…もう手遅れだと思うぞ…」
私は彼女をおいて雪音の元へ向かう。
町中で彼女を見つけ声を掛けようとした。
しかし以前までの彼女と雰囲気が明らかに違った。どんな時でも笑顔の絶えない娘だったが、表情は乏しく酷く沈んでいる。人混みを掻き分け声を掛けようとした時、彼女の視線の先にいたのは人間の男だった。
「雪音…」
「蓮、さん」
「何だ貴様は」
「雪音、どうゆう事だ」
彼女は目を伏せながら答えた。
「…私はこの方をお慕いしております、貴方とは会う事は出来ません…」
「契りを交わしたではないか」
「契り?何のことでしょう」
雪音は私から背を向け小さく呟く。
「ごめんなさい…さようなら…」
彼女の言葉に傷心しその場に立ち尽くす。
その帰り道、フードを被った怪しげな人物に彼女の身が危ういと忠告されたがその話は聞き入れなかった。
数日、再び彼女とその人間の男を発見した。しかし彼は以前よりも不気味で雰囲気が異なっていたため、気になり後をつけた。予想外の出来事に唖然とする。
彼女は殺された。
いや、魂を喰われたという方が正しいか。男は彼女は特別で巫女の力を引き継いでるため、その魂を喰らうと力が宿ると言う。
私は自分の中に眠っていた怒りの感情が湧き落ちていた鋭い木の破片を拾い男へと向け殴りかかった。
男はびくともせず挙句に棒を奪われ目元に傷ができた。
『貴様のようなバケモノと人間が結ばれるわけがないだろ』
男は笑いながらその場を去った。
私はすぐに彼女の元へ駆け寄った。
[怒り、悲しみ]
『あ〜あ、だから忠告してやったのに。彼女身が危険だと』
そこには覆面をつけた人物が立っていた。
『彼女を救える方法が一つだけある』
何を言っているのか理解できず怪訝な表情を浮かべる。
『もっと強大な力を手に入れ、この村人に復讐し、彼女を生き返らせたくはないか?』
行き返せる…
だが、私は人ならざる者。
人の生死に関わってはならぬ…
いや、彼女を救えるなら何でも良い。
「どうすれば彼女を救える?」
怪しげな人物はニヤリと不気味に笑う。
『私と契約を交わし百の魂を喰らえば願いは叶うだろう』
私は後に数十人の魂を喰らい十分な力を得た。多大なる力を手に入れ他に邪魔をする者の魂を喰らい続けたが、心は全く晴れる事なく、完全に自我を見失っていた。
そこから瞬く間に魂を喰らうバケモノとして扱われ、そして誰ぞやに魂を封印された。
私はただ…
彼女の側にいたかっただけなんだ…
ドタバタと複数の重たい足音が聞こえる。
「何をしている!小娘どうやって牢から⁉」
「…!」
一人の男が何かに気付く。
「どうした?」
もう一人の男が訪ねる。
「バ、バケモノが…⁉」
「化け物だ、皆矢を放て!」
(違う、化け物なんかじゃない…!)
「止めて、彼は違います!」
私は彼を庇うように両腕を広げ前へ出た。
「何のつもりだ、どけ小娘!貴様を見たのだろう魂を喰らっているのを!」
「嫌です…!」
「彼は操られていただけです…お願いです、殺さないで…」
「黙れ!」
男は持っていた刀を私に向ける。
「庇うとゆう事は貴様もバケモノの仲間か!邪魔をするつもりなら小娘も始末してやる」
「奴から始末してやろうと思ったが、気が変わった。まずはお前から小娘!」
男は私の元へ勢いよく向かってくる。
(こ、殺される!)
恐怖で目を思いっきり瞑る。
「…!貴様」
恐る恐る目を開けると切りかかる手前で彼が男の腕を押えている。
「その汚らしい手を放せ」
彼はそう言うと男にもの凄い力を込めた。
しかし男は一向に手を放そうとしない。
「人間に指図するな」
男は刀を彼に向け切りかかった。
彼は剣幕した表情で怒りを露わにした。
「傲慢で愚かな者、もう一度だけ言う、彼女から手を放せ…」
彼は青白い炎で私達の周りを囲う。
「蓮さん…」
彼は正気を取り戻し大きな腕で私を強く抱きしめる。
「すまなかった…」
その言葉は私に向けられたものではないと分かっているが今だけは彼の温もりに触れていたい…
「良かった…」
胸を熱くしながら答える様に私はその背中に手を添える。
「頼む、待ってくれ!」
『もう遅い』
無表情のまま男の魂を喰らった。
『まだだ。力が足りぬ』
蓮は何者かの腕を掴む。
『邪魔をするな』
「そなたはもしや…!」
覆面は口元を歪ませニヤリと笑う。
『気づいたか。久しいな蓮よ』
「飛縁魔…」
「飛縁魔?」
「妖は良い者もおるが、害をなす者もおる。飛縁魔は」
『嫌ですわ、そんな華のない名は。そうね、玉藻とでも呼んで下さいな』
「何故だ、何故こんな真似を」
『退屈でな。何か面白い事は起らぬかと思っていた所に偶然にも村人が飢えていたので神のふりをして救ってやると言った。その代償として生贄を奉げよと』
飛縁魔は淡々と話を続ける。
神のふりも飽きてきた頃、一人の小娘が訪れ前を通り過ぎた瞬間、娘から嫉妬や憎悪など様々な感情が感じ取れた。もしこの感情とゆう名の力を利用する事が出来たらどうなるのだろうと興味が湧いた。そして彼女に契約を持ちかけると快く承諾し善人のふりをして人々を騙し続けていた。
『人間の感情というのは面白いな。己の為なら他人をも犠牲にする。例えそれが血を分けた者でも…』
『私は契約を交わし力を与えただけだ』
「愚か者…!」
『実に面白い結末となった』
蓮は手元から大きな狐火を飛縁魔へ当てる。
『ぎぁぁー!』
悲鳴を上げながらその場に倒れこむ。
『わ、悪かった。ゆ、許せ』
「二度とこの様な真似はしないと誓え」
冷酷な目つきで威嚇する。
『あぁ、誓う』
怪訝な表情を見せるが、彼女が心配になり側へ駆け寄った。
「無事か」
「大丈夫です。蓮さん、血が…」
「大した事はない。直に治る」
その様子を見ていた人物が聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でぶつぶつと言い始める。
「どうしていつも邪魔が入るの…」
般若の面をつけた者かが倒れ込んでいる男の前へ近づく。
「役立たず」
男の前へ手をかざす。
その様子に気づいた私は嫌な予感がして声を上げる。
「や、ダメ!」
言葉にしたと同時に漆黒の闇が男を包む。
魂を吸い取られた男はその場に倒れた。男の魂はそのまま覆面の者へと吸い込まれる。その光景を目の当たりにした私は体を動かす事は愚か言葉も発せられずにいた。
『最後が此奴の魂とは…こんな魂より強大な魂が好ましかったが、奴で丁度百人。これで準備は整った』
「貴様は一体何者だ…!」
彼の問いに答えるようにこちらを振り向く。
「あら、もうご存知だと思ったけど」
聞き馴染みのある声に胸が締め付けられる。
「面を外せ」
やれやれと面を外す。
お願い、どうか違う人であって…
私の思いとは裏腹に顔を合わせた瞬間絶望へ変わる。
「凜さん…」
「凜、お前どうして…」
「どうして?」
ふっ、と凜の声がした。
「私の気持ちは理解できないわ」
「…」
「凜、お前はそんな奴じゃないだろ、どうしちまったんだ…」
「私は特別なの!なのに周りはいつも姉さんばかり特別扱い…結月だってそうよ!」
凜は次第に激越した口調へ変わる。
「美しさも私の方が上だ!」
「姉さんもいなくなってこの村で一番の美貌も手に入れようやく私も幸せになれると思った。けど…幾年経っても満たされない。どうして私だけこんな想いをしなければいけないの!」
「凜さん…」
凜は面をつけ直す。
「だがそれもここまで。少し計画は狂うたが、魂は全て揃った。ようやく私の願いが叶う…!」
凜と一体となった飛縁魔は天へ手をかざす。
怪しげな呪文を唱え始めると彼女の髪はうねうねとした蛇が巻き付き額には黒い薔薇の花模様が刻み込まれ九つの尾を持つ玉藻前へと変貌する。真っ赤な瞳と唇がニヤリと笑うその不気味な姿はまさしく妖魔だ。
「まさか禁句の呪文を⁉」
「その花柄模様、紅葉さん達にもついていた痣…もしかして…」
『あぁ、私だ。私よりも美しいのも許せない』
「愚かな、奴は其方の魂も吸い取るぞ!」
『五月蝿い奴だ』
妖魔は容赦なく私達に攻撃を仕掛ける。
「ゔぅ!」
蓮は姿勢を崩し片足を地面に打ち付ける。
「蓮さん!」
『なぜ私が貴様よりこんなにも力があるのか不思議じゃろ』
妖しくにこりと笑う。
『これまで大勢の魂を喰った事もあるが、一番は小娘の復讐心だ』
復讐心…
『この小娘は哀れで可哀そうでな、私は彼女を救ってやったのだ』
「そんなの救ったなんて言わない!」
『その状態じゃ辛かろう、楽にしてやろう』
妖魔は彼に手を向け闇が喰らい尽くそうとする。
『ん?』
私は両腕を広げ悪魔の前に立ちはだかり闇を弾く。
「もう…これ以上やめて下さい…」
「邪魔をしないで、姉さん」
花音の面影と重なり私の体は硬直する。
「全て聞かせてもらった。元凶は凜、あの小娘だったのか!しかも妖魔と契約まで!」
木や草村の陰に隠れていた村人や妖が姿を表す。私は村人達の声ではっと我に返る。
「皆さん…」
「今まで俺達を騙していたのか!」
「悪魔!」
「私の家族を返して!」
家族や友を亡くした村人らは痛哭する。
負の連鎖は益々エスカレートし悪魔は封印しなければという結論にいたる。
薄暗く分厚い雲が村を覆い始める。
「先に騙したのは貴様らだ。私はお前達を絶対に許さない」
優しい彼女の姿はもうどこにもなく今は恐ろしい妖魔として存在している。
「何て恐ろしいの!」
「バケモノを倒せ!」
人々は槍や銃など彼女に向けている。
平和だったはずの村が一夜にして悲劇が起こるなんて。
『その程度か、私にそんな物は効かんぞ』
「きゃー!」
「誰か救いを!」
森や建物は焼け焦げ辺り一面真っ赤な海に包まれる。いつしか夢で見た光景だ。
刻々と立ち上がる煙
村人達は魂を吸い取られ壊れた人形のように倒れていく。
「頼む、やめてくれ!」
『私に服従し崇めよ。さすれば考えてやる』
「化け物に崇める奴はいない」
九尾の妖魔は容赦なく無言で炎や闇を放ち皆の魂を食らっていく。
私はどうして良いか分からず少し離れた場所から呆然と立ち尽くす。
「お母さん!」
声のする方へ振り向くと小さな妖の女の子が怪我をして動けなくなったので必死に叫んでいた。その母親は娘を庇いながら意識が遠のいていった。
私は次に狙われている少女の前へ駆け寄り両腕を広げる。
「おねえちゃん…!」
『小娘、自ら死に来るか』
闇に包まれた光が私へと向かってくる。
「お願い、凜さん。もうやめて!」
首にかけていたペンダントが白く眩しい光
を放つ。
怯みを見せたが、妖魔の表情は変わらない。
(こうなったら一か八かだ。私に出来るか分からないけど、雪音さんにもらったあの力があれば…!)
{結月ならきっと大丈夫}
「楓さん、私に妖術を力を分けて頂けませんか?」
結月の眼差しには決意が漲っている。
「…承知した。皆も彼女に力を!」
鬼などあらゆる妖達の力が結月へと集中し集まる。皆の想いが身体へ入り力が湧いてくる。
「…其方も行ってしまうのか」
聞き馴染みのある声に足を止める。
「皆を助けないと。それに蓮さんを助けられただけで私は…」
前方を向き進もうとすると腕を引かれる。
「もうこれ以上失いたくない」
やめて、私の決意が揺らいでしまう…
「これは私が解決しないといけない問題…それにあの子は私が救わないと…」
「結月…もしやそなた…」
私の体は軽くなり宙へ浮く。
すると見覚えある動物が肩へ寄る。
「やっぱり…あの狐は天狐ね」
「巫女よ、私の力もそなたに授ける」
「狐白…喋れたの⁉」
「巫女となられたので私の言葉が分かるのかと」
狐白が身体に巻き付くと白服に羽衣を纏い手元には神楽鈴を持っていた。
本当に私に出来る?
{結月ならきっと大丈夫}
私は息を整え鈴を構える。
シャン、シャラン!
鈴の音が村全体に響き渡る。
『何だその姿は。何かの真似事か。まーどうでも良い。また邪魔をするきか』
「寂しかったんだよね、凜さん…」
『寂しい?何を言うてるのか分からぬ』
「私も妹が羨ましくもあり憎かった。それを今まで妹のせいにして何もしなかった。けどそれは間違いで向き合って変わらなければいけないって気づいたの」
「結月は恵まれているからそう言える!お前に私の何が分かる!」
「凜さん…」
「私は悪くない、私は悪くない…」
彼女は苦悶な表情を浮かべている。
「凜さん聞いて。貴女の姉、雪音さんは貴女の代わりに生贄として生涯を捧げたの」
『また虚言を言い惑わす気か』
「違う、これを見て」
結月はポケットから鈴のついた赤いミサンガを取り出して凜に見せる。
『その鈴の紐がどうした』
「覚えていませんか?」
『知らぬ』
「これを付ければ思い出すはず」
私は鈴のミサンガを凜の手首へと通す。
第何章
凜の過去と雪音の想い
私には幼い頃、両親と姉がいた。決して裕福とは言えないが、何不自由なく幸せに暮らしていた。
この頃の村人は神の力のおかげで村が存続していると考えていた。なぜなら飢饉も起きず、実りも豊かに繫栄しているから。
だが代わりに数十年に一度、巫女としての才がある子を奉げる掟となっていた。
生贄としての役目は村人たちの願いを聞き神に届ける。簡素な白い衣に唄と舞だけを与えられる。
私と姉は巫女としての才があると周りから褒められ歓喜した。けれど、それは始めの内だけだった。姉が舞を披露すれば皆を魅了し、歌えば綺麗な花々が咲いた。私は踊り歌えど姉のようにはならない。その差はみるみる内に開く。その時から姉に劣等感をいだき始めた。そんなある日私は姉からミサンガを手渡された。
その日から姉は何やらソワソワしながら身支度を済ませ外出したため、気になり後をつけた。しばらくすると神社が見えた。私は木の陰から様子を窺った。姉と青年が何やら楽しげに話している。姉は幸せそうだった。
数年が経ったある日、姉に見合いの話しが持ちかけられる。姉は困惑した表情をするが見合いを受け入れた。そこでも選ばれるのは姉なのかと悔しさを押し殺す。
ある日
神社を見つけ手を合わせ神に願った。
『嫉妬、憎悪、寂寥感』
言葉に反応するように目を開けると正面にフードを被った覆面の怪しげな人物がいた。
「誰⁉」
『世の中は不平等だ、そうは思わんか?』
『私には見えるぞ、貴女の中にある想いが』
人間では無い何か得体の知れない人物が妖しく微笑む。
「貴方は誰なの?」
『そなたの理解者とでも言っておこうか』
理解者?
『悔しくないか、姉に全てを取られて…このままでは孤独となるぞ。私と契約しないか?』
「えっ?」
『私なら其方の願いを叶えてやられるぞ』
得体の知れぬ者は誘うように嘯く。
心の奥底で蟠っていた怨恨がおもてに溢れ出る。
「えぇ、契約するわ」
『交渉成立』
薄気味悪い笑顔で微笑み私の身体の中へ入ると腕につけていたミサンガが千切れた。
数年が経った頃、身寄りのない私に鬼龍院家の楓という妖の男が手を差し伸べ一緒に暮らそうと家族として受け入れてくれた。
そう、これが私の知ってる記憶。
姉は特別で皆から愛されていた。
両親も私より姉を愛していた。
悔しかった、寂しかった…
だから以前までの想いを断ち切り契約を交わした。
***
「どうして、凜なのですか!」
母さんの声…
父さんや姉さんもいる…
「選ばれたのだから仕方あるまい」
「ですが…凜はまだ幼く病を患っているんです。このままでは命が持ちません」
姉の雪音は神社で手を合わせ願う。
「神様、どうか凜をお救い下さい。私のたった一人の大切な妹なんです」
『ならば、其方が身代わりとなれ』
「え」
『さすれば其方の妹の病も治してやる。救いたいのだろ』
「…分かりました、私が妹の代わりとなります」
『そなたはまだ幼い。刻が来たら魂を…』
雪音は凜の身代わりとなる事を承諾し巫女としての義務を果たした。
「凜、これはお守り」
「ミサンガ?」
「悪霊から守ってくれるお守り。これでもう大丈夫よ」
その日を境に姉は日を追うごとに窶れていき笑顔が消えていった。それでも姉は私に苦労を隠し続けている。
全く幸せそうには見えなかった。
どうして…何も教えてくれなかったの…
「それじゃあ私は今まで勘違いをしたまま姉さんを恨んで…酷い事を…」
凜は口元に手を当て体を震わせ混乱する。
『くだらん、耳をかすな。嘘をついていた事は事実だ』
今がチャンスかも!
護符に手をかけると彼女の声が聞こえた。
高天原に神つまります
掛まくも畏き
伊邪那岐の大神
筑紫の日向の橘の
小門の阿波岐原に
禊祓え給えひし時に
生ませる
祓戸の大神等
諸々の禍事・罪・穢れ
あらんをば
祓え給い
清め給えと白す事を
聞食せと
恐み恐み白す
「お願い、元の凜さん戻って!」
{凛、戻ってきて!}
護符は凜に向かって光球を放つ。
『ぎぁぁー、ゔぁめろ。やめてぐれ!』
皆は天を見上げ呆然と立ち尽くす。その様子を見ていた村の長老は呟く。
「巫女様があの娘とは…言い伝えは本当じゃった」
妖魔の力は弱まり地面に倒れ込む。
「終わった…」
世界が反転している…
私は力尽き逆さまへ落下する。
「結月!」
誰かに抱き抱えられている感覚がする。
温かい…
意識が朦朧とする中薄らと瞳を開く。
黄金に輝く美しい双眸に白髪の長い髪。
「蓮さん、神様みたい…」
「あれは宇迦之御魂神…」
「またそなたを失ったかと思った」
「凜お姉ちゃん!」
「春、彦」
「早くお姉ちゃんの体から出て行け!」
『惑わ、されるな…』
「凜…戻って来い!」
楓は必死に訴える。
「楓兄さん…私…私は…」
凜の想いが九尾の妖魔を引き離そうとする。
『正気を戻したか…まぁ良い。奴が油断している隙に…』
怪しげな呪文を唱えながら妖魔の魂は再び凜の体内へ侵入する。持っていた簪をゆっくりと彼へと向け勢い良くこちらに駆ける。
私は言葉より先に体が動いた。
「蓮さん!」
私は彼を庇うように前へ出る。
「ゔぅぅ!」
硬くて冷たい物が体に貫通しているのを感じる。
「結、月…!」
正気を戻した凜は雪音と結月の顔が重なり簪を落とす。
彼の安否を確認するとにこやかに微笑む。
「良かった…」
私はゆっくりと地面へ倒れ込む。
「姉さん…!」
『また小娘に邪魔された』
妖魔は残念そうに言い放つ。
『何故この小娘は毎度邪魔してくるんだ』
「ゆ、結月…」
『小娘のおかげで命拾いしたな』
「…くも…」
『どうした黙り込んで。しかし、この小娘も愚かだよな、妖を庇うなぞ』
「黙れ…」
『あぁ、そうか。此奴はお前を好いてるんだな。だから、毎度邪魔をする』
「黙れと言っている」
涙を流しながら狐は嫌悪感を男に向けた。
『もしやお前さんも小娘を好いているのか』
『愚かな、人間と結ばれる事はないとゆうのに…』
『そう言えば一昔前にも同じような事があったな。己が弱いせいで二度も救えぬ気持ちはどうだ』
突然、大きな地鳴りが響き困惑する。
「何だ⁉」
「ゔぁぁぁーー!」
彼は静かな敵視から激情する。
『な、何だ⁉』
地を這うような声と共に瞳孔は赤く染まり手には赤黒い狐火が浮かんでいる。
『その姿は!』
彼の姿に皆が畏怖する。
「まずい、このままでは祟り神になるぞ!」
祟り神⁉
「蓮さん…!」
険しい顔で
「やめろ、凜を殺すな」
楓の魂の叫びが大きく響く。
「そこまでじゃ」
突然強い光が近づく。よく見ると車輪が炎に包まれている。
『ゔぁぁぁー!』
凜の体から妖魔が出てきたと思ったら妖魔の体に炎が纏わりつき苦しそうに悶え始めた。
「火車だ」
楓はぼそっと呟く。
「火車?」
「悪事を働いた者が運ばれてゆく物だ」
『熱い、嫌だ…ぎゃめてぐれぇぇぇー!』
妖魔は叫喚しそのまま灰になり火車と共に姿を消した。
「凜!」
楓は倒れている凜のそばに駆け寄る。妖魔との契約で美貌を保っていたが契約は切れ凜の本来の姿に戻っていた。
「…気づいてやれなくてすまなかった…」
楓は凜を力強くも優しく抱きかかえた。
「ご、ごめん、なさい!」
凜は今まで己がしてきた事を悔恨し、やがて大粒の涙を流す。まるで幼い子供が泣きじゃくるように…
「お主も落ち着くのじゃ」
元の姿になった彼はすぐさま私の元に駆け寄った。
「結月、無事か!」
「はい…これが守ってくれたみたい」
私は胸元にあるペンダントを見せる。
それは以前彼からもらった狐の形が象られた勾玉のペンダント。
「あ、でも欠けちゃってる。折角蓮さんからもらったのに…」
「そなたを失わずに済んだのなら良い」
「私は今まで誰かを好きになった事が無かった…でも、蓮さんや他の皆さんに出会って誰かを想うってこんなにも辛くて苦しんだって知りました…」
金色の美しい双眸が辛そうにこちらを見つめる。
すると神々しい光がこちらに差し込み誰かが現れた。
「妾は天照様の使い咲夜と申す。其方が結月だな?」
「は、はい」
結月が返事を返すと撫子の背後から似た顔の子供が二人ひょっこりと現れた。
「おいら達は双子のナギとナミ」
どうやら天界に住む者が天から舞い降りてきたようだ。
「そなたには色々と苦労を掛けた」
「凜よ、そなたには今までの罪を償ってもらう」
「はい…」
「楓さんや他の皆さんは?」
「安心しろ」
「良かった…」
優しく微笑んだ後、真剣な面持ちで蓮へ尋ねる。
「結月よ、そなたは元の世界へ返してやろう」
と撫子が言うと結月の体は光を纏う。
「元の世界?どうゆう事だ?」
その言葉の意味を理解し私は皆の方へ顔を向け頭を下げる。
「ごめんなさい。私、今まで皆さんに噓をついていました」
「嘘?」
「私この世界の住人じゃないんです」
「知っている。別の村から来たのだろ?」
「それも違うんです。上手く説明はできませんが、こことは違う別の世界の未来から…」
「別の世界…みらい?」
「私も最初は信じられませんでした」
「そんな…では結月とはこれで別れなのか」
「結月ともう会えないなんて嫌だ!」
皆が私との別れに落涙する。
「…私、皆さんに出会えて良かったです…」
「記憶は無くなるかもしれぬが、またどこか出会えるの願っている」
そうして私達は別れを惜しむと皆の姿が次第に薄れていき彼と出会った神社が現れる。
「次に蓮、いや宇迦之御魂神よ、お主は分かっておるな」
「…承知している」
これからの事を理解しているように真剣な顔で答える。
「結月、私もどうやら時間のようだ」
「時間?」
「操られていたとは言え私は沢山の魂を喰らい禁忌を犯した。償わなければならない」
「どうにかならないんでしょうか?」
「すまない。ここで別れだ。私は時期に姿を消す」
「私は蓮さんを救えなかったの?」
「何を言ってる。其方は十分私達を救ってくれた。ただこれが私の定めだ…」
「なら、私も一緒に!」
彼は顔を横に振る。
「結月には帰る場所があり、待っている者がいるのだろう」
「私は千年以上生きた。もう十分永い時を生かせてもらった」
私は手を思いっきり握りしめ眉間にシワを寄せ涙を浮かべる。
「撫子殿、暫し待ってくれぬか。すぐに行く」
「…良かろう、妾達は先に行く。だがあまり時間は取れぬからな」
そうゆうと撫子らは忽然と姿を消した。
「結月、暫し目を瞑ってくれぬか」
言われた通り目を瞑りその時を待つ。
「目を開けてくれ」
一瞬、太陽の眩しさに目をやられるが、目を開く。
そこには巨大な桜の木と色鮮やかな花畑が一面に広がっていた。
「…綺麗…」
「ようやくそなたとの約束が果たせた」
涙を流す私の姿を見て蓮は面を外す。
「それとこれを…」
彼は付けていたお面を私に差し出した。
それは美しい模様が施された狐のお面だ。
「これを持っていてほしい」
「ではここで別れだ」
蓮は私から背を向け周りにいる神官と共に歩き始める。十歩程歩いた所でぴたりと立ち止まった。
するとこちらを振り返り私の元へ駆け寄り大きな腕で抱きしめる。
「ありがとう結月」
「もし更生する事が出来たなら君を見つけてみせる」
「はい!」
「私、待っています。もし蓮さんが他の人に生まれ変わっても見つけます」
「あぁ、約束だ」
私達はお互い強く抱きしめ合う。
彼の体は次第に透けていく。
「ずっと伝えられなかったが、そなたの事、あい…て…」
言葉は最後まで聞き取れず彼の体は光を放ちながら霞のように姿を消した。私はその場に膝をつく。今までの想いが込み上げ涙を流す。一瞬にして神社や鳥居などその場に在ったものが跡形も無くなる。
まるで最初から存在していなかったように。
狐の面だけを残して…
****
{結月、ありがとう}
暗闇から明るい光に照らされ目が覚めた時に私はベッドの上にいた。
心配そうにこちらを見つめる顔がある。
「結月ちゃん!良かった…意識が戻って…」
「京子さん、茜ちゃん…」
「夕方になっても帰ってこなかったから心配になって探しに行ったの。そしたら近くの大きな木の側で倒れていたのよ。もうびっくりしたわ」
「結月…」
「お母さん…」
京子から知らせを受け急ぎ戻ってきた母は眉を下げ涙を浮かべている。
「無事で良かった」
母は私を強く抱き寄せる。
「心配、してくれたの?」
「当り前じゃない!」
私は今までの思いの丈を母に伝えた。それを聞いた母は涙を浮かべる。
「ごめんね今まで寂しい思いをさせて…」
暫く抱きしめた後、母は視線を下ろす。
「あら、結月このお面とブレスレットは?」
「そうそう、私も気になってたわ。結月ちゃんを見つけた時に大事そうに持っていたから」
夢じゃなかったんだ…
私はこれまでの出来事を思い出し優しい笑みを浮かべる。
「これは大切な人から貰った大事な物」
「結月が笑った顔久々に見たわ」
第何章
輪廻転生と再びの
あれから数年が経ち私は大学生になり学生生活を送っている。講義の課題やレポート、就職活動に追われ時々挫けそうになるが、以前に比べ楽しく感じる。そして大学四年生の冬、ゼミの合宿で桜山稲荷神社で開催される祭りへ行く事へなった。
その夜、私達厚手のコートを着て目的の神社へと移動する。鳥居を潜り奥へと進むと屋台が沢山並んでいた。
「ねぇねぇ、何食べる?」
ゼミ仲間との会話に夢中になるあまり周りが見えていなかった。突然すれ違いの人と肩がぶつかる。その衝撃でよろけ、頭の横にかけていたお面が落ちそうになる。
「おっと、危なかった…お怪我は?」
「いえ、すみませ…」
シャランっと鈴の音が聞える。
「これ、貴女のですよね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「君…以前何処かで…」
「あの…」
男性は戸惑いながらもにこりと微笑みその場を立ち去った。様子を見ていた友人はすぐさま声を掛ける。
「ねぇ、今の人めっちゃイケメンじゃない⁉」
「…」
「ゆず、大丈夫?」
「蓮、さん…」
「なに、知り合い?」
「分からない…けど…知っている気が…」
「本当に大丈夫?」
「ごめん、ちょっと先に行ってて!」
私はその場でさっと立ち上がり人混みを掻き分け彼が進んだ方向へ走り出した。
「え、ちょっと結月!」
「後で連絡する!」
あの人のこと知らないけど、知っている気がする。忘れちゃいけない人。
もしかしてあの人が…
神社の裏側へ進むと人影を見つける。息を整えながらその人の元へと近づく。その人は気配に気づきこちらを振り向く。
「君はさっきの」
「すみません、つけてきて」
「私に何か?」
「あの…これ」
持っていたお面を男性に見せる。
「このお面がどうかしたのかい?」
「あ、いえ」
「すみません、人違いでした。忘れて下さい」
私は彼に背を向け去ろうとする。
「約束…」
不意に男性が呟き振り返る。
「えっ」
「不思議だ…君を見てるとどこかで会っていたような昔から知っていたような…」
「…私も…!」
サラ〜っと冷たい風に吹かれながら桃色の花弁が宙を舞う。
「桜?」
「あぁ、綺麗だ」
***
「それで二人はどうなったの?」
「ふふ、どうなったと思う?」
温かい日差しが部屋に差し込む。
「え~分かんない。早く教えて!」
「今は秘密。時が来ればきっと分かるわ」
女性の穏やかな笑い声が部屋に響き渡る。
そして少女が持っている鞄には赤いミサンガが付けられ、女性の近くには色褪せた狐のお面と左手の指には銀色のリングが輝いている。
最後までお読み頂きありがとうございます!
私はファンタジーな物語を読んだり想像するのが好きなんですが、今回はまだ未完成な上に語彙力がない&こちらの小説を投稿するのが初めてでどのよに評価を頂けるのか期待と不安で胸がいっぱいです^_^;
ですが、私の物語を読んで少しでも楽しい気持ちになっていただける方がいればとても嬉しいです!
物語(小説)を書くにはまだまだ勉強不足な部分もございますが、今後ともよろしくお願いいたします!