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03. 死ぬ覚悟

この物語の自分の役割に気づいてから1年、死を覚悟する時間は十分にあった。

そしてようやく今この場……竜人族の城に足を踏み入れても、動揺することなく、心は穏やかだ。


目の前の、見上げるほど大きな扉がゆっくりと開かれ、壮大な広間が眼前に広がった。


精人族の地から運び込まれた煌びやかな宝物の先頭に立ち、玉座へと続く絨毯を踏みしめ進む。


幾つもの灯りで、黄金色に照らされた広間は、私の後ろに続く、宝物にも見劣りしないほど豪奢だ。

この異国の地から捧げられた物珍しい宝を一目見ようと、竜人族の家臣たちが集まったようだ。

その顔には、好奇心と侮蔑の入り混じった表情が浮かぶ。


「なんだ小娘ではないか」


「あの髪……」


「以前に見た精人の姫とは似ても似つかぬぞ」


周囲に居並ぶ者たちから聞こえる不穏な呟きに身を固くした。


彫刻のような肉体美に……

光り輝く銀色の髪……

そしてサファイアのような紺碧の瞳。

それが世に美しいとされ広まる、精人族の皇族の姿だ。


一方、私といえば、

老婆のように真っ白な髪……

細く貧弱な身体……

薄い水色の瞳。


「精人の姫」というイメージからは果てしなく遠い、哀れで奇異な姿を私自身も自覚している。

精人でもなく、他のどの種族とも違うこの見た目のせいで、召使い達からも蔑まれてきたのだ。


目の前に玉座の石段が近づいてくる。


顔を上げ、竜王と目を合わせる。


竜人族の頂点に、長きに君臨する老王が、黄金の座具に腰掛け、私を睨むように見下ろしていた。


王冠を戴き、灰色の長い髪を降ろした老王の顔には、幾本もの深く長い皺が刻まれているが……筋骨隆々とした体躯は、名実ともに往年の覇者であることが(うかが)える。


「ふんっ、奴らにいっぱい食わされたわ、このような不具者を寄越すとは……」


鬱陶しそうに呟くと、眉間の皺がより深くなった。


上から下まで、舐めるように見つめられた。

ジワジワと……身体に蛇が巻き付いてくるような感覚に襲われて、鳥肌が立つ。


宝物の中に紛れ込んだ、異物を……どう懲らしめてやろうかと、考えているに違いない。



「興が醒めたわっ」


「………」


「舞ってみろ」


「??!」


突然のことに頭が真っ白になった。


身体を硬直させ、何の返事も出来ず、ただ突っ立ったままの私などそっちのけで……王が指を鳴らと、弦楽器による華やかな演奏が始まった。

周囲から、茶化すような、囃し立てるような声が聞こえる。


出来ませんと泣いて伏すか、無様に舞うか……私がどんな醜態を晒すのかと、みな愉しげに成り行きを眺めているのだろう。


(仕方がない)

自らを慰めるように……そっと静かに息を吐いた。


(どうせここで尽きる命なら、どうなっても構わない)

僅かに残った自尊心が、心を奮い立たせ……投げやりな気持ちが、背中を押す……。


ゆったりと扇を広げ、軽やかな音色に合わせ両腕を伸ばし、舞った。


音が止み、ざわめきの中で息を落ち着かせ、玉座に目を向けた。

老王は、先ほどよりも更に眉間の皺を深め……気に食わぬ表情を見せていた。


(間違いなくこの場で斬り殺されるだろう……。あまり苦しまずに逝けるといいが……)


だが、老王から発せられた言葉は、意外なものだった。


「ふんっ、まぁ良い。戯れに側に置くのも良いだろう」


予想を裏切る一言に驚いて、老王を見返したが……老王は目を逸らし、眼前の虫を払うように、手を振り払った。


「姫様。こちらへどうぞ」

召使から声がかかる。


予想外の事態に思考が追いつかず、突っ立ったまま動けない。


物語の一幕を思い出す……。

『竜王への目通りの際に、姫が無惨に斬り殺された』

確かにそう綴ったはず。


(ここで殺されるはずだったのに!!? 生き延びた??!)


死を覚悟して、回避することさえ諦めていたのに……。


(運命が変わったんだわ!!)


込み上げる安堵感と喜びは、私の生への執着を自覚させた。

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