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28. カイラスside.理性の狭間で

『はっ? 一体お前は、何を言っている』


午餐が終わった後、ルミを部屋まで見送り、戻ってきた侍従が発した言葉に愕然とする。


「あの、姫様のお召しの衣服は……おそらく妹のものです」


また同じ言葉を、なんの戸惑いもなく繰り返す。

その言葉の意味するものに、理解が及ばず……苛立ちのままに、侍従に問いかける。


『どういうことだ?』


「ええっと……おそらく服をお持ちになっていらっしゃらないのでは?」


どこかばつが悪そうに、目を逸らしながらモゴモゴと呟いた侍従の言葉に、こめかみを抑え深くため息を吐く。

気付くわけがない。ルミが着ていたものなど全く気にしていなかった。

ただ自分の記憶にあるものは全て彼女の表情だったから。

正直、彼女が何を着ていようが関係ない。

彼女は彼女だ。


だが、なぜ!? 服がないだと?

皇国の姫とは無縁のように感じるその言葉。

皇国から贈られた宝物は全て城で管理しているが、それとは別に、彼女が自身の管理下におき自由に差配する持参金や持参品があったはずだ。

既に、ルミが城に来て10日ほど経つ。

服など、無ければいくらでも手に入っただろう……。


だが……。頭に浮かんだその考えが、徐々に確信に満ちたものになるに連れて、身体から血の気がひいていく。

彼女に出会ってから何度も経験したこの不快な感覚……目を背けていた、暗く(いびつ)な想像に思いが至る。

皇国から侍女も召使も連れず、たった一人でこの国に来たルミ。

まさか……持参金も所持品も持たず?何も持たずに王国に側室入りしたのか?


父が側室を迎え始めてからは、支配地域の有力な領主達が、次々と、まるで献上品のように娘達を送り込んできた。

側室といっても、その役割は王と自領の結びつきをより強固にするためだ。

その者達の中で父からの寵愛を受けた者はいないが、その分、自領の権力、種族の優位性、そういった価値観が幅を利かせ、暗黙のうちに女達の間で格差ができていたと聞く。

どの女も、側室入りの際に、自身の価値とその後ろ盾を誇示するように、捧げ物と共に、大量の私物を持ち込んでいた。

また、その身を着飾るために……月毎に充てがわれる品位保持費とは別に、自領からの支援を受けていた者も多いと聞く。


いくら、竜人族が精人族を快く思っていないとはいえ、南大陸を統治する皇族の一人だ。

もし、彼女が父の後宮に入っていたとして……他の側室たちから一目置かれ、ある程度の地位は確立できただろう。

だが皇国から、何一つ援助を受けず、その身ひとつで放り込まれていたなら……

ぞわりとした悪寒が背中を這う。軽んじられ、精人に対する悪意の矛先を容赦なく向けられていただろう。

また、自分が察したように、皇国での彼女の微妙な立場に気づく者もいただろう。

常に怯えたようにこちらを伺い、名前さえ持っていなかった彼女……まるで自身もその物の一部であるかのように、皇国から贈られた宝物の先頭にひとり立ち、歩いていた彼女。


彼女がどのような経緯で選ばれたのかは分からないが、この国で人質のような扱いを受ける事も想定されたはず。

もし皇国で彼女が軽んじられる立場であり、体よく利用されたとしたら……。

積み重なった幾つもの悲壮な事実は……否応なしにひとつの結論を導き出した。

彼女の過去とその孤独を想像すると、切り裂かれるような鋭い痛みが臓腑を駆けぬけた。


その時、母を思い出した。

宝石よりも、花を愛で、時には自ら土に触れ、植物を育む。

そして着飾ることなく、静かに読書にふける母。

そんな母を馬鹿にするように、側室入りした女たちは宝飾品を身に纏わせ、徒党を組んで母を囲み、言葉で切りつけた。

そんな女たちが好んだ、華美なドレスも宝石も……まるでその者の本質を覆い隠す為の物のように感じ、嫌悪した。

身につけるもの一つで、比較され、逆に言えば、そのような事でしか相手を判断出来ない浅はかで、哀れな女達。

まるでくだらない。


だが、もしルミが……母と同じように……。

もうそれ以上は、考えるまでも無かった。


『おい。王都中の仕立て屋に連絡し、今ある服を全て持ってこさせろ。サイズの合わないものは早急に彼女に合わせ仕立て直せさせろ』


「はい! 承知いたしましたー!」

侍従は、待っていたとばかりに嬉しそうに返事を返す。


侍従でさえ気付いた事を、他の誰より彼女を想う俺が気付けなかった。

むしろ、俺でなければ……気付いただろう。

彼女に心奪われすぎて、何も見えず、何も気遣うことができず……ただただ情けない。


おそらく、服以外にも持ち物が少ないだろう。

ルミを取り巻く衣・食・住その全てを誰よりも最上のものにしなければ……。


宴席で、弱者をなじり優越感に浸る奴ら、偶然を装って道を阻みべっとりと付き纏う女達、腹黒い領主や、底意地の悪い家臣ども……。


奴らが、くだらないことで、ルミを評価し見下す……そんな事は絶対に許さない。

またそいつらの手によって、彼女の心が傷つけられ、自分を卑下し惨めに思うような事は、絶対にあってはならない。


『あらゆる店の物、全てだ。その中で最上級のものを届けさせろ』


「は、はい! あの、ご予算は??」


『予算などない』


ふと考えて思いとどまった。


『100万ギルだ。100万ギル必ず使いきれ』


「100万ギル?! 100万シルバではなく??」


『ああ、それとは別に毎月、品位保持費として、100万シルバを渡すように』


「!?」


侍従が戸惑うのも理解できる。それは、前王の側室全員分を合わせたほどの額だ。

だが、当然だ。

自分の側には、彼女以外必要ない。側室など迎えるつもりはないのだから。

彼女一人に割り当てたところで、何の問題もない。


(ルミ……)

心の中で名を呼び、その笑顔を思い浮かべた。

彼女は喜んでくれるだろうか?


たった一人の女を幸せにしたい。その気持ちがこれほど重く自分を悩ませるとは思ってもいなかった。


ルミが不快な目に遭わないよう、傷つかないよう、常に側で見守っていたい。


明後日に控えた出立のことを思い出す。

しばらく会えない……その事実に目を背けるように、まだ彼女には伝えていなかった。

冷静に伝えられるとも思わなかった。

いっそ、彼女に告げず、立とうとも考えていた。


彼女をこの城に残していくことを考えると、不安が身を(さいな)む。

連れて行きたいが、あの華奢な身体を思うと……彼女にとっては過酷な道中になるに違いなかった。


(クソッ、彼女のために王になることを了承したが……王になったが為に、今この時、彼女から離れなければならないなんて。

どうしたらいいのだろう。どうすればいいのだろう……)


その問いを延々と心の中で繰り返す。


ルミの部屋に駆け込んで、その身体を抱きしめ触れ合いたい……体の奥底から突き上げるような衝動に襲われるが、同時に、彼女の前では努めて冷静に、そして優しく接したい、そう見せたいと思う理性が衝動を抑え込む。


こんな思いをするくらいなら、いっそルミに出会わなければ良かった。

頭をよぎったその考えを、必死に否定するように首を振る。

また得体の知れない感情が湧きあがり、胸を締め付けて……ひどく苦しくなった。

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