11. カイラスside.白い髪の女
その女は、挑むように、竜王の目を見つめていた。
血縁筋の家臣でさえ、我が父である竜王とまともに視線を交わせる者は少ない。
それが、竜人族の頂点に長く君臨する、王の覇気のなせるものだ。
目が合えば、喰われるような感覚になるそうだ。
それを、精人族の皇族とはいえ……こんな小娘が……目を逸らさず、竜王の玉座に近づいていく様子に、王の側近たちも驚き、固唾を飲んで見つめていた。
雪のように真っ白な髪は、歩を進めるたびに、ふわりと揺れた。
髪と同じ色のまつ毛に縁取られた、薄い青の瞳は、広間の灯りを受けて、ガラス細工のように煌めく……。
不思議な空気を帯びて、流れるように歩くその姿から、目が離せなかった。
広間の明かりに照らされて、溶けて消えてしまいそうな危うい雰囲気…。
儚い雪の結晶のようだ……。
王が「不具者」と侮辱した時は、無礼な物言いに不快感が湧いた。
が、娘は変わらず、静かな瞳に、動揺したそぶりも見せず……一言も発しない。
儚げな様相とは相容れない、達観したような、挑むような表情が……この場の成り行きを見守る者の心をざわつかせた。
王が不機嫌そうに「舞え」と命じた。
踊り子でもなく、奴隷でもない、ましてや互いに牽制し合う状況下の、皇国の姫に……「舞え」などと命ずるのは無礼の極みだ。
(なんて性質の悪いことを……)
そう考えながらも、この不思議な女がどう立ち振る舞うのか気になった。
この娘は、侮辱されたと怒るのか、それとも出来ませんと許しを乞うのか……どうするのだろう……。
好奇心が湧いたのだ。
(性質の悪さは父親と変わらないな)
ふとそんなことを考え、自嘲する。
精人の姫は表情ひとつ崩さない……。
演奏が始まっても、微動だにしない娘から目が離せなかった。
高まる周囲の緊張感。雑音の消えた広間に、弦楽器の重奏が響く……。
娘は目を伏せ僅かに頭を垂れた。それはその時明らかに、娘の敗北の印と捉えられた。
だがそれは予想だにしない展開へと繋がった!
手に持つ扇がゆっくりと広がって、流れるような動きで、スラリと正面に腕が伸びる。
瞬間、伏せたまつ毛の隙間から垣間見えたその瞳。
息を呑む。
娘は膝をゆっくりと曲げ、左手を上空に伸ばすと……首を傾げて仰ぎ見た。
手は音色に合わせ、扇を巧みに動かし続ける。
ひらひらと……蝶が舞うような細やかな動きから、やがて大きく円を描いたかと思うと……くるりと身を翻した。 ドレスの裾が花開くように波打って、銀糸が無数に煌めき輝く。
そして姿勢を崩す事なく、正面にピタリと止まると、また顔をあげ、ゆっくりと王を見据えた。
まるでこの場の支配者のような神秘的な存在感。数多の視線を一身に受けながら、一切動じないその不敵な態度。
瞬きも出来ず、その立ち姿に釘付けにされて……異様な緊張感の中、娘の口元が綻んで、笑みを浮かべたように見えたその瞬間、扇を持ちあげ、こちらを焦らすようにその顔を隠す。
そして、ゆっくりと両腕を広げ、またくるりくるりと軽やかに舞い回る。
この世のものとは思えない。皇国の舞なのか?
今まで目にした精人族の女とは、まるで違う……湖に張った薄氷のような瞳を持つ、華奢な少女の不思議な舞。
単純でゆっくりだが、ひとつとして無駄のない、流れるような身体の動きに目を奪われた。
舞踏会で、華美なドレスを翻し踊る、貴婦人たちを見ても、このように、心惹かれることなどなかった。
くだらないとさえ思っていたのに……。
舞い終わると、周囲から感嘆のため息が漏れた。
誰もが、こうなることは予想していなかった。素晴らしい舞だった。
踊り終わっても、息一つ乱さず、表情を変えない娘は、周囲など眼中にないように、また王を見据えた。
あの娘と目を合わせたい。
あの青い瞳を正面から見てみたい。
娘に視線を投げかけたが……その眼はただ一点を見つめたまま、瞬きもせず、周囲の何物も映さない。
自分の鼓動が……周囲の音を掻き消すほどにうるさい。
その時……娘の顔に、驚きとも安堵ともいえない、戸惑うような表情が浮かんだ。
思わず手を伸ばし、娘の方に近づこうとしたが、大臣に呼び止められて、目を離す。
次に娘を探した時には……もう既に、広間からその気配は消えていた……。




