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10. 若き竜王

目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。


「精人族の治める地より参りました。……竜王陛下のご即位にあたり……心よりお祝いを申し上げます」  


緊張と恐怖で声が震える。


「ふっ……ヒック……! こ……このように……お祝いと感謝を申し述べる機会を……ッ……いただ……ヒック……」


もうだめだ。なんて情けない。

しゃっくりと……涙まで止まらない。


「大変、光栄に…… ヒック……ぞんじます……」


準備してきた言葉を、言い終える。


「ヒック……ヒック」


どうか落ち着いて! 大丈夫……! 一度は死を受け入れたじゃないか。諦めがついたじゃないか……! 痛みも死も一瞬だ。潔く受け入れて……!


必死に自分を(なだ)めるも虚しく……私のしゃくりあげる音が、延々と広間にこだまする中……足音が聞こえ……ひれ伏す床に影が差した。

すぐ近くに気配を感じる……。


影が動いた!


(斬られるっ……!)

瞬間、体が硬直し……全く無意味でありながらも降ってくる刃に備えた、その時だった……!

予想外の力が身体にかかり、同時に身体が浮き上がる。


慌てて顔を上げると、目の前には……男がいた。


こちらを鋭く睨む、その黄金色の瞳から、目が逸らせない……。

息もできず……延々に感じるような恐怖の時間。

男の黒髪が、僅かに崩れ落ちその目元を覆う……。

その人は、煩わし気に首を傾げ、じっと私の顔を眺めると……訝しむようにその目を細めた。


いつの間にか、つま先が床に触れている。

そのままゆっくりと降ろされ、2本の足で無地着地した私の両脇から、男の手が離れる。

そして踵を返すと、悠然と石段を登り……玉座に腰掛けた。


驚いた。……25、6歳くらいだろうか?

予想より遥かに若い竜王が……肩肘をつき……こめかみに手を置き……不機嫌そうに私を見下ろしていた。


『そんなことは求めていない』


穏やかだが、咎めるような口調はとても冷たい。


「‥‥も、申し訳ございません」


謝ると、顔をしかめる。


『国に帰るか? 父上。いや前国王の側室たちは、各々の領地に返す手筈だ……。お前はどうする。精人の国に帰るか? 来て早々帰らせる羽目になったのだ……。十分な返礼品も持たせよう』


耳を疑った。


私を皇国に返す??? どういうこと?

私はここで死ぬはずなのに……!!

いやそれよりも! 戻ったら、またあんな地獄で暮らしていかなければならないの?

嫌!それだけは絶対に嫌っ!!


「ど、どうか私を帰さないでください! なんでもします。なんでもしますから!……掃除でも、荷運びでも……一生懸命働きますから! 部屋もいりません! どこか……お城の隅でいいんです。 絶対に邪魔にはなりませんから!」


冷たい汗が全身を伝うなか……震える身体を必死に抑え、膝をつき、両手を床について懇願する!


「……どうか、私をここに置いてください……」


竜の国に留まれば、常に、死と隣り合わせで怯えながら暮らすことになるだろう。

だが、皇城で過ごした日々を思い出した途端……身体の底から吐き気が込み上げ、強い拒否感に、考える間も無く言葉がついて出た。


皇族の恥である私は、皇城の外に出ることは固く禁じられていた。

皇城に送り返される途中で逃げたとして、生きる術もなく、この悪目立ちする見た目のせいですぐ捕まるだろう。


顔を上げ、黄金色の瞳を見つめた。


「どうか……」


若者の顔に浮かんだ、戸惑いの表情。そしてその一瞬の沈黙の後に……嫌悪するような、苦々しげな表情が広がった。


『だから、そのように平伏(ひれふ)すなと言っているだろう!』


冷静な口調が一転し、叱責するような声音に身を固くした。

彼の眉間の皺が深くなり、重い沈黙が流れる。


『ここにいたければ、そうするがいい』


そう言い席をたつと、こちらを振り返ることなく、奥の間へ去っていった。



「はぁ……」


大きく息を吐くと、全身から力が抜けていく……。

死を免れて……目前の危機を脱した安堵感! 小刻みに震える手を強く握りしめ、必死に呼吸を落ち着けた。


通路に出ると、ハンナが心配そうな表情を浮かべ駆け寄ってきてくれた。

おぼつかない足取りで、ふらふらと部屋へ戻る間、先程のことを思い返す。


自分の命を握る、竜人族の新たな王……。

瞼に焼きついた、彼の顔を思い出す。

琥珀に陽の光が差し込んだような瞳は、この世のものとは思えないほど神々しくて、畏ろしかった。

深みのある重低音の声は……何かに耐えているようだった。

彫像のような美しい顔に浮かんだ、不快な表情を思い浮かべると……心がしぼんだ。


その存在をなぜ今まで思い出さなかったのか……。

精人族を滅びに導いた、竜人族の最()の王子。

大陸戦争で孤児となった主人公を戦場で拾い、右腕にまで育て上げた人物だ。

無慈悲で残忍で、意に沿わない相手は容赦なく斬り殺し、裏切り者は残酷に処刑した。

だが、物語の中では、『王』ではなく『王子』であったはず。


今ではもう朧げな記憶しかない物語と、今現実に存在するこの世界で生じた、明らかな齟齬。

それが自分の運命を変化させるほどのものかは分からない……だが僅かな期待さえ抱いてはいけない。


また命拾いし、生き長らえたにも関わらず……心は重く、息苦しい。

とにかく息を殺して、目立たないようひっそりと過ごしていこう。

そう固く決意した。

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