モモちゃんとファンタジーの神様
小学校1年生のモモちゃんはファンタジーなお話が大好きだ。
今日も図書館でファンタジー絵本を5冊も借りてご機嫌で帰宅中。
道路に何か落ちているので眼を凝らすと横断歩道の上に大きなカエルがいた。
「あんなところにいたら、くるまにひかれるよね」
モモちゃんは「うあっ、きもっ」と思いながらも、カエルのお腹をのところを両手でグニッとつかんで道路の脇の草むらに放してあげた。
ボヨヨヨヨヨンとコミカルで安っぽい音がして煙があがる。
カエルは人の形になった。
モモちゃんが待ちに待ったファンタジー展開か?
そこにはスーツ姿の中年のお爺さんが立っていた。
モモちゃんは不満顔だ。
「なあんだ。じじいかあ。こういうとき、かえるはおうじさまとかになるもんじゃないの?」
お爺さんは言う。
「こらこら、そんなこと言うもんじゃないよ。確かにワシはジジイだが、ファンタジーの神様じゃ。すごいじゃろう」
モモちゃんはママから『危ない人に出会ったら眼を合わせないですぐ帰ってくるのよ』と言われたことを思いだした。
「…ソレハスゴイデスネ。ママのカレーをたべるのでかえっていいですか?」
「いやいやいや。待って、待ってってば。モモちゃんはファンタジーが好きじゃろう。助けてくれたお礼に世界をファンタジー展開させてあげるぞ」
お爺さんの言葉の意味はよくわからない。
でもモモちゃんはダメ元で言ってみた。
「よくわかんないけど…モモはプリンセスになりたいな」
「よしよし、お安いご用じゃ」
神様のお爺さんがステッキを一振りするとパヨヨンというまた間抜けな音がしてモモちゃんが光に包まれる。
モモちゃんはビックリした。自分の服がピンク色のお姫様ドレスになっている。
「やるじゃん、じいちゃん。これはプリンセスだ」
「爺ちゃんじゃなくてファンタジーの神様じゃ。神様と呼ぶように」
神様はフフンと背中を反り返らせた。
「じゃあね、つぎは『わるいまほうつかい』をだしてよ。じいちゃん…じゃなくてかみさま」
「ふむ。何もないところからキャラを発生させるのは難しいからな。モモちゃんの考える悪めの魔法使いを思い浮かべるんじゃ」
神様がモモちゃんに眼をつぶって頭に浮かべるよう言った。
モモちゃんがムヒヒとイメージするとバヒョヒョヒョンと間の抜けた音がして魔法使いが現れた。
「あれ?こうちょうせんせい!」
そこにはモモちゃんの小学校の校長先生がいかにも悪そうな真っ黒の衣装で立っていた。
「おやおや、モモちゃん、酷いなあ。校長先生を悪役にするなんて」
モモちゃんは(いっつもちょうれいのはなしがながいからいけないんだよ)って思ったけど口には出さないでニコリとする。
「モモのしってる、いちばんえらいおとなのひとをおもいうかべました!」
校長先生は満更でもない。
「うふん、そう?じゃあ…いいか」
神様はまた胸を張った。
「モモちゃん、神様の実力を思い知ったかい?」
「まだまだだよ。つぎはドラゴンをだして。モモがさらわれるんだよ」
いよいよファンタジーのストーリーを展開させようとするモモちゃんだ。
神様はむむっと力を入れる。
「じゃあ、またモモちゃんがごっつくて強そう!と思う怪物を想像するんだ」
モモちゃんはちょっと困った。
絵本のドラゴンの姿を思い出せない。複雑な形態の生物だからね。
仕方なくモモちゃんは出来るだけゴツくて頑丈でゴンゴン動くものを頭に浮かべた。
次の瞬間、ホワンホワンホワンと今までで一番しまらない音がして、煙の向こうにドラゴンの影が浮かんだ。
「おおっ!」
校長先生の悪い魔法使いが嬉しそうな声をあげる。
でも出てきたのは大きなショベルカーだった。
普通と違うのはショベルの部分に顔がついていることだ。
運転席のおじちゃんがモモちゃんに声をかける。
「モモちゃん、困るよ。工事中なのにショベルカーをドラゴンにされたら」
モモちゃんは(しらんがな)と思うがニコリと笑った。
「いちばんおおきくてかっこいいものをおもいうかべました」
工事のおじさんが照れる。
「えええ、そうかい?じゃあ…いいか」
神様がモモちゃんに微笑む。
「さあ、これからどうしようかな?」
「あのね!ドラゴンがわるいまほうつかいにあやつられて、モモをさらうの。それからゆうしゃさまがモモをたすけだすんだよ。さいごは、さいごはね、キッスをしておしまい。きゃっ♡」
モモちゃんの妄想全開だ。
悪い校長先生…じゃなくて魔法使いが張り切った。
「魔法使いがドラゴンを操るんだね。よしっ!じゃあ私がそのショベルカーを運転しよう」
でも工事のおじさんがそれを断る。
「駄目だって。車両系建設機械運転免許を持ってないでしょう?校長先生がルールを破っていいのかい?」
悪い魔法使いは根が真面目な校長先生なのでグウの音も出ない。
「むむむ、確かに。仕方ない。何となく命令して操ってる感じを出すから、動きを合わせてくれるかね?」
工事のおじさんも頷く。
「任せておけ。俺のショベルさばきはモモちゃんのスカートめくりだって出来るくらいだぜ」
モモちゃんが嫌な顔をする。
「ロリコンのこうじのひと、だまってて。せっかくのファンタジーがだいなしよ」
校長先生もキッと表情を引き締めた。
「そうですよ。うちの学校の子供に変なことしたら訴訟ですよ」
工事のおじさんが慌てて否定した。
「ご、ごめんなさい、調子に乗りました。頑張ってモモちゃんをかっこよくさらいます」
神様がウンウンと頷いて登場人物を見渡す。
「んじゃ、こっちからモモちゃんが歩いてきて、それから悪い魔法使いが空からスイッと降りてきて…」
「私が空から降りてくる…と」
真面目な校長先生はメモを取っている。
「で魔法使いが『このバカ娘、さらってワシの嫁にしてやるわい』と」
神様がセリフを指定したらモモちゃんと校長先生の両方から激しい抗議だ。
「そんな不道徳なことを自分の学校の児童に言うことは出来ませんな」
「ばかむすめじゃないよ、モモは」
神様が面倒くさそうに訂正した。
「すまんすまん。では…『可愛いモモちゃん、ドラゴンの餌にしてやる』ではどうだ」
モモちゃんはウーンと考えて、ニコリとした。
「あくのこうちょう…じゃなくてまほうつかいだから、そのくらいはいいか。どうせあとからゆうしゃさまにコテンパンだしね」
「むむ」
今度は校長先生が嫌な顔をした。
ようやく打ち合わせが終わって、ファンタジーが始まった。
ピンクのドレスを着たプリンセス・モモが踊りながら交差点に現れる。
道路の各所にお巡りさんが立って交通規制をしている。安全対策もバッチリだ。
悪の魔法使いが空から現れてプリンセスモモの前に立ちはだかった。
「やあやあ、そこにいるのは可愛いモモちゃんではないか。ここであったが100年目、今宵こそお主を葬ってドラゴンの餌にしてくれるわ!」
校長先生は昭和生まれなので若干言い回しが古いのは仕方ない。モモちゃんもそこはあきらめた。
「きゃあ、たすけてー!」
悲鳴をあげるモモちゃんにショベルカーのショベルが近づく。
でもちょっと危ないので神様と校長先生が近くまで来て、おじさんにあれこれ指示する。
「もうちょい、右、右」
「そう、そっとね。そっと」
「はい、そこ。ゆっくり、ゆっくり」
「うるせえなあ!大丈夫だから横にどいてろよ。邪魔だって!」
工事のおじさんが怒鳴ってモモちゃんを見事にショベルの中へすくい上げた。
モモちゃんのお尻が痛くないように内側にはクッションが貼ってある。
「きゃー!たすけてー!ゆうしゃさまー!」
モモちゃんが叫んで神様を見た。
「モモちゃん、そういえば勇者様を用意してないなあ。誰がいいのかな?」
神様の質問にモモちゃんはウーンと頭を捻った。
担任の先生はおじさんだし、塾の先生は顔がタイプじゃない。
パパは息が臭いので問題外だ。
ちょっと頼りないけど公平くんでいいか、とモモちゃんは妥協した。
モモちゃんが頭にううん!と思い浮かべたらそこに勇者の格好をした公平くんが現れた。
「ええっ?モモちゃん?ぼくがゆうしゃなの?びっくりだ」
「コーへーくんはおじさんではないし、かおもまあまあで、くさいところもないから、だきょうしたわ」
モモちゃんが身も蓋もないことを言い出した。
「なんだか、ふほんいだけど…どうすればいいの?」
公平くんが勇者の剣を構えた。
「このドラゴンはあくのまほうつかいにあやつられているの。モモをすくいだして、こうちょうせんせいをたいじして」
校長先生が眼を丸くして抗議する。
「そこは魔法使いで統一してよ、モモちゃん」
公平くんはそこに校長先生がいたのでびっくりした。
「あっ、こ、こうちょうせんせい、こんにちは」
「やあ、1組の田中公平くん。こんにちは」
「たいじして、いいんですか?」
「大丈夫だよ。ファンタジーの世界だからね」
「…」
公平くんはクラス委員で礼儀正しいから悪役が校長先生でちょっとやりにくいみたいだ。
「そこ!なれあわない!」
モモちゃんが注意をした。
「さあ、コーへーくん。モモをたすけるのよ!そのあとキッスしてあげる」
「えええっ。キッス?」
公平くんが真っ赤になった。
「なによ。もんくあるの?」
モモちゃんの低い声に公平くんは怯える。
「いいえ、ありません。ガンバリマス」
若干棒読みの公平くんが恐る恐るショベルカーに近づいた。
「このばかドラゴン!モモちゃん…プリンセスモモをかえせ!ばーかばーか!デーベーソー!」
小一なので勇者的な語彙は不足しているが仕方ない。
でも工事のおじさんは小学生に『馬鹿』を三回いわれ、さらにホントにデベソだったのでちょっとムッとした。
「デベソとは何だ!馬鹿って言う奴が馬鹿なんだぞ!」
おじさんが子供みたいなことを言って少しだけショベルカーを前進させ、ショベルをモモちゃんごと下に振り下ろした。
「うわっ!」
その迫力に勇者コウヘイは尻餅をついてちょっとだけちびった。
「お待ちなさい!」
現れたのは公平くんのママでPTAの会長さんだ。
こういうヒトにはファンタジーは効かないのだ。理由はわからないけどそうなんだ。
「あっ。PTA会長の田中さん」
校長先生がファンタジーを忘れて挨拶する。
「こんにちは、田中さん」
「校長先生!」
公平くんのママが怒鳴った。
「は、はいっ!」
「危ないでしょう!こんな遊びは」
校長先生は夢から醒めたようにハッとした。
「…確かに。モモちゃん、降りておいで」
校長先生は魔法使いのマントを外してモモちゃんを呼んだ。
工事のおじさんも青い顔でモモちゃんをゆっくり降ろした。
「モモちゃん、ファンタジーはいいけど危ないことは駄目。特に周りの人を巻き込んではいけません」
公平くんのママがモモちゃんに言う。公平くんはママの後ろから眼で『ごめんね』光線をモモちゃんに送っている。
モモちゃんは公平くんに『だいじょぶ。ドンマイ』光線を返してからママに謝った。
「ごめんなさい。こうへいくんのおかあさん」
悪の校長先生も一緒に謝ってくれた。
「申し訳ありません。調子に乗りました」
「これからは気をつけてくださいね。さあ、公平。帰りますよ」
ファンタジーはいったん崩れ出すとあっという間に世界が崩壊するらしい。
工事現場の監督もどこからか出てきて言った。
「駄目だよ、モモちゃん。ショベルカーは遊び道具じゃないからね」
監督の後ろからおじさんも『スマン』光線を送ってきたので、モモちゃんは『こちらこそだよ』光線を送る。
「ごめんなさい。こうじげんばのおやかた」
「…親方じゃなくて監督だけど、まあ、いいや」
さらに警察の偉い人も来た。
「モモちゃん、ファンタジーは素敵だけど交通封鎖をして街の人に迷惑をかけてはいけないよ」
モモちゃんはやっぱり後ろに隠れているお巡りさんの『面目ない』光線に『きにすんな』光線を返した。
「ごめんなさい。けいさつのおやかた」
「…親方じゃなくて、署長だけど、まあいいでしょう」
関係者がみんな引き揚げて交通規制も解かれ、ショベルカーは工事現場で動き始めた。
世界が元に戻って、ドレスも普段着になったモモちゃんのところに残っているのはファンタジーの神様だけになった。
神様がモモちゃんに苦笑いして話しかけた。
「いやぁ、なかなかファンタジーって難しいよね。モモちゃん」
モモちゃんはジトッと神様を見上げて言った。
「このやくたたず」
「えええええっ」
神様が『そんなご無体な』光線を発したが、モモちゃんから何かが返ってくることはなかった。
読んでいただきありがとうございました。
何だかよくわからないのですが、あっという間に書き終えました。
これを書くために作家になりました…というようなセリフが自分の妄想に浮かびました。