9話 素人に任せられる事なんて無い
「寮っていうよりアパートかマンションみたいだなこれは」
国の寮として案内された場所にあったのは、将軍と初めて会った建物の半分くらいの高さの建物だった。中に入ると、まず左手に管理人の部屋があり、右手にはいくつかの共有スペースがあった。中央奥にはエレベーターらしきものがあり、上の階へ行くことができた。居住スペースは廊下が1本あり、それに接して部屋が並んでいた。
今日の昼頃
昼食を早めに終え、一息ついていた4人のもとに将軍が迎えに来た。
「これから、寮へ案内する」
そう言って将軍は4人にまとめた荷物を持ってくるように言った。
しかし、この国に手ぶらで入り、この3日間、特に何も買っていない4人はまとめる荷物も、持っていく荷物もなかった。
「・・・あの、ナガツカさん」
「なんだ?」
「瞬間移動は使わないんですか?」
5人は一昨昨日同様、徒歩で目的の寮まで移動していた。昨日将軍は瞬間移動でホテルから試験会場まで移動していたので、瞬間移動で寮まで移動しないのは不自然に思い、凛花は将軍に質問した。何か条件や制約でもあるのだろうか。
「君らは国の寮は初めてだろう。新天地ではその場所や周りの環境を知ることが重要だ」
そう言って将軍は歩き続けた。
道中、見慣れない様々な車や電車らしきもの、動物、植物のことについて質問すると、将軍は一つ一つに答えていった。
しかし、ホテルから寮までの道のりは長かった。途中、店に寄り道したとはいえ、徒歩と公共交通機関を用いて3時間ほどかかった。荷物があったらと考えると恐ろしい。
「荷物はこの本『運搬帳』に封印し持ち運ぶ予定であった」
真司が荷物のことを言ったら、将軍は一冊の薄い本を取り出して説明した。中は最初の数ページのみ絵が描かれており、残りは白紙だった。
将軍はペンが何本か書かれているページを開き、手をかざした。すると、手のひらに魔法陣が現れた。将軍がその魔法陣を少し回転させると、ペンが1本出てきた。
「この中に荷物が入れられるんですか」
「そうだ」
「ちょっと持ってもいいですか?」
運搬帳に興味を持った宗司が、将軍から運搬帳を借り、実際に持ってみた。
運搬帳は軽く、メモ帳やノート程度の重さしか感じられない。
「学校では町でも他ものやこれの仕組みも学べますか?」
「全てではないがな」
寮では、一人一つの部屋が与えられ、部屋の中にはトイレと風呂もあった。
「意外ですね」
「何がだ?」
宗司は国が運営する寮と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、警察学校や自衛隊、そして刑務所のようなところだった。しかし、ここはそのイメージとは大きくかけ離れていた。
「風呂トイレは共有、部屋は二人部屋なものを想像していました」
「それは軍用の寮の話だな」
「軍の寮が別にあるんですか?」
「もちろん。ここは生活困窮者が一時的に生活する場所だ」
4人は、端から4つ連続して空いている4部屋で生活することになった。
4人は将軍に呼ばれ、再び1階に行くとこれからのことについての説明がされた。
「君らは隣人に迷惑をかけない範囲で自由に過ごしてもらって構わない。苦情の多さによって罰があるので注意するように」
「罰、ですか?」
「この国では基本的にすべての国民に毎月70通まで支給される。しかしこの寮に入っているものには支給されない。その代わりに一覧の中から欲しいものを指定すると、無料で配送されるようになっている。苦情の多いものはその一覧の数が少なくなるのだ」
「・・・70通?手紙でもあるんですか?」
「通貨単位が違うのか。・・・このペン一つで50門、1000門で1通だ」
「門と通、この二つが通貨単位ですか」
真司がそう確認すると、ナガツカさんは肯定した。
その後、次は凛花と宗司はナガツカさんに質問する。
「一覧はどうやったら見れるんですか?」
「この寮のステータス画面から見ることができる」
「・・・寮の、ステータス画面?」
将軍が壁に触れるとそこから魔法陣が現れ、4人がこの世界に来て最初に見た半透明の板、ステータス画面が現れた。
それには量の築年数と住居者の人数、空き部屋の数と位置が示されていた。
「我はここに住んでおらぬゆえ一覧は表示されないが、住居者が扱えば、自分の部屋の位置と自分の名前、自分が指定できる物品の一覧が表示される」
この説明を聞いた4人は困ってしまった。4人はオートで発動する魔法と、固有魔法しか使えず、普通の魔法の使い方を知らない。
「やはり、そなたらの世界では、魔法は一切使われておらんのか」
4人の様子を見て異世界の様子を推察した将軍は運搬帳から4本杖を取り出し、4人に渡した。
「・・・これは?」
「今から簡単に魔法の使い方を教える」
宗司の質問を無視し、将軍は魔法についての講義を始めた。
「世界には魔素というものが充満している。そしてそれは当然、モノや生物にも浸透している。そしてその魔素を用いて何かしらの作用を世界にもたらすことを魔法という。そして魔法を発動させるためには、魔素を体内で流す必要がある。魔素の流し方は術によって千差万別だ。そのため初めての術をいきなり無理に発動させると身体にダメージを負うことがある。魔素が流れる通路を無理やりこじ開けるわけだからな。それが魔割痛と呼ばれるものだ」
そこで4人はこの国に初めて来たときのことを思い出した。確かにあの時は、一番魔法を使っていた宗司が最も苦しそうにしていた。
4人が理解したことを確認すると、将軍は話を続ける。
「これは固有魔法にも言えることだ。固有魔法とは各個人に生まれた時からある魔素が通る道、〈固有回路〉によって発動される魔法のことだが、それを長年使っていなければ硬くなったり、もろくなったりするだろう。そんな状態の固有回路にいきなり魔素を流し込めば、魔割痛の症状が発生する」
これで、あの時の急激な痛みの謎は解消された。しかし、いまだに肝心の魔法の使い方とこの杖に関する話がされていない。
「だから、今から魔法を教えるが、慣れないうちはそう頻繁に発動させるものではない。いいな」
そう言って将軍は4人の返事を待った。4人は一瞬遅れて、将軍が返事を求めていることに気付き、同時に「はい」と返事をした。
ここで、今まで黙って聞いていた正也が将軍に質問した。
「じゃあ、一日にどれくらいの魔法を使っていいんですか?」
「目安としては、初見、もしくは1年ほど使っていない類の魔法はその日は1回のみ、次の日に2回、その次は3回と異界ずつ増やしていき、7日慣らしたらあとは好きなだけ使うといい」
「なるほど」
「さて、では魔法、今は自分以外のステータス画面の開き方を教えよう」
そう言って将軍は再び寮の壁に触れた。4人は魔法の様子が見えるよう、壁と将軍の手が見える位置に移動した。
「ステータス画面の開き方は魔法の中でも特殊でな、やり方はまず、、、」
将軍の説明を受けて、4人はなんとか寮のステータス画面を開くことができた。自分のステータス画面を開くときとは違い、少々複雑な手順や、条件があるため、実践では使えないものらしい。しかし、世の中には『鑑定』という魔法があるという。ならばそちらを実践で使うのかと思いきや、
「『ステータス画面』や『鑑定』を人に向けて行うのは無礼行為なのでしないように」
ステータスはすなわち個人情報のため、かなり親しいなかにならなければ見せることはしないという。
この世界で初対面の人に『鑑定』を行う行為は、初対面の人の鞄の中の財布から免許証を抜き解くことと同意義ということ。
4人はそのことを肝に銘じた。といっても、まだ『鑑定』は使えないのだが。
「次にその杖だが、それは魔法に慣れていないものが無理に体内の魔力を使って、自身のみを傷つけるのを防ぐためのものだ」
将軍の説明によると、杖は空間中の魔素を集める性質があり、魔法を使うときに、補助機能の役割を果たしてくれるそうだ。そうすることにより、魔力切れを防いだり、大量の魔素が、強引に魔力回路を作るのを防いだりすることができるそうだ。
であれば、魔法使いはみなこれを使うべきだと思うが、
「杖を使う魔法に慣れすぎてしまうと、杖がなくなった時に満足に魔法が使えなかったり、新たな魔法を覚えにくくなったりしてしまう。その杖は本来、5歳児などが魔法に慣れるための道具だ」
もちろん、体の弱い人や、高齢者なども使うことはあるそうだが、一般の人は使わないらしい。
将軍も、ある程度魔法に慣れたら、杖は回収するといった。
将軍の説明を聞き終え、4人がステータス画面を開き、注文できる物品を眺めていると、将軍はある資料を渡してきた。
その表紙には建物と少年少女の写真が写っていた。
「・・・これは、学校?」
「そこがそなたらが入ることになった学校だ。詳しく説明したいところだが、この分身体はそろそろ限界だな、その資料を読み込んでおけ」
その言葉を最後に将軍、の分身体は煙となって消えてしまった。
「・・・分、身?」
「なるほど。将軍の地位は暇のものかと思っていたが、そういう、、、」
いきなり人が煙となっけ消えた光景を前に、4人は自分たちでも驚くほど冷静だった。
「これからどうする?」
「部屋に戻って学校の資料読むよ」
正也の質問に真司は当然のように答えた。
「それももちろんするけど、そうじゃなくて、俺―――」
そこまで言いかけた時、ゴロゴロと音が鳴った。
そして正也が恥ずかしそうに
「腹が減った」
といった。
「寮の一覧に食べ物あったかな?」
疑問に思った凛花が寮のステータス画面を表示しようとしたとき、いきなり大きな音楽が流れた。
「っ!びっくりした」
真司はそう言って息を吐いた。いきなりの音量に4人は一瞬体を硬直させた。
「これは夕食の合図だよ」
音楽に交じって声が聞こえた。声が聞こえた方向を振り向くと管理室の中の人が4人に話しかけていた。
「朝昼晩3回流れるよ。食堂はそこの奥」
管理人は微笑みながら向かいの共有スペースの奥のほうを指さした。
「ありがとうございます」
「2時間開いているから、好きな時に行くといいよ」
真司がお礼を言い、4人が会釈をすると、管理人は最後にそういって、管理室の奥へ消えていった。
食堂にはその日のメニューが写真とともに表示されているモニターがあった。また、食堂内は広かったが、人はほとんどいなかった。
4人は道順をたどって一つずつ皿を取っていった。しかし、すべての皿を4人がとったわけではなく、正也と凛花はそれぞれ1皿ずつ取らなかった。どうやら嫌いなものに似ていたらしい。
料理を取り終わると4人は席に着いた。長い机に椅子が向かい合う形で並んでいる。そこに真司、凛花、正也、宗司の図んに座った。真司と凛花が向かい合い、正也は凛花の隣に一つ隻を開けて座り、宗司は真司側、正也の斜め前に座った。必然的に宗司と真司の間は2席無駄にあくことになる。
「もうちょっとこっちに寄ったら?」
「僕、席に座る時に周りに人がいてほしくないので。空いているからいいでしょ」
そう言って宗司は食べ始めた。4人の間に、特に会話はなかった。
一番最初に食べ終わったのは正也で、正也はほかの人が食べ終わるのを待ったほうがいいのか迷い、立ち上がろうとしては座りを2回ほど繰り返していたが、次に食べ終わった宗司が「ごちそうさま」といって席を立ったので、正也も宗司の後をついて言って部屋に戻っていった。
凛花と真司はほぼ同時に食べ終わり、真司に続いて凛花が食器を片し、部屋に戻っていった。
部屋に戻った4人は、それぞれ、風呂に入ったり、将軍から渡された学校の資料を読んだりしていた。
その資料によるとどうやらそこは共学の5年制らしい。そしていくつかの学科に分かれている。元の世界では、【高専】と呼ばれるものに近かった。
学科の名前は、〈体力学〉〈魔法学〉〈魂力学〉〈機械工学〉〈生物学〉〈量子力学〉の6つで半分ほど初めて聞くものがあった。
それ以外は元の世界の高専と同じだった。学食があり、体育館があり、本校舎があり、寮がある。
しかしそこそこ遠い。国の寮の近くの駅から2駅隣の駅から4キロほど離れている。幸い、この寮に来るときに将軍から公共交通機関に乗るためのICカードのようなものはもらえたが、それでも早めに出ないと集合時間に間に合わなそうだ。ちなみに始業時間は朝9時、集合時間はその30分前だ。元の世界と時間は同じだ。違う世界なのに時間設定が同じなのには4人は最初特に何も思わなかったが、これはかなりすごい確率なのではないかと宗司はいまさらになって思っている。
この寮からは、道に迷う可能性も加味して、6時には出たいところだが、朝食が食べられるのは4人は不安だった。このときはまだ気づいていないが、4人は同じ学校に通うことになっていた。
持ち物は、何か書くものと学生番号だけで、あとは何もいらないらしい。制服もない。しかし、4人は学生番号というものに心当たりがなかった。学校の資料が入っていた袋を逆さにしてみると、中から学生番号と書かれた6桁の数字が印刷された紙が出てきて、4人が胸をなでおろした。ちなみに1本のボールペンも入っていた。将軍が入れてくれたのかと思ったが、「入学記念」と書かれていたので、もともと入っていた可能性が高い。
学校について、あらかた確認し終えた4人は、明日のために早めに就寝自宅を始めた。凛花と宗司と真司の3人は本当なら1度学校へ行って、道を確認したいと思っていたが、今は夜8時、明日早めに出たほうが賢明と判断した。
翌朝。4人は軽快な音楽によって目を覚ました。一瞬、何が起こったか分からなかったが、昨日の管理人の言葉を思い出して、朝食が始まったこととを理解した。
時刻は朝5時。
早い、早すぎる。できればもう一度夢の世界へ訪れたいところだが、4人の願いとは裏腹に音楽はなり続ける。5分間音楽が鳴り続け、真司と宗司は完全に目が覚め、ベットから起き上がった。凛花と正也は、もう一度目を閉じようとしたが、今日は早くに学校があることを思い出し、眠い目をこすりながら体を起こした。真司は冷水で顔を洗い、宗司と凛花は温水で顔を洗い、正也は顔を洗わなかった。そして4人は歯を磨こうとしたときに、歯ブラシがないことに気付き、仕方なく、冷水でうがいだけをした。
4人は朝食で顔を合わせ、そこで雑談をしているうちに同じ学校に通うことになったことがようやく明らかになった。