8話 旅行気分の被召喚者
朝6時、宗司と真司が目を覚ました。二人は眠い目をこすりながら、洗顔、歯磨き、着替えなどの朝の身支度を済ませ、朝食が始まる朝7時きっかりに、一階に下りてきた。
「おはよう、昨日はよく眠れた?」
「あ、おはよう」
真司の挨拶に宗司は伸びをしながら返した。腕、肩、背中、脇、首をそれぞれ大きく伸ばしている。
「・・・まだ眠いの?」
「いや、なんかベットが体に合ってなくて。体が硬くなってる」
「そっか、私は平気だったけど」
そう言いながら真司は自分の肩や首を回した。
「そういえば、ほかの二人が見当たらないな」
首を回した真司が、ほかの二人がまだいないことに気付いた。
「まだ寝てるんでしょ。病院でも、あの二人が起きるのは遅かったし」
病院では、宗司、真司のどちらかが先に起きており、その後1時間ほどたってから凛花、正也が起きていたが、
「佐藤さん、いつも二度寝してたよね。今日大丈夫かな」
「・・・どうだろうね。30分前には起こそう」
二人は、そんな雑談をしながら食堂へ向かった。朝食は、ビュッフェ形式になっており、和、洋、中さまざまな種類、正確にはそれっぽいの食事がそろっていた。朝早いからか、食堂にはほとんど人がいなかったため、二人はゆっくりと選ぶことができた。
どの料理も始めてみるものばかりだったが、どれも二人の口に会い、そのおいしい料理に舌鼓を打った。
一通りの料理を食べ、満腹になり、それぞれの部屋に帰ろうとしたときに正也と凛花がおりてきた。
「おはよ~、早いね~」
「おははは~」
正也はずいぶん変わった欠伸をしながら挨拶した。
「眠そうだね」
「夜更かしした?」
欠伸をしながら挨拶する二人。今は大体7時半なので、どちらかといえば宗司たちのほうが早いのだが、6時に起きるのが当たり前の宗司にとっては、凛花たちが遅いという感想になった。
真司は、凛花の横を暗そうな顔をして通り過ぎる正也に話しかけた。
「鈴木君、大丈夫?この世の終わり見ないな顔してるけど」
正也は、横目で真司を見た後、大きなため息をついた。
「傷つくな、人の顔見てため息って」
真司の言葉を無視して、正也はつぶやいた。
「・・・今日、試験だろ」
「そうだね」
真司はそれが何?と言いかけたが、その前に正也は悲痛な叫び声をあげた。
「あ~、やだ~」
そして正也は自分の頭を抱えてため息交じりにつぶやいた。
そんな正也を真司は慰めた。
「そんな悲観的になる必要ないでしょ。死ぬわけじゃないし」
「そうとも限らないよ」
宗司の言葉に、3人は「え?」と声を出した。
「もしかしたら、成績の悪かった人は作業に参加させてもらえず、結果帰れないなんてことも・・・」
それを聞いた正也は、大きなため息をつきその場にしゃがみこんでしまった。
凛花も、「本当?」と、心配そうに聞いている。
「冗談。緊張ほぐれました?」
そう宗司がすました顔をして言うと、真司が宗司の頭に手刀打ちをした。
「不必要にビビらせるなよ、焦った~」
しかし、正也はしゃがみ込んだままだ。
「ほら立ち上がりなよ、今のは一条君の悪い冗談なんだから」
「いや、将軍が伝えてないだけで、本当にそうなる可能性が出てきたから無理」
正也を立ち上がらせようとした凛花に反論し、その反論を聞いて凛花も、「うっ」と声を漏らした。
その様子を見て、宗司はほくそ笑んだ。
「もう、この話やめ!」
凛花は、これ以上考えるのをやめ、正也を見り槍立たせて、食堂のほうへ向かった。
宗司も、苦悩する二人が見れて満足したのか、エレベーターに乗って、自分の部屋に戻っていく。
(・・・今更だけど、大丈夫かなぁ)
真司はエレベーターに乗らず、3人の様子から、今後の行方を案じていた。
9時5分。今、4人は昨日と同じビルの別室にいた。
なぜ、昨日は何十分もかけたホテルとビルの移動が、今日は数分で終わっているかというと、瞬間移動を使ったからだ、将軍が。
朝9時、4人はすでに五分前にロビーに集合していた。そこへ将軍が入ってきた。
将軍は受付と少しの間話した後、4人に近づき、手をつなぐように指示した。
4人が将軍の指示通り手をつなぐと、将軍は真司の右肩に右手を置いた。
次の瞬間、目の前に昨日のビルが現れた、という流れだ。
将軍が瞬間移動を使った後、宗司は冷静を装っていたが、内心は自分と似たような能力を使う人が多くいたため、自分の能力のハズレ感が否めず、落胆していた。
4人がいる部屋はプレゼン用の部屋のようだった。
部屋は白を基調としており、前と後ろに大きな画面があった。前にある画面の前は、一段高くなっていた。壁の上半分は窓になっていたが、カーテンが閉められていて、外は見えなかった。
ただし、その部屋には椅子と机が一つもなかった。
だが、4人は、昨日将軍が椅子と机を出現させたこともあり、いたって冷静に将軍の様子を見たり、ボーっと待っていたりしていた。
将軍が部屋の壁に手のひらを置くと、そこに魔法陣が出現した。将軍はその魔法陣を左右に何回か回すと、最後に魔法陣の中央に触れた。
すると、部屋の中央に4つの椅子と机、壇の上に一つのいすと机が出現した。昨日のように、生えてきたような椅子などではなく、既製品と思われるものだった。
4つの机の上には紙と鉛筆、消しゴムがあらかじめ乗せられていた。前もって準備していたのだろうか。
「それぞれ好きな席につけ」
将軍が4人にそういうと、4人は適当な席に着いた。
「それに書き終わったらもってこい。わからぬものは白紙でよい」
それだけ言うと、将軍は壇の上にある椅子に座り、机の上にノートパソコンらしきものを召喚し、カタカタと作業を始めた
「そ、それだけ?、、、あのすみません」
あまりの説明のなさに4人は戸惑いを隠せない。
将軍は、真司の呼びかけに、顔を上げた。
「もうちょっと説明をもらえませんか?あの、制限時間とか、、、」
「・・・その試験はそなたらの知識量と知力、常識、価値観、協調性を調査するためのものだ。問題の解き方、問題にかかった時間などをはかっている。その結果によって、君らにあった学校を選定する。よって、今言った以上の規則はない」
将軍は試験の説明を一息で言い終わると、再びパソコンと向き合った。
しかし、4人はまだ聞きたいことがある。
「学校、ですか?私たち、結構年が違うんですけど、それに、この試験の成績が悪かったら何かあるんですか?例えば、元の世界に戻れない、とか」
凛花の質問に将軍は、顔すら上げずに答えた。
「何を馬鹿なことを言っている。そんなことはないから安心しろ。そしてとにかくそれを終わらせろ。この国の詳しい制度については、それからだ」
そしてそれ以降、何を質問しても、「早く済ませろ」の一言でかたずけられた。
4人は仕方なく、試験を進めることにした。
およそ2時間後、4人は同時にテスト用紙を提出した。
試験中、わからない問題を共有したり、教えあったりし、少々にぎやかに解いていたが、それを将軍は一度も咎めなっかった。
「うむ、そろったな」
そう言って将軍は4人の試験用紙を整えた。
その後、「待っていろ」と4人に告げ、将軍は自分の荷物を持って部屋から出て行った。
5分ほどで将軍は段ボールを乗せた台車を引きながら戻ってきた。
段ボールの中には五人分の弁当が入っていた。
(そこは魔法とか使わないんだ)
4人がほぼ同時にそう思った。
弁当は5つとも中身が違い、魚中心のもの、肉中心のもの、野菜中心のもの、めん、ごはん、パンとさまざまであった。
どれも、見たことのないものだったが、食欲をそそるものばかりで、味も絶品だった。
5人が食事を終えると、将軍はごみを回収し、段ボールの中へ捨てた。
そして4人に目線を合わせるように椅子を一段下におろし、座った。
「それでは、そなたらの問いに答えるとしよう」
一瞬、静寂がこの部屋を包み込んだ。先ほどまで質問していた、そして今も様々な疑問が頭の中を駆け巡る。しかし、いざこういう時間になると、何を質問していいか、何から質問していいかわからなくなるものだ。
「あの、その試験の結果が悪かったら、どうなるんですか」
初めに静寂を破ったのは正也だった。
「この試験で、君らにあった学校を選別する。どんな結果でも、学校は必ず見つける」
正也の質問に、簡潔に答える将軍。その答えを聞いた正也は、曇った顔をしていた。それは、将軍の答えが簡潔すぎて情報を拾えなかったゆえか、それとも、
「怖いのか、学校が」
その言葉に、正也は体をこわばらせる。が、すぐに取り繕った。
「い、いやいや。そんなこと、」
「そなたは昨日の話の中でも、あまり元の世界に変えることに意欲的ではなかった。また、〈学校〉という言葉に過敏に反応していた。そなたの話し方、手足の動き、ひとには仕掛けるときの様子などでも推察はできる」
正也は、自分の手足の先が冷たくなっていく感覚を、自分の心臓がつかまれるような感覚を味わい、ゆっくりと、自分のつばをの飲み込んだ。
「・・・いじめ、か」
その言葉を聞いたとき、正也は呼吸ができなくなった。一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまった。しかしすぐに深呼吸をし、自分を落ち着かせた。
そしてゆっくりと、横を向いた。なぜ横を向いたか。それはさっきの言葉が、将軍から聞こえたものではないからだ。
「ここ数日、自分からはあまり話さない。周りに合わせた、周りが有利な受け答え。いじめを受けたというより、いじめを見てきたという感じか」
「・・・あまりそういうことを声高に言うものではない」
宗司の分析に将軍は苦言を呈した。
「・・・鈴木殿、別に無理して学校へ行く必要はない」
正也は将軍のほうに振り向いた。
「我が学校へ行くことを進めるのは、今後この世界で過ごすときに知識と人間関係を持っておいたほうが楽しめるだろうと考えてのことだ。学校へ通うことによって苦痛を感じるようなら行かぬほうがいい」
宗司は明らかにほっとしていた。しかし、その言葉に、凛花が待ったをかけた。
「ちょっと待ってください。わたしたちは元の世界に帰るつもりで、この世界で暮らす気はないんですけど」
「知っている。だが昨日も説明したように世界の移動は一朝一夕で行えるものではない。君らを帰すのに最短でも20年はかかるとふんでいる」
その言葉を聞いて、凛花と真司は明らかに動揺した。
「20年?!・・・そんな、まだやり残したことがあるのに、、、」
「私も、家族が待っているんです。もっと早めることはできないんですか?私たちにできることなら何でもやりますから」
凛花は頭を抱え、真司は立ち上がり将軍と距離を詰めた。
「落ち着け。20年とは、君らのことを考えて出した年数だ」
この言葉に、4人は「どういうこと?」という表情を浮かべた。
将軍は、「よいか」と説明を始めた。
「本来、異世界へ渡るために必要な準備期間は最短でも5年だ。しかしそれでは君らは不満であろう。元の世界から見れば5年間行方知れずだったものがいきなり現れても困るだろう」
真司と凛花の二人、特に凛花は大きくうなずいた。
「そのため今回は、異世界へ渡る術と並行して、時を遡る術の準備も行う」
「・・・時を」
「・・・さかのぼる」
凛花と真司は、自身が理解するように、将軍の言葉を反芻する。
そして宗司は「なるほど」と理解し、口に手を置いた。
「つまり我々が計画していることは、『20年後に、20年前の君らの世界へ送り返す』というものだ」
2人はそれを聞いて安心し、深く椅子にかけなおした。
「・・・つまり、その20年を楽しく、安全に過ごすために僕たちは学校へ行く必要がある、と、そういうことですね」
「学校に行って楽しくないと思うなら、行かなくてもよいがな」
宗司がこれまでの話をまとめ、将軍が多少の補足を入れ、凛花、真司、正也の3人はひとまず納得したようだ。
しかし、宗司はまだ疑問が残っており、真司も聞くべきことに気付き、同時に質問した。
「学費や教材費などははどうすればいいのですか?」
「私たちはどこに住めばいいんですか?」
その質問を聞き、凛花と正也も動揺した。正也は、「今のところに住み続けるんじゃ、、、」と小さな声だつぶやいた。
「この国では学費、というか学校にかかる費用は存在しない。教材費も寮費も給食費もな。ある学校では逆に国が学校にお金を出し、技術や人員を買うところもある」
4人、特に真司は驚愕した。今の話を信じるなら、この世界では、ただ、もしくは給料をもらって学校に通うことができるのだ。元の世界では確か、防衛大学が、そんなシステムだったが、この世界の学校はそれほど厳しいのだろうか。
「それから、そなたらには国が管理している寮に入ってもらう」
学校のことが衝撃的だったため住居に関して聞き流してしまいそうになる4人だったが、宗司と真司はなんとか自分の頭の中で整理し、疑問をまとめる。そして一気に将軍に尋ねた。
「・・・寮、ですか?」
「そうだ」
「今の場所の宿泊費は?」
「我が出す」
「いつ頃から寮に?」
「明日からだ。今日のうちに準備をしておけ」
「寮費は?」
「ない」
「食費などは」
「国からでる」
「・・・なるほど。ところで、なんで学校の費用がないんですか?」
「若者には無限の可能性がある。その若者に投資せずして国の発展は望めまい」
「それはそうなんですけど、お金の出どころは、、、」
「税と民間企業の出資で賄っている」
「学校があって、いつ作業の手伝いをすれば?」
「寮に帰ってきたら必要に応じて呼び出す」
宗司と真司が次々と疑問を口に出し、将軍はそれによどみなく答えていく。その光景に正也と凛花はただ呆然とするほかなかった。
そして、今の質疑応答で、宗司の疑問は解決したらしく、「ありがとうございます」といって、背もたれに寄り掛かった。
しかし、真司のほうはまだ不安そうだ。
「・・・あの、私たちによくしてくれるのはありがたいのですが、私はそこまで優れた人間ではないので、自分で一から働きたいと思うのですが・・・」
真司は不安だった。ここまでお金をかけても自分たちは20年後にはいなくなる。そこまでお金をかけてもらって、最終的に、よくしてくれたこの国に恩を仇で返す様なことになるのではないか、と。
そんな真司の心情を、知ってか知らずか、将軍はゆっくりとあきれたように息を吐いた。
「・・・加藤殿、そなた何か勘違いをしてはおらぬか?」
「勘違い、ですか?」
自分の今の発言を振り返っても特におかしなとことは言っていない。しかし将軍は、相変わらずか切れた様子でこちらを見ている。
「学校に通うもの、国の寮に住んでいるもの。国民皆すべからく持っている権利の一つだ。そして学生は未来で、国の寮に入っているものは今この瞬間にも、国の発展と、国民の豊かな暮らしのために働いてもらっている。君らが特別なわけではない」
「・・・しかし、私たちは20年後にはいなくなります。それに先程、ナガツカさんはごっこうは楽しむために行くものだとも言っていました」
「楽しんで国に貢献してくれるのであればそれ以上のことはなかろう。それに、投資といっただろう。投資先全てから必ず利益が出る確率は低いように、学校に行ったすべての人間が天才になることはない。国としては一分一厘の天才を発掘し、そやつが志を共にする仲間とともに世界で活躍し、その結果、国に少しでも還元してくれれば文句はない。そなたらについても、20年で新たな発見をするかもしれない、異世界のより良い技術をもたらしてくれるかもしれない。その可能性に投資するには、妥当な金額だと我は思っている」
その言葉に真司は胸を打たれ「わかりました。ありがとうございます」といい、深々と頭を下げた。
しかし、宗司はその国のやり方を聞いて突っかかった。
「ずいぶん楽観的なやり方ですね」
しかし種軍は、その批判に「フッ」と笑い返した。
「しかし実際に国は発展した。だが、そなたの意見も正しい。実際、同じ方針を持ち続けて長く運営できる組織は少ない。だから、我は常に国内外に目を光らせねばならない。これほどやりがいのある仕事はほかにあるまい」
そう言われて、宗司は口を閉ざした。
そしてそれ以降、誰も話し始めなかった。とりあえず、疑問に思ったことはもうない。
そのことを確認すると、将軍は最後に口を開いた。
「百聞は一見に如かず。とりあえず生活してみて、疑問に思ったことはその都度、周りに助けを求めながら解決していくがいい。むろん我も協力するがな。帰りは申し訳ないが各々で帰ってくれ、我はやることがある。机とペンはそのままでいい。明日は昼頃に迎えに行く。それまでに荷物をまとめておけ」
そういうと将軍は段ボールと台車とともに部屋を後にした。
4人は手ぶらで帰路に就いた。外はもう夕暮れ時だった。4人は、早く帰ろうと、宗司の『電光石火』を使った。ホテルに着いたとき、ちょうど夕食時だったが、凛花は先に風呂に行き、宗司は部屋で食事をとるようで、二人とも部屋に戻ろうとした。
「せっかくだし、食堂で食べない?」
部屋へ戻ろうとする二人を引き留め、真司は食堂で食事をすることを提案する。
「そうだな」
「いや、先にお風呂に入りたいから、3人は先に食べていなよ」
宗司は真司の提案に賛成し、食堂へ足を向けたが、凛花は部屋に戻ろうとした
「いや、さすがに女の子一人での食堂は不安だから佐藤さんのタイミングで食べるよ」
そのため、食事は1時間後ということになった。
1時間後、4人はホテルでの最後の夕食を楽しんだ。