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史上最強の4匹  作者: カイワレ大根
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6話 異世界に行くということは、馴染みのものにはもう会えないということ

4人が、中央病院で生活し始めて20日目、その生活は、4人の想像より快適なものだった。

もちろん、さまざまな機器につながれ、食事もまとものは出されず、トイレすら、部屋に隣接されている一つしか使えないなど、かなり制限されることはあったが、空調は常に管理され、規則正しい時間に起こされ、頼めばテレビ、ゲーム、本などを貸してもらえる。それに、まともな食事が出されないといっても、毎回おかゆや汁物1品だけという量の問題であって、味は落ちていない。

最初におかゆを食べた時、


「うまいおかゆってあるんだ」


と正也が言った時には、ほかの3人はそれまでの緊張もあり、不覚にもふきだしてしてしまった。


最初、宗司はアトキ国同様、この国の人間のことも疑っていた。いずれ本性を出してくるだろうと。

今、自分たちをどう処分するのかを話し合っているのではないか。低賃金で働かされるのか、奴隷のような身分に落とされるのか、このまま監禁されるか、いっそ殺されるのか。

宗司の心構えは、〈人は盗人火は焼亡〉だった。

しかしこの20日間、看護師はとても丁寧で4人と話すときは軽い受け答え以外屈むか座るかして、もの高さを合わせていた。また、看護師たちは4人の要望をほとんど答えていたが、「外へ行きたい」や、「窓を開けたい」などのことはかなえてくれなかった。そしてその都度、なぜダメなのかを丁寧に説明していた。

その様子を見て、ダメなことと良いことの線引きが理論的にできていることに宗司は感心した。

20日間で最初に取り付けた装置以外に新たな機器や点滴はない。やろうと思えばいつでも4人に危害を加えることができただろうにそれをするそぶりがないということは、とりあえず、この病院にいれば安全だと宗司は判断した。

また、宗司は日に数回のトイレに行く際、自身の能力の『電光石火』の練習を行い、体の痛みと能力使用の慣れを行っていた。今のところ、体の痛みはないが。

これらのことから宗司はこの世界に来て初めてリラックスできていた。

しかし、真司と凛花は日がたつにつれて少しずつ不安と焦りを見せ始めた。

そしてそれをよく看護師たちに吐露していた。


「あの、まだ退院することはできないんでしょうか」

「・・・まだ体内の抗体が不十分なので、まだ退院は許可できないんです」

「もう20日立ったんですよ!早き家に帰りたいです。」


声をすこし荒げて訴えた凛花を真司がなだめる。


「落ち着いて、ここでかんしゃくを起こしても仕方ないでしょう」

「落ち着け?、落ち着けるわけないでしょ、こうしている間にも時間は失われていくんですよ。学校に通うはずだった時間、友達と遊ぶはずだった時間、家族と過ごすはずだった時間が。あなたは不安じゃないんですか」

「不安に決まっているでしょう。私だって4人の弟たち、両親、職場の気のいい仲間に会いたいですよ。・・・しかし今この場でしてはいけないのは、焦ってことを起こすことです。何の知識もない状態で行動すれば他人に騙されたり、大きな事故に巻き込まれる可能性が高くなります。

アトキ国の人が言っていた魔王と倒しに行けば帰る方法も見つかるという言葉も、私たちを魔王城へ向かわせたいがためのウソの可能性が高いと私は思ってます。今私たちにできることは、この病院の検査に協力的になって検査を早く終わらせること、それしかできないんです」


真司の言葉に凛花は黙り込んでしまった。

看護師は申し訳なさそうに立ちすくんでいたが、すぐに気を取り直して凛花に話しかけた。


「あと10日あればあなたたちが退院できるめどが立つ予定です。それまでどうか辛抱してください。何か欲しいものはありますか?今の私には、それを用意することしかできません」


そうして謝罪する看護師に凛花は下を向いたまま看護師のほうを見ずに答えた。


「・・・何もいりません・・・」


その言葉には、悲しみとやるせなさがこもっていた。

看護師はその言葉を聞くとばつが悪そうに立ち上がり、静かに部屋を出た。

他の3人も何も言い出せず、静かに時は過ぎていった。


その夜、3人が寝静まったころ、凛花はベットの中でむせび泣いていた。

凛花はもとの世界のことを考えていた。異世界に来てから、毎日夢に見るあの光景。

仲のいい家族との日々、学校で仲の良かった友人、1日たりとも忘れたことはなかった。


佐藤凛花はどこにでもある、ごくごく平凡な家に生まれた。

平日の昼間は学校へ行き、クラスメイトと勉強し、部活動にいそしみ、遊びつくした。家に帰るとすぐに塾があり塾では、志望校に向け、より一層勉学に励んだ。塾のみんなとの仲も良好で、たまに何もない日に遊び行ったりもしていた。

夜帰ると両親と晩御飯を食べ、その後入浴を済ませると自室にこもり、軽く復習したのち、動画やゲームをし、12時ごろに就寝する。

休日は、昼間は塾で課題や、志望校の過去問、定期テストの勉強をしたり、たまに、友人とどこかへ遊びに行ったりしていた。夜は平日と同じく、両親と晩御飯を食べ、入浴し、自室で、映画などを見て過ごす。


そんな普遍ながらも、充実した日々を過ごしていた凛花だったが、凛花には後悔していることが2つあった。


1つ目は、恋人がいなかったこと。正確には、作ろうとしなかったこと。

凛花には、将来の夢があった。それはキャビンアテンダントになることだった。そのために、学校や塾で勉強し、就職に有利な大学を目指していた。そこまではいい。しかし、そのことを恋人を作らない、作れない理由にしてしまっていた。これまで生きてきて、それなりに気になる異性はいたが自分から話しかけたり、告白する勇気はなかった。その結果、その人は別の人と付き合ったり、卒業して離れ離れになったりしてしまっていた。


そのたびに凛花は「彼とは付き合っても長続きしない」「今は勉強のほうが大事」と、今思えばなんとも笑える言い訳を自分に言い聞かせてきた。今でも、心のどこかで「どうせ異世界に飛ばされるならだれかと付き合っても無駄」と行く声が聞こえる。つくづく自分が嫌になる。


2つ目が、両親とあまり話をしなかったこと。

凛花は現在高校生、反抗期ということで、親の言動がうっとうしく感じており、両親とはあまり話をしてこなかった。親の注意を話半分はおろか、全く聞いていないときも少なくなく、外出や、団らんに誘われた時も、そっけない態度をとっていた。晩御飯のときも、ほとんどテレビを見ながら食べるだけで、家族との会話はほとんどない。当時はそれが当たり前で、快適とすら思っていた節があったが、いま思えば、もっと会話をしていればと後悔する。


これら以外にも理由はあるが、特にこれらが凛花がもとの世界に抱いている未練だ。

だが、今夜泣いているのは、もとの世界への未練だけが原因ではない。

もちろん、それが理由として一番大きいが、今日の昼間に看護師と真司に当たってしまったことも一因となっている。


「・・・昼間は、すみませんでした」


ふと、声が聞こえた。凛花は驚いて、とっさに涙を拭き顔を上げた。

ほかの2人は寝息を立てていたが、真司は上半身を起こしてベットに座って、気まずそうにしていた。


(もしかして、今泣いているところを見られた?)


そう考えると凛花は顔から火が出そうになった。

凛花は恥ずかしさをごまかすように慌ててカラ元気な声で質問した。


「何がですか?」


そういうと真司はゆっくり凛花のほうを向いた。真司はうつむき、掛布団の上に置いた自分の手を見ていた。しかし凛花は、真司の顔を見ることすら気まずく、すぐに目をそらした。


「・・・昼間、あんな言い方をして、、、泣かせてしまって、、、もっと、別の言い方があったはずなのに」


その言葉を聞いて、凛花は再び恥ずかしさで悶えそうになった。泣いていたことをなかったことにしたくて言った言葉が裏目に出てしまった。


「・・・いえ、あの、大丈夫です。・・・ほんとに、大丈夫です。。。こっちこそすみません、昼間、かんしゃくを起こして、、、今も、起こしちゃって」


恥ずかしさを紛らわせ、その話題をなるべく早く切り上げようとし、凛花はしどろもどろになってしまった。


「・・・いえ、昼間のことがあって、眠れなくて」


昼間の話題から遠ざかりたいがために、適当に謝罪したことが、再び昼間の話題のきっかけになってしまった。もはや何を言っても昼間のことに戻りそうで、凛花はそれ以上何を話したらいいか分からなくなった。

病室はしばらく静まり返った。2つの寝息が、やけにうるさく感じる。


「・・・私も、早く元の世界に帰りたいと思う気持ちは、あなたと同じくらいあるつもりです」


病室の静寂を真司がやぶった。凛花は真司のほうを見た。真司は変わらずうつむいていたが、布団の上でからんでいた両手が、今は離れ、強く握られていた。


「・・・そのためには、冷静になることも必要ですが、仲間を大切にすることのほうが大事だと思っています。・・・なので、昼間のこと、すみません。どうか、私と一緒に、帰る方法を探してください」


そう言って、真司は凛花の目を見た。そしてすぐに、深々と頭を下げた。

凛花は何も言わず、ベットにもぐった。真司は、10分くらい頭を下げて、ベットにもぐりなおした。

その後1時間ほどたった後、凛花はチラッと真司のほうを見た。真司は寝息を立てて眠っていた。

そのことを確認すると、凛花は布団を頭までかぶった。

凛花は後悔していた。

もとの世界で恋人を作らなかったこと、元の世界で家族とあまり話さなかったこと、この世界に来て、看護師と真司に八つ当たりしたこと、さっきも、気まずさと、自分は間違っていないというプライドから、即返事できなかった。

凛花は、自分のことが嫌いだった。


4人が中央病院で過ごして30日目。

宗司と正也が病院生活に慣れ、飽き始め、宗司は大量の本を、正也は様々なゲームを消費しまくっているのに対し、真司と凛花は心なしかそわそわし始めていた。看護師が戸を開けるたびに、バッと扉のほうを見ては看護師の一言を待っている。そしてその言葉が発せられず看護師が去る、または違う言葉をいわれると、あからさまに肩を落とす。その様子に看護師たちも申し訳なく感じているのか、何人かは凛花や真司のほうを見て「ごめんなさい」といって病室を後にする。


「・・・二人とも、焦る気持ちはわかりますけど、もう少し落ち着いたら?看護師さんにも悪いでしょう」


このところずっとソワソワしている凛花と真司に対し、さすがに鬱陶しくなってきた宗司が注意した。


「うん、それは分かっているんだけど、今日帰れるかもしれないと思うと落ち着かなくて」


凛花は、そう言って再び病室の扉のほうを見てソワソワしだした。

真司は同じように少々落ち着きがないが、凛花の言葉を訂正するくらいの余裕は残っていたようだ。


「いや、佐藤さん。帰れるんじゃなくて退院できるかもだよ」

「え、あっ、そっか」


凛花は真司の言葉を聞いて露骨にがっかりした。


「まあ、この世界は魔法みたいな摩訶不思議なものがあふれているらしいので、きっとすぐ帰れる方法も見つかりますよ」


真司は、そう言って凛花を励ましたが、そんな気休めでは凛花は前を向けなかった。

昼食を食べ終え、4人が一息ついているとき、再び扉が開き、また一人、看護師が入ってきた。

いや、看護師は1人だけではなかった。数人の看護師は病室に入り、4人に取りつけられていた点滴や機械をすべて外した。


「皆様、イトウ先生がお呼びです」


その言葉に、宗司と凛花は、うれしそうな、ほっとしたような表情を浮かべ、それに対し宗司は多少緊張した面持ちになった。正也は、今やっているゲームを中断されて、少し残念そうだった。


      —————————————————————————


「・・・今日で退院です。お疲れさまでした」


診察室に入って、イトウ先生から最初に言われた言葉がこれだった。

4人が大方予想、期待していた言葉だが、こうもあったり言われると、どう反応してよいか少し困る、、、のは宗司だけだった。


「本当ですか。ありがとうございます」

「今までお世話になりました」

「・・・ありがとうございました」(もうちょっとゲームしたかったけど・・・)


他の3人は、歓喜したり、世話になった病院に対して礼儀よく挨拶したり、名残惜しそうにしたりしていた。


「あの、本当に大丈夫なんですか?30日間、あの機械つけているだけで手術も注射もありませんでしたけど」


この30日、特に手術も注射もなく、点滴と機械をつけて普通に過ごしただけ。しかも副作用らしきものもない。あまりにも治療の実感がない宗司がイトウさんに再度確認した。


「ええ、大丈夫ですよ。あなた方から採取した新種の菌やウイルスにも対策が確立されましたし」


こうもあっさりと万事完了といわれると逆に不安になっていく宗司。そんな宗司に真司は心配性だね、と言った。


「治療で何もないんだったらそれが一番だろう?」

「いや、そうですけど。・・・いや、そうですね」


これ以上のダダは周りに迷惑をかけてしまうと考え、宗司はそれ以上の不安を飲み込んだ。

宗司が不安を飲み込んだ様子を見たイトウさんは、自分の鞄の中からいくつかの資料を取り出した。

そして、「はい」とその資料を4人それぞれに渡した。


「それはあなた方の体調の推移です。まずは結論から話したほうがいいかと思い、詳しいことはこれから話そうと考えていました。なので心配しないでください宗司さん」


そう言われて4人は自分たちに配られた資料に目をやった。

そしてイトウさんは4人に説明した。


実はあの機械は魔道具で、対象に新種の組織や器官、または微生物などがあればそれを検知し、害の有無を判別することができるということ。

害があれば医者に詳細が送られ、それに基づいて医者が適切な薬を点滴に混ぜ、有害物質を無害化、または体に抗体をつけさせていたこと。

イトウさんの話を聞いて、宗司はこの世界の医療と魔法に感動した。


「この世界の魔法ってすごいですね。副作用もなしに治療できるんですから」

「魔法だけのおかげではありませんけどね。まあ、今回は”異世界から”という特殊なケースだったので治療に3日も時間がかかってしまいましたが」

「あはは、イトウさん間違えてますよ。3日じゃなくて30日ですよ」


この病院にも慣れ、さらにこれから退院できる喜びから、凛花はイトウさんの冗談にも明るく返事ができるようになった。


「いえ、3日で合ってますよ」


しかし、イトウさんは真面目な声でさらりと凛花の言葉を否定した。


「どういうことですか?」


イトウさんは確かに3日といった。しかし、4人は確実に30日病院で過ごしている。あの退屈な日々、積み上げた本の量、ついさっきまでのことだ、忘れもしない。

まさかここまで来て罠があるとは考えにくいが、だからこそイトウさんの言葉に宗司は混乱した。


「言った通り、あなた方の入院期間は3日です。あなた方の病室には特殊な結界が張られていまして、中のものは外の10倍の速度で時間が過ぎるんですよ」


説明を聞いてもなお理解できない。なぜなら、4人は確かにあの大きな窓から日が沈むのを30回見たのだから。


「あとこれ、返しますね」


そう言われて返されたのは、4人がもともと身に着けていた衣類や装飾品だった。その中には携帯電話も。そして真司は、自分の腕時計を手に取り、今の日にちを確認した。


「確かに、3日しかたっていない、、、」


その言葉を聞いた3人は、驚き、喜び、安堵した。

奪われたと思っていた4人の時間は、4人の予想よりはるかに小さいものだった。


「ここは病院ですのでお静かに願います」


イトウさんの注意にハッとし、4人は少々恥ずかしそうに再び席に着く。


「あなた方は退院した後はどうするんですか?」

「もちろん、元の世界に戻る方法を探します」


イトウさんの質問に対し、即答する凛花だったが、


「元の世界に戻るための、具体的な方針は・・・?」

「・・・それは・・・」


続くイトウ先生のこの質問には回答できなかった。


「図書館で調べたり・・・とか?」

「この国だと異世界に行く方法は国民には明かされない、だから国外で調べるしかないでしょう。まずは国外に行くために必要な手続きが必要だと思います」


ノープランな凛花の提案を却下し、宗司が提案をする。しかし、その提案に真司が待ったをかける。


「ちょっと待て。この世界だと異世界に干渉することが禁忌だったはずだろ?ほかの国に行っても同じじゃないか?」

「禁忌を犯してる国だってたくさんあるだろう。アトキ国のように」

「・・・そんな国がまともだとは思えないけど、自由とか権利が押さえつけられてそう。調べられなかったら元も子もない」

「うん、、、」


真司の意見に反論した宗司だったが、正也に指摘され、何も言えなくなってしまった。

それ以上の案が出ず、4人がしばらく沈黙していると、


「・・・つまり、何も決まってないわけですね。・・・それならちょうどいいです」

「「「「・・・?はい?」」」」


イトウさんの発言に、4人が突っ込みを入れたくなったが、イトウさんは、自分の鞄の中から何かを探し出していた。それは、1枚の紙きれで、4人の将来を決めることにもにもなりうるものでもあった。


「実は、この国の将軍が君たちを呼んでいましてね、『もし暇なら、もしくは困っていることがあるなら来てほしい』と。この紙は招待状兼地図です」


そうして4人に一枚ずつ渡された紙には、招待状という文字と、この世界の詳しい地図が書かれていた。


「・・・どうする?」

「・・・このままでも何がどうなるわけでもないし」

「・・・とりあえず」

「行ってみるか」


そうと決まれば4人と、病院の対応は早かった。その日中に荷物と身だしなみは整えられ、手続きを1日で済ませ、4人は翌日には退院した。

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