52話 魔国
宗司が目を覚ますと、そこは暗い牢獄の中であった。
手枷足枷をつけられ、身動きの取れない状態。ご丁寧に牢全体に魔術封じの回路が組まれている。魔力を散らし、魔力による術を不発にする回路だ。
「お目覚めかしら?」
絵にかいたようなピンクの髪を揺らし、全ての人類を魅了するかのような体躯で世界に存在する。その芸術的な肉体を引き立てるために編まれた煽情的な装飾の類。そして、美声の代名詞としても誰にも異を挟ませない声で、悪魔が宗司に囁いた。
(・・・サキュバスか)
目の前の異形に、宗司は淡泊な感想を抱いた。
特段珍しくもない、と言えば嘘になるが、まあ見慣れているものだったからだ。
「ようやく、会えたわね」
サキュバスは一方的に話を続けた。
まるで元から自分を知っていたかのような口ぶりに、宗司は違和感を覚える。
「まずは自己紹介でもしましょうか」
サキュバスは、その豊満な胸に、すらりと伸びた手を置き、蠱惑的な笑みを浮かべながらお辞儀をする。
「ケミスのクリプトン部隊第二隊3席のエリカです。今はあなたたちをとある場所に連れて行っている最中だけど、着くまでにまだまだ時間がかかりそうなのよ。だから、その間、時間を有効に利用しましょうね」
(なるほど。あえて自分の所属を伝えることで情報の錯綜を狙ったのか)
宗司は瞬時にエリカと名乗り女性の素性が偽りであることを見抜いた。魂力、体力様様である。
「疑っていますね。もっと肩の力を抜いたらどうです?」
「ケミスは過剰な科学信仰国家。サキュバスが入れるはずがないだろう。クリプトン部隊というのも、聞いたことがない」
嘘だ。がっつり聞いたことはなくとも、噂程度では、宗司も知っている。やはり、周りが魔法やら呪術やらを扱っているときに、科学一本で勝負をするのは限界があるのだ。
「まあ、信じる、信じないは別ですけど、困りましたね。和ませるつもりが、警戒させてしまいましたか」
サキュバスは相変わらず妖艶な動きで宗司を魅了してくる。
が、わざとらしくてむしろ萎える。
しかしあちらの罠にかからず面倒なことになってはたまらないと、宗司はコバンのことを思い出し、下腹部に血液を集中させる。
「どうやら私のような女性はお嫌いなようですね」
見抜かれていた。
ならばこれ以上は意味がないと、宗司は妄想と、血液操作を中止する。
「どうやらあなたは、清楚かつ姉御肌な方が好みの様ですね」
「・・・なぜそれを?ここは魔力が封じられているが、お前は影響を受けていないのか?」
「上は用心深い方なのでねえ。影響を受けないような細工はされていないのですよ。私があなたの好みを見抜いたのは、あなたのことをよく見ていたからですよ」
宗司の欲しい情報は手に入った。が、それを表には出さない。
魔力封じが小細工で抜け出せぬとわかったことに落胆するかのように見せるのだ。
実際、これは本当に宗司が落胆したことだ。
「私が魔法を使えるのであれば、どうにかして自分も魔力を取り戻すのとができるのではと考えましたか?残念ですけど、それはできませんね」
「・・・」
「そんなに睨まないでくださいよ。私はあなたと楽しくおしゃべりがしたいんです」
「拉致拘束しておいてか?」
「それは上が決めたことなのでねえ」
痛いとこ疲れたと、サキュバスは困り顔で微笑む。
「やはり、和ませるには、同じ出身の方のほうがいいですかね?」
その言葉の真意が分からず、宗司はより一層警戒した。
そして、サキュバスの招きに応じて現れた者に、宗司は驚愕する。
「久しぶりね。宗司」
金髪を揺らしながら、鈴の音のような声で名前を呼ぶのは、宗司が最後に見たクラスメイト。
エリュシア・フェルナリエルその人であった。
「ッ!エリュシア
(ではないな。魂の様子が違う。洗脳、催眠の類でもない。憑依も違う。魂が二重になっていない。ということは入れ替わりか。サキュバスは永くその美貌を保つと聞くが、美貌はその国、その時代で異なる。なのに一様にそう評されるのは、幻術の類かと思っていたが、なるほど入れ替わりもありうる)―――!!」
0.1秒の間に目の前の肉体の元来の持ち主の判別とその正体、そして正体を知られたと相手に伝えぬように演技の続行。他の異世界人ではできぬであろう処世術を宗司はやってのけた。
「贅沢者ね。エリカ様から施しを与えられるなんて」
「エリュシアちゃん。同じ学校で学んだ者同士、もっと優しくてあげなさいよ」
宗司に対しては相も変わらず見下した態度を取るが、サキュバスに対しては敬称をつける。その様子に、宗司は驚いた、ふりをする。
「こんな間抜け面の木偶と同じ学校で学んだなんて人生の汚点だわ。ま、それも今日で終わり。せいぜいエリカ様のお役に立ってから死になさい」
鉄格子に張り付きながら言い捨てた後、彼女はどこかへと去っていった。
「あらあら」
サキュバスはそんな彼女を止めもしない。
困り顔で牢の鍵を開けながら中に入ってくる。
「うまくいかないものですね?まあでも、彼女、別の人とお話したら、最初はとげとげしかったのに、今では仲良くできるようになったんですよ?だからあなたも、お話ししましょう?」
そう言いつつもサキュバスは、宗司の体にまとわりつき、口づけをしてきた。
唇を引き絞ろうとしたときには遅く、すでにサキュバスの舌は宗司の口内に侵入を許し、快楽と薬を盛る。
瞬間、サキュバスは顔を引く。
口端からは真紅の血が一線の軌道を描いてしたたり落ちている。
「プッ」
宗司が吐き出したのは一塊の肉。それは宗司のものではなかった。
「躊躇ないのね」
サキュバスは小悪魔的に、舌先を出して嗤う。
「化け物め。何を飲ませた」
「女の子にそういうのはよくないわよ。それに、あなたに飲ませたのはそんなに悪いものじゃないわ」
噛みちぎった舌がすでに再生しているのは、回路によるものではなく、魔族の特性由来のもの。
そのことに悪態をつく宗司だったが、サキュバスは軽くあしらう。
「どうせ助からないのなら、最後は楽しく過ごすのが賢い生き方じゃないの?あなた、私のタイプだから、下手な扱いはしないわ」
まるで誘うような手つきでサキュバスは宗司の全身を撫でまわす。実際誘っているのだろう。これはいわば、味見だ。
実に妖艶な施しと甘美な香りに包まれながら、宗司は必死に冷静さを保とうとする。
―――フリをする。
(一時間、ってところか)
なるほどコバンとは、自分にはもったいない彼女だったのだなと、宗司は初めて知った。そして、後で再び知ることとなる。
「これで任務完了か。おれには役不足な仕事だったな」
牢の中にエリカが入る様子を、カメラ越しに見ていた男は、背もたれに体重をかけながら余裕綽々と呟いた。今頃同期の数人は、パレードのための準備だったり、パトロールだったりをしていることだろう、と。
現在の地点は不明。魔王の内の一人が治める、ルーデルハイト魔王国専用の異空間を飛行中だ。
男も当然魔族。
魔族は古から魔力と共に生き、どの種族よりも魔力について理解している。魔力の保有量もダントツだ。
が、エルフのように、それを鼻にかけて周りとの交流を絶っているわけではない。見下してはいるが。
今回この男は、アトキ国からの指令で計8人の捕獲任務に駆り出されている。
なぜ魔王領民がアトキ国の指令で動いているかというと、現在男のいる部隊は、アトキ国に貸し出されているからだ。
同盟のあかしとして、軍交流というものを行っている。それの一環だ。
「損な役回りだ」
男はこの仕事が好きではなかった。軍が嫌いと言うわけではない。
こそこそとした偵察という、地味かつ目立たない任務が嫌いなのだ。
「ま、それもあと30分だな」
そのころにはアトキ国に到着するだろう。
瞬間移動を使えば、今すぐにでも行けるのだが、一度故郷で手続きや報告を行い、燃料補給を済ませないと、瞬間移動はできない。
いくら人知を超えた術を言えど、そう簡単に世界の法則は破れない。
絶対に破れないわけではないが相当な労力が必要だ。それは今回の任務には、というか、この軍には過剰だ。そういういうのは切り札として隠し持つくらいがちょうどいい。
そんなことを考えながら、椅子にふんぞり返ったこの男、ロードルハン中佐はしぶしぶエネルギー保存則に従う。
「そろそろか」
一度、ルーデルハイト魔王国領に酔ってからアトキ国へ向かう。
そして犯罪者どもを渡せば任務完了。
あと少しの辛抱とロードルハンは気合を入れなおした。
「遠路ご苦労」
祖国で出迎えを受けたロードルハンは報告と燃料調達、もろもろの雑務の遂行のため、本部に足を運ぶ。部下たちも中佐に続いた。その中には、エリュシアの姿も。
ロードルハンが本部の中を歩いていると、同期のランに出くわした。
「あら、戻ってたのね」
「ちょっとだけな。仕事をしたらまた出る」
ハンドサインでロードルハン中佐に促された部下たちは、各々の仕事を片付けに行く。
「へぇ、あなた、エルフなんかに興味があったのね」
通り過ぎたエリュシアを一瞥したランがニヤツキを隠そうともせずにロードルハンをからかう。
それに対し、ロードルハンは顔をしかめる。
「寝ぼけるな。あれはスパイだ」
「・・・ふぅ、つまらないわね。もっと楽しんだらどう?」
怒鳴りもせず、慌てもせず、淡々と事実を述べるロードルハンに、ランはつまらなそうに息を吐く。
「こんな仕事が楽しいわけないだろ。ったく、上は何を考えているのか」
「それは同感だけど、意外ね。あなたはワクワクしているものと思っていたわ」
憂鬱な愚痴を吐いたロードルハンは続いたランの発言の真意が分からず尋ね返す。
「多分、というか絶対海の国とはぶつかるでしょ?強い人間と戦うのは好きじゃなかったっけ?」
ランの考えを聞いたロードルハンは納得し、そして少し食い気味に訂正する。
「あのなあ、おれは派手なのが好きで強い奴と戦うのが好きなわけじゃねえ。派手なことするのは大抵強い奴だけどな」
話は終わりだと言わんばかりにロードルハンは歩き出す。
「あいつらとは戦いたくない」
それだけ言い残して。
「めんどくさい仕事だ」
船一隻動かすにしても、緊急時外では記入しなければならない書類が多い。そういう時は大抵、部下に丸投げするのだが、最後の確認と、確認印は自分がやらねばならない。結局、つまらない書類の黙読からは逃げられない。
それまでの間は休憩できるかと考えていたロードルハンだったが、今日は生憎、少将殿がお見えだ。
「ほう、今回は海の国に」
「ええ、アトキ国の要望で、攫われた異界の者を救助しに」
もちろん方便だ。それは少将も把握している。
「はぁ。・・・もしアトキ国と戦闘になれば、指令は無視してかまわん。逃げろ」
このお方は任務より人命に重きを置いているので、部下からの人望はそこそこなのだが、もう30年以上この地位のままだ。
「アトキ国はいろいろと策を弄しているようですが」
「連中は勘違いをしておる。奴らの絆、縁に付け入ろうとは、自殺行為にほかならん」
「・・・少将殿に策を見抜かれているということは、あちらにも知られていると考えたほうがいいですね」
二人はため息をつく。それほど海の国と事を構えるの危険なのだ。
が、判断するのは上。海の国には豊かな資源と優れた技術力があるため、どうにかしてかすめ取らないか、利用できないかと、多くの国が画策しているのだ。
「アトキ国というきな臭い国と交流を深めるなんて、宰相殿は何を考えておられるのか」
「ふむ、、、そのことなのだがな、、、」
ロードルハンが何気なく発した愚痴に、少将は予備動作なしで隠密魔法をかけ、秘密の会話を試みた。
「どうにもこの国に怪しい動きがあると、ブリム大将殿の暗部が探っているとうわさを聞いたことがある」
「なるほど。考えあってのことなんですね」
ならば今後の動きを考えないといけない。さらなる悩みの種に、ロードルハンは億劫になる。
「ところでどうだ。新兵たちは」
ロードルハンのところにいる新兵は二人。あのサキュバスどもだ。
「二人とも優秀ですが、まだ考えの至らないところがありますね」
「そこは経験の差じゃな。ビシビシ鍛えてやれ」
「はい」
「海の国に潜入を果たすほどだろう?潜在能力は一流じゃな」
「いえ、海の国の近くに待機させていただけで、実行したのは一人ですが」
「それでも、だ」
もういくつかの雑談を交えたところで、ロードルハンは部下に呼ばれた。仕事再開だ。
「では」
「うむ、健闘を祈る」
二人は敬礼し、少将は見送った。
役不足な任務、その後に控えているであろう憂鬱な戦いを考えると、どうにも気が進まないが、仕事と割り切るしかないだろうと、彼は書類にサインする。
その数分後、彼は捕虜が脱走したという、彼好みの報告を受けるのだった。




