48話 何気ない日常
勇者一行、洗脳を解かれる。
「ずいぶん濃い人が来たね」
留学生のエルフを、シラウオはそう評しながら棒状のお菓子を食べる。
「出てから食べろよ」
となりにいる宗司は、お菓子を指して、シラウオに忠告した。
現在彼らがいるのは、科学博物館。先日クラスメイトのアミキリからチケットを渡され、せっかくだからと来ていた。
「パンフレットにくっついてたやつだし、別にいいでしょ。飲食禁止とは書いてないし」
シラウオにそう反論され、宗司はため息をついて、展示品に目を戻す。
科学博物館は、宗司にとって、とても面白い場所であった。
静かな雰囲気で、元の世界とはまた違う文明の利器や、みたことのない技術、機械、システム、それらを見物することができる。ただ、元の世界にはない法則や、物質があり、理解できないところも少々あるが、やはり、未知のものを知るのは、宗司は好きだった。
「・・・エルフ、か」
「ん?」
ただ、シラウオの言葉で、あの留学生のことが頭に浮かんだ。
そして、宗司のちょっとしたつぶやきを、ちょうど後ろを通りかかったオイカワが拾った。
「どしたんソウっち?エリュシアちゃんのこと気になる感じ?」
「・・・いや、俺はてっきり、あの手の輩はすぐ殺すのかと思ってな」
「殺す?誰が誰を?」
「お前らがあのエルフをだ」
それを聞いたオイカワはショックを受け、シラウオも、びっくりした顔で横に振り向いた。
「えー、ソウっちアタシらのことそんなふうに思ってたん?ショック―」
「エリュシアはこの学校で一緒に学んでく仲間だろ?なんで殺すんだよ」
「ふーん」
二人の話を、特に深く考えず、宗司は経路に沿って歩みを進めた。
(こっからいわゆる近代か。やはり、本で読むのと実際に見るのは違うな)
宗司の博物館を進むスピードはかなり遅い。説明を一つ一つ読んでいるためだ。シラウオをオイカワはとうに一周見終わっている。
しかし、彼らは宗司に対し特に文句を言わず、静かに二周目以降を楽しんでいる。
まあ、宗司に対して彼らの回るスピードが速い理由は、この世界の住人として、歴史や科学をすでに知っているからという側面もあるが。
「ん?あれは、、、」
宗司のいる先に、シラウオは見覚えのある人影を見つけた。
「カイチじゃん」
「?」
突然声をかけられ、カイチは多少驚き、パッと顔を上げる。
「ああ、お前らか」
声の正体を知ると、カイチはそれ以上興味がわかなかったようで、再び展示品に目を落とした。
「相変わらず淡泊だな。何見てんの?」
シラウオはカイチの目線の先を追う。そこには浮遊技術があった。
浮遊と言えば、現在は様々だが、カイチが見ていたのは重力の影響を操作して浮かび上がる技術だ。特殊な理論と材料が必要となり、多くのコストがかかる。
ただ、科学でも魔法を再現できるというロマンのためだけに作られた機械。
「いいよな。今は大抵魔法がメインだけど、やっぱり科学の可能性も無限大だよね」
「そうだな」
シラウオは、自身の言葉を聞いたカイチの顔が、少し穏やかになった気がした。
しかし彼は、急にどこかへ歩き出した。
「なあ、せっかくだから、一緒に回らないか?」
「いや、お互い自分のペースで回ったほうがいい。そっちの方が楽しい」
「そっか」
シラウオは引き留めたが、そう言ってカイチはどこかへ行ってしまった。
残ったシラウオに、オイカワが近づく。
「ど?」
「んー、やっぱり切羽詰まってるっぽいかな」
「そっか、アタシらも何かしてあげたいけど、できることは少ないしね」
シラウオとカイチの会話、シラウオとオイカワの会話、宗司はその間も、我関せずと、ゆっくりと展示品を見ている。オイカワと話しているシラウオが、ふと、彼のほうを振り返った。
「ま、気長にやってこう。平和が一番だし。焦って仕損じるのが一番ヤバいってよく言うし」
マイペースな宗司の様子を見たシラウオがそう結論を出したころ、『クハチ』内の草原で、真司と凛花と、さらにコトヒキ、加えてアイナメとアカネハナが集合していた。
「あ~クソッ!捕まった!」
真司がそんな愚痴をこぼしている。
「はい、オレらの勝ち」
そこへ、アカメがトビウオを連れてきてそう宣言した。
彼らはドロケイをやっていた。
「久々にやったな」
「昔とは違って、いろいろ力が使えるからそれなりに盛り上がったな」
「ゲームの中だと、手加減しなくていいし」
体術、魔術、魂術を用いたドロケイ。真司の身体能力や気配感知は昔とは比べるべくもなく上がってる。それは、トビウオたちも同じだ。
「そういえば聞いたよ?エルフの留学生が来たんだって?」
アカネハナが留学生の噂を思い出し、話題に挙げた。
「え?エルフ?」
創作でしか聞かない単語に、凛花は思わず聞き返す。
「そっか、凛花は異世界から来たからわからないのかな」
「エルフっていうのは簡単に言うと、耳が長くて金髪の人間のことを指すの」
「あ、うん、それは何となくわかる」
凛花のその言葉を聞いて、今度は逆にアイナメたちが驚く。
「あなたの世界にもいたの?」
「いや、現実にはいないんだけど、本の中なら」
「なんだ~。そうだったのか」
「ってことはお前も知ってはいたのか?」
凛花とアカネハナの話を聞いて、コトヒキが真司に尋ねる。
「ああ、まあね。だけど驚いたよ。こっちに来てから、普通の人間しか見てないから、エルフがいるなんて」
それを聞いて、凛花と真司以外が首をひねった。
「普通?」
「普通の人間?」
「あんたらまさか、あの先生、先輩たちを、普通の人間で片づける気じゃないだろうね?」
アカメにそういわれたが、正直、彼らに目の前の友達との明確な差異を、真司と凛花は見つけられなかった。
「え?違うの?」
「カフ」
凛花の回答を聞いたアカネハナは、そんな気の抜けた声とともに項垂れた。
「ま、まあ、凛花たちはまだ発展途上だから」
アイナメがそんなアカネハナを慰めす。たぶん、自分にも言い聞かせているのだろう。
真司と凛花は、まだまだ自分たちが常識知らずだということを教えられた。
「す、すみません」
真司が消え入りそうな声で謝罪する。
「謝ることじゃねえよ。で、エルフ、エリュシアのことだ」
コトヒキが本題に戻す。
「へ~、エリュシアっていうの」
「前時代的なエルフ?エルフの体現?みたいなやつだった」
「なるほど」
「綺麗な人だったよ。だけどその綺麗さに奢らず、努力もしてると思う。魔力の総量が半端なかったし、流れも洗練されてた」
「「・・・へ~!」」
真司が話すエリュシアの説明を聞いたの後、少し変な間を開けてから、アカメとアカネハナは口角をあげて頷いた。
「?、?」
その二人のにやけ面の意味を、真司は読み取れなかった。
「エルフがいるなら、他のもいるのかな?」
「他の?」
凛花の独り言に、トビウオが質問する。
「本の中の、例えば動物を擬人化したやつとか」
「獣人のこと?なら普通にいる」
「やっぱり、珍しいの?」
「やっぱりってなんだ?別に普通だ」
「え、でも、見たことない」
「そう、それは俺も気になってた」
トビウオと凛花の会話に真司も割り込んだ。
「確かに国内ではあんまみないけど、普通に海外にいるぞ。まあこの国に来ないのは、隣をクレイジー4兄弟がかこってるからだと思うけど」
「クレイジー4兄弟?」
「イかれた国があんだよ。めんどくせえからどういかれてるかは言わねえけど」
真司の疑問に、コトヒキが答える。
真司は、自分たちが最初召喚された国のことを思い出した。アトキ国のことを。
「なるほど」
真司の言葉と同時に、ピーピーと、機械音が鳴った。
「お、できたか」
コトヒキは立ち上がり、自分たちとは少し離れたところにあるある装置に向かって歩き出した。
他のみんなも、後に続く。
「あー、多少の刺激臭。ちゃんとできてる」
よくわからない装置からよくわからない薬品を取り出し、仰ぎながらコトヒキはにおいを確認する。
「しっかし、よく一室龍なんでゲットできたね」
薬品のことはコトヒキに任せて、アカネハナは向こうで寝ている一室龍と凛花を見る。
「ゲットっていうか、かわいそうだったから。治療がすんだら、逃がすつもりだし」
「あそう」
「ゲームキャラなのに、律義な」
アカメが凛花の性格をそう結論づけた。
そのとき、コトヒキが指を二度ほど鳴らして、凛花を呼んだ。
「ほれ、この注射刺すから、一室龍おとなしくさせて」
「あ、うん。、、、どうやって?」
コトヒキの指示に、反射で頷いてしまったが、凛花はその方法を知らなかった。
「プリッキングでも薬でも花でも何でもいい。注射するとき暴れるだろ変に力込められても面倒だし」
「え、え?」
戸惑う凛花を見て、真司は鼻で少し、ため息をつく。
「コトヒキ、俺らはこのゲームと世界の常識に関してそんな詳しくないんだ。悪いけど丁寧に一から説明してくれないか?」
真司に指摘され、コトヒキは少し考えこんでから、特殊なケースを取り出し、その中へ注射をしまった。
「調合はどこまでできる?」
そして、凛花に一つずつ質問していった。
「ちょ、調合?」
「家具とか作るときに、設計図みたいなのがあったろ?それの薬版だ」
「多分、ほとんど最初だと思います」
次にコトヒキが聞いたのは、いくつかの植物を持っているかということだった。しかし、そのどれも持っていなかった。後で図鑑で見せてもらうと、どれも毒々しい見た目をしていた。
「じゃ、プリッキングしかないな」
コトヒキは、凛花たちに、彼女らが知らない新たな概念を説明しだした。
「プリッキングっていうのは神経に刺激を与えて麻痺させる技術だ」
そう言った後、コトヒキは鉛筆のような道具を取り出し、凛花に差し出した。凛花はそれをおずおずと受け取ると、コトヒキは一室龍のそばまで呼んだ。
「それをこいつに向けてみろ」
凛花が指示通り、鉛筆のような道具を一室龍に向けると、手に違和感が生まれた。
「引き寄せられる感覚があるだろ?それに逆らわず、引き寄せられる方に手を動かせ」
凛花は、一室龍のある一点で手を止めた。一室龍が、何事かと、凛花を見ている。
「ボタンを押しながら手前に引け」
凛花が指示通り、唯一のボタンを押しながら、溝に沿って手前に引くと、何かが発射された感覚があり、一室龍はばたりと首を落とした。
「これがプリッキング。気絶させる技術だ」
「こ、これ、大丈夫なの?」
急に倒れた一室龍を心配した凛花が、コトヒキにおそるおそる尋ねた。
「大丈夫だよ。そんなことより、さっさと注射打て。お前が世話するって言ったんだろ?」
凛花は戸惑いながらも注射を打つ。
これら一連の流れを見ていた真司はぽつりと言った。
「ノッ〇ングか?」
某有名グルメ漫画のことだ。
「なあこれ、極めれば星の自転止めたり、時間止めたり、不死を一撃で絶命させたりしない?」
「はあ?なんだそれ」
となりにいたアカメは真司からそう質問された。アカメはそんな真司を、不可解なものを見る目で見返す。
「そんなことできるわけないだろ。神経を刺激して気絶させる技だぞ?術じゃねえんだ万能じゃねえ」
「そ、そっか」
流石にそんなファンタジーじゃないか、と、真司は胸をなでおろすと同時に、どこか残念な気持ちになった。
「戦いで使うなら、息で気絶させるとかか?」
(ブレ〇ノッ〇ングじゃん!)
そのツッコミは、心の中にしまっておいた。
「ま、あと現実時間で一週間もすれば、完全に元気になるだろ。俺のスキルも上がったし、なかなかいい時間だった」
コトヒキが伸びをしながら一室龍をそう診断した。
「ありがとう」
「いいよ別に。俺の口悪いのに、よく今まで一緒にいたなって褒めてえくらいだ」
「自覚あったのかい!」
真司は我慢できず、コトヒキに突っ込んだ。
「おめえはそれまでに飛べるようになっとけよ」
不用意に突っ込んだせいで矛先が自分に向いた。
「いや、俺もう飛べるようになったし」
「あれは飛んでるんじゃねえ。飛ばされてるんだ」
「なになに?それ飛ぶ練習?」
「空を飛ぶのは自転車と同じ。コツと慣れ。教えようか?」
さっきまで別のところで遊んでいたアカネハナとアイナメが近づいてきた。
「う、、、ん、、、お願いします」
「ついでに課題もやるか。内臓を感知するだったか?」
魔法学の課題についてもコトヒキは取り組むつもりだ。ゲーム内で学校の課題ができるのは、便利なような、誘惑が多くてはかどらないような、メリットとデメリットを兼ね備えている。
結局、アカネハナとアイナメにも真司のそれは飛んでいるとは評価されず、力がすっからかんになるまで年下女子二人から指導を受けた真司は、その日はぐっすり眠れた。
「!、、、おはよう!」
次の日学校につくと、そこにはすでにエリュシアが来ており、真司の心臓ははねた。
そのせいで、あいさつをするのに、一瞬つまってしまった。
「・・・」
そんな真司を、一瞥だけしてエリュシアは本を取り出して目を落とす。
真司は若干顔を伏せながら席に着いた。
「挨拶したら返さないと。子供でも知ってることだよ!エリュシアちゃん」
その一部始終を見ていたチョウハンがエリュシアに苦言を呈した。
エリュシアは、半から目を離し、チョウハンを座ったまま睨む。その美貌も相まって、真司は肝が冷えた。
「軽々しくファーストネームで呼ばないでくれる?あとそのふざけた敬称も。不愉快だわ」
「なんだ、耳が悪いわけじゃなかったんだね。余計な心配だった」
エリュシアの怒気を込めた警告に、あとから来たヒラマサが皮肉っぽい口調で話に入ってきた。
「あ、ヒラマサ。おはよう」
「おはようさん。今日の分の魂術基礎の課題終わった?」
ヒラマサはエリュシアの殺気にも動じず、軽々に雑談を始める。
「『エリュシアちゃん』はダメなの?じゃなんて呼べばいい?」
「・・・フェルナリエルさんと呼びなさい」
否、ヒラマサだけでない。彼女の殺気に動じるほうが、この学校では少数派だ。ゼロといっていい。
その証拠に、チョウハンも、さっきと変わらぬ調子でエリュシアに話しかけている。
「わかった。じゃ、フェルナリエルさん。挨拶は返さないと。大丈夫だよ。おはようとこんばんはを間違えても誰も責めないよ」
「は?」
素っ頓狂な励ましをされたエリュシアは、少し毒気が抜けた。
「そりゃお前だろ」
いつの間にかいたハッカクに、チョウハンは頭を小突かれる。
「あ、それ俺もたまにするわ」
そんでもってタカベも話に加わった。いつの間にか彼女の周りには、それなりの人だかりができていた。
だがそれは、珍しい留学生に関わりたいからではない。
「なあヒラマサ、魂力でわっかんねえとこがあんだけどよ」
「あ、俺も」
「あそうだ真司、今日空いてるか?」
「ん?あいてるけど」
「武器の選び方教えてやる」
「え?急に?」
「そういや、こないだ婆ちゃんから野菜貰ったんだけどよ、量が多くて、パーティーするけど来るか?」
「お、まじ!?いくいく!」
「へぇ、それは楽しみだね」
「僕も僕も!」
ここだけではない。教室のいたるところで、雑談が、賑やかに会話が発生している。
「はよー」
そこへ、最後の生徒として、宗司が入ってきた。
「あ、おはよー」
「オス」
「おはよー」
皆個性豊かな挨拶をする中、エリュシアだけが、やはり無視する。
そして、宗司はそんな彼女の横に座る。
「フェルナリエルさん、やっぱり挨拶は大事だよ。ちゃんとしたほうがいいって」
チョウハンの再びの忠告に、今度は全く耳を貸さない。
「ねえ―――」
「―――やめろ」
チョウハンを止めたのは宗司だった。
「挨拶の仕方も価値も分からねえバカに構うだけ無駄だ。一度言って聞かねえならそれまでってあきらめろ」
宗司は右手でチョウハンを制し、エリュシアのほうを見もせずに一限目の授業の準備をした。
―――パン、という音が、宗司の隣から聞こえた。
「御機嫌よう」
エリュシアは宗司のほうに柔らかに小首を傾け、音色と聞き間違う声であいさつの言葉を紡いだ。
「その程度か。エルフとやらは」
しかし、宗司の評価は辛らつだった。
「おい―――」
少し離れたところからやり取りを見ていたシロワニが、宗司を嗜めようと近づいたとき、エリュシアは弾丸を宗司に投げた。
「あなたに決闘を申し込むわ。拾いなさい」
弾丸を投げつける行為は、エルフにとって、決闘の申し込みを意味する。




