47話 エルフの留学生
陽一たちの脱走、元殺し屋の双子の片割れの囚人に阻止された。
「おはよう」
いつも通りの朝の挨拶に、他のクラスメイトは雑に返事をする。
「うい~っす」
「はよ~」
てきとうな禅師を聞き流しながら、真司は自分の席に座った。
すでに周りにはみんなが座っていたり、荷物が置いてあったりしている。
(もしこれが漫画だったら描くのめんどくさいだろうな)
そんなつまらないことを考えられるほどとっくに馴染んでいるここでの生活は、はっきり言って、真司にとって快適そのものだった。
「おっす真司!」
席に着いた真司に声をかけてきたのは、クラスメイトのカジキだった。
手に何か持っている。
「よお」
カジキは別にここら辺に席があるわけではない。何をしに来たのか真司は疑問に思った。
「これお土産」
そう言ってカジキは真司に向って何かを投げてきた。
真司はそれを胸の前でキャッチする。
真司の手の中にあったのは煎餅だった。
「おお、ありがとう。、、、なにこれ?」
「煎餅」
「それは分かるよ。これどうした?って話」
「ああ、休日にばあちゃんちに行ってさ。ばあちゃん煎餅作ってるから、不良品をもらうの」
「へぇ~」
真司が納得すると、カジキはまた別のクラスメイトのところにお土産を渡しに行った。
「よっす、これお土産」
「・・・最近、唐突なのが多いな」
「あ?ダイエット中だったか?」
「何の話だ」
「いらねえのか?」
「・・・ありがとな」
どうやら、次に渡しに行ったのは宗司だったらしい。
「よしお前ら!席につけ!」
いきなり教室の扉が開かれ、一組の担任、オルカ先生が入ってきた。
「お!それ煎餅か?わしにもくれ」
教室の中でカジキを発見したオルマ先生は、嬉しそうに煎餅を要求した。
「いいっすよ」
カジキが先生に渡そうと席を立とうとしたとき、オルマ先生はそれを制止する。
「めんどくさいの、投げろ投げろ!」
「えぇ、、、」
オルカ先生の相変わらずの傍若無人ぶりに真司が思わず声を漏らした。
だがカジキは慣れたように煎餅を、上投げで、オルカ先生に向かって投げた。
「サンキュー!」
そのままオルカ先生は煎餅を食べ始め、ものの10秒で完食した。
「はは、、、」
真司は乾いた笑い声を漏らした。ゴクン、という音が聞こえた気がした。
「さてHRじゃが、まず、いないやつは手を挙げろ!」
(いないやつは手を挙げられないだろ)
クラスの全員がそう思うが、誰も指摘しない。指摘したら負けだと思ってる。
「うむうむ、今日も全員出席。優秀じゃな」
いつもこんなだが、何もいい加減というわけではない。もしいない人がいれば、そいつの名前を残念そうに呼ぶのだ。
「さて、今日はビッグニュースがあるんじゃ」
「?」
いつもは出欠だけ取って退散するオルカ先生がそんなことを言い出し、真司は頭に疑問符を浮かべる。
否、真司だけでなく、クラス全員が同じだ。
「なんと、、、留学生が来るんじゃ!」
少し溜めて、オルカ先生はどこらか取り出したクラッカーを勢いよく鳴らした。
「「「・・・」」」
あまりの唐突さに、クラス全員がぽかんとしている。あのノリのいいクラスが。
「・・・先生、そのおもちゃは留学生が入ると同時にやったほうが芸術点高かったんじゃ?」
「あ!」
マダイの冷静な指摘に、オルカ先生は本気でミスったときの反応をした。
「・・・よし!じゃあそうするか!」
オルカ先生がそう宣言すると、みんなの机の上にクラッカーが出現した。
「相変わらずだねぇ、先生は」
ツチフキが困ったように笑いながらクラッカーを手にする。
他のクラスメイトもクラッカーを手に持った。
「留学生、ね。うちに馴染めるといいけどね」
「どんな奴だろー!」
「楽しみだな」
他にも肯定的な声が聞こえてくる。かなり乗り気だ。
「よし!じゃあ入って来い!」
オルカ先生の号令の後、教室の扉が開き、一人の女の子が足を踏み入れた。
その瞬間、クラッカーが盛大にならされた。一斉且疎らに。
数人がクラッカーを鳴らすのが遅れた理由はいくつかある。そもそもタイミングを決めていなかったので、ばらばらになるのは自然だ。一人が足を踏み入れた直後に鳴らし、その直後にほか大勢が続き、数人が戸惑いながら遅れて鳴らした形だ。
真司も遅れて鳴らしたうちの一人だ。彼の場合は、また事情が違うが。
「!・・・」
真司は、留学生に見とれていた。
まずこの国では見かけない金髪、エメラルドのような虹彩を持つ瞳、すらりとのびた手足、とがった耳、白いドレスのような、聖騎士のような服が、透き通るような肌を強調させ、体のライン、顔のパーツ、すべて神が才能を与えた絵師が、生涯の最高傑作として描いたかのような、そんな、現実離れした美しさ。
「初めまして。私はエリュシア・フェルナリエル。見ての通りエルフです。どうぞよしなに」
黒板の中央まで来たエルフのエリュシア・フェルナリエルは皆に向かって挨拶をした。
その瞬間、クラッカーから飛び出ていた紙吹雪やリボンが地面に落ちた。
「うおっ」
それによってはじめて紙が宙に静止していたことに気付いた真司が、小さく声をあげた。
「よろしく~」
「ようこそ」
しかしほかの奴は気にしておらず、拍手で歓迎している。
そんなクラスメイトを、エリュシアは眺めていた。
「・・・・・」
エリュシアのその眼に、宗司は覚えがあった。あの眼は宗司がよくしていたものだった。
彼女に見られると、何とも言えない不快感に襲われる。まるで、靴下を裏表逆に履いたような、服のタグが変なふうに曲がって、常に首筋に当たっているような、そんな感覚。
(鑑定、か、)
「じゃあ、フェルナリエルの席なんじゃが、、、どこがいい?」
「用意してないんかい!」
オルカ先生の質問に、一番前の席のカジカが勢いよくツッコミを入れた。
「そうですね。一番後ろの窓側の席がいいです」
エリュシアは冷静に自分の要望を口にする。
「オッケーオッケー、ちょっと待っておれ」
オルカ先生が両手をパンッと合わせると、エリュシアが要望したところに席があらわれた。
(なんど見ても便利だな)
真司は心の中で感心した。
(・・・俺も、最初来た時、みんなからあんなふうに見られていたのか)
そして、真司は気づいていなかったが、宗司他クラスメイトはエリュシアが自分たちのことをどう思っているのかを、なんとなく察知した。
「さて、一時間目は道徳、つまりわしの授業なわけじゃが」
信じられないかもしれないが、オルカ先生は道徳、倫理担当の教員なのだ。最初知ったときは宗司、真司ともにもかなり驚いたものだ。
が、まあ、教えはかなりいい。
「席替えするぞ!」
たまに授業と関係ないことをするのが玉に瑕だ。
「じゃあなんで席聞いた?!」
再びカジカがツッコんだ。
「それに先週やったばかりですよね」
普段口数の少ない副体育委員のイサザも指摘する。
「固いこと言うな。もう作っちゃったし」
こういってオルカ先生は教壇机の上にくじの入った箱を置いた。
「じゃあ今日は皆飛んで来い」
オルカ先生はこういとき、何か要望をつける。今回は飛ぶ。浮遊系か飛行系の術を用いて取りに来いとこのことだ。
「まっずは俺~♪」
そう言ってマブナが飛んでいく。
そして、引いたくじに自分の名前もしくはサインをかいて教卓の上に折りたたんでおいた。
次の人も、その次の人も同じようにしていく。
「席替えはあなたたちだけですればいいでしょう。なぜ私がしなければならないの?」
そして最後、エリュシアの番となったとき、彼女は唐突にそう言い放った。
「なんじゃ?引かんのか?」
「私はこの席がいいので」
「確かにくじは残り一枚じゃが、引く楽しみってもんがあるじゃろ」
「・・・話聞いていましたか?私はこの席から動く気はありませんよ」
「じゃ、全員の席は決まった。席替えするぞ!」
「!?」
オルカ先生が、また手をたたくと、席順が入れ替わった。当然、エリュシアの席も。
(瞬間移動系の固有回路じゃないはずなんだがな。先生)
宗司は鮮やかなオルカ先生の術に感心している。
一方、真司はいきなり目の前の席に来たエリュシアに緊張していた。
「・・・」
ただエリュシアはおもむろに立ち上がると自分の元いた席に向かっていく。
「あなた、そこはもともと私の席だったのよ。どきなさい」
そして、座っているクラスメイトに命令した。
「う~ん、確かにもともと君の席だったけど、今はボクの席だしねぇ」
しかし席に座っている、ツチフキはそうって動こうとしなかった。
「その席が一番ましなの。あなたはあちらの席に座ればいいでしょ」
そう言ってエリュシアは自分の席を指した。
「君がこの席がいいってことは分かったよ。でもボクも動きたくはないかなぁ」
ツチフキは机に体重を預けながら応対している。それがまた、エリュシアの苛立ちを掻き立てている。
「私はエルフなのよ?!あなたたち人間は私たちが快適に過ごせるように整えてればいいの!」
「ん~、ごめんねぇ~、僕、バカだからよくわからないんだぁ」
ツチフキは変わらず微笑みの相好を浮かべながら応対し、エリュシアは徐々にヒートアップしていく。
かに思われたが、ここで、クラスの女子、プリステラがおもむろに立ち上がった。そして、エリュシアのもとへ歩いていく。
「ほどほどにね」
カラスの言葉に、右手を少し上げて答え、プリステラはエリュシアの肩に手を置く。
「・・・何か?・・・!?!」
突如、エリュシアはその場に座り込んだ。いや、座り込んだというより、へたりこんだ。
「?、?」
当の本人は、何が起きたのか分かっていない様子だ。
(なに?体が、急に、重い)
「・・・」
そんなエリュシアをプリステラはお姫様抱っこで抱え上げ、エリュシアの席まで運び、座らせた。
「な、に、が、」
しゃべることも億劫になるほどの倦怠感と体の重さを味わい、彼女はそれ以上駄々をこねることが不可能となった。
(魔力は、感じない。そもそも、総量も、圧倒的に、下。何を、、、)
去り行くプリステラをうつむきがちになりながらもにらんだエリュシアは、頭の中で考えようとするが、それすらむだんだん難しくなってくる。
「じゃ、授業を始めるぞ!今日はこれじゃ!」
そう言ってオルカ先生が取り出したのは一本の映画だった。
(『つかみとれ!ワンチャンス!』?)
その題名に、宗司は覚えがない。しかし、スズキの感情の揺らぎから、あまり気持ちの良い作品ではないことは分かった。
事実この映画、というかアニメは、自信のつまらない見栄やプライと、そして怠惰によって底辺まで落ちた主人公の生死をかけた生活を描いた作品だ。
この作品のテーマはいくつかあるが、その中の一つに、『弱者がなぜ弱者になったのか』がある。
オルカ先生はこういう風に、アニメを持ってきてよく授業をする。
「!!」
突如、エリュシアは自分の背中に感触があり、体をこわばらせた。
「あ!ごめんなさい。驚かせてしまって。少し、楽になればと思って」
振り向いたエリュシアに真司が謝罪した。エリュシアは真司の謝罪を聞いて、先ほどまでの不快感が弱まったことに気付いた。
「まだ、体がうまく、動かせないのだけれど?」
「ごめん。プリステラは強いので。今の私では、これが精一杯なんです」
「クッ、、、」
エリュシアは悔しそうに、そして、真司をさげすむ目で見ながら正面を向いた。
正面の半透明のスクリーンにはアニメが流れている。
「さてこの映画を踏まえて問一、お前たちの目の前にこいつがあらわれたらどうする?真司!」
アニメが終了すると、オルカ先生は一人の登場人物を指さして名指しで質問する。
「はい、えっと、ただ物理的な支援をするだけだとその人は成長しないと思うので、知識を身につけさせたり、社会の仕組みについて教えて、で、価値観がゆがんでいるのでそれを治すことも必要だと思います」
「うむ、アホか!」
そう言ってオルカ先生は人差し指をはじいた。はじかれた空気の玉は、真司の額に着弾し、衝撃を与えた。まるで、デコピンを当てられたような衝撃を。
オルカ先生はスクリーンに向かった。
「こういう馬鹿は、無視してよし!」
オルカ先生がスクリーンに指で✖をかくと、それがそのまま表示された。
「えぇ、、、」
「こっんなネガティブナルシスト野郎にお前らの貴重な時間をくれてやるな!こいつは幾度となく学習の機会は与えられとる!それを棒に振ったのはこいつ自身の選択じゃ!」
オルカ先生はこういう綺麗事抜きの話をよくする。
「でも先生、何の事前情報なしに出会ってたら分からなくないですか?」
「・・・・・それもそうじゃな!」
そしてあまり締まらない。
「まあ、その辺はお前らの目にかかっとるな。違和感があればなあなあにするな。次!」
そして、オルカ先生の道徳は続く。
「―――さて、今日の魔法学の授業は、留学生もいるので少し難易度を下げます」
今日一日の最後の授業は魔法学だ。
(今回は座学だから、課題が出るな)
「はぁー」
真司は憂鬱になり、ため息を吐いた。
「今日は魔法陣、詠唱、掌印を使わないで術を行使する方法です」
「・・・ん?」
提示された内容に、真司は頬杖から顔を上げる。
普段なら、魔法の性質、使われ方、人体に及ぼす影響、他のエネルギーとの相互作用などの概略の説明や数式を用いた授業などだが、これは―――
(たまにある、俺たちにも実用的な魔法の座学か)
宗司は興奮が抑えきれず、思わず笑みがこぼれた。
ちなみにたまにと言っていたが、これが2回目である。
「それは、脳の電気信号によって魔素に刺激を与えて魔法を行使する、という意味ですか?」
カイワリの発言に対し、ナイル先生は相変わらず険しい表情を崩さない。イケメンが無表情でいると、何もしていないのに罪悪感が沸き上がることを、最近真司は知った。
「よく勉強をしていますね。確かにその方法でも予備作業なしで術を使うことはできます。しかしそれでは刺激を与えられる魔素は少量なため、実用的ではありません。今回は、『固有回路』を使います」
曰く、固有回路は回路の一種、回路とはそこに特定のエネルギーを流すことで様々な作用をもたらすもの。例えば、電気というエネルギーを流すことで、何かしらの作用を得る回路、これは電気回路だ。これは魔術も同様。体に刻まれた固有の回路に魔力を流して術を使う、これが、『固有回路』。この固有回路から様々な回路やシステムが考案された。
「私たちが普段使っている魔法、回路、電子機器はほとんどが固有回路を参考に開発され、社会のシステムも、固有回路を参考に導入されているものもあります」
生まれつき体に刻まれている回路、それは力の増強や力維持、出力増大や知能の向上など、単純なものから、遠くに離れたもの同士の念話、力の貸し借り、確率操作など、概念系のものもある。その概念系の物から着想を得て、魔力を用いずそれらを再現したり、大衆が使えるよう、一から回路を組み立てようとしたり、その概念や現象を、数学や金融に組み込んだりしたという。
「一から回路を組み立てようという発想は、当時はかなり画期的な構想でした。それを試みたのが、機械技術者の豚座参月という人です。歴史でもやりますね。彼は自然にできたのだから、私たちも理論上できるという考えのもと、仕事の片手間、これに没頭しました。そして、固有回路は、いくつかの要素からできていることを発見しました。貯める、一方向に流す、完全に止める、徐々に弱める、徐々に流す、などといった要素です」
もちろんこれだけで魔法は扱えず、そのほかにも様々な性質が後々発見され、現代まで続いている。が、今回の授業で重要なことはそこではない。
「つまり、数多の魔法を使うための要素は、すでに君たちの体、『固有回路』に刻まれているということです。これを使います」
この長い説明をクラスの全員が最後まで聞けたのは、おそらく先生から醸し出される威圧感だけのせいではない。
「しかし、いきなりそれを行うのは不可能なので、皆さんにはある課題を行ってもらいます」
質問や話し合いを少々混ぜたナイル先生の講義の締めに提示された課題内容は一つ。
「自分の固有回路に、徐々に魔力を流す練習をしてください。感覚としては、自分の内臓の位置を正確に把握するのに近いです」




