40話 イレギュラー 外人
「ダイジョブー?」
ピクリとも動かない巨熊を背後に、オイカワは尻もちをついている宗司に手を差し伸べた。
「・・・」
宗司はオイカワの手を取らず、さっと立ち上がり土や埃をパッパと掃う。
「ダイジョブそーだねー。しっかし、魔獣追い詰めるなんてスゴすぎでしょ」
「魔獣?」
宗司が知っている魔獣とは、魔力が固まり、意思を持ったものだ。そのため、死んだらぼろぼろと崩れてエネルギーに返る。しかし目の前のクマは違う。
「ガッコではまだやってないけどネー。魔力が自分の許容量超えて無理やり入り込むとなっちゃう。人でもなっちゃうことあるし、チユが効かないからメンドーなんだよね」
オイカワは水色の髪をくるくるといじりながら熊のほうを振り返った。
「・・・なんで、来た」
「ん?」
オイカワは宗司の声に振り返る。
「助けたつもりか?あんたがいなくても俺は一人でやれてた。だいたい一人にしてくれと言っただろ」
「ダチだから」
オイカワのその言葉に、宗司は思わず、放心してしまった。頭には、何も思い浮かんでいない。
そんな宗司に対し、オイカワは話す。
「ソウっち強いしカシコだから多分勝てたと思うんね。けどそれがヤババなときに助けねーことにはなんねーし。てかソウっち、最近情緒不安定じゃん。アタシそっちのほが心配」
「・・・はあ?!」
「ソウっち最初心に壁つくって愛想よくしてたじゃん。んで何があったか分からんけどアミキリと戦った後、私たちに興味ありませんよ感満載だったじゃん。なのに最近アタシたち見て嫌悪感示すよーになったじゃん、自分に」
(・・・気づいていたのか。そこまで。・・・・・・そこまで気づいてたのにあいつら俺にまで差し入れやお土産持ってきたり、休み時間や放課後にあんなにゲームや遊びに誘っていたのか!)
白波専門学校は一応軍事関連に片足を入れているのに自由な校風が売りである。殺人と国法に触れる行いさえしなければ基本何してもいい。ただし、成績が悪ければ普通に退学する。
「・・・みんな、気づいていたのか」
「魂力見れば大体気付くっしょ。アタシら魂術はへたっぴだけど魂力の扱いはそれなりだから」
宗司はバツが悪そうな顔をする。
「なんでもない。俺は平気だ」
「・・・フーン」
オイカワはそれだけ言うとステータス画面を操作した。すると熊の死体の下に魔法陣が浮かび、死体はそのまま消えてしまった。
「じゃ、またね。ヤバソーになったらアタシら呼びなよ。センセーでもいいけど」
それだけ言い残してオイカワは消えた。
宗司は近くの岩に近づき腰を下ろした。
「偽善者が、、、」
(、、、苦しい言い訳だな)
宗司はすぐに立ち上がり、試験の続きに向かう。クマと戦う前にあった人形の残骸の半分近くはオイカワが仕留めたものなので、まだまだ狩らなければならなかった。
次に宗司の前に立ちふさがったのはマブナの人形だ。
「またか」
これで3回目だった。
「オ―――」
魂力の様子から偽物だと見抜いた宗司は殺す気で人形に近づく。
何かを言いかけた人形もそれを察知して近くにあった石を拾い、宗司に投げつけた。
宗司はマブナの目の前に瞬間移動し、その頭蓋を砕き割ろうとする。
間一髪、マブナの人形が宗司の拳を避ける。それと同時にマブナが投げた石が、宗司の後ろのきに当たる。
木が爆発し、倒れた。
噴煙がはれ、そこにあったのは宗司がマブナの人形を後ろから串刺しにしている姿だった。
人形は、元の無機質で画一的な姿に戻る。
「ゴホッゴホッ、若干、強くなってる?」
宗司が人形に感じた違和感を口にした。
「あ、宗司。だいぶやったみたいだね」
そこに現れたのはアミキリ
「初めてだな」
の人形だった。
宗司はすぐさま魔法陣を展開し、ビームを放った。
しかしそれは防御魔法で防がれてしまった。
「話す気なしかよ」
「話す必要があるのか?」
前、皆、闘、在、兵、宗司が掌印を結び、地面に手を付くと、勢いよく一本のランスのような鋭い円錐が生え、アミキリの人形を串刺しにした。しかしそれは、煙となって消えてしまった。
「分身!」
そうと分かった瞬間、宗司はジャンプした。
その直後、宗司の足を掴もうとしたアミキリの手が地中から生え、空を掴んだ。
宗司はそのまま地中を強く踏みつけると、大きな音と共に地面にひびが入り、アミキリの手は人形の手になる。
(後ろ!)
そしてぎりぎりで背後にいたスズキの拳をかわし、手首と首を掴んで火の魔法で燃やす。
(気配の消し方もうまくなってる)
宗司はこれ以上周りに何もいないことを注意深く確認すると、息を少々弾ませながらその場を後にした。
人形は燃えながら、姿を煙に変えていく。
その煙を、離れたところから部外者が見ていた。
「あちこちでヤバい気配がする。見つかる前にさっさとずらかろうぜ。まだ終わんねえのか?」
ローブを着た男が周りで起こっている戦いの余波と、戦っている者たちの気配を感じ取り、連れを急かしている。
「こいつタフだし妙に強いから念入りにやる必要があるんだよ。それとも、失敗したらあんたがどうにかしてくれるのかい?」
急かされた女は男に言い返すと、男は舌打ちをして黙ってしまった。女は若かったが、服の隙間から見える首や手首に刻まれた刺青から、ただものではないことが見て取れる。また、右手首から先が水となっており、大きな水球を作り、中央に誰かを閉じ込めて窒息させようとしている。
水球内の男はもがいているが脱出は絶望的だ。
「まだ時間がかかるのか?それもう無力化されてないか?」
もがく男を見て、刺青の女に今度は別の女が不機嫌そうに尋ねる。こちらの女は甲冑に身を包み、幅の広い剣と大きな盾を背負っている。
「肉体を別の物質に変えるのはかなりの集中力と技術力が必要なのですよ。凡人の君らにはわからないだろうけどね」
甲冑の女は無言で背中の剣に手をかけた。それを見たローブの男が甲冑の女をいさめる。
「ここで今争えば依頼失敗の可能性が跳ね上がるぞ、ゼーベル。失敗して報奨金がなくなるのはお前も嫌だろ」
「チッ」
ゼーベルと呼ばれた甲冑の女は舌打ちをして剣から手を離す。
(はぁ)
それらのやり取りを見ていた軽装鎧の男が心の中でため息をつく。
「マリア、確かに君は僕たちの中で一番球がいいかもしれないけどだからって周りを馬鹿にしていいわけじゃない。特に、僕たち4人はパーティーなんだから。仲良く協力しないと」
刺青の魔術師の女、マリアは返事をせず、自分の手の中にいる男、真司の様子を注意深く観察していた。
真司の動きは大分鈍くなってきたが、それでもマリアを睨み続けていた。
(クッ、ここまで、、、)
最初友好的に近づいてきた4人は自らを勇者パーティーと自称し、アトキ国からの依頼で4人を連れ戻しに来たと語った。
真司はお世話になったこの国や友人たちを悪し様に言うリーダーであろう軽装鎧の男、ヨウイチに多少の苛立ちを覚えながらも冷静に対話をしていた。聞けばヨウイチも異世界の人間、冷静に話せ会えるものと真司は思っていた。
しかし途中でしびれを切らしたローブの男、フッカイとゼーベルが仕掛けてきた。
仕方なくヨウイチも戦いに加わり、マリアも待ってましたと言わんばかりに魔法を使ってきた。
連携は、可もなく不可もなくといった感じだ。今の真司ならば、よほど油断しなければ勝てる相手だった。
ただ、予想外のことが起きた。それが、マリアのすべての物理攻撃を無効化する水の体と、陽一が腰に下げている聖剣だった。
想定外の強さに隙を見せた真司はそのままマリアに閉じ込められてしまった。
「殺していければ楽だったんだけどな」
ゼーベルが悪態をつくが、それを陽一が咎める。
「やめろ。無意味な殺しをすることはない」
「なんだ。侵入はいいけど殺しはダメと。変なこだわりを持っているね」
自分たち以外の声が前触れなく訪れ、4人は反射で声のしたほうを振り向く。
(ヒラ、、、マサ、、、?)
薄れゆく意識の中、真司はぼんやりとその姿を視界の端に入れる。
黒い前髪が糸目にかかりそうになっており、ひょうひょうとして常に何を考えているか分からない。そんな印象を真司は最初抱いていた。
「フッカイ、お前ちゃんとやったのか?」
「当然だ。私の隠密魔法はちゃんと機能している。何かタネがあるとみるのが妥当だ」
ゼーベルの疑いを少し不機嫌になりながらフッカイは弁明する。
「あんた程度の補助にそこまで期待していない。相手はたった一人だ。さっさと済ませ―――」
マリアが言い終わる前に、ヒラマサが4人の視界から消え、同時にマリアの水球が破裂した。
「な、、な?!」
マリアの腕からはぼたぼたと血が垂れている。
「油断したのかな?まあしばらく休んでるといいよ」
そんなマリアを気にも留めず、ヒラマサは真司に声をかけつつ寝かせ、直方体の結界で覆う。
「油断したな。天才様」
「クッ!、、、」
ゼーベルの嫌味に反応する余裕もなくマリアは急いでで自分の腕の修復を試みた。
マリアのくず口から水があふれ、すぐに元の腕になる。
(治したのに痛みが引かない。何の魔法だ)
マリアが腕を戻している間に、ゼーベルがヒラマサに仕掛ける。
背中から大剣を引き抜き、目にもとまらぬ速さで叩きつける。その大剣をヒラマサは片手で楽々受け止めた。
「噓でしょ、ドラゴンのウロコも砕いたんだぞ?!」
ヒラマサは笑みを絶やさず自分の日本刀で甲冑ごとゼーベルを切った。
そしてそのまま大剣を、ゼーベルを投げ飛ばした。
投げ飛ばされた先にいたフッカイは急いでゼーベルの回復にかかる。
「綺麗に切れてる。おかげで治癒は楽だが」
多くの傷を治したからこそわかる、ヒラマサの技術の高さに、フッカイは戦慄した。
「みんな、下がっててくれ。僕がやる」
「気をつけろ。少なくとも、剣技は本物だ」
フッカイはゼーベルを治しながら、一歩前へ出た陽一に警告する。
「大丈夫だ。僕は選ばれし勇者だ。あんな卑怯なやつには負けない」
「卑怯?」
ヒラマサは陽一の言葉に引っ掛かり、問い返した。
「この国のことは知っている。国中で殺人が横行し、外から来た人にも容赦なく襲い掛かる野蛮な国。人の命を虫のように扱い、そのため非人道的な技術がいくつも生まれている。その力でいくつもの国を支配、属国にし、人類の敵である魔人族とも手を組む。最悪な国だ」
「・・・へぇ」
陽一の話を聞いて、ヒラマサは若干声を低くして返事をした。
「特に許せないのは属国の国民に洗脳を施し、自分たちの国を崇拝させていることだ。北方の神精王国、南方の龍宮諸島、果てはエルフの集落まで。悔しいことに僕たちの力では彼らの洗脳を解くことができなかったが、僕たちはいずれお前たちを倒し、彼らを解放して見せる」
「・・・それで、たった4人で挑んできたと?」
「いや、今はまだそのときじゃない。今日ここへ来たのは、この国にとらわれた4人の異世界からの英雄を助けるためだ」
「真司たちのことかな?」
「そうだ!彼らは僕たちと同じく世界を平和へと導く存在!君たちが悪し様に扱っていい存在じゃない!」
「・・・なるほど」
興奮してきたのか、だんだんと語気が強くなる陽一。そのまま腰にあるサーベルを抜き、正面に構えた。
「僕は勇者、相模陽一!お前に一騎打ちを申し込む!僕が勝ったら、その人を解放してもらう!」
剣の切っ先を向けて堂々と宣言する陽一。
「ああ分かった分かった。じゃあ、ボクが勝ったらね~、、、とりあえず、しばらく大人しくしてもらおうかな」
出会った時から変わらぬ不敵な微笑みをうかべながら適当そうに返事をする。
そんな返事を聞いた陽一は苛立ちに顔をしかめたが、すぐにその表情を冷静なものへと変え、持っている剣の刃を顔に近づけ、目を閉じた。まるで、剣に祈るように。
「お、おい、陽一、、、」
(出るか。・・・武具解放)
ゼーベルを治しているフッカイが少し恐れ、陽一の名を呼び、マリアが興味深そうに陽一を見ている。
「フォルテス。僕に力を貸してくれ」
陽一がつぶやくと、空気が変わった。風が陽一の方へ流れ、木々のさざめきが激しくなり、あたりが暗くなる。そして、陽一の剣が神々しく光っている。
「な、なんだ!?」
「ん?真司、起きたの?その結界、快適?」
陽一の目覚ましい変化に驚く宗司とは対照的に、暢気に自分の張った結界の居心地の心配をするヒラマサ。そんなヒラマサに、真司は慌てて警告する。
「おい!敵から目を離すなよ!素人の俺からでもわかるぞ!あれはヤバいって!」
警告されたヒラマサは、ゆっくりと顔を真司がら陽一に向け直す。
「ん~、確かにあそこまでできるとは思わなかったな」
ヒラマサの言葉に、陽一は自信満々に返す。
「この剣は西の霊峰に封印されていた、伝説の剣だ。一振りすれば、山を砕き、海を割くという。その力を全開放した。・・・今ならまだ謝罪し、真司さんを引き渡すなら、見逃してやる」
「―――それで、あの山脈めちゃくちゃ綺麗だから当時〈剣を置かれた〉ってニュースが流れたら国内でまあまあの話題になってな、あんな綺麗なところに身勝手に人口物置くのってどうなのって」
陽一の自信満々の説明と降伏勧告中に、ヒラマサは結界に寄り掛かり、あの剣が刺された当時、といっても500年ほど前だが、そのときのことを真司に語っていた。
「お前!僕の話を聞いていたのか?!」
その様子に激怒した陽一が、声を荒げる。
「聞いてたよ。伝説の剣を解放したんでしょ?しかし、素直な子だね。油断して目を話しているすきに、ボクに切りかかればよかったのに」
その言葉を聞いて、陽一は「ハッ」っと鼻で笑う。
「いかにも蛮族が考えそうなことだ。恥も誇りもない。僕たちは違う。正々堂々戦い、勝つ!さあ、構えろ!」
陽一の力強い言葉を聞き、ヒラマサはゆっくりと構える。片手で日本刀を握り、片足を一歩前に出して相手から見える体の面積を狭くする。
「・・・」
陽一の中に緊張が走る。否、陽一だけではない見ている人全員が固唾を飲んでその場の成り行きを見守っていた。
唯一、ヒラマサだけが、糸目と前髪の隙間から相手を冷静に見つめ、微笑みをうかべている。それが陽一には、侮られているような、見下されているような気になり、不愉快だった。
「・・・ハア!!!」
仕掛けたのは陽一だった。煌めく刀身が一直線にヒラマサへと迫り、そして、くるくると宙を舞い、地面に突き刺さる。
「・・・へ?」
気付けばヨウイチの手が消えていた。いや手はある。確かに向こうで、陽一の剣、フォルテスを力強く握りしめていた。そして手首からは、鮮血が溢れている。
「な!あ!うっ!ウッ―――」
よくわからない声をあげた後、陽一はぐったりとなった。ヒラマサが気絶させたのだ。
「貴様ーーーッ!!!」
それを見ていたゼーベルがヒラマサに襲い掛かるが、腹部にこれまで感じたことのない強い鈍痛が走り、その場にうずくまってしまう。
「・・・攻丸」
後ろから見ていた真司が、その正体をつぶやいた。
真司がつぶやくと同時に、ヒラマサは横にゆらゆらと揺れた。
と同時に、結界に固いものが勢いよくぶつかったときの音が鳴り、真司は「うわっ」という驚きの声とともに結界の壁から離れる。気づいていなかったが、真司の後ろの木には、綺麗な穴が開いていた。
真司が驚いている間、マリアは自身の腕を変形させ、水の鎌を作り、ヒラマサに切りかかる。が、ヒラマサはそれを手刀で叩き折った。
すぐにマリアは腕を引き、鋭くとがった針の形に変形させ、音速でヒラマサの首めがけ刺突を繰り出す。それをヒラマサは難なく受け止めると、その針の先端から水があふれ、ヒラマサの首に巻き付く。
「!ヒラマサ!」
その危険性、マリアの固有回路を事前に食らっていた真司が、声を荒げてヒラマサを呼ぶ。
しかしそのときにはもう遅く、マリアは固有回路を発動させた。
「・・・ック」
「フッ」
マリアは悔しそうに歯噛みし、ヒラマサは余裕の笑みをさらに深める。
ヒラマサは一瞬でマリアとの間合い、およそ3メートルの距離を詰め、頭と首をたたき気絶させた。
マリアが倒れたとき、ヒラマサの足を死角から掴もうとしたゼーベルをひょいと躱した。
ゼーベルは困惑した表情だ。そしてそのままゼーベルの体が光り始めた。
この現象を、ヒラマサは知っていた。
次の瞬間、空中で大爆発が起きた。
「いやー、危ないあぶない」
爆発の音に驚き、反射的に目をつぶって身を低くしていた真司が目を開けると、そこには倒れ伏す陽一、ゼーベル、マリア。
「やあ、ありがとうね。まさかあんな仕掛けがあったとは」
泰然自若に佇んでいるヒラマサ。
「たまたま通りかかってよ。無事か?」
そしてクラスメイトの、ヤマメ。
「あとこいつ、そいつらの仲間か?」
そう言ってヤマメは背負っていた人物を前に放り出す。気絶したフッカイだった。




