30話 体育祭、終了
この国では国民一人一人に階級が与えられており、下から「低級」「下級」「中級」「上級」「高級」となっている。だが自動更新というわけではなく、更新するためには、国が認可した施設や団体で、昇級試験を受ける必要がある。そしてその基準は頭の良さではなく力の強さ、具体的に言うと、体力、魂力、魔力をどれだけうまく扱えているかだ。少なくとも昔はそういう基準だった。
なぜ力の強さかというと、この世界は人の命を狙うものが数多くいるからだ。凛花たちが出会った呪霊もそう。ほかにも、魔力でできた魔獣、悪意を持った幽霊・妖怪、冥界に住む悪魔、そんなファンタジー的なものだけでなく、人攫いや殺人鬼もいるし、当然他国との戦争もある。
他の多くの国で、それらは専門家に任せていた。軍隊、魔術師、呪術師、祓い屋、エクソシストなどだ。
だがこの国では違う。この国の基本的な方針の一つに、自分の身は自分で守る、というものがある。そして、そのための教育を、親や学校、近所の大人から学ぶ。そのため、この国の多くの人が、頭の良さだけでなく、力の強さも意識していた。
しかし強さを身に着けても、自分と相手の相対的な強さがわからねば、すぐに死んでしまう。そのため国が考案したのが、先ほどの階級だ。それぞれの階級によって、戦う相手を国が指示する。そうすることで、死者は格段に減った。
長くなってしまったが、要するに階級は、国が国民を守るための精度の一つだということだ。
さて、ここからが本題だが、海の国多くの人が、「中級」である。この階級の基準は、「体力、魔力、魂力を使いこなせる」こと。その大雑把な基準ゆえに、強さの幅は広いが、そのすべての人は「上級」者には勝てない。なぜなら、「上級」の基準が、本来は様々なもう少し複雑だが、あえて一言で言わせてもらうと、「一人で国を落とせること」だからだ。
別に実際に落とさなくていい。様々な試験監督者が、「この者の力なら落とせる」と納得すればいい。
上級になりたいものはたくさんいる、というわけではない。上級になれば、国からの支援やお金がたくさんもらえるが、様々な義務が発生する。そのため、この国では上級は、なれと言われたらなるが、自分から目指していくほどのものではない、という評価だった。まあこれは、海の国の国民気質なところもあるが。
ちなみに試験は、推薦もある。推薦されると、わざわざ試験会場に行かなくても、試験官が勝手にこちらに来て、被推薦者のこれまでの戦果と、今の行動を観察し、勝手に評価を下す。そのため、知らないうちに昇級していた人もいる。ハンドウ、ウツボ両名がいい例だ。
ちなみに試験監督は、全員もれなく上級以上だ。分身も使えるし、体力もお化け。だからこそ、推薦条件なしという制度にすることができている。
さて、ウツボが上級に推薦、指名された理由を語りたいと思う。
昔、といっても何十年も昔ではなく、数年、長く見積もっても十数年前、とある一つの国が滅んだ。そしてその数日後、また別の国が滅んだ。察しが付くかと思うが、これら二つの国はウツボが滅ぼしたのだ。ことの顛末を知った彼女の友人が推薦し、彼女は今上級となっている。
それらの国は、決して小国ではない。むしろ大国、強国の部類であった。片やエルフ狩りを行い、かの者たちを奴隷、実験台、慰み者、材料として使い、エルフの持つ魔術についての膨大な知識とノウハウ、彼女らの屍の上に誕生、成立した様々な新術、禁術が、かの国を強国として成り立たせた。ちなみにその国がエルフ狩りに至った理由は、魔術の造詣を深めるためでもあったが、本当の目的は、傲慢で高慢なかの種族に激高した一部の権力者の憂さ晴らしであった。
片やもともと大国として名高かった『聖王国』。数十年のある日、いきなり悪魔の一種である淫魔族に攻め滅ぼされ彼らに搾取され続けること運命づけられた哀れな国。『聖王国』がもともと資源にあふれており、それに加え、他の種族よりも狡猾な淫魔族に征服されたために、他の国が下手に手出しができない状況に置かれた哀れな国。
それら二つの国を、ウツボはそれぞれ、たった一日に攻め滅ぼした。そしてそれを成した方法は、武術であった。
この世界では、体力を、操ることのエネルギー、宗司ら4人のもとの世界のとあるハンター漫画で言うところの「あれ」に似たものとして知られており、そのエネルギーを駆使して扱う術を「体術」という。そして元の世界で知られている体術のことを、この世界では武術としてまとめられている。
要するにステゴロで国を落としたのだ。
もちろん彼女は、魔術、魂術、体術の存在を知っていたし、それらを扱うことができた。しかしそれよりも彼女が得意としていたのは、それらのもととなる力を体内にギュッと押し固めて肉体を強化し、天性の才能で相手を破壊することだった。
相手の太刀をデコピンで叩き折り、放たれた魔術を手刀で両断し、発動した呪術を気合で突破し、体術を構えた相手の土手っ腹に風穴を開けた。それはただの力自慢では到底なしえない。力に加え、的確に弱いところに完璧な角度で打ち込むための観察眼と、精密さが必要だ。彼女にとっては、赤子の手をひねるより簡単らしいが。
そんな彼女だが、自分が普通の人より強いことは知っていても、決して他人を見下したりはしない。昔そういう時期があったことは否めないが、幾度かの、自分以上の強者との邂逅、最愛の彼との出会い、弱くとも精一杯あがく友人、強さとはまた別の才能、それらに圧倒、感化され、それらが唾棄されるものではないことを彼女は知っている。しかし普段の言葉遣いから、それを知るものは少ない。長く、それなりに付き合いがあって初めて知れるものだ。
だからアイナメは驚いたのだ。
「一年坊か、なら仕方ねえ」
そこらの男よりも乱暴な言葉遣い。しかし、その内容は軽蔑ではない。そのことに、アイナメは驚いた。
もっとも、凛花はその言葉遣いのほうに気を取られていたが。
「つうか結界使える奴かよ。どおりでな」
そう乱暴に言いながら、ウツボはハンカチをたたみ、ポケットにしまう。
それと同時に、凛花は確かに見た。
ウツボの体を包む光が、徐々に収まり、消えていくのを。
それまで気づかなかったが、一気に変化することで、凛花はそれを感知することができた。
思い返せば、あの呪いの体からも、光が出ていた気がする。
周りの景色も、明らかに明るく、色も鮮やかに変わっていった。
今まで見たことのないそれらに、凛花は困惑する。
「先輩のその光、魂力ですか?」
凛花の疑問を、アイナメが代弁する。
ウツボはアイナメの言葉に反応し、猛獣のようにニヤッと笑った。
「おうそうだ。今まで見えてたか?」
「いえ、初めて見ました」
「ハッ、ってことは体育祭か?あてられて見えるったぁ、才能あんじゃねぇ?」
「ありがとうございます」
ウツボに褒められ、アイナメはまた深々と頭を下げる。
「まっ、アタシらの出し方がよかったのが大半だろうけどな」
ガハハと男と勘違いしそうな口調と笑い方をしながら、ウツボはその場を後にした。
彼女が去った後、凛花はよろよろと立ち上がる。
「大丈夫?」
アイナメが再び心配そうに尋ねる。
それに凛花は安心したような笑顔で答えた。
「うん大丈夫。だけど、今のは、、、?」
ウツボが歩いていった方向、休憩室がある方向を見て凛花は尋ねる。
「彼女はウツボ先輩。4年生だよ」
凛花の問いに、アイナメは簡潔に答える。
「あの人の体、光ってなかった?それになんかこの廊下も急に光が変わらなかった?」
凛花は疑問を一気に口に出す。そうすれば、アイナメが答えてくれると半ば確信して。
「あれが魂力だと思う。授業では、お札光らせることしかしてないけど、たぶん魔力や体力みたいに体にまとわせられるんだと思う。体力や魔力は見たことあるんだっけ?」
そう言ってアイナメは、右手に体力、左手に魔力を纏わせた。
凛花には、両手が光に包まれているように見えた。
「う、うん。最初は見えなかったけど、何度か授業とかで使っているうちに」
「使っているうちに全身にくまなく力が流れてちゃんと感知できるようになったあかしだね。たぶん魂力もそうやって見えてくるはずだったんだと思う」
力、エネルギーは本来すべて見えるものだと教わった。光はもちろん、熱、音、重力、体力、魔力、魂力、しかしそれらは見えていても、脳が認識していない、もしくは、目が濁っているため、見ることができないと、凛花は教わった。事実、それらの普段見ることができないエネルギーを見て、熱効率を高める研究や、より良い音楽を作る作曲家がこの世界に入る。では、なぜほかの感覚器官があるのかという疑問に至るが、これには様々な仮説がある。その中で最も有力な仮説は、単純に目では前しか見れなから、というものだ。
「だけど、あの体育祭の最初で、私たちは一気に魂力を浴びたから、目と脳が一気に起こされた、んだと思う」
続いてアイナメは、あの光が見えた理由を考察し、説明した。
「そうなんだ。ほかの人たちはどうなんだろう」
「さあ、それは聞いてみないと、、、」
凛花は、自身の手を見つめる。その手には特に変化は見られない。いつも通り、魔力と体力がちょろちょろと、線香の煙のようにか細く上がっているだけだ。
先生たちは、それらを常に体内にとどめるようにと言っているけど、集中力は永遠には続かない。だから体に思えさせるように毎日とどめる練習をしろ、と教えられている。
「そろそろ戻ろう。先生にも報告しないといけないし」
アイナメの言葉に、凛花は目線をあげる。
「そうだね、行こう」
二人は廊下を小走りで駆けて部屋に戻った。
二人が駆けていると向こうからムジカ先生が現れた。
「君たち、無事じゃったか!」
ムジカ先生は心底安心した表情を浮かべ、二人の前で立ち止まった。
「先生、あの―――」
「話はウツボ君から聞いておる。見たところ異常はなさそうじゃが、何か違和感はあるか?」
アイナメの言葉をさえぎって、ムジカ先生は二人を見あげて以上を確認する。
「大丈夫です」
「私もです。あ、でも―――」
凛花は自身の腕をあの呪いが触り、変形したことをムジカ先生に伝えた。
「何!?すぐに腕を出すんじゃ!」
ムジカ先生の言葉に、凛花は慌てて触れられた腕を出す。
その腕の先についている手を、ムジカ先生は優しく両手で包み込んだ。
ムジカ先生の両手が光る。その手はとても暖かかく感じた。
「―――ふぅ。特に異常はなさそうじゃな」
ムジカ先生は安心して手を離した。
「しかし疲れはあるじゃろう。体育祭終了までまだ時間はある。ゆっくり休むといい」
ムジカの足元に魔法陣が出現した。次の瞬間には3人は元の部屋に戻っていた。
そのまま、ムジカ先生は自分の席に戻り、凛花とアイナメも、自分のベットにもぐろうとした。
「あっ!」
その瞬間、凛花はあることに気付き、小さく声をあげた。
「何?!」
いきなりのことに、アイナメは驚く。
「いや、あの時、瞬間移動で逃げればよかったなって。私はまだ使えないけど、アイナメは使えるでしょ?」
「ああ、」
凛花の言葉にアイナメは納得の声を上げ、そして首を横に振る。
「結界は、出入りを制限するためのものでもあるから。たぶん無理だと思うよ」
「そうなの?」
凛花の疑問に、アイナメは首を縦に振る。そして布団に潜り込んだ。
「私は疲れたからもう寝るよ。凛花も休んだ方がいい」
「うん、わかった」
凛花の返事を聞くと、アイナメは瞼を閉じた。
それを見た凛花も、同じく布団にもぐり、目を閉じる。
次の瞬間、チャイムが響き渡った。
「う、ん?!」
その音に、凛花は目を覚ます。
「体育祭終了!」
そして、校内放送によって体育祭の終わりが告げられる。
「え、えっ?」
まだ時間はあるはず、と部屋野時計を見ると、確かに体育祭終了時刻だった。
よほど疲れていたのか緊張していたのか、あのあとすぐに熟睡したらしい。
「終わったな。よし、じゃあ名前を呼ばれたものからこちらに来い。預かっている荷物を返却する」
老人とは思えない大きな声でムジカが誘導する。
名前を呼ばれたであろう生徒は、一人、また一人とベットから立ち上がり、ムジカ先生のほうへ歩いていく。そして荷物を受け取ると、次々と部屋から出て行き、同じ方向へ歩いていった。
「佐藤凛花」
「あ、はい!」
自身の名前が呼ばれ、凛花は返事をして荷物を受け取りに行く。そして荷物を受け取るときに、お疲れ様、と労いの言葉をかけられ、前に部屋から出て行った人につづくように言われた。
前の人についていくと、外に出た。出口は、体育館倉庫に似た小さな小屋だった。
「え、えっと、、、」
凛花は、次にどこへ行けばいいのか分からなくなった。
前を歩いていた人は、別々の方向へ歩いていったからだ。
帰ってよいのか、教室へ行きべきなのか、はたまた別のところへ行くべきなのか。
「おっはよう~!」
迷っていた凛花は後ろからの衝撃で転びそうになるが、後ろからその人が引っ張ってくれたことでなんとか踏みとどまる。
その明るい声は、その声の主を判別するのには十分すぎる要素だ。
「おはようアカネハナ」
凛花は、自分の首に手を回して背後から抱き着く友達にあいさつした。
アカネハナは明るく快活な子で、基本的に誰に対しても同じ用に接する。
そのため、学級の雰囲気はより明るく、風紀委員に選ばれるのには納得だった。
入学当初、凛花に初めて話しかけてくれたのもこの子だった。
それ以来、アカネハナの幼馴染のアイナメとともに仲良く行動することが多い。
「何突っ立ってたの?」
アカネハナは凛花の首から離れ、凛花の前に回り込んで尋ねる。
「えっと、この後どこに行けばいいんだっけ?」
困惑し、頬をかきながら凛花はアカネハナに尋ね返した。
「自由だよ。先生たちは集計があるから。表彰は明日だし。連絡も特になかったし」
そう言ってアカネハナはステータス画面、白波サイトを開く。そこには時刻や推奨持ち物などが大雑把に書かれていた。要するに、体育祭終了時刻以降のことについては何も書かれていない。慣れていない凛花からすれば、本当に帰っていいのか困惑するのも当然だった。
「そうだ!私これから買い物に行こうと思ってたんだけど、凛花も来ない?」
画面で予定を確認したアカネハナは、名案を思いついたとばかりに凛花に提案する。
アカネハナの誘いは嬉しかったが、凛花は懸念点があった。
「私、お金持ってないから」
「そっか。う~ん」
凛花の返事に、アカネハナは落胆し、その後すぐに何やら考え込んだ。
そしてすぐに名案を思い付いたように顔をパッと上げ、凛花に提案した。
「じゃあさ、お疲れ様ってことで、私たちが贈るよ」
「いや、それは悪い、たち?」
アカネハナの言葉に違和感を持った凛花だったが、その答えはすぐにわかることになる。
「私も出すからね。親睦を兼ねてってことで」
後ろから声をかけてきたのはアイナメだった。
小さなかばんを持った彼女は笑顔で凛花に話しかける。
「だけど、私からは、、、」
「いいの。異世界から来たんだから、お金もないでしょ。それに私は二人と行きたいから言ってるんだよ」
そう言ってアカネハナは屈託のない笑顔を向ける。アイナメも凛花の前に出て振り返り、笑顔で迎える準備をする。
「・・・じゃあ、悪いけど、よろしく」
「そう来なくっちゃ」
「じゃあ、一回荷物を整理するために帰りましょう。一時間後にそうね、凛花の寮前に集合で」
アイナメの言葉で、3人は解散した。
アイナメとアカネハナは瞬間移動で家に帰る。
凛花はここから数十分かけて寮に帰る。一時間というのは、凛花のための時間だった。
「瞬間移動、本格的に覚えないと」
異世界に来てから、身体能力は明らかに向上しているが、術はまだまだ。そもそも身体能力も発展途上だが。
凛花はゆっくりと校門をくぐった。




