27話 食らいつく
「ここまで来ればいいだろう」
そう言ってマツサカは正也を下ろした。
マツサカと正也の二人は体育館裏に身を隠しに来た。というわけではない。
「それじゃあ、やろうか」
マツサカはそう言って正也から距離を取って構えた。
「ほ、本当に、やるんですか」
真矢沙耶ゆっくりと立ち上がり、自信無さげにマツサカに尋ねた。
「何弱腰になってるんだ。朝はあんなにやる気だったじゃないか」
マツサカは正也の態度の変わりように呆れ、構えを解いた。
「朝は体育祭のイメトレとか、好きなマンガ読んだりとかしてモチベーション上げてましたけど、あの戦いを見た後だと、、、。それにさっきの攻撃も気づけなかったし」
正也のうじうじした態度を見て、マツサカは腕を組み、ため息をつく。
「正也君が弱いことは知ってる。でもだからこそこういう機会が大事なんだ。補講だってあるんだから」
「ここで頑張ったら、補講を受けなくて済みます?」
マツサカは首を横に振る。
「それはないな。いくら頑張っても今の君じゃ今体育祭に参加しているやつらには一発も当てられない、と思う。というか俺以外に当たったら何も分からず、のされるだけだろう。当然評価無し」
正也は憂鬱そうに溜息を吐いた。
「なんで体育祭が評価制なんだよ」
「制度に文句言ったってしょうがないでしょ。今すぐ変えられるわけもなし」
「でも毎年一、二年生はほぼ全員が評価無しなんですよね。意味ないじゃないですか」
「上級生の評価もやってんだよ。それに下級生には補講がある」
「補講」言葉を聞いて、正也はその場に座り込んで、嫌そうに「補講か~」とつぶやいた。
「補講の内容はこの間も言ったとおり、例年、魔獣、もしくは呪霊狩りだ。いざというとき体がすくんでたらまずいだろ。だからこういう機会に戦ったほうがいい」
正也は再び溜息を吐き、諦めたようにスッと立ち上がり、構えた。
それを見て、マツサカも構える。
正也の構えは、左足を少し前に出し、つま先を相手に向け、右足に自身の体重の七割を乗せる足構えに、両手の拳を髪の生え際につけ、顔を守るという、基本的な構えだ。
それに対しマツサカの構えは、左足を大きく前に出し、相手から見て、左足と右足が重なるように見える足構えだ。当然、相手から見えるマツサカの体の面積は極端に小さいものとなる。そして、右の拳は脇を閉め、肘を折りたたんで相手から隠し、左の拳は肘を軽く曲げた状態で相手に突き出している。
「それじゃあ確認するよ。俺は武器は使わない。直接君に触らない。正也君は何してもいい。10分たったら俺は目をつぶるから逃げても退場してもいい。一発でも俺に当てることができたら君の勝ち。ハチマキをやる。大丈夫か?」
「はい」
正也は緊張している。
ここは正也が好きな魔法やら能力やらの創作物で満ちている世界。夢のような世界。
しかしここは現実。命がある世界。
いくらマツサカが面倒見がよく優しくても、相手は年齢的にも、実力的にも圧倒的格上。
自然と脈は速くなる。
「10分はこれで測るから」
そう言ってマツサカはズボンの後ろポケットからストップウォッチを取り出した。
10分と入力し、スタートボタンを押す。そして再びストップウォッチを後ろポケットにしまった。
それと同時に、地面が爆ぜた。正確には、マツサカの足元が、だが。
おびただしい量の砂ぼこりに、正也は思わず目をつぶった。正也の視界が、一瞬奪われる。
すぐに目を開け、マツサカの安否を確認しようとした正也の目に入ってきたのは、大きな岩。おそらくはさっきの爆破のときにできた、砕かれた地面の一部。
それがわかると同時に、正也は、さっきの爆破が、乱入者ではなく、マツサカ自身が起こしたものだと悟る。
正也はとっさに左に避けようとしたが、転んでしまった。
視界の端にとらえたのは、両の足元に展開される魔法陣。
(拘束魔法!この一瞬で!?)
この拘束魔法は一年生で習う簡素なもので、他人が解除するのはたやすいものだったが、今の正也にはそんな暇はなかった。
依然、体勢の崩れた正也。右手はこけた体を支えるのに使っている。
正也は少しでもダメージを減らそうと、残る左腕を顔の前に持ってきて、目をつぶって衝撃に備えた。
その直後、大岩が正也に激突する。
「?」
おかしい。それが正也が一番最初に抱いた感想だった。
(軽い。強くない。あんな大岩があんなスピードで当たってこの程度?腕がおれる覚悟はしてたけど)
そこまで考えて正也はある考えにいたり、おそるおそる目を開けた。しかし、正也の『アドレナリンが出ているせいで痛みを感じにくいのではないか』という予想は、杞憂に終わった。そもそも腕が負傷していない。と思ったら、腕にひりひりとした痛みを感じる。袖をまくってみれば、そこには擦り傷があった。しかし、あの攻撃でこの程度で済んだのは奇跡としか言いようがない。
そんなことを正也が考えていると、パチパチパチ、と、乾いた音が聞こえた。ふと顔を上げると、マツサカが拍手をしている。
「よく頑張った」
何が起こったか分からない正也に、マツサカはよくわからないことを言う。
「な、何が、あ、あの大岩、師匠が何かしてくれたんですか?」
マツサカは拍手をやめ、ポケットに手をしまう。
「俺は何も。それは君が今までの努力で手に入れたものだ」
「?」
マツサカの言葉に首をかしげる正也。マツサカは正也の後ろのほうを指さす。
「見ろ」
後ろを振り向くと多くの岩が校舎に、倉庫に、学校の境界を示すフェンスに刺さり、そして押し潰している。
「これは、さっきの」
「そう、俺が投げた大岩の破片」
正也の言葉の先をマツサカが続ける。
「この世界に来た頃の君なら、あの攻撃でおそらく死んでいただろう。『加護』、じゃねえ『固有回路』を使ってもせいぜい大岩全体にひびを入れるくらいだったろうな」
「あ、固有回路」
指摘されて正也は地震の固有回路の存在を思い出した。今まで学校では基礎的なことしかやってこなかったから忘れていた。もちろん、使い方は覚えている。
「だが今の君はあれを難なく防いだ。それは成長のあかし、君が俺との特訓、学校の授業を真面目に受け、努力してきた成果だ」
マツサカの称賛を受け、正也は複雑だった。もちろん、褒められたことは素直にうれしい。うれしいのだが、
「もっとこう、やり方があったんじゃ、、、」
「すまん、俺にはこれしか思いかばんかった。でもさ、ここで俺が一方的に痛めつけて、でそのあと補講の狩りで、絶対足すくんだだろ」
マツサカの言葉に、正也は反論できなかった。さっきの戦いの後、信頼しているマツサカとすら戦うのが怖くなった前科がある。まあ、正也がマツサカの実力を知っているからというのもあるが。
「だからこうやって、君が強くなったことを教える必要があったんだよ。君はもう、並大抵の攻撃じゃ、致命傷は負わない。当たり所が悪ければ別だけど」
マツサカの称賛と忠告を聞いて正也は再び自分の腕を見る。いや、腕だけではない。強くなった自分の体を、あらためて実感しているのだ。
「よし!」
と、正也が顔を上げた瞬間、
「グヘ」
正也の鳩尾に衝撃が走る。正也は思わず、うずくまってしまう。
「感慨にふけるのはそこまで」
そう言ってマツサカは後ろポケットから再びストップウォッチを取り出すと、振り子のように揺らした。
「あと、五分」
正也は急いで立ち、腰を低くし、防御の姿勢を取る。
しかしその防御もむなしく、見えない攻撃が防御の隙間をぬって正也を襲う。
「君は呑み込みが早い。だから厳しくやる。君が俺の弟子になったからには、楽な暮らしをさせて見せる。自分自身の力だけでな。そのためには、今はまず力だ」
そう言ってマツサカはストップウォッチをしまい、攻丸を撃ち続ける。
攻丸は最も原始的な、エネルギーによる攻撃方法。作り方はいたって簡単。体外の一点に自身が操る体力、魔力、魂力を球体状に集めるだけ。術とも言えない。その簡単さと性質から、ある地方では能力の優劣の基準になっていたりする。大きければ大きいほど優秀だ。
だが今のマツサカの使い方は違う。マツサカは小さな攻丸をいくつも作りだし、正也に投げつける。そして正也の体に当たる瞬間に炸裂させる。これにより、腕や建て、半端な防御術による防御をすり抜けて相手に攻撃できる。これだけ小さければ、術をかけて不可視にすることも可能だ。
といっても攻撃力は大したことなく、ジャブのようなものだ。
「ただ防御するな!感知しろ!隙間は大きい!少しでも被害の少ないほうへ避けろ」
だがこと訓練においてはこれほど便利なものもない。
この国では訓練としてよく用いられている。
正也はこれまでのマツサカとの修行で体を仕上げていた。筋トレ、ランニング、柔軟に加え、体力、魂力を出しっぱなしにする訓練をして、それらの総量を増やしたり、空っぽにする訓練をして回復速度を速めたりなどだ。まだマツサカからしたら、理想とするところには届いていないが、街中で知らない人が見かけても、異世界から来たとは分からないくらい、こちらの世界の住人と、同レベルにはなっている。
だがボディービルダーでは狩りはできない。これはそのために訓練。しかしマツサカは、正也が敵の攻撃をよけながら戦うようになれるとは思っていない。
(痛みに慣れろ。攻撃にひるむな)
補講は教師陣のもと行われる。ゆえに安全性は高い。しかしどうしても「恐怖」というものは恐ろしい。普段なら何ともない攻撃を受けても、それが敵によるものなら人はいとも簡単に取り乱す。
この世界の住人は幼少のころにそういった経験を済ませているが、正也は異世界から来た。「恐怖」の危険は付きまとう。これはそれに慣れる訓練。
そして、
(たれだけ傷つければ、頑丈になるかな)
動植物は傷つけられればその部分を取り強固に修復する。筋トレによって傷つけられた筋繊維が、強固に修復されて、筋力が上がるように、外傷によって皮膚と筋繊維を破壊し、正也を強くしようとしている。
しかしこれらは気休め。マツサカの、『こうなったらいいな』程度のものだ。そんな小さな願いだ。
マツサカは目の前の正也を真剣に見つめる。
攻丸の雨の中、後ろに下がろうとして顔に攻撃を食らい、後ろにこける正也を。
横に避けようとして、脛に攻撃が当たり、横に転ぶ正也を。
マツサカは黙ってみている。
しばらくして、マツサカは時間を見るために初めて正也から目を離した。
手元のストップウォッチを見ると9分55秒を指していた。
(頃合いか)
そう思いマツサカが顔を上げて正也のほうを見た瞬間、マツサカは膝と背中を曲げ、大きくのけぞった。
ピピピッ、という音と共に後方で聞こえたポスッ、という音。小さすぎて、ストップウォッチの音にかけされて今いそうな音を、マツサカは確かに聞いた。
「ああクソ」
それだけ呟いて、正也は倒れた。マツサカはそれを見ていた。
(五分間、耐えたのか。そして、俺の隙をついて反撃を、)
油断をしていなかったわけではない。慢心してなかったわけでもない。ずっと心のどこかで正也のことを、猛獣はびこる森に放り出された哀れな子供、と思っていたことは否定しない。
正也は不安だった。こうして自分がタコ殴りにしてしまえば、正也は戦いにおびえるのではないかと。だがそれならそれでもいいと思っていた。怖いと思うことは大事だ。
だが正也はそんなマツサカの心配を、予想を裏切った。
正也が放ったのは、攻丸だ。中心を定めず、ただがむしゃらにエネルギーを放っただけのお粗末な攻丸。威力も弱い。
だが国民性というかなんというか、がむしゃらなやつに好感を持つ人はこの国に多い。そしてマツサカも、例に漏れない。
「・・・いかんいかん、興奮しすぎた」
無表情で突っ立っていたマツカサが動き出す。口には笑みを浮かべ、ゆっくりと正也に近づく。
「頑張ったな」
そう言って正也の頭をなで、ハチマキを外した。今の正也なら、あのくらいの攻撃、気絶せずに十分防御できた。できるように調節した。だというのに気絶したということは、正也は最初からこれをねらっていたということだ。防御、回避に使う分のエネルギーを、攻撃のために取っておいたのだ。しかも、確実にマツサカにダメージを与えられるだけのを。
「才能にあふれていたな」
影に沈みゆく正也を見つめるマツサカの背に、声がかけられる。
「あなたが言うと、なんか、複雑ですね」
マツサカは振り返り、声の主、ハンドウを見た。
腰に和刀を差し、穏やかな顔をした短髪の男。和刀とは、異世界から伝わったとされる特殊な技術を用いられて造られた刀の総称だ。作り手の少なさから、おいそれと庶民が手が出せない値段になっている。『春風』とかもそうだ。
じゃあなぜハンドウが持っているかというと、拾ったかららしい。ちなみに名前は『白椿』。異世界の言葉で刻んであったそうだ。
「じゃあ、手合わせお願いします」
マツサカは正也のハチマキを腕に巻き付けると、ハンドウに振り返って頭を下げた。
「わかった。今回は君で最後にしよう」
そう言ってハンドウは刀を抜き、両手で握る。
刃先はこちらを向いておらず、ハンドウから見て右を指している。腕は下におろしているが、肘と膝は少し曲がっている。下から切り上げることを意識したような構えだ。
「自分が〆ですか。・・・胸をお借りします」
マツサカが苦笑いしながらそう言った瞬間、マツサカの眼からビームが出た。
狙いは心臓。常人なら、この世界の常人なら避けることもできずに背骨ごと心臓を蒸発させてたであろう光速、高威力のレーザー光線を、ハンドウは涼しい顔をして左にずれることにより回避した。
それと同時に一閃、刀を振り上げる。
ただそれだけの動作で、マツサカの上半身はするすると、下半身から滑り落ちた。
斜めに切られた断面から見えるのは、血肉ではなく、さまざまな電子回路や金属だった。
「あの威力のものをあの速度で、何の前触れもなしに、やっぱりすごいな、君のカラクリは」
ハンドウが左手に腰を当てて振り返り、レーザーが通ったであろうぽっかりと開いた、そして彼方まで続く穴を見て感心する。
「あんな易々と避けられた後に言われても」
仰向けの上半身が引き笑いしながら答える。
「もう撃てないのかい?」
ハンドウがマツサカを見下ろし尋ねる。
「勘弁してくださいよ。胴体斜めにいかれたんですよ。これはもう大きいだけの電話ですよ」
「そうか、申し訳ないな」
「謝るんだったらさっさとハチマキ取って退場させてください」
「そうだな」
ハンドウがマツサカのハチマキを取ると、マツサカの体は影に沈む。
「さて、残りの時間は本を見ながら休もう」
そう言ってハンドウは図書室のほうへ、足を運んだ。




