24話 先輩たち
時は少し遡り、凛花他ほとんどの下級生が気絶、戦闘不能になった直後、
「お、大量大量」
そう言いながら中庭に現れたのは4年生のコバンという女子生徒。
毎年一部の生徒の覇気や殺気に耐えきれず倒れた生徒のハチマキを無関係な生徒がせしめるのもよく見る光景だった。
「・・・か、、、くっ、、、」
コバンの視界の端で何かが動いた。一瞬同じ目的の生徒かとも思ったが、動いたのは気絶を何とか免れたものの、もはや虫の息となっている2年生だった。もはや正座に近い形で地面にへたりこみ、下を向いて浅い呼吸を繰り返している。
そんな状態で目の前の4年生に勝てないことは誰が見ても明らかだった。ここまで精神にダメージを負っていれば体力、魂力を練ることはもちろん魔力を巡らせることすらできない。そもそも指一本もまともに動かせない。
しかし、そんなことを自覚していながらも2年生はコバンを見ると足を地面につけ、顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。コバンはその様子をただ黙ってみていた。
「若いっていいね、純粋で努力家」
唐突にコバンはそうつぶやく。2年生は警戒心をさらに高め、拳を相手に向けて構えた。
しかし、その構えはすぐに解かれた。2年生は後方に倒れたのだ。
「だけど時期と方法を間違えやすいのが若さの欠点だよね」
コバンは気絶した人しかいない中庭で、誰かに聞かせるかのようにはっきりとした独り言をつぶやく。
「まあ、私も語れるほど老いてないけど」
ハハハとコバンは自分の独り言に対して笑った。コバンの独り言はまだ続く。
「私みたいな軟弱者でも集中して明確な殺意を向ければ気絶されることはできるんだ。すごいでしょ」
コバンはそう自慢するように言って振り返った。振り返った先には校舎から中庭へ出るための扉と、渡り廊下がある。しかしそこに人影はない。
コバンは扉のほうを3秒ほど見つめた後、「フッ」と、まるで子供の浅知恵を見た大人のような含み笑いを浮かべ、視線を外し、気絶している生徒のもとに行き、ハチマキを取ろうと屈んだ。
その瞬間、コバンの背後に何の前触れもなく人影が現れ、コバンの意識を刈り取ろうとする両手がコバンの首元へ伸びる。影の目は獲物を見つけた豹のように鋭く、呼吸音は全く聞こえなかった。
もはや誰もその魔の手から逃れることはできない、もしここが元の世界ならば。
人影の視界からコバンが消えたのだ。その直後、下あごに強い衝撃が襲い掛かり、人影が宙を舞いコバンから少し離れたところに「ドサ」と音を立てて着地した。
日の光に照らされて人影は影ではなくなる。そこにあったのは手足が無造作に放り出され、あおむけに倒れている宗司の姿だった。
コバンは宗司に襲われる直前、一瞬全身の力を抜き、宗司の足元へ滑り落ちた。そして宗司の顎を正確無比に撃ちぬいたのだ。イメージしやすいように言うと後転しながら宗司を蹴り上げた、という感じである。
「背後からか弱い女の子を襲うなんて、やらし~」
そう人を小ばかにするような目と話し方でコバンは宗司を見る。
宗司が顎をさすりながら起き上がるとコバンは胸とくびれを隠すように肩と腰に手を置き、「イヤ~ン」と言いながら体をくねらせていた。
「―――」
そんなコバンを最大限警戒しながら見据えると、再び宗司はその場から姿を消した。
「ノリ悪いな~、もてないよ?」
やれやれとため息交じりに首を横に振ると、コバンは再び屈みハチマキを取ろうとした。
すると再び宗司はコバンの背後に現れる。
「馬鹿の一つ覚えか」
コバンはくるりと振り返り宗司の鳩尾に下突きを打ち込み、終わらせようとした。
しかし、コバンの拳は空を切る。今度は、宗司が消えたのだ。
攻撃した瞬間、人は最も油断する。だからカウンターは通常の攻撃よりきつい。
今、攻撃が空を切ったコバンの背後に宗司が立っている。
(入る―――)
そう確信した直後、宗司は信じられないものを見た。
(――魔法じ――)
ドゴッという鈍い音を立てて土塊が地面から生え、宗司の鳩尾に入る。
通常魔法陣というのは、体内のエネルギーを使って書くという性質上、魔素を使おうが、魂力を使おうが、体力を使おうが体と触れているところにしか書けない。いや、描くことはできるのだが、ものすごく難しい。鉛筆は根元を持ったほうが書きやすいのと同じだ。
そのことを宗司はこれまでの練習で知っていた。だからこそ、後ろから攻撃するときもコバンの体に特に注意していた。しかし、地面、空中に対してはほとんど注意がいっていなかった。だから、地面に魔法陣が現れた時に一瞬フリーズしてしまった。
加えて魔法の発動スピードだ。宗司が魔法を使うとき、魔法陣を書いてから実際に魔法が発動するまで2秒くらいタイムラグがある。しかしコバンの魔法はそれがものすごく短かった。魔法陣があると認識したときにもう魔法が発動していた。宗司が混乱していたことを差し引いても、タイムラグは0.5秒を切っていただろう。
「ガッ、ハッ、、、」
腹を抱えてうずくまり、辛うじて息を吐きだしている宗司をコバンが見下ろしている。
「惜しかったね」
(早く、早く『電光石火』で)
しかし、宗司が顔を上げると、目の前が真っ暗になった。
「え、」
視野狭窄というやつだ。宗司はほとんど見えなくなった目で地面を見つめ、地面に落ちそうになった体を、片腕を地面につけることで支えようとするが、思うように力が入らず、ドサッと、宗司の額は地面に落とされてしまった。
宗司はさっきまでの瞬間移動に魔力ではなく体力を使っていた。実は固有回路、というか回路は体力魔力だけでなく、熱だろうが電気だろうが、エネルギーを一定量流せば発動するのだ。人間の体が耐えられるのが魔力、体力、魂力だから、それを使っているだけ。
ではなぜさっきまで宗司は体力を使っていたかというと、体力にはほかの二つに比べ、気配を察知されづらいという特徴があるためだ。そのため宗司は奇襲をするのにうってつけと考え、体力を用いて固有回路を発動させた。
しかし、宗司がそのことを知ったのはつい昨日のことだった。そのため固有回路を体力で発動させる練習がほとんどできなかった。当然固有回路の発動効率が悪くなり、必要以上に体力を固有回路に流してしまったのだ。結果、普段の、見る、聞く、動く、考える、治すなどの基礎代謝に使う体力が枯渇してしまい、宗司の体は気絶一歩手前にまで衰弱してしまった。
「さっき、私の前に安易に出なかったのはなかなかの判断だと思うよ、あれが適当こいた可能性もあるしね。だけど圧倒的に戦闘と術式の経験が乏しいよね。だいたいの1,2年そうだけど」
コバンの分析と解説すら、もはや宗司の耳に届いていない。頭の中がガンガンと鳴り響き、それどころではないのだ。
「まあ今回を糧にしてさ、後期以降、頑張ってよ」
コバンは宗司の背中を片手で押さえつける。しかし、まるで人二人分がのしかかったような力が宗司にかかった。
そのままハチマキを取ろうとしたその時
「なにしてるんですか?」
声のしたほうを向くとそこにはアミキリが立っていた。
その声はコバンを責めるようでも、宗司を心配そるようでもなく、純水に二人がなぜここにいるかを尋ねているような声音だった。
「ア、アミキリ、、、」
少しずつ、少しずつ回復し、辛うじて目と耳が使えるようになった宗司がやっとの思いでその名を口にする。
「いや~、この子たちはもうだめでしょ?だからさっさと退場させたほうがいいじゃない」
コバンは宗司を押さえつけながらアミキリを見上げへらへらと答えた。そんなコバンを見たアミキリは周りの倒れている生徒をきょろきょろと見まわし、もう一度コバンを見て、「は~」とため息を吐いて腕組みをし、
「お優しですね、先輩」
と、あきれたように言ったのだ。
「けど、そろそろ始まりますよ。せっかくあの圧にも耐えたんで宗司にも見学させたいんですけど」
コバンはハチマキを取ろうとした手を止め、おもむろに立ち上がり、息も絶え絶えな宗司と見降ろした後、周りの気絶している生徒を見回し、再び宗司を見た。
そして二カッと笑い、アミキリの意見を受け入れた。
「確かに、骨があるね」
宗司には何の話か分からない。そもそも頭が痛すぎてまともに考えることも、聞くこともできない。が、どうやらここで脱落することは免れたようだった。
アミキリが宗司の近くに歩み寄るとコバンはまるで従者が主人を通すときのような、手を開き、指先を宗司のほうに向けて道を譲る。結局コバンは終始にこにこと、アルカイックスマイルを顔に張り付けたままだった。宗司はその顔を見て、詐欺師を連想し、コバンに不信感を抱く。
宗司がコバンに抱いた印象は卑怯な奴、というものだ。多くの学生が気絶したところにひょっこり現れ、労力なくして成果を得ようとしたり、戦いのさなか、わざとスキを作り、相手を誘導したりと、それが良い悪いはともかく、宗司はコバンに手だまに取られていた。合理的なやつ、頭が回るやつ、味方にいたら頼りになるやつ、だと思う。しかし、こういう自分以外が敵になる可能性があるところではかなり厄介なやつであることも確かだ。しかしアミキリは、宗司とは異なりコバンにそれほど意識を割いていない。
アミキリは宗司に近寄ると屈んで宗司にやさしく触れた。
「覚えたてで体力を実践に使うなよ。まだ自分がどれくらいで限界か正確に知らないだろ」
飽きれた息を漏らしながらアミキリは宗司の体に自分の体力を注ぐ。すると宗司の体はどんどん回復していった。身も耳も頭もはっきりとし、それに伴い自身の体の状態、さっきコバンから食らった魔法の痛みをはっきりと感じ取れるようになる。しかしその痛みも最初の数秒だけで、徐々に引いていった。
宗司の体は万全とまではいかないがかなり回復した。先ほどまで絶食中に激しい運動をした後のような状態だったのが嘘のようだ。まるで食事をとってよっくり眠った次の日の朝のような、そんな心地よさを宗司は感じている。
すっかり体力の回復した宗司は、多少よろめきながらもゆっくりと立ち上がった。
まだ少しめまいはするが、信じられないほど楽になっている。そのことにお泥田宗司だったが、すぐにハッとし、コバンを警戒するように鋭い目を向けた。
しかしそのとき、またあの不快感が3人を襲った。ただ、今度のは少し違う。体育祭開始とともに学校中を覆ったあの殺気、まるで猛獣の巣の中に入れられたような感覚を味わったが、今度のは違う。喉元に切っ先を当てられているかのような、研ぎ澄まされた殺気だ。
宗司の呼吸が浅くなる。
(落ち着け、落ち着け)
宗司の親は、まあいわゆる毒親というものだった。情緒不安定でよくくだらないこと、おかしなことで不機嫌になり、八つ当たりしていた。そういう環境で育ったおかげか、宗司はこのような事態に対応できるようになっていた。
呼吸を静かにし、殺気を探る。すると、この殺気は自分に向けられたものではないことが分かってくる。この殺気を出している源泉も。あとはその源泉から速やかに距離を取ればいい。
殺気が来て一秒もたたないうちに次の行動を決めた宗司は、すぐに行動に移そうとした。
しかし、
「ああもう始まる。早くしないと」
そういうや否や、アミキリは宗司の足を自分の足ですくいあげて転ばし、宙に浮いた宗司の体を小脇に抱え、走り出した。コバンもアミキリの後に続く。あろうことか、宗司が遠ざかろうとしていた源泉に向かって。
「なっ」
と宗司が声を発したとき、アミキリは止まった。しかしそれは、宗司の話を聞くためではなく、目的地に着いたからだった。
学校の校庭、そこに殺気の中心がある。普通ならば、ほぼすべての生物はこの場所には近寄らない、そんな場所になった校庭。事実、ネズミはおろか、アリも、ゴキブリすら逃げおおせていた。
しかし、そこには気絶しなかった生徒の大半が来ていた。全員が、その手にたくさんのハチマキを持ち、殺気の中心から500m以上離れてたたずんでいる。まるで闘技場のようだ。
「なんとか間に合った」
「楽しみだな~」
校庭は、学校の一番東側に位置している。そしてその工程は、高価にのほかの場所より標高が低くなっている。校庭の正式な出入り口である両端には階段とスロープが設けられており、あとは土手になっている。宗司たちがいるのはその土手だ。
左を見ればいまだ自分を抱えているアミキリと、その隣に座っているコバンがいる。二人の手にはちゃっかり、数本のハチマキが握られていた。
「お前が遅いのはいつものことだが、今回は一段と遅いな。足止めでも食らったのか?コバン」
右を見れば知らない先輩がたたずんでいた。コバンの同級生だろうか。知り合いであることは間違いないが。
「あんたこそ何連れてんの?マツサカ。昔っから猫や犬に好かれたけどさ」
この学校には制服がないのに、わざわざ取り寄せたのか。黒い制服に身を包んだ、マツサカと呼ばれた男は「ああ」といって、自分の左側に立っている後輩に目を向けた。
「こいつは弟子、みたいなものだ。なかなか見どころがある」
その言葉に「ありがとうございます!」と声をあげた男は、宗司も知っている男だった。
「あ、一条。お前も耐えられたんだ」
「鈴木、正也、君」
最初のころの、常に何かにおびえていて、あるいは不安を感じていて、それをごまかすためにカラ元気をしている、そんな印象を覚えた正也とは別人のような雰囲気を醸している正也がそこにいた。
多少他人行儀な呼び方をしてしまった理由は、しばらく話していないからということもあったが、やはり雰囲気が一番大きいだろう。
「えっと、どういう状態?」
正也が戸惑ったのも無理はない。宗司は今、同級生のアミキリの小脇に抱えられているという稀有な状態になっているのだから。こちらも、最初の印象とは大きく違う再会になった。
「あ、ああ。アミキリ、そろそろ下ろしてくれ」
正也に問われ、自分の今の状態を改めて認識した宗司はばつが悪くなった。
「あっ、ごめん」
それまで殺気の中心を神妙な面持ちで見ていたアミキリは宗司を抱えていることを思い出し、そっと、地面におろした。
地面に両足をついた宗司は、一度体力を使い果たした後遺症化、先ほどまで抱えられていた余韻か、足元が少しおぼつかなかったが、倒れるほどではなく、すぐに姿勢を正し、前を向こうとした。
それは、正也のほうを向くのは気まずく、それをごまかし、隠すためにした行為だが、それ以外にも良い結果をもたらした。
それは、
―――バゴンッ―――
「「「っ!!!」」」
剣術だけを見れば先生を含めても校内で一位二位を争う実力者同士の開戦の火ぶたが切られた瞬間を目にすることができたということだ。




