21話 異世界の差
「今日はここまでですね。課題は来週までに出してくださいね」
そう言ってケルナー先生は精神力学の授業を閉めた。
今回の授業では、精神エネルギーを制御することの重要性と、霊についての講義が行われた。
曰く、霊とは精神エネルギーからできており、精神エネルギーによる攻撃でないと、攻撃、防御はおろか、触れることすらできないらしい。
今日は精神力学の授業の最後の授業だった。
最後の授業が終わると、皆すぐに荷物をまとめ、帰っていった、体育祭の準備をするために。
真司、宗司、凛花、正也の4人も例にもれず、体育祭に向けてトレーニングするためにジムに集合した。将軍と体力の訓練をっしたあのジムに。
将軍と話したあの日の翌日、将軍と話したことを真司はほかの3人にも話した。
皆それぞれ驚いていたが、宗司だけはすぐに納得した。
「禁忌といわれているものに携わるのに、普通の生活は送れないよね」
4人は真司の部屋に集めり、今後のことについて改めて話し合った。
「みんなはそれで大丈夫?」
真司の問いかけに真っ先に答えたのは凛花だった。
「もちろん、と言えるほど自信はないけど、やれることはやってみたい、やってみようと決めたから。それに、私たちが手伝うことで早く帰れる可能性があるなら手伝いたい。あまり長くいると、今度は帰るときにつらくなるし、今も考えるとちょっと辛いし」
女子高校生はもっと楽観的に生きてると思っていた宗司は、凛花の決意に驚いた。
そして、そんな凛花に負けまいと、自分も残る決意をした。
「僕は全然問題ない」
真司は最後に正也のほうを見た。正也は確か学校に嫌な思い出があったはず。また、元の世界にも帰りたがる様子はなかった。正也だけは学校を去るかもしれない。
しかし、真司の予想に反し、正也は楽しげな様子で答えた。
「もちろん残るよ。確かに勉強は難しいけど、授業は分かりやすいし、友達もできたし。学校が楽しいと思えるのは久しぶりだからね」
真司はあっけにとられた。いや、おそらく真司だけではなかっただろう。
これまではいつもどことなく暗い雰囲気を醸し出していた正也が、こうも明るくなっているとは。
「それで?加藤さんはどうなの?」
急に正也に質問を帰され、真司は面食らった。
ふと、ほかの二人を見ると、正也に同意するように真司のほうを見ていた。
自分はどうするか。そんなことは将軍と話し合った時にとっくに決めていた。
「もちろん残るよ。今話したのだって、いきなり君たちが学校を去るんじゃないかと心配して、事前に話しておこうと思ったからだし」
そうして4人は学校に通い続けることに決めた。
今はまだ、元の世界に帰る手伝いができるほどの力がある自信はないが、学校で学び、鍛え、できる限り力になれるように努力すると決意した。
そのために、まずは普段の授業と、目の前に迫る体育祭に向けて準備をすることにした。
今日ジムに集まったのはそういうわけだ。
ただ、ここで自分たちだけでトレーニングするのは効率が悪いことはすでに分かっている。
なので、ある助っ人たちを呼んでいた。
「ごめんね、遅くなって」
「ちょっと道迷っちまって」
ちょうどその助っ人たちが到着したようだった。
一人は真司と宗司のクラスメイトのアミキリ。そしてもう一人は
「いや、俺たちも今来たところ。こっちこそ、いきなり頼んでごめんね、アジアキ」
正也にそう呼ばれた少年は、息を軽くはずめ背ながら入ってきた。
彼は凛花と正也のクラスの学級委員長であるアジアキ。凛花と正也がトレーニングするために助っ人としてきた。
全員がそろったところで、まずは互いが呼んだ助っ人を真司、凛花がそれぞれ紹介した。
「この人は俺たちのクラスの副委員長のアミキリ。一回あったことあったよね?」
そう言って真司は食堂のときのことを話した。凛花はすぐに思い出したようだが、正也は覚えていなかったらしい。
次は凛花が紹介する番になった。
「この人はアジアキさん。わたしたちのクラスの学級委員長。それでアジアキさん、こっちの二人が」
続いて凛花が宗司と真司の紹介に入ろうとすると、それにかぶせてアジアキが「噂の」といって話始めた。
「鈴木と佐藤さんと一緒に異世界から来た人か」
その言葉を聞いて、4人は一瞬面食らった。
そんな4人に代わってアミキリか4人について説明しだした。
「そうそう。だから体育祭始まった瞬間に倒されないように訓練しようってことだと思う。魂力はおろか、体力も魔力もまともに使いこなせていないからね」
アミキリとアジアキは話しているところに、宗司が割って入る。
「ちょっと待って、そんなに有名なの?僕たちのこと」
宗司の言葉に2人は「もちろん」と答えた。
「変な時期に予防接種を受けさせられた挙句に、何の予防接種かは曖昧にされている。たいていそういうときは異世界の扉が開いたときだけだからね。うちの国は非があれば自国の官僚でさえすぐに謝罪するしね」
確かマブナもそんなことを言っていた気がする。
次に、アミキリがなぜ4人が異世界から来たことが分かったかを説明する。
「あとは、君たちを見てそれがほぼ確実になったね」
アミキリの言葉に、4人は首を傾げた。
「何か変だった?結構無難な服とか髪型にしているつもりだったけど」
真司がそう言って4人の髪形や服をアミキリとアジアキのと比較する。
「パッと見はね。でも体からもれ出ている魂力、精神エネルギーのことね、それと体力と魔力がぎこちない。まるで10歳の子供を見ているようだよ」
アジアキにそういわれて、4人は自分の手や腕を見た。特に何かがあるというわけではなく、いたって普通の手と腕だった。
「そうか、君たちはまだ見えてないのか。でも今の君たちでも集中すれば見えるはずだよ」
「集中?」
「そう、集中」
正也の質問に、アジアキは人差し指で自身の目を指してそう答えた。
4人は改めて自分の手のひらを見た。今度は何となく見るのではなく、しっかりと、目を凝らして。
すると一瞬、自分の手のひらが光ったような気がした。それに驚いて瞬きをしたら、その光は消えてしまったが、確かに光った気がした。
「今一瞬、手が光った?」
真司の言葉に、凛花と宗司も反応した。
「加藤も?」
「もしかして、これがそうなの?」
正也は、もう一度光を見ようと、目を凝らして自分の手を見ている。
「見えたみたいだね」
4人がおのおのの手のひらを見ていると、アミキリが4人に説明の続きを始めた。そして4人はアミキリのほうを見た。
「今日の訓練では、できるだけ長時間それを見れるようにすることが目標かな」
「早速始まるんですね」
凛花の言葉に、アジアキはあきれたように返事をする。
「今始めなかったらいつ始めるんだよ。ほら、自分の体を見て、集中!訓練しながら説明するから」
アジアキにそういわれ、4人は再び自分の手のひらに目を落とした。
「この訓練で重要なことはエネルギーを巡らせることだね。そうすることで目と手に同時にエネルギーが送り込まれ光を長時間、楽に見ることができる」
「エネルギー、、、魔素のことか」
そう言って正也がアミキリのほうを見た。
しかしアジアキに頭をたたかれる。
「耳だけで聞け」
そんなアジアキをアミキリが戒める。
「たたくことはないでしょ。さて、鈴木君、だっけ?エネルギーはエネルギーだよ。体力、魔力、魂力すべてのエネルギー。もちろんどれか一つだけ巡らせてもいいけど、初心者の場合は一つだけ巡らせたつもりがすべてのエネルギーを巡らせてたってことばかりだから。何せ通り道はすべて同じだからね。だからとりあえずはとにかくエネルギーを巡らせることを意識して」
そう言ってアミキリは体内でエネルギーを循環させた、おそらく膨大な量を。直接見ることはしなかったが、彼の体が光っていることは何となくわかった。
「こんな感じか?」
魔素を循環させるトレーニングは、過去に一度やったことがあったため、すんなりとできた。
だが、アミキリとアジアキからしたらまだまだだったようだ。
「あーダメダメ。確かに巡らせることはできてるけど、体のあちこちからエネルギーが漏れてるよ。体の門を閉じないと」
アジアキは4人にそう忠告した。体の門は体力基礎、精神力学、魔法学の授業でそれぞれさわりだけ学んだ。確か、体内のエネルギーを出すとき、または体内にエネルギーを取り込むときに、エネルギーが必ず通る体に無数にある小さな穴だったはずだ。
しかし、4人はその門を閉じることだできなかった。理由は単純、やり方を知らないから。
「門の閉じ方は、生まれたときから魔法や体力に触れていると自然にできるようになるから、説明が難しいな。感覚としては、鳥肌が立つ感じかな」
4人が体の門の閉じ方がわからないことを察したアミキリが、体の門を閉じるアドバイスをした。
「とりあえず、門が閉じること、鳥肌が立つ感覚を強く思い描いてみて。それで門が閉じたら合図するから」
アミキリが4人にそうアドバイスした。
しかし、宗司はそのやり方に反対した。
「そんな思い描くだけで、今まで使ってこなかった器官が使えるようななるわけないだろ。もっと別の方法はないのか?」
体の中でエネルギーを循環させるのは思いのほか体力を使う。段々と疲れてきた宗司の口調は少々荒々しくなっていた。
アミキリは、そんな宗司の変化を気にせずに説明をつづけた。
「エネルギーを満たした風呂に入って感覚をつかむっていう方法もあるけど、ものすごくお金がかかるんだ。それに、まともにエネルギーが見えない君たちからしたらその方法は、裸で何もない風呂につかるようなものだしね。そっちのほうが嫌でしょ。それに、何も適当に言ったわけじゃないよ。ちゃんと君たちは門の閉じ方を無意識のうちに知っているんだよ。ただその器官を使ってこなかったからうまく動かせないだけで。例えばそう、初めて腹筋する人が、腹筋のやり方は、力の込め方は無意識のうちに知ってるけど、筋力が足りないせいで腹筋ができないようにね」
そう言ってアミキリは宗司の前で屈み、宗司と目を合わせた。
「だから、とりあえずは俺らを信じてやってみてよ」
そう言われて、宗司は何も言い返せなかった。そして黙って門を閉じるイメージをした。
「じゃあ、その辺でやめようか」
15分ほど魔力を巡らせ、門を閉じるイメージを続けていた4人に、アミキリはそう声をかけた。
「まだ15分しかたってないけど」
真司はアミキリに止めた理由を聞いた。
「だってお前ら集中力切れてきただろ?」
アミキリの代わりにアジアキが答えた。
確かに4人とも、魔力を巡らす、門を閉じるの二つのイメージ以外にも「疲れた」「帰ったら何しよう」などと別のことを考えてしまっていた。
「人間の集中力は最長15分が限界。そしてこの訓練は集中力が命。今回はこの辺でいったんやめにして、別の訓練をしよう」
「次の訓練?」
正也が聞き返すと、アミキリとアジアキの二人は4人の前に立ってこう言った。
「実戦訓練さ」
内容は10分交代で真司と宗司はアミキリと、凛花と正也はアジアキと戦うというものだった。
そして、今まで子供のケンカしかしたことのない4人に対し、2人は破格の勝利条件を提示した。それは、二人をその場から一歩でも動かすか、一発でも入れたら勝ちでいい、というものだった。
最初その条件を聞いた4人は侮られたことに少々怒ったり、逆に警戒心を強めたりした。
「よろしく」
そう言って宗司はアミキリと対峙した。
となりでは正也とアジアキが向かい合っている。
そして、宗司に近い壁のほうには真司が、反対側の、正也と近いほうには凛花が、それぞれ座って、試合の行方をうかがっていた。
宗司が正也のほうをちらりと見ると、正也は挨拶もせずにアジアキに突っ込んでいった。
「ちょ」
いくらなんでも挨拶もなしに行くのは卑怯じゃないか、そう言いかけた宗司はとんでもないものを目にした。
まず、正也は右手を強く握ってアジアキの元へ走り寄り、その顔面に向かって思いっきり拳を突き出した。
それをアジアキは体を少しひねるだけで回避した。そのため、勢い任せに出した右こぶしに引っ張られ、正也は体勢を少し崩した。
アジアキはそのすきを見逃さず、左手で正也の顎を的確に撃ちぬいた。
その動作が早すぎて、凛花、宗司、真司の3人は、一瞬何が起きたか分からなかったが、正也の顔が少し右に傾いて、そのまま倒れこんだことで、辛うじて、アジアキが正也の顎を打って、脳を揺らしたのだとわかった。
正也が拳を振りかぶって、倒れるまでの時間、およそ2秒。そのあまりの速さに、3人は茫然とした。
「・・・!大丈夫!?」
ほんの数秒茫然とした後、凛花が正也の安否を確かめるために近づこうとした。
「待て」
しかし、それはアジアキの一言によって阻止された。
「え?」
「まだ10分たっていない」
だからまだお前は来るな、そう言いたかったらしい。
しかし、凛花の目には、もう勝負はついているように見えた。
「な、何を」
「こいつにはまだ作戦があるかもしれない。こうやって気絶をするふりをして、俺が油断しているところを襲うかもしれないだろう」
アジアキはそう言っているが、正也はピクリとも動かない。
もしかしたら、倒れた拍子に頭を強く打っているかもしれない。その可能性がある以上、割って入らないわけにはいかない。
「安心して」
そんな凛花にアミキリが声をかけた。
彼は直立して首だけ回してこちらを見ていた。
「命や後遺症にかかわるような倒し方はしないよ」
彼が凛花にそういった瞬間、宗司は動いた。
宗司は、よそ見をしているアミキリの腹に向かって、思いっきり拳を突き出した。
しかしその拳は、アミキリの腹に当たる前に、彼の右の手のひらに包まれてしまった。
そして宗司の拳は、体ごとアミキリの後ろへ投げ飛ばされていった。
宗司の体はふわりと宙に浮き、そしてドスンという音を立てて背中から床に叩き落された。
「さっきだってほら」
宗司が飛んでいく様子を呆然と目で追っていた凛花と真司はアミキリに視線を戻した。
「鈴木君が床に倒れるときに魔糸を使って頭を強く打たないように受け止めていたよ」
一瞬何のことを言っているのか分からなかったが、アミキリの視線が正也に向かっているのを見て、正也とアジアキの戦いの話だと分かった。思い返せば、正也が倒れるときに宗司のような鈍い音はしなかった。
凛花と真司が正也からアミキリに視線を戻すと、アミキリの後ろですでに宗司は立ち上がり、アミキリの死角から、今度は背中、それも正中線上に向かって足を突き出した。
「あ」
凛花が声を漏らしたのは、アミキリに警告するためではなかった。そのあとの光景に驚愕したからだ。
アミキリは振り返ることなく再び右手で宗司の足を正確につかむと、そのまま宗司を前方へ投げ飛ばした。宗司は、アミキリのわきを通り、くるくると空中を待った後、ドスン、という音を何度も立てて床に激突し、壁にぶつかる直前に停止した。
「う、ううっ」
宗司は正也とは違い、気絶せずに壁際で背中を丸めてうめき声をあげた。
「鈴木!」
一度正也で経験したおかげで、真司は投げ飛ばされた宗司を見ても放心せずに反応することができた。
正也とは違って、アミキリとの距離が離れているから、助けに入る邪魔はされない。
アミキリがどんな考えがあったとしても、あそこまで派手に吹っ飛ばされた宗司を手当てしないわけにはいかなかった。
しかし、真司が宗司の手を自分の肩へかけようとすると、宗司は真司の手を払いのけてゆっくりと立ち上がり、息を切らし、ときより体の痛みに耐えるように顔をゆがませながら、まっすぐとアミキリのほうをにらんだ。
「だ、大丈夫。まだ、立てる」
「でも、」
そう言いかけた真司はあることに気付いた。それは、宗司の体に一切の傷がないことだ。あざや打撲、骨折の痕はおろか、擦り傷、かすり傷すらついていない。
「まだ、オレの番だ」
宗司にそういわれ、真司は心配ながらも、宗司とアミキリの試合の邪魔にならないように壁際へ行った。
真司が壁際へ行くと、宗司は今度はなりふり構わず雄たけびを上げながらこぶしを握り締め、腕を振り上げてアミキリに向かっていった。アミキリは微笑みを浮かべながら宗司を見ていた。
しかし、アミキリまであと数歩というところで宗司は転んでしまった。その転ぶときの宗司の様子がおかしなように真司の目には映った。宗司は、何かに躓いて転んだのではなく、雄たけびを急にやめ、顔をゆがませ、全身を硬直させて、バランスを崩した結果転んだのだ。
「鈴木」
再び真司は宗司を助けようと近づいた。
「大丈夫、だから、来ないで」
しかしそれは、ほかならぬ宗司によって止められた。
真司を制止した宗司は、ゆっくりと、慎重に立ち上がろうとした。
体を少し動かしては止まり、少し動かしては止まりを繰り返した。5分ほどその動きを繰り返し、ようやく、宗司は片膝立ちしながら、アミキリの顔を見ることができた。
その様子を真司は、制止された場所から動かずに黙ってみていた。
とつぜん、パチパチという乾いた音がジム内に響いた。
真司がその音のするほうを見ると、アミキリが手をたたいていた。
凛花、真司、宗司の3人はアミキリの脈絡のない拍手にただ呆然とアミキリを見ることしかできなかった。
3人が茫然とアミキリを見て十数秒後、アミキリは拍手をやめて、宗司を見つめて話し始めた。
「すごいね」
それは称賛の言葉だった。
アミキリは、さっきまで自分に軽々と吹っ飛ばされ、倒され、再び立ち上がっても攻撃する前に倒れた相手に対して、称賛の言葉を送った。
その意味が分からず、あるいは意味を考察しようとして、3人は何もしゃべらず、ただアミキリのことを見ていた。




