2話 見下す宗司 現実味のない被召喚者
退屈、退屈、どこもかしこも退屈だらけ。
昔から俺が欲しいと思ったものは何でもすぐに手に入ってしまう。
医者の父と弁護士の母のもとに生まれ幼いころから成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、今は美人の彼女もいる。
このまま将来は医師になり美人な女と結婚してそれなりの人生を送ることがほぼ確定している。
人は俺を羨ましそうに見ているが、俺はどこか物足りない日々を過ごしている。
何がかは分からないがこの人生に不満がある。
俺には弟がいる。
弟は俺とそっくりで容姿端麗でスポーツ万能だったが、勉強だけはできなかった。
俺は弟のことが嫌いだった。鬱陶しい存在だと思っていた。
どこへ行くにもたいてい弟がついてきた。必然的に弟の行動は目に入る。
弟はだれか困っている人を見つけたら、だれかれ構わず助けていた。町でごみが落ちていればごみ箱へ捨て、ボランティアにも積極的に参加し、ちょくちょく募金もしていた。
それで自分が不利になったとしても、面倒ごとに巻き込まれても、弟はそれらをやめなかった。
そして弟の奇妙なところは、その面倒ごとの中に、詐欺の類は入っていないところだ。
俺も小、中のころに弟に誘われて何回かそんなことをやってみたことがある。しかし、結果は散々だった。
募金をしようと思ったら詐欺にあいかけた。
ボランティアに参加したら現地の人から嫌味を言われた。彼らはむかつくことにボランティアされることが当たり前だと思っているらしい。
そして小さなことからと、友人の悩みの相談を受けたら、友人は優柔不断で悩みを解決する気がないように思えた。それを指摘したら口論に発展してしまった。
今思い返してみるとそのころからだった、弟を煙たく感じたのは。
それからは弟のことをいじめた。弟を土地勘のないところへ誘い出しては迷わせ、一人にしたり、約束を破ったり、殴り、蹴り、しまいには川へ突き落すなんてこともした。
しかし弟は俺に「大丈夫?何か悩みがあるなら相談に乗るよ?」などと言ってくる。反吐が出そうだった。だから俺は弟をいじめ続けた。
両親も勉強のできない弟より俺のほうを優先した。
しかし、高校二年の終わりごろ、大学受験のために本格的に勉強に集中したため、弟をいじめることはなくなった。それは大学生になっても変わらなかった。
今思い返してみると、弟をいじめていたあの時が人生の中で一番楽しい時期だった。
しかし、今はやっていない。
大学合格した後、何の変哲もない休日の昼だった。
弟が俺の部屋にやってきた。俺は昔のように弟をいじめてすっきりさせようと、ドアを勢いよく開けて弟にぶつけるという子供じみた嫌がらせをした。
ドン、という鈍い音がして弟は鼻血を出して後ずさりした。
その時俺が感じたのは快感ではなく罪悪感だった。
そして急に、あんなことで快感を覚えていた昔の俺のことが気持ち悪く思えてきた。
今、弟とはあまり交流を持っていない。正直なところ、今でも弟に対して若干の嫌悪感を持っている。そこにいじめの罪悪感が合わさり。弟に対して気まずい空気になっている。
また、弟はやりたいことを見つけ寮のある高専に入学したため、そもそも会うことが少ない。
俺は、快感を得るための材料を見失った。
結果また、乾いた退屈な日が始まる。毎日毎日そう思っていた。
その日は肌寒い日だった。その日もいつも通り通学路を一人で帰っていた。彼女とは少し前に別れていた。『勉強に集中したい』的なことを言って別れたが実際は飽きたからだ。
一人で通学路を歩いていると、突然目の前が真っ白になり、宙に浮く感じがした。
それはすぐ収まり、次に俺が見たものは白いパイプオルガンと祭壇、そして俺、いや、俺たち4人を囲むようにして立つ数人の同じような白い装束をまとった人だった。
「ああ、よかった召喚の儀は成功です」
ほかの人より一歩前に出ている女性がそういうと、周りが喜びだした。拍手する者、歓声を上げる者、拳を握り締める者、空へ両手を上げる者など様々だ。
ここは、どうやら教会のようなところらしい。
「ちょ、ちょっと、何がどうなってるんですか?!」
「ここは一体?」
少し遅れて二人の男女が声を上げた。男のほうはスーツを着ておりかばんを持っている。
女のほうはセーラー服を着ている。ふと、あと一人に目をやると、何かを考えているようだった。
「申し訳ございません。感極まってしまいまして」
先ほどの白いドレスを纏った女がそう言って、咳払いをし、話し始めた。
「この世界の人類は今、魔族からの侵略を受け非常に厳しい状況にあります。物資が不足し、人々は今日の食事に困るほどです。どうか私たちを助けてください。」
実にわがままで独り善がりな発言だった。異世界召喚ものの本はいくつか読んだことはあるが、召喚した側はなぜこうも、いきなり誘拐した人に自分たちの都合を押し付けるような図太い精神を持っている人ばかりなのだろうか。
いや、今考えるべきはそれではない。冷静になろうとして心の中で意味のない悪態をついてしまった。
「そんなこと言われても、私たちは普通の人間ですよ。あまりお役に立てるとは思えませんが」
ドレスの女が説明し終わるとスーツ姿の男が反論した。
ずいぶん冷静に、的確に返すものだなと思った。人間、本当に混乱すると妙に冷静になるというやつか。
「大丈夫です。あなた方には神から与えられた特別な能力がありますから」
そう言うと女は何やらぶつぶつとつぶやいた。
すると空中に半透明の板が現れ、何やらいろいろと書かれていた。
「これは魔法の一種で『鑑定』です。自分やほかの人の能力がわかります。上から、名前、レベル、筋力、持久力、魔力量、能力が書かれています」
そう言われて自分の名前が書かれているところを見ると確かに「一条宗司」とが書かれている。
しかし、自分に魔力とやらがある覚えがない。また、書かれている能力を修得した覚えがない。
「多分、この世界に召喚されるとき、体がこの世界に合うようにもともと自分たちが持っていた魔力が変化したんだ思う」
今まで黙っていた少年がいきなり話し出した。
皆一様に彼のほうを向いた。彼は見たところ、召喚された中で最年少のように見えた。
しかし、その話し方からは緊張が見えなかった。
「魔力っていうのはいろんなところに存在するの?」
少年は続けて、ドレスの女に質問をした。
「は、はい。あなた方の元いた世界にもあると思います」
その答えを聞いた少年は頷いて、自分の考察を話した。
「やっぱり、俺らの世界には魔法はなかったから魔力がたまりにたまっていたのだと思う」
つまりまとめると、もともと俺たち4人は、元の世界では観測できなかった「魔力」とやらを持っていて、この世界に召喚されるときにこの世界に合うように俺たちの体を魔力が勝手に改造した、ということらしい。その結果できたのが、半透明の板に書かれている能力ということだ。
いきなり話が進んで驚きはしたが、なるほど、そういうことなら一応納得はできる。
しかしそれでも問題は残っている。それは、、、
「すみません、それでもやっぱり私にはできません。元の場所に戻してください」
「私も彼女と同じです。これまで努力して、ようやく好きな仕事に就職できたんです。帰してください」
当然のことだ。おそらくここにいる召喚者は顔と身なりからして全員普通の日本出身だ。今までおそらく喧嘩すらまともにしてこなかった人が、いきなり未知の土地で未知の相手と戦争などできるはずがない。
そんなことができるのは中二病かヤクザくらいだろう。かくいう俺も元の世界に未練はないが、戦争はごめんだ。
「申し訳ありません。私たちが行えるのは呼び出すことだけで送り返すことはできません」
彼らの願いはかなわなかった。この日から、俺の人生が一変した。俺はこのとき自分の鼓動が早まるのを感じた。
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「とりあえず自己紹介しましょう。私は佐藤凛花です。18歳の高3で、出身は日本です」
現状、帰るすべがないこと告げられ、気持ちの整理がつかない俺たちに、『聖教団』と名乗った先ほどの人たちは俺たちをこの部屋に案内した。
この国の議会によって今後の方針の仮決定と、自分たちの戸籍の発行を行うらしい。俺たちも参加する権利があると思うのだが、戸籍が発行されるまで勝手なことはできないらしい。
「仮決定なので、今後あなたたちの意見を交えて決定することになります」
という白ドレスの女の言葉を信じて4人はしぶしぶこの部屋で待機している。
そうして待機しているときにとりあえずと、セーラー服の女が自己紹介を始めた。
「私は加藤真司です。26歳で社会人です。出身は彼女と同じく日本です」
「僕は一条宗司。20歳で大学二年です。出身は日本です」
「俺は鈴木正也、16歳。学校はわけあって行ってない。よろしく」
全員の自己紹介が終わるとみんな黙り込んでしまった。みんなこれからどうなるか不安でいっぱいなのだろう。
「私たち、無事に帰れるのでしょうか」
ふと、スーツの男、加藤真司と名乗った男が静寂を破った。
「聖教団の人たちが言うには魔王が元の世界に戻る方法を知っているかもということらしいんですけど」
真司が言った、聖教団の話は単なる希望的観測に過ぎない。宗司は、それを忠告するかのように言った。
「五分五分だと思いますよ。魔王はこの世のあらゆる魔法を熟知し、また、新たな魔法を生み出しているので、もしかしたら。ということでしたし」
「もう、この世界で一生を過ごす覚悟としたほうがいいかもしれませんね」
宗司に続いて、正也という少年の言葉で凛花という少女と真司という男が頭を抱えため息を漏らした。
「ど、どちらにしろ魔王と接触することは必要だと思うので、まずはお互いのステータスを共有しませんか?」
沈んだ雰囲気をごまかすようにセーラー服の女、凛花がそう言った。
凛花の言う通り、ともに魔王に挑むならステータスの共有は必要だろう。
しかし、
「僕は正直、魔王と戦うよりスキルを駆使してこの世界で一生を過ごしたいと思っています」
宗司の発言に、凛花と真司が、信じられないことを聞いたかのような顔をした。
「何を言っているんですか!?あなたは元の世界に戻りたくないんですか?!向こうでやり残したことはないんですか、残してきた家族に会いたいと思わないんですか?」
真司は宗司に考え直すようにまくしたてた。
しかし、宗司は一呼吸置くと
「正直、元の世界に未練はありません。それに戦争もごめんです。この世界でスキルを使って一から生きていったほうが楽しいと思います。そのほうが僕の性にあっていると思います」
そう言い切った。
「でも、何か元の世界でやり残したことがあるんじゃないですか?ほら、行きたかった場所とか、読み切っていない本とか、食べたいものとか」
今度は、凛花が何とか説得しようとしていたが宗司の答えは「ありません」の一言だった。
それを聞いて真司は説得をあきらめたのか部屋のソファに深く腰を下ろしため息をついた。
凛花は「でも、でも、」とつぶやいて何か説得材料を探そうとしていたが見つからなかったようで、うつむいて黙ってしまった。
「鈴木君、君はどうしたい?」
宗司が正也に問いかけた。
「俺は、元の世界に未練はないけど、魔王討伐は面白そうだし、君たちと一緒に行こうかと思ってる。こんな経験、もうないだろうし」
その言葉を聞いた凛花と真司は安心した顔でソファに座った。
その後しばらく、互いのステータスの共有や、これからのことについて話していると、部屋の扉が開き、聖教団の人が入ってきた。
「陛下が君たちをお呼びです。ご同行願います」
聖教団の人たちに連れられ、『議会の間』というところに来た。そこには男女合計11人の人が一つの大きなテーブルを囲うように座っていた。
議会の間はかなり簡素な作りだったが、壁に掛けられている絵や、飾られている花瓶などを見ると、位の高い人や金持ちが好きそうなものが置いてあった。
また、廊下にはあんなにあった大きな窓が、この部屋には一つもない。そのため、この部屋に入った4人は、多少の息苦しさを感じた。
「ようこそ。私はこのアトキ国国王のマハトという。よろしく」
国王と名乗ったのはテーブルの一番奥に座っていた男だ。かなり老いた男性だ。80はいっているのではないだろうか。その頭にある冠は、その人が王である証であることを物語っていた。
「早速だが今後の君たちにやってもらいたいことを、」
「あの、すみません、その前に一ついいですか」
一番奥に座っている人、国王と名乗った人の言葉を宗司が遮る。
宗司は、一歩前に出て、ひとつ、咳払いをして話し始める。
「すみません、私にはどうしても魔王討伐に参加する勇気が持てません。なのでこの世界で庶民として一から生活したいと思っています。お役に立てず申し訳ございません」
それらしい理由をつけて宗司は早々にこの場所から去ろうと考える。が、
「なに、最初はだれしも不安はもつもの。そなたの考えもよくわかる。しかし大丈夫だ。そなたらは選ばれし者達。必ずや、魔王討伐を成し遂げるだろう」
国王のその言葉に、宗司は「めんどくさい」と、心の中でつぶやいた。
「しかし、私はこれまで戦闘経験が全くなく、とても役に立てるとは、、、」
宗司は負けじと、さまざまな理由でこの場から去ろうとする。
「安心せよ。そなたらには一人一人付き人を与える。戦闘経験豊富なものをな。彼らから指導を受ければ、そなたらも立派な戦士、勇者となろう」
「しかし、こう言っては失礼ですが、本当に魔王とやらが悪なのかも疑問で。何か、行き違いがあるかもしれませんし」
「指導の合間にこの世界の歴史についても教えよう。さすればそなたも魔王がいかに悪かを理解できるであろう」
宗司がどんな言い訳をしても、国王はかたくなに宗司の話を否定し、4人を魔王討伐に行かせようとする。
(めんどくさい)
宗司が心の中でそう悪態をつくと、後ろから声が聞こえた。
「俺からも一ついいですか」
それは正也からの助け舟だった。
「一条さん、そこの人は魔王討伐に後ろ向きな考えです。そんな人と一緒に魔王討伐に行ってもうまく連携が取れずに敗北する可能性が高いです。なので、魔王討伐は3人で行きたいのです」
正也は堂々と言い切った。そこに一切の緊張は見えなかった。
まだ16歳。4人の中で最年少、いや、おそらくこの部屋の中でも最も幼い少年が、自分より立場が上の者に対してここまで緊張せずに話している様子に、ほかの3人は驚き、感心していた。
宗司でさえ、緊張を悟られないように、会話の前に咳払いをしたというのに。
しかし国王は、そんな正也の要求を却下した。
「魔王軍は強力である。そんな魔王軍に我が国が打ち勝つためには、一人でも多くの戦力が必要なのだ。そなたらがなぜ4人なのかといえば、我が国の力では異世界から呼び出せるのが4人が限界だったからだ。いいかえればそなたらは、我が国の貴重な切り札なのだ」
(いい迷惑だ)
(いい迷惑です)
国王がそう言い終わるや否や、真司と凛花が同時に心の中でツッコんだ。
宗司が次の言い訳を考えていると、国王はこんな提案をしてきた。
「しかし、その子少年の言い分ももっともだ。希望すれば魔王討伐に参加せずに済むようにしよう」
国王の急な手のひら返しに宗司は思わず「え?」と声をを漏らした。
しかし、国王の次の言葉は、宗司の聞きたかったものではなかった。
「そしてそなたらの異世界からの知識を使い我が軍を強化しよう。そのために参加しなかったものは王城で暮らしてもらう」
どうやら国王は俺たち4人を逃がす気はないらしい。
そう悟った真司は、別の方法をとることにした。
「わかりました。魔王討伐の一助となるようできる限り頑張らせていただきます」
宗司はそう言ってほかの3人の元に戻った。
「さて、では改めて君たちの今後の予定について話そうと思うが、その前に」
マハトが合図すると4人が入ってきた入り口とは別の扉から配下と思わしき人が何かを持って入ってきた。
「これはつけるとその日の予定や自身の健康状態、そしていざ行方不明となった時でもすぐに捜索できるようにいつでも位置情報がわかる腕輪だ」
4人それぞれに腕輪が配られた。それは様々な宝石や装飾がごてごてと飾り付けられた、篭手のような腕輪だった。
「身分証明と安全のために国民全員がつけることを義務づけられている」
腕輪を手に取り、マハトのほうを見るとこちらをじっと見ている。
仕方なく腕輪をつけようとしたその時、真司が国王に向かって腕輪を投げつけた。
それを見た3人は腕輪を捨てた。そして正也は扉のほうへ振り返り、閉じている扉を思いっきり殴り、扉を開けた。
入口に立っていた、4人をここまで案内していた人がハッとし、すぐに4人を押さえようとしたが、凛花が的確に金的を蹴り上げたことで沈黙した。
そしてそのまま廊下に出て、一番近くの窓から飛び出した。その後3人全員が宗司につかまると4人ともその場から消えた。
───4人が飛び出し、静かになった部屋に、腕輪を運んできた人がくぐった扉と同じ扉から何者かが出てきた。
「逃げられちゃったな~。異世界から来た子はこっちの事情知らないし都合の良いようにしか考えないから簡単だったんだけど」
何者かは4人が飛び出した窓を見てため息をついた。
「ま、いいか。聖教団と奴隷くんに探してもらうか」
議会の間に戻りまるで友達であるかのようにマハトの肩をたたいた
「じゃ、よろしく~」
「・・・はい」
死人のような目をし、生気のこもっていない返事をするこの国の王。そしてそれを一顧だにせず出てきた扉へ消えていった。