18話 魔法陣の修業
「ごめん、今日は用事があるから無理」
そう言ってアミキリは申し訳なさそうに帰っていった。
昨日の授業でほとんどの魔法を当てていたアミキリを再び頼ろうと考えていた真司は代わりの人を探すことにした。
「・・・というわけで、魔法教えてくれないかな。マブナ」
「いいぜ、俺にかかれば朝飯前よ」
さすが体育委員だけあって頼りになる、と思ったのだが
「魔法なんて簡単だぜ。こうひょいひょいひょ~い、だ」
「・・・」
マブナのこの発言に不安感を覚えた真司は確認することにした。
「マブナ、魔法を使うときってどんな感じか説明してみてくれない?なるべく詳しく」
「おう、こう、体ン中をグワーッてやって一気にハッて感じだ」
「・・・それだけ?」
「おう、簡単だろ?」
「・・・ありがとう、やってみるよ、じゃあね」
どうやらマブナは感覚派だったらしい。たぶん指導してもらっても自分にはできないだろう。そう考えた真司はほかの人をあたることにした。
「魔法を教えてほしい?いいわよ」
次に当たったのは学級委員長のアシロだった。
「ホント?ありがとう。じゃあ、ちょっと軽く説明してくれないかな?」
「うーん、まずあなたがどのくらいできるのかを知らないわ。話はそれから。体育館に行きましょう」
アシロの様子を見て、今度は大丈夫そうだと真司は胸をなでおろした。
アシロとは数回交流があったが、一対一はこれが初めてだ。本当はもっと仲のいいひとがよかったのだが、マブナのように説明が下手だったり、すでに帰ってしまったりとことごとくついてなかったのだ。
体育館に行く前にアシロは先生に体育館を使う旨を説明し、先生からの許可を取った。
体育館の中では何人かの生徒が体を動かしている。部活動の一環でもあれば、個人訓練している人もいるのだろう。
「こっちが開いているわね」
そういったアシロと真司がやってきたのは少しあいているスペースだった。
周りには山や湖があるというのに、ここら一体には灰色の地面以外何もない。
しかし、それを気にすることなくアシロの指導は始まった。
「それじゃあ、まずはあなたの全力の魔法を見せてくれない?」
そういってアシロは腕を組み、片足に体重を預け、真司の傍らに佇んだ。
真司はアシロのその様子に少し緊張し、少し、おずおずとアシロがいない方向に向き直り、魔法を使う準備をした。
「・・・基礎の基礎からね」
真司がそのときはなった魔法は、真司の中では可もなく不可もないものだった。
確かに、今の威力では的を壊すことはおろか、届かせることすらかなわないのは真司にもわかっている。
しかし、いくらわかっているからといっても、ため息交じりにそんなことを言われては、当然傷つく。
「どうすればいいかな」
そんな心境を悟られないように真司はアシロに質問した。
何かストレスを抱えた時に、声出そうとすることを真司は癖づけていた。
「とりあえず、魔法陣を書くのをやめるところからね」
「・・・なんで?」
この数日間、というか、昨日の練習のおかげで魔法陣を書くのはかなりうまく、早くなったことは自覚している。しかし、それでも一瞬で出せるまでには至らなかった。
しかし、真司は正直これでいいと思っている。
特に、今回の授業は的を壊すことが目標。それならば、まずやることは魔法の威力と飛距離を伸ばすこと。魔法陣のスピードをこれ以上はやくしても、得られるものは少ないと考えるのが普通だ。
ゆえに、真司は純粋にアシロの方針に疑問を抱いた。
「・・・そこからね」
アシロは顎に手を当て空を見上げた。
そして数秒黙り込んだ後、組んだ腕を解いて説明を始めた。
「魔法陣を書かずに展開することの利点は主に二つ。一つ目、魔法を放つ速度が上がること」
アシロは人差し指を立てて、さすがにわかるでしょ、といわんばかりの表情を浮かべる。
魔法に疎い真司でもさすがにそれは分かる。しかし、真司はそれはあまり意味のないものだと考えていた。
そしてどうやら、アシロも同じ考えだったらしい。
アシロは続いて中指を立て、ピースを作り説明した。
「そして二つ目、魔素効率が上がる。こっちが重要。一つ目はそのおまけみたいのもの。魔素効率を上げることによって魔法の威力、飛距離ともに上がりやすくなるのよ」
この情報は初耳だった。そして、真司のイメージと真逆だった。
真司は最初、魔法陣は丁寧に書いたほうが魔法の威力が上がり、それに付随して飛距離が伸びるものだと思っていた。
だからはじめは魔法陣を丁寧に書くことを心がけた。
しかし、それで多少威力は上がったが、それ以上にはならなかった。動じたものかと考えた末、真司が導き出した答えが、単純に自分の持つ魔素量が少ないという結論だった。
そのため昨日は魔法陣の精度を落とし、とにかく数を撃つことに専念した。筋トレをして筋力が上がるように、持久走をして持久力が上がるように、魔法を使い続ければ魔力が上がるだろうと考えて。
「そっか、効率か」
真司は今まで気づかなかったことに目を見開いて驚き、何度もうなずいた。
しかしまだ疑問はある。
「でもなんで魔法陣を書かずに展開すると効率が良くなるの?」
「人が魔法陣を書くとどうしても無駄になる魔素が大きいのよ。特に素人はね。魔素自身に魔法陣を書いてもらうほうが無駄が少ないのよ」
人力より機械のほうが効率がいいのと同じ理屈だ。
また、この世界には『魔法陣芸術大会』というものも存在する。
簡単に内容を説明すると、制限時間内に自分の最高傑作の魔法陣を書き、その魔法陣と魔法陣によって発動した魔法の美しさを競う大会だ。
この大会には毎回多くの出場者、観客が訪れる。
そして彼らは、大会の魔法陣が実用的でないことを十分に理解している。
写真を見ずに風景画を見に来たという感覚に近いのかもしれない。
それがこの世界の魔法陣を書く、いや、『描く』ということだった。
「なるほど。それで、どうするの?」
「口での説明は難しいわ。これは例えるなら、初めて歩けた時、初めて自転車に乗れた時、そういう感覚に近いから」
真司はそう言われて思い返した。
自分が初めて歩いたときのことはさすがに無理だったが、自転車のときはうっすら覚えている。
最初は補助輪を片方ずつ外し、倒れないよう、補助輪の回る音が聞こえないようにバランスをとる練習をした。
いざ補助輪を完全に外すと、すぐに倒れてしまった。後ろから親に支えてもらい、まっすぐに進む訓練をし、そうしているうちにいつの間にか乗れるようになっていた。
思い返してみても、なぜ乗れるようになったのか分からない。
できない人ができる人の気持ちがわからないのは当たり前だが、できる人もできない人のことは理解しがたいというのは少なくないのだ。
真司は、魔法陣を書かずに発動することが自分の思っていた以上にハードルが高いことに気付いた。
そして、いきをふーっと、勢いよく吐いた。
「よろしくお願いします」
そして特訓が始まった。
特訓といっても、それは過酷なものではなかった。
魔法を使う前に手のひらを自分の体の正面に向け、魔法陣が発動するように念じる。
数回やって無理なら、続いて魔法陣を書いて魔法を発動させる。魔法陣を書くときには目をつむり、手を開いて魔法陣を書く。これは魔法陣を書いているという意識を減らすためらしい。
そしてたまに、アシロに魔法陣を展開するときの感覚やコツを聞く。
ただこれだけの繰り返しだった。
特訓を続けているとアシロが話しかけた。
「今日はここで。もう体育館の使用許可時間が過ぎたし、下校時刻でもあるから」
真司は分かったと返事をし、帰る準備をした。いつの間にか体育館には真司とアシロ以外の人影は消えていた。
真司は教室の荷物を取り、帰路に就いた。アシロとは体育館前で別れた。
帰り道、真司は今日の特訓の手ごたえを思い出していた。
結局今日は魔法陣を書かずに展開することはできなかった。それはいい、もともと一日でできるようになるとは思っていなかった。しかし、特に過酷でもない特訓、そして全くつかめなかった展開する感覚、この二つが真司を不安にさせた。過酷でない訓練だから、得られるものは小さいというのは短絡的な発想だが、それに気づけないくらい真司は不安に襲われていた。
何が不安かといえば、このままで自分は本当に魔法陣を展開することができるのだろうかということもそうだが、特訓が長引くことによって、アシロの時間をそのまま無為にしてしまうのではないか。これが特に大きかった。
「いい?初心者が一人でこれをするのは危ないし何より非効率だから誰かと一緒にね」
とは、特訓を終え、体育館でアシロと別れるときに言われた言葉だ。
真司は、初心者が見えや遠慮などによって一人で作業を行い、失敗したところを何度も見たり経験したりしてきた。
だから、アシロに言われたとおり、一人で訓練を行う気はない。
だからこそ、真司は焦る。
「いや待て。何もアシロさん一人に頼る必要はないよな」
寮の前にたどり着いた真司は、ふとそんなことを考え付いた。
真司がいるクラスには40人の生徒がいて、真司はその全員とある程度の面識はある。
さすがに40人全員が一斉に忙しくなることはそうそうないし、先生にも頼ればいい。
アシロに教えてもらったおかげで、訓練方法は把握できたから、最悪マブナのような感覚派の人に見てもらっても、まあ、大丈夫だろう。
「うん。うん。そうだな。そうすればいい」
そう真司は何度もうなずき顔を上げて寮の中へ入っていった。




