15話 人は知らず知らずのうちに環境に適応する
放課後、アミキリ、真司、凛花に加え、宗司、ソウハチ、マブナ、スズキの7人で学校にある自習室で勉強会をしていた。
後半の4人は今日解き終わらなかった課題をアミキリに聞きに来たのだ。
「こんな感じの解き方であってる?」
「そうそう、その場合は魔法陣の重ね合わせの原理を使うんだよ」
「う~ん、まだ違和感があるな」
「今までは一つの魔法陣しか使ってこなかったからね」
「使ってけば慣れるか」
「なあなあアミキリ、こっちの数学の問題ってどう解くの?」
「その式はそのままじゃ解けないから適当な数字を足し引きしていい感じにするんだよ。こんなふうに」
そう言ってアミキリは真司の解いている問題に手を加えた。
「あ~こうするとうまくできる。で、加えた数字は、あとで消えるのか、スゲ~」
その直後、スパーン、という高い音が自習室に響き、真司は頭を押さえていた。
「自習室では、静かに」
静かに、しかしイラつきが含まれた声が自主室の監視担当の先生の口から出てきた。
そして先生はそのまま自分の元いたカウンターまで戻っていった。
「・・・たたく音のほうがうるさいだろ」
マブナは先生のほうを見ながらそうつぶやいた。
「まあ、私たちは注意されるのはこれで3回目だからね」
「私はまだ一回目なんですけど」
アミキリと真司のやり取りの後、宗司は笑いながら席を立った。
「おわったの?」
「うん、全部解けたよ。ありがとう」
「全部解けたなら教えてくれよー」
そういうソウハチの言葉に宗司はあきれながら答える。
「教えてくれって、最後の問題も残り半分でしょ。いまさら何を教えればいい?」
「じゃあさ、こっちの二人の数学を教えてくれないかな。友達でしょ?」
アミキリにそういわれて、宗司は真司と凛花のほうを見た。
真司は笑顔で手招きしていた。
「・・・はぁ、わかったよ」
宗司は再び席に着いた。
「・・・・・・・・やっと終わった」
あれから30分後、7人は学校の正門にいた。
「宗司君は言葉は丁寧だけど教えるのが下手だったね」
「ごめんね、今まであまり人に教えたことなくて」
「じゃあ、宗司はいわゆる天才ってやつだね」
そんな感じの雑談をしながら帰路についている。
帰る途中にある商店街を通ったとき、真司がぼんやり並んでいる商品を眺めているとあることを思い出した。
「あ、そういえばほしいものがあるんだった」
「え、そうなの?寄ってく?」
真司の独り言を聞いていたスズキが「どの店?」と尋ねた。
「いや、今お金持ってないんだよ」
「じゃあ、明日か?」
きょうは財布を持ってきていないのだろうと考えたスズキだったが、そもそも真司はこの世界の通貨を持ったことがない。必要なものはすべて現物支給だ。
「いや、バイトしないとなって話」
「?バイト?バイトってなんだ?」
真司とスズキの話を聞いていたソウハチが聞き返す。
「バイトってないの?・・・えーっと、学生の小遣い稼ぎのためにどこかの店の手伝いをする、こと、かな?そんなようなもの」
真司の質問にみんなは少し考えた。
「学生労働のこと?」「派遣労働のこと?」
そう答えたのはアミキリとマブナだった。
その答えに、みんなは「あ~」と納得したが、宗司と真司はそれが何なのかがわからない。
「・・・たぶんそれ」
しかし真司は字面からたぶんバイトと似たようなものだろうと判断した。
「で?」
「”で”って?」
マブナの質問の意図が分からず、真司は聞き返した。
「どっちやんの」
「あ、そうだな、それって、どう違うの」
「大きな違いは雇用主かな」
真司の質問にアミキリが答える。
「学生労働の場合は働く会社が雇用主で、派遣労働の場合は派遣会社が雇用主かな」
「あ~はいはい。それで、どっちのほうが人気?」
真司は頷き、理解した。制度的には元の世界と大差はないようだった。それを考えると学生労働とやらのほうがこちらとしては有利なのかなとぼんやり考えた。
「半々だよ。働く目的や年齢によって変わる」
目的や年齢によって変わるという意味が分からなかった。
アミキリはそれぞれの大まかな長所を簡単に説明する。
「えっと、学生労働の場合は派遣よりも比較的給料が高い。派遣はいろんな職業を体験できて、自分の好きな時間に働くことができるって特徴があるよ」
要するに、お金を取るか、経験と時間を取るかということらしい。
「へ~そうなんだ。そうだな、お金稼ぎたいから、学生労働にしようかな」
「それなら、明日学校で探してみるか」
「?、なんで学校?」
ソウハチの発言に真司が質問する
「そりゃ、学校で探したほうがいろいろ有利だからよ」
真司の質問に、ソウハチの代わりにマブナが答えた。
「有利?」
学校で探したほうが有利とはどういうことか、真司の疑問を解消するために、再びアミキリが説明し始めた。
「学生労働を探す方法は大きく分けて2通りあって、自分で探す方法と誰かに探してもらう方法とがあるんだ。そして誰かに探してもらう方法の一つとして、学校に探してもらうというものがあるんだ。学校に探してもらう利点としては、その学生労働に採用されやすい、卒業後そこで面倒を見てもらうことができる、同じところで働いている友人の話が聞きやすい、とかがあるから、たいていは学校で学生労働先を探すんだよ」
「へ~そうなのか、じゃあ明日学校で探そうかな」
話を聞くとかなり良い条件に思える。善は急げ、早速明日探しても陽とする真司にアミキリがある提案をした。
「探すときに声かけてくれたら、探し方とか教えられるよ」
今の説明では大雑把なことしか分からかった。実際に見て、そこで教えてもらったほうが、より良い仕事場が見つかりやすいと考え、真司は了承した。
「ああ、わかった。じゃあ明日よろしく。二人はどうする?」
真司は今まで黙って話を聞いていた宗司と凛花に声をかける。
「いや、私はいい。勉強で手いっぱい」
「僕も。特にお金に困ったことないし」
「そっか。オッケー」
7人は途中まで一緒に帰り、途中、一人、また一人と別れていった。
メンバーが凛花、真司、宗司だけになった時、宗司が話し出した。
「加藤」
「はい、何でしょう」
「バイト始めるのはいいんだけど、寮の許可取らなくて平気?」
「そうだね。帰ったら確認しないと」
「そうしたほうがいいよ」
その後、寮務に確認を取ったところ、届け出が必要だったが、それさえ提出すれば許可が下りるとのことだった。
翌日の放課後、アミキリと真司の2人は学生労働先を探していた。
「こんなふうに労働先が学科や隔年ごとに掲示されているんだ」
「あ、そう・・・」
アミキリの説明もあまり耳に入らず、真司は落胆していた。
なぜなら、
「働ける場所、少なすぎじゃないですか。アミキリさん」
「まあ、僕たち1年生だからね。上級生ともなると殺到するんだけど」
そう言ってアミキリが指さした先には3年の掲示板があった。
そこには1年の5倍はある数多の仕事先が張られていた。
「しかも、1年のほう安すぎない?3年のほうは1年の1.5倍から2倍の給料になってるんですけど」
「安くないよ、それが正常。おかしいのはあっちのほう。まあ、上級生ともなるとそれなりに優秀だしね」
「確かに、こっちは仕事内容、肉体労働、単純作業ばかりだしね。自分で探したほうがいいかな」
「いや、それはあまりお勧めできないな」
「なんで?」
「学生労働者が欲しいところはこんなふうに学校に求人を出してるからね。学校が後ろ盾になっている子を取ったほうが何かと便利だから、自分で探す人より学校を経由してきた人のほうを企業は積極的にとるようにしているんだよ。もちろん、すごく優秀なら自分で探している人も採用されるけど、君も全く知らない人より、知っている人からの推薦された人のほうがいいでしょ?」
「そっか。じゃあ、諦めてこの中から探したほうがいいのか」
諦めて目の前の労働先に目を落とした真司にアミキリは別の選択肢を提案する。
「まあ、普通は1,2年生は学生労働じゃなくて派遣労働をする人が多いんだけどね」
「そうなの?」
そう言って振り返った真司にアミキリが頷き、解説した。
「昨日言ったでしょ?派遣はいろんな仕事ができるからまずはそこで自分に合った仕事を探すんだよ」
「なるほど、でも、給料低いんでしょ?」
「平均してって話だよ。いい派遣会社は給料も本来のものと遜色なかったり、給料は低くてもほかの面でよかったりする。選べる仕事の量とかね」
「う~ん、じゃあ、おすすめの派遣会社紹介してよ。ちょっと見てみたい」
「わかった。といっても、この国で一番人気のやつしか知らないけど」
アミキリは親指を立てて了承した後、申し訳なさそうに頭をかいた。
放課後、一度家に帰り荷物を置いてきた真司とアミキリはアミキリが案内する派遣会社に来ていた。
真司は派遣会社内を物珍しそうに見ていた。
「イメージしてたのと違うな。ここは派遣会社っていうより漫画とかでよく見るギルドみたいだ」
真司がそんな感想をつぶやくと、アミキリはこの派遣会社の大まかな説明をした。
「ここは国が運営する派遣会社なんだ。だから公務員の手伝いの仕事もたまに来るんだ。あとここはいろんな飲食店が併設されていて派遣会社に登録している人は格安で食事ができる。その代わり給料は本来の9割になっちゃうんだけど」
「う~ん、申し訳ないけどそれなら俺はここはいいかな」
真司は寮のごはんが食べられるためここにあまり魅力を感じられなかった。
「そっか、でも僕ここしか知らないんだよね」
考え込むアミキリと少し申し訳なくなり、いたたまれなくなった真司がしばらく無言でいると、アミキリがある人を見つけた。
「あ、おーい、カイチー」
呼ばれたカイチはアミキリのほうにパッと振り向き、一瞬驚いた顔をした後、真司たちに向かって手を振った。
真司も手を振るカイチを見つけ、アミキリと真司はカイチの近くに行った。
「カイチ、ここで働いているの?」
「ああ、いろんな仕事を体験したくてね。ここなら珍しい仕事もできるし。君たちもか?」
「ああ、それが真司がお金を稼ぎたいっていうからいいところを一緒に探しているんだけど、なかなかいいところがなくてね。ちょっと困ってたんだ」
それを聞いたカイチはとつぜん冷めた目で真司を見ながらため息をついた。
「それはお前が贅沢者だからだろ」
カイチはそれだけ言い捨てると仕事を探しに行った。
「・・・ど、どうする?ほかさがしに行く?」
急なカイチの態度の変化にアミキリは気まずくなり空気を換えるべく、ほかをあたることを提案した。
「いや、ここにするよ」
(・・・贅沢、か)
しかし真司はそれを拒否した。
真司は元の世界のことを思い出した。貧しく、しかし充実した日々。お金のことで何度も謝る母。それが嫌だったはずなのにいつの間にか自分も同じようになっていた。
真司は、カイチの言葉をかみしめ、ここで働くことを決意した。
「そう、じゃあ、登録しに行くか」
「わかった」
真司とアミキリの二人は派遣会社の登録をするために奥の受付に向かった。
「こんにちは。新規登録の方ですね。それではこちらに必要事項をご記入ください」
受付の女性に促され、真司は用紙に必要事項を記入した。
女性はその紙を受け取ると、次に手形が彫られている板を取り出した。
「ではこちらに手を置いてください」
「これは?」
「こちらは登録用紙に書いたことに偽りがないか、お客様に犯罪歴がないかを調べるとともに、お客様のステータス画面にこちらからアクセスするための回路を刻むためのものになります。何か、不安なことはございますか?」
「いえ、大丈夫です」
そういうと真司は板に手を置いた。
すると板は数秒、淡く光り輝いた。
「はい、ありがとうございます」
「終わりですか?」
「はい、それでは説明いたしますのでステータス画面をお開きください」
真司はステータス画面を開き、下のほうにある新しく追加されたアイコン『海国派遣』を開くよう念じた。
海国派遣を開くと、名前と『低級』のもじ、そしていくつかの仕事が掲示されていた。
「そちらにはあなたが現在受けることのできる仕事が表示されます。受けられる仕事内容は等級によって異なり、低級の場合ですと手伝いのようなものがほとんどとなりますね」
「すみません」
「はい」
「その、『低級』とはいったい、」
「等級は、国が定めているその人の実力の指標のようなものです。上から『高級』『上級』『中級』『下級』『低級』となります。当社では月に一度試験があり、その試験に合格すると上の等級へ上がることができます。試験日時はあらかじめ通達されます」
「なるほど。ありがとうございます」
登録を済ませ、真司はアミキリのところへ戻っていった。
「どうだった?」
「意外と簡単に済ませられたよ」
「それはよかった。何かいい仕事ありそう?」
そう言ってアミキリは真司のステータス画面をのぞいた。
「うーん、結構いろいろあるね」
「せっかくだし、明日にでもやろうと思ってるよ」
「そっか、がんばれよ。じゃあ、用も済んだし帰るか」
二人が外に出ると、もう空は赤く染まっていた。
「じゃあ、また来週」
「じゃあね」
そうして二人は国営派遣の前で別れた。
寮に帰り夕食を済ませた後、真司は仕事の時間を確認し、自分の予定と会うものを探していた。
仕事内容は、食器洗いや倉庫整理、ペットのおもりやデータ入力など、元の世界でも見慣れたものばかりだった。
これならばこの世界に来たばかりの自分でもできると真司は安堵した。
ちょうど明日は休日なため、明日募集している仕事を選択した。
この世界に来るまで、社会人として働いていたのに、明日の仕事に対して、妙な緊張感があった。まるで、自分が本当に学生の頃に戻って、初めてのバイトをするような気分だった。
そんな久々の緊張を楽しみながら真司は眠りについた。




