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4話 紅連家のお嬢様

 律とひなたの親子は紅連家の領地を目指してひたすら歩いた。氷陣家の領内から抜け出した後は村や街を通りかかる際には、日雇いの仕事をして路銀を稼ぐ事もあった。律もひなたも着ている物こそボロボロで半ば浮浪者のような状態であったが、仮にも四雄家の人間だった律は仕草や雰囲気が他の人間とはあまりにも違う。同じく日雇いで生活をしている層の人間達からも当然奇異な目で見られたが、それ以上の事は何も起きなかった。彼らもまた色々と訳ありの人間ばかりだったので、個人の事情に関してはお互いに追求しないのが暗黙の了解であったのだ。

 氷陣家を出てからは、ひなたも姓を母と同じ「桜風」と名乗った。おかげで周囲の人間からは何となく「明らかに一般人では無い」と思われつつも、氷陣家の人間だと気づかれる事は無かった。

 そして、出奔から二月ほどの時間をかけて紅連家の領内に到着する。


「これは・・・・・・」


 紅連家の領内は今まで自分が暮らして来た氷陣家の領内とは明らかに様子が違っていた。周囲に建ち並ぶのは西方式の先進技術で建てられた鉄筋製の建物であり、行き交う人々も服装も西方由来の西服、日天国伝統の日服、そしてその両方のデザインを取り入れた物まで様々だ。 

 また、既に時刻は日没を過ぎているが、あちこちに設置された街灯が辺りを照らしているので眩しい位である。

 

 (帝の意向で西方の技術を取り入れた近代化を国全体で進めているのは知っていますが、この街は明らかに他の地域とは一線を画していますね。これも紅連家の当主の力でしょうか)


 ここまで近代化が進んでいる街が他にあるとすれば、首都である帝都位だろう。

 

 煌びやかな街並みにどこか自由さを感じられる人々の姿と、ボロボロの服を纏った浮浪者の様な自分の姿を見比べて律は苦笑する。着ている着物は本来は氷陣家の者にふさわしい高級品であったはずだが、この二月程の流浪生活ですっかり無惨な姿になっていた。 

 どこか落ち着く場所を見つけないと、そう思い歩き出そうとした時だった。


「うっ・・・・・・!」


 突如眩暈に襲われ、律はその場で倒れた。


「かあさま!」


 ひなたが傍に駆け寄る。 律の身体を揺すって起こそうとするが反応は無い。 


「かあさま! かあさま! 誰か! 誰か!」

 

 行きかう人々は通り過ぎる際に一瞬目を向けるが、止まることなくそのまま歩き去ってしまう。 浮浪者同然の姿である二人に手を差し伸べる人間など居なかったのだ。

 ひなたの紅い目に涙が浮かぶ。その時だった。


「おい、お前!」


 急に声をかけられたひなたは後ろ振り向く。

 そこには上等な西服に身を包んだ、明らかに上級階級と思われる少女が立っていた。年齢はひなたとそう変わらないように見える。


「ぼく・・・・・・?」

「そうだ、お前だ。お前、面白い髪と目の色をしているな」


 少女はひなたの顔を興味深そうに見つめている。


「ウチには西方人が何人も訪ねて来ているが、髪の色は金色で目の色は青い。お前の髪は銀色で目の色は赤い! お前は一体何人だ? どこから来た?」

「え、えっと・・・・・・」

「そもそもお前は男か女か? 顔は女に見えるが、自分の事はぼくって言ってるし!」

 

 いきなり捲し立てるように質問を浴びせかけて来る少女に、ひなたはただ困惑するばかりである。

 

 「倒れているのはお前の母親か?」

 

 倒れている律の姿にようやく気付いたのか、少女の問いかけにひなたは涙目で頷く。


「助けたいか?」

「助けてくれるの?」

「ああ。その代わり、お前は私の家来になれ!」

「えっ」


 突然の見知らぬ少女からの提案。ひなたはますます困惑する。


「なるか? ならないのか? お前の母親を助けたくないのか?」


 この少女が一体何者なのか、それすらもわからない。 だが、唯一頼れる存在である母親が命の危険に晒されている以上、ひなたに選択の余地は無かった。


「なる! 家来になるからかあさまを助けて!」

「よし、いいだろう!」


 少女は満足そうな笑みを浮かべると、すぅっと息を大きく吸い込んだ。


「じぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 空気を揺るがすような声で叫ぶ。 ひなたは思わず耳を塞ぎ、往来していた人々が一斉に視線を向ける。


「お嬢様、ここに居らっしゃいましたか」

 

 どこからともなく、初老の老人が現れた。音も立てずにまさに突然湧いて出たと言った方がいいだろうか。どうもこの少女の家に仕える使用人らしかった。


「じいや! こ奴とそこに倒れているこいつの母親を屋敷に連れて行くぞ!」

「お嬢様? 一体何をおっしゃってるのです?」

「こ奴は私の家来になった! だから連れて行く!」

 

 老人も困惑している。当然である。今のひなたと律は、誰の目から見ても行き場を失った浮浪者にしか見えないのだから。


「お嬢様、それはなりません。このような者達はお嬢様が関わっていいような・・・・・・」

「連れて行かないと、ここで裸になって『変態じいやに服を脱がされた!』って大声で泣くぞ!」

「鬼ですか!?」


 突如目の前で漫才を始める主従を前に、ますますひなたは頭が混乱していた。周囲の人々の様子を見ると、クスクスと笑っている者もいれば「あーあ、またやっているよ」と、半ばあきれ顔のような表情を浮かべている者もいる。どうやらここの住民にとっては見慣れた風景らしい。


 その後も少女と老人は幾ばくかのやり取りをしていたが、少女の方が自分の服に手をかけて脱ぐような仕草をし始めると老人の方が慌てて止めて、諦めたかのように倒れている律の身体を背負った。


「こっちだ! ついて来るがいい!」


 勝ち誇った表情を浮かべた少女の後をひなたは母を背負った老人と共について行く。行きかう人々が足を止めてその様子を眺めていた。


「ここだ!」


 辿り着いたのは巨大な門がある屋敷である。日天国本来の技術で建てられた屋敷と、西方式の館が二つ並んでいるのが確認出来る。かつてひなたが暮らしていた氷陣家の本宅よりも遥かに大きいだろう。

 その広さに圧倒されていると、少女がひなたの方へ振り向きながら言った。


「ようこそ! 紅連家へ!」


 彼女こそ紅連家の令嬢、紅連聖(こうれん ひじり)であった。

 

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