表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/82

第71話 集中は無理




 「でも、楽しいから問題なーし」


 クスッと華奢に咲かせた笑顔に、負の感情はなかった。嘘偽りの不満。吐き出すこともないほど、それは皆無だったことに、ほんの少しだけ安心感が。


 「そうじゃないと、この顔の塗料が無駄になるしな」


 触覚を、適当に刺激して顔面に違和感を与え続けるそれは、不快だとしても、それが楽しい一連の流れで受けたものだと思えば、幸福だった。


 指先で少し拭い、保湿パックを施したかのような違和感に、思わず見て微笑む。こんなこと、今までなかった。家族は常に父が側に居るだけで、兄も姉も弟も妹も、誰もが俺の本懐を打ち壊した。


 一緒にこんなことが出来たら良いな。ああいうことしたいな。これはちょっと……。という、喜怒哀楽を身内で感じたかった。


 そんな思いが、未だに微かに残る俺に、まるでその救済かのように家族となった早乙女さん。俺は、口では興味もなくて、そんなに気にすることでもないと、豪語するように漏らしていたが、今はそうも言えない。


 いつの間にか、ホントにいつの間にか、心配をしては、頭の中で早乙女澪が駆け巡り始めた。「家族だから」と言って、それに甘えて振り回され、背中を追い始めると、俺は今に辿り着いていた。


 頭の片隅に、不思議と常に居る早乙女さん。幽とは違う、特別な何かが。


 「早く終わらせないとね。こんな遊んでたらいつまで経っても終わんないよ」


 真夏の風鈴のように、勝手に耳に響けば心地良さを与える声音が、俺のそんな溶けた脳みその全てを現実に引き戻した。目の前も見えなくなるほど、思い耽っていたようで、どことなく恥ずかしさが芽生えたのを自覚した。


 「……楽しいことには熱中するタイプだから、やる気が起きないんだよな」


 「やっぱり、楽をしたいのが人間だから、そう思うのも仕方ないよね。私も何か楽しいことあったら、絶対集中出来ないもん」


 「家でも学校でも、変わらず仕事は捗らないな。むしろ家での方が捗らないと思ってるけど」


 2人で作業するのは、どこでも同じだ。学校では、今日が偶然早乙女さんの部活が休みだっただけで、明日からは1人だし、2人だとしても、隣の教室に2人だけ。集中出来ないのだ。


 でも、人が来る可能性がある分、学校の方が集中は出来る。家では絶対に怠惰の片鱗を見せ、いつの間にか巫山戯て遊んで、お面を壊したり、間に合わなくなることだってある中で、少しでも集中しないといけないと分かっているが、どうも甘えたい自分が居る。


 「この仕事になったのも、いつもこうやって楽しんでるからなのかな」


 「と言うと?」


 「私は七夕くんと家族になる前までは、意外と退屈してたの。だけど、今はそんなことないし、幸せは結構貰ってると思ってる。だから、その分面倒な仕事をさせられてるのかなって」


 白から赤へと変化した、筆先の塗料。栄養失調のお面を製作しながらも、淡々と答えた。


 「でも、思えばこれも、七夕くんと笑い合える時間と思えば、正直そんなに苦じゃない。ただ……部活で一緒に活動出来ないのが難点なだけで」


 一度口ごもるが、何事もなかったかのように繋げた。作業は止まらず、「あっ」というような相好の変化すらも、驚きの表情変化に乏しいわけもないだろうに、全くなかった。


 何かに気づいたように口ごもったのは理解しているが、その奥へと、俺が暗闇の中へ入る資格はなかったらしい。


 「それはそう。俺も、器用に1人で何もかもを出来る万能な人間じゃないから、早乙女さん居ないと結構困る。休み時間とか、昼休みに少しでも完成に近づけれればいいけど」


 なにも放課後だけが作業時間じゃない。学校に足を踏み入れていれば、いついかなる時も作業は可能だ。いや、流石に授業中は無理か。


 「まだ期間はあるし、大きいけど描き終えることは出来そうだから、今から焦らなくても良いと思うよ」


 「完成の未来見えてるのか?」


 「大まかにだけどね。そもそも間に合わないなら、文化委員の2人が足してくれるだろうし、気にしてないよ」


 俺たちよりも無理難題を強いられてる係は存在する。しかし、暇を持て余す人も存在する。その暇を持て余す人材が、俺たちのサポートに回るのも必然的だろう。


 色彩的に、そんなに種類はないし、ベタ塗りで許可をされているため、塗ることに上手い下手は関係ない。看板には、ここにこの色ですよ、と、シャープペンシルで薄く色の指定もあるので、間違えることもない。簡単で、誰にでも出来る作業というわけだ。


 「よし、お面は取り敢えず完成させようか」


 「遊んだ後に気合も何も入らないけどな」


 「だよね。もう寝て、また明日からっていうのを、あと1週間は続けたい」


 「1週間後には、あと1週間延長って言ってる未来が見える」


 「バレた?」


 「そういう性格だしな」


 間違いない。誰よりも、今の早乙女さんを知っているのは俺だと思う。心を許し合い、拠り所としてお互いが寄り添っている。そんな俺たちに、性格のことなんて手に取るように分かる。


 錆びついた過去を研磨して、俺たちは俺たちのペースで距離を縮めている今、分からないことはほとんどなかった。


 しかし、その少ない不明点が、何よりも大きくて気になって、動悸を激しくするだけの材料なのは、どうしても拭えなかった。

 少しでも面白い、続きが読みたい、期待できると思っていただけましたら評価をしていただけると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ