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第58話 今後




 「一件落着か。助かった、幽」


 「いえいえ。顔を殴られた人に比べるとこれくらい何ともないよ」


 殴られた左頬を触りながら、痛みに耐えて立ち上がる。私は洋服が微かに乱れていたのを直し、安堵の息を吐き出した。


 「早乙女さんは大丈夫か?」


 この場で誰よりも大丈夫ではない人からの心配。申し訳無さが胸にあるが、私は素直に答える。


 「うん。助かったよ。ありがとう。殴られたのは大丈夫?」


 「痛みはあるけど、寸前で威力を弱めたっぽいし、そんなに長続きする痛みじゃない」


 「後ろから見てるだけでも痛かったし、本人は相当でしょ。よく受けたね、あれを」


 「ああするしか方法は見つけられなかったんだよ。幽こそ、よく動画を撮ってたな」


 「何となく、そうした方が良いかなって思ってね」


 写真は頼んだけど、動画までは頼んでなかった様子。咄嗟の判断で、八尋先輩の裏を残せたのは大収穫だ。私はただ別れ話をして、2人に迷惑をかけてだけなので、達成感も何もない。けど、これ以上の迷惑をかけないことには、少しばかり安心感を抱いた。


 「それじゃ、後は姉さんに任せようか。澪も、いつまでもそこに座ってないで帰るよ」


 「う、うん」


 未だに一件落着したことが完全に受け入れられないけど、目の前で起きたことが現実であることは分かる。実際自分が襲われる立場というものになると、混乱して何もかもが理解不能になるのだと初めて学んだ。元父は私に厳しく、愛情の欠片も見せなかった。けれど、暴行はそこまでなかった。だから腕に残る握られた感覚や、腹部に残る触れられた気持ち悪い感覚は、まだ拭えそうになかった。


 「よーし、ってことで姉さんに任せろー」


 「寧先輩?」


 「やっほー、早乙女ちゃん。色々と大変だったね。後処理は完璧にするから、今は風帆くんと霊と帰って、ゆっくりしな」


 久しぶりに会話する寧先輩。同じ部活に所属していながらも、生徒会の激務により部活に滅多に顔を出さないので、前までの話し方を忘れていた。


 「これまた派手に気絶しちゃってるね」


 「ムカついたから少し強めにやっちゃった」


 「それくらいが普通っしょ。こいつは今から、私が激務の合間を縫って対応する。3人はゆっくりお帰り」


 「ありがとうございます」


 「殴られたとこも冷やしとくんだよ」


 「もちろんです」


 そうして私たちは、寧先輩をカラオケ店に置いて出た。外はまだ明るく、本当なら今より50分後くらいに出るつもりだったけど、そんなことも意味がなくなった。


 私は解放された。あの忌々しい男からも抜け出せた。いや、正直言うと、もうなんの感情も抱いてなかったけど、それでも離れられたのは大きい。


 私にも落ち度はある。八尋先輩の気持ちを知ろうとせず、ただ心の隙間、拠り所を埋めてくれたからと付き合うことを承諾してしまったのだから。でも、私は悪気はなかった。楽しかったし、幸せだとも思ったから、それが好きなんだと思ってた。けれど、実際は違った。


 私は八尋先輩を好きではなかったらしい。隙間の穴埋め、それが出来たのを勘違いしただけの、都合のいい女だった。今回は奇跡的に相手がクズの権化だったから良かった。しかし、もしも相手が違ったら。七夕くんだったなら、私は心底嫌悪感を抱かれるだろう。


 私は好きを知って、交際をするべきだ。当たり前のことだけど、この空いた穴と勘違いせず、好きだと自覚出来るまでは、私に交際する資格はない。愛情を求めるのは間違いではない。けど、それで相手に迷惑をかけるのは間違い。


 知るべきだ。そうしないと、交際せずとも迷惑をかけてしまうかもしれないのだから。


 「どこか痛みを感じるとこは?」


 考え込んでいた私に、隣からそっと優しく声をかけてくれる。唯一の弟であり、最近出来た弟。家族として大切にしている彼の声は、とても心に響く。


 「ないよ。暴力は振るわれてないからね」


 「そうか。だったらまだ良かった。最悪殴られたり、蹴られたりしてるのかと思ってたから、少しだけ安心した」


 けれど抱いた憤怒は消えないようで、目に生気がないように見えた。深く聞いてこないのも、私が言いたくないこともあると知ってるから。他人に興味がないからこそ、詮索にも興味がない。深く聞かれたくないからこそ、他人にも聞かない。徹底された性格は、性根の良さを私に教えた。


 「私が変装して行けば良かったかな?」


 「身長も顔も全然違うから無理だよ」


 「性格もな。幽はすぐキレるから、カラオケ店内入っただけで殴りそう」


 「ド偏見」


 あながち間違いではない気もする。自分は自分で守れるからこそ、常に上から対応出来るのかもしれない。私も何かしらの護身術を身につけるべきか。


 「澪も、これで色々と反省するべき点も見つかっただろうから、教訓として次は変な男に引っかからないようにね」


 「うん。2人には迷惑をかけたよ。本当にごめん」


 今は恋なんていらない。こんな被害を受けて、する気も起きない。それに、私の拠り所は家に帰ればいつだってある。今も隣に、痛みを堪えて立ってくれている。


 「反省したならよろしい。私は家に帰るから、後は2人で家に帰ってゆっくりしなよ。せっかくの休日なんだし」


 「そうだな。早乙女さんに必要なのは、反省の前に心の癒やしだな。ありがとな、幽霊さん」


 「いえいえー」


 別れ際、両手で私たちに手を振り背を向けた霊。私は胸に感謝の念を抱いて、七夕くんとともに帰宅した。

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