第47話 過去
結局カラオケ店には、情報収集という必要なことをしに行っただけで、カラオケ店らしいことは全くしなかった。寝ると言って2分で眠りについた幽先輩も中々だったが、その妹は1分も必要なかった。睡魔にはとことん弱い姉妹らしい。
そんな昨日の出来事を思い浮かべながら、あまり寝付けなかった俺は、朝5時半という普段では考えられない時間に起床していた。
7時にかけていたアラームを解除し、寝惚け眼を擦りながら扉を開ける。そしてすぐ目に入るのは、リビングの椅子に座ってスマホを触る可奈美さんだ。
仕事に行くのはまだ先。俺とは違い、この時間に起きてるのかと、生活習慣の違いを見せつけられてる気分だ。朝活をするわけでもなさそうだが、目はパッチリと開いていた。
「おはようございます」
「あら、おはよう。今日は珍しく早起きね」
気配にも気づかないほどスマホに夢中だったのか、驚きの表情で俺のアホ面を眺める。
「はい。早めに覚醒しちゃって」
「そう。私も同じ歳の時はよくあったわ。悩み事とか、ストレスとか、何か懸念することがある日は毎日早起きだったもの」
「そうなんですか」
椅子に座ることなく、冷蔵庫に直行してお茶を手に取る。自分専用のコップに注ぎ、未だ暑さの残る朝に、冷えた液体を流し込むことで対抗する。遮光カーテンからほんの少し顔を覗かせる陽光は、まだ頭を出したばかりの太陽の熱として伝わる。
「当たり前じゃない。学生なんて心も体も成長途中。そんな時に壁にぶつからない人はいないもの。私は結構それを経験して来た身だから、なんとなく、風帆くんも悩みがあるから起きてきたと思ってるわ」
手元に置かれたコーヒーを一口飲み、俺の心を見透かしたようにニコッと笑う。それに惹かれてか、俺はゆっくりとリビングの椅子へと向かって座った。
「悩み事というほど、悩んでることではないですよ。少し気になるだけです」
「それを悩み事って言うんじゃない?」
そうなのだろうか。実際、解決策を探すほど頭は答えを求めてない。理解も出来てるし、悩みとまでは行かない気もする。いや、気がするだけで、気がすることは悩み事なのか?
「どうでしょう。そうかもしれません」
「悩みに悩む学生。懐かしいわ。私にもそういう時期あったもの。しかもそういうのは、自分にとって大きな変化が起きた時に起こるものだったわ」
過去の自分を思い出しながら、淡々と共感をする。
「多分だけど、澪のことで悩んでるんでしょ?」
ドキッともビクッともしなかった。ただただ凄いと、勘に頼っただけで正解へと辿り着いたことに驚いた。
「早乙女さんが悪いことは何もなくて、俺も実際悩んでるわけでもないんですけど、少しだけ――」
気になる。
「苦労すると思ってたわ。澪は感情表現が苦手な子でね。何をしても素直になることが出来なくて、その代わり拗ねるか拗ねないかで教えてたの。元父で私の元夫は、そんな澪にきつく当たり続けるから、どんどん澪の感情表現の出し方を奥へと隠しこむように追いやってた。本当は甘えたくて気づいてほしかったのに、それを無下にされたから、澪はいつの間にか甘えることを忘れたように、元夫と口を聞かなくなったわ」
子供ならほとんど通るだろう道だ。親に気づいてもらいたいからと、自分の不満を口には出さない。それを日々のストレスから嫌悪した元父が、早乙女さんを閉じ込めた。俺の元母とはいい勝負するかもしれない。
「でも、早乙女さんは天真爛漫な人ですよね?いつからそんな性格になったんですか?」
「復讐って言ったら聞こえ悪いけど、元夫への不満を高校入学と同時に吐き出すように、あの性格になったんだと思うわ。中学までは暗くておとなしかったあの子も、自分らしく楽しく元気に生活したいって、そう思ったんだともね」
「聞くと今の早乙女さんらしい気もします」
「そんな澪は今多分、勢いが凄いでしょ?風帆くんと仲良くなるんだって、毎日聞いてるもの。だから、それに押されることもあるだろうけど、嫌だと思わず正面から付き合ってあげてほしい。悩みが澪の勢いじゃなくても、あの子と血の繋がった親として、血の繋がってない家族にも認めてもらいたい気持ちは強いの。だから、その悩みが解決したら、あの子とも距離を近づけていってほしいわ」
少し前の俺なら図星だった。今は少し先というか、もう解決までの道のりを歩いているとこだから、ハズレなのだが、ハズレとも一概に言えない。実際何度も悩んだことだ。距離の詰め方や広さ、それらは俺に難題として降り掛かっていた。
早乙女さんの過去は全く知らなかった。だから今までの行為になんとも思わなかった。俺らしく当たり前の接し方でいいのだと。でも、今は違う。実の親から過去を聞いて、八尋先輩と付き合った理由や幽から聞いた理由。それらから推測した結果は、早乙女さんが求めるものは、人と触れ合うことの楽しさと幸せを知ることだ。
昔から父親に愛情を貰わずに育った寂しい過去がある。これが決定打だ。人と付き合うことについても理解が低く、理由がただ私と仲良く話してくれたからというのは、違和感でしかなかった。だからやっと辿り着けた気がした。
そういうことだったのか。
「俺は早乙女さんとの距離は縮めたいと思ってます。早乙女さんほど元気を貰える人は少ないですし、何よりも家族ですから」
家族として。いや、家族という括りがなくても、この過去を聞けば、俺は動いたはずだ。
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