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砲艦外交の失敗

西暦1947年(昭和22年) 4月2日 昼 アルムフェイム大陸 フェアリー王国 ブンギス



「あれが噂の船か。確かに大きいな」



 近くの町で『巨大な船がブンギスに現れた』という話を聞いてやって来たドワーフの男は、感心した様子で沖合いに浮かぶ巨大船──『愛宕』の姿を見つめていた。



「しかも、あれは鉄で出来ている。確かに船体のバランスによっては鉄で出来た船でも水に浮かぶことは出来るだろうが、あれを1隻作るまでにどれ程の労力と金を掛けているんだろうな」

 


 ドワーフは“職人種族”と言われるほど亜人族の中でも特に物作りが得意な種族であり、それが物作りに必要な知識ならば例え毛嫌いしている人族が提唱した理論であろうとも新しい理論を平然と受け入れることもある程、物作りに関する意欲は貪欲だ。


 それ故に、他所の文明圏から知識を仕入れることにも抵抗はなく、鉄で出来た船もバランスを上手く調整することが出来れば水に浮くことが出来ることも知っていた。


 しかし、それを実現できるかと言われると、また話は変わってくる。


 そもそも鉄の船を作るためには膨大な量の鉄が必要であり、幾ら物作りが得意なドワーフと言えど、それほどの量の鉄を作るのは困難だ。


 実際、ドワーフの国であるカレドニア王国でも鉄の船はたったの5隻しか存在しておらず、しかもその大きさはあの巨大船(愛宕)よりも遥かに小さい。


 そして、もう1つ男が目を引いたのは、あの巨大船(愛宕)には帆がない事だ。


 これは第一や第二文明圏に存在し、更に最近では第三文明圏のとある国でも実用化されたという蒸気機関のような自力で動ける機関を積んでいるという事を意味している。


 ということは──



(あの船の持ち主の所属する国家は産業革命が起こった国家だということか。いやはや、これは凄い国家が現れたものだな)


 

 産業革命。


 それは職人種族と言えるドワーフにとって天敵とも言える社会現象であったが、意外なことにドワーフ達はそれを拒絶することはなかった。


 ドワーフという種族は例えどんな手で作った代物であっても、それが良いものならば称賛するというポリシーを持っていたからだ。


 加えて、工場で大量生産を行うことで品物が安くなって品質も時代を経る毎に向上していったとしても、工場を動かすのに掛かる費用が馬鹿にならない以上、品物を大量に生産し、尚且つその生産した品を大量に売らなければ元が取れないと考えられており、それ故に少数生産に限る品物に関しては職人の手で作られるという体制は変わらないので、自分達はその市場を独占する為に技を磨き続けるというのがドワーフ達の出した結論だった。



「どんな目的で来たかは知らないが、俺達の国にも来てくれねぇかなぁ。そしたら、喜んで歓迎してやるんだが」



 ドワーフの男がそう言いながら、『愛宕』が自分達の国にやって来てくれることを期待する。


 ──しかし、その直後、『愛宕』の鐘楼上部が爆発し、発生した黒煙が艦橋付近を覆い尽くした。




















西暦1947年(昭和22年) 4月3日 未明 日本皇国 皇都・東京 某所 転生会 会合



「──それで、『愛宕』はどうなったんですか?」



「一応、沈んではいないし、航行も可能なようだ。だが、死者35人、負傷者85人。おまけに艦長と同行していた外交官が死亡して艦橋付近は吹っ飛んだらしいから、決して軽い損害では無さそうだけどな」



 今回、緊急で行われた転生会の会合に参加していた会員の1人の問いに対し、会長である蛯谷は現在分かっている限りの情報を話す。



「いったい何が有ったんです?」



「ハイエルフだ」



「は?」



「今日、いや、もう昨日か。数人のハイエルフが突如として愛宕を訪れたらしい。それで艦長と外交官が艦長室に招いて対応したらしいんだが、それから少し時間が経った時、いきなり艦長室が吹き飛んでハイエルフが暴れ出したとのことだ。もっとも、なんでそんなことになったのかは応対していた艦長と外交官が死んでしまった事もあって分からないようだがな」



「・・・なるほど。それでハイエルフの方は?」



「少なくとも、艦を訪れたハイエルフは全員射殺したらしい」



「・・・不味いですね」



 経緯はどうあれ、これは重大な外交問題であり、本来なら事件終結後、すぐにフェアリー王国に対して弁明と抗議を行わなければならないのだが、今回、『愛宕』は事件終結直後に現地を離れてしまっている。


 まあ、その行動を取った理由が『ハイエルフとの戦闘で通信室が壊されたせいで長距離通信が出来なくなってしまったから』なので、一概に愛宕の副長(艦長が戦死した為、臨時で指揮を受け継いでいた)を責めるわけにはいかないのだが、この行動とハイエルフが『愛宕』の艦内で殺されたという事実はフェアリー王国側に『ハイエルフを招き入れて殺害して、逃げ帰った』と見なされてもおかしくはなく、外交上かなり不味い。



「とは言え、『愛宕』の乗員を責めたって仕方あるまい。彼らは彼らで状況が把握しきれていない中、精一杯やったのだ」



「ええ、それは分かっています。しかし、これで少なくともフェアリー王国との外交関係はゼロどころか、マイナスになったのは確かです」



「いや、それどころか、アルムフェイム大陸全体との外交関係にも影響するかもしれないぞ。なにしろ、ハイエルフはエルフだけではなく、ダークエルフを除いた全ての亜人族に崇拝されているらしいからな」



 そう、この世界の亜人族は狩りの対象にされてきたダークエルフを除いて、大なり小なりハイエルフを崇拝している。


 その崇拝加減がどの程度のものなのかは転生者達にも分からなかったが、仮に日本の天皇と同じ程度だとすれば、フェアリー王国はもちろん、アルムフェイム大陸全ての国家との外交関係が悪化するのは間違いない。



「ちっ。だから第六文明圏への砲艦外交には反対したのに」



 転生者の1人がそんな悪態を口にする。


 元々、転生会としては今回の砲艦外交計画には反対の立場だった。


 理由は2つある。


 まず1つ目は核兵器が使えないこと。


 この世界はダークエルフの説明によると、“星の意思”とやらが働いているらしく、直接的に星の生態系を破壊しかねない毒性の有るエネルギーは科学・魔法共に人体に悪影響を及ぼさないところまで軽減、あるいは無効化されるようになっているらしい。


 その為、原子力発電所やレントゲンは無事機能するものの、生命全体に直接的な打撃を与えるように作られた核兵器は使用不可能になっており、試しにとある遠方の海域で核実験を行ってみたところ、核爆弾の起爆に必要な核分裂反応が全く起こらず、他の爆弾で試してみても結果は同じだった(ちなみに余談だが、後日、毒ガスを含めた化学兵器の実験を行ったところ、爆発で飛び散った有毒ガスが全て無効化された事が確認されている)。


 これは日本が核の傘の恩恵を受けることが不可能になったことを意味しており、前世でアメリカの核の傘の傘下に居た日本で育った転生者達としては不安に思わずにはいられなかったのだ。


 そして、二つ目は日本の国力及び軍事力が本調子でないことだ。


 そもそも今の日本にはあらゆる物資が不足している。


 特に油に至っては、まだ日本全体を賄うほどの量が供給されておらず、比較的油の配給で優遇されている筈の軍ですら油に余裕がなく、海軍に至っては戦艦がこの一年間、全く動かせないという有り様だった。


 こんな状況ではとてもではないが戦争など出来はしないので、戦争になるリスクは極力排除すべきというのが転生会の総意だったのだ。


 しかし、政府の許可を得たとは言え、アルムフェイム大陸の貿易を転生会関係の人間が独占しているというのは事実であったので、転生会もあまり強くは反対できず、結局、政府が折れたことで転生会もその方針に追従するしかなくなってしまい、今回の計画は実行に移されたのだが、結局、転生会の予想通り、いや、予想の斜め上を行く最悪な結果になってしまったというのが現実だった。



「今さら言っても仕方あるまいよ。それより小村君を引き上げさせよう。本人的には不満だろうが、こうなってしまった以上、あの大陸に留まらせるのは危険すぎる」



「はい。それと今回の計画を推進した者達が『愛宕』の乗員に責任を擦り付ける可能性が有りますので、軍と連携してそれを阻止する必要が有りそうですな」



「そうだな。そして、そうなれば政府と軍部の関係が悪化する危険がある。この時期にそれは不味い」



 現在、軍部は先の戦争での敗戦のショックによって転移直後の軍縮を素直に受け入れていたが、今回の事は政府からの命令の結果であり、その失敗を自分達に全て擦り付けようとすれば流石に怒るだろう。


 この国難の時に政府と軍部の対立など冗談でも有ってはならないので、もしそんなことをやろうとする人間が居れば、蛯谷は持てる政治力を使って容赦なく粛清するつもりだった。



「それとアルムフェイム大陸については取り敢えず放置だ。今はどんな対応を取ろうが、薮蛇になりかねないし、もし弁明の使者が殺されたりすれば世論が沸騰しかねない」



「そうですね。しかし、ダークエルフを使うという手も有りますよ?」



「・・・いや、止めておこう。余計なことをさせて諜報網の方に打撃を受けたら堪らん。ダークエルフには普段通りの活動を続けさせよう」



「・・・分かりました。では、私からそのように伝えておきます」



「頼んだぞ」



 かくして、転生会の方針は決定した。

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