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早まる計画

西暦1947年(昭和22年) 2月5日 午前10時20分 日本皇国 皇都・東京 防衛省 


 日本の軍部を統括する防衛省のとある部屋。


 そこは軍高官が集う防衛省の職員の中でも最上級の者のみが使うことを許された部屋であり、万が一にも盗聴などをされるなどといった事態は許されないことから、憲兵隊の隊員が直々に掃除をするといった決まりが存在する。


 そして、現在、その部屋では防衛大臣・堀悌吉と統合作戦本部長(自衛隊で言うところの統合幕僚長のような役職)・山本五十六元帥が自分達の古巣である海軍に関してのある話し合いを行っていた。

 


「ふむ、砲艦外交による示威行動か。そう言えば、前に転生会の人間からそんなことを聞いたことがあったな」



 山本は堀から渡された『アルムフェイム大陸砲艦外交計画』と書かれた書類を読みながらそんな言葉を口にする。



「しかし、聞いた話じゃ最低でもあと1年以上は先、それも相手は第5文明圏だった筈だが?」



「予定が変わった。どうやら政府は早く他所の国の市場に進出したいらしい」



「・・・そんなに経済の方が不味いのか?」



 堀の言葉に、山本はそう尋ね返す。


 この世界の日本では転生会の方針によって軍の教育課程に経済についての講義が付け加えられており、史実大日本帝国で見られたような国内経済を無視した軍拡の主張を出来るだけ抑止するようにしていた。


 その為、山本も堀も経済についての知識をある程度有しており、流石に専門家程詳しくはないものの、それでも『市場に進出したい=国内経済が不味い』という事を察せられるくらいにはなっている。



「ああ。好景気だという話だったが、所詮は皇国内で金が回っているにすぎんし、外需でないとダメという企業もある。実際、転移前に外需でやって来た中小企業では倒産が相次いでいるらしい」

 


「政府の保護は・・・いや、無理か」



 なにしろ、今の日本政府の政策は食料の生産と資源の探索並びに採掘に重点を置いており、経済に関しては内需に集中している。


 とてもではないが、外需でしかダメという企業のことまで頭は回らないだろう。


 だが、それはあくまで政府側の都合であって、実際にぞんざいに扱われる立場の企業にとっては堪ったものではないし、政界に影響力を持つ大企業の中には外需が行われていない事でそれなりにダメージを受けている企業もある。


 おそらく今回、堀から渡された計画書はそういった企業が政府に圧力を掛けたことで立案されたのだろうと山本は推測していた。



「しかし、聞けばアルムフェイム大陸の住民は人間に強い敵意を持っていると言うではないか?そんなところに砲艦外交というのはいささか乱暴じゃないか?」


 

 これが第5文明圏というのならまだ分かる。


 情報局の報告によれば、あそこは基本的に人族至上主義国家で、特に宗教的理由もないのに亜人族を迫害している。


 まあ、文明レベルが16世紀か、それ以下であることを考えれば別に特段可笑しな考え方でも無いのかもしれないが、接触の仕方によっては日本国民が亜人族と同一に見られる可能性も無い訳ではない。


 故に、そういったことにならないようにまず砲艦外交で力の差を見せつける必要がある。


 しかし、これが政府単位で人族を警戒している第6文明圏となると話は別だ。


 あそこに軍艦を派遣するとなれば、亜人国家を刺激して、最悪、戦争に発展しかねない。


 そうなれば負けはしないだろうが、余計な出費をすることになり、日本の国家としての建て直しは更に遅れることになる。



「そんなことは政府の連中の方がよく分かっているさ。だが、その政府から了承を得て俺がこの計画書を持ってきた理由を考えて欲しいな」



「・・・いや、分からんな。どう見ても非合理的だ。幾ら圧力を受けたとは言っても政府の連中がこんなのを了承するとは思えんが?」



「もちろん、ただ損得だけの問題だったらそうだっただろうさ。しかし、だ。転移から既に1年以上が経ち、帝国、いや、皇国はある程度国力を回復させている。もちろん、戦前と比べれば微々たるものだが、それでも回復させた分の国力を消化するには内需だけでは足りないという意見も少なくなくなってきている。つまり、外に自分達が牛耳る市場を作ることで安心したいんだよ。そういった連中は。まあ、それだけなら政府の方もなんとか断れたかもしれないんだが・・・」



「なにかあるのか?」



「転生会の連中がやっていたアルムフェイム大陸でのパイプ作りの件が、何処からか漏れてしまったんだ」



「・・・なるほど、それで断るのが難しくなったというわけか」


 

 幾ら小規模とは言え、外と貿易をやっている企業が存在するとなれば、外需を望む他の企業が『ならば、自分も!』と主張してくるのは分かりきったことであり、だからこそ、去年5月から転生会主導で行われていたパイプ作りの話は厳重に秘匿されていたのだが、どういう経路かは分からないものの、その話が漏れてしまったらしく、現地の国家と国交を結べという声が日に日に強くなってきている。


 しかも、悪いことにそのパイプ作りがなまじ上手く行ってしまっていた為、政府としては反対する理由が殆ど無い。


 その為、企業側の主張を無視することが出来ず、最終的に一年以上後、それも第5文明圏に向けて発動する予定だった砲艦外交計画をそのまま流用した今回の計画が立案されたというわけだった。



「民間船に海兵隊を乗せた方が良いような気もするが・・・」



「民間船だと攻撃を受けた時に耐えられない可能性がある。大砲は一応有るようだし、この世界の航空戦力であるワイバーンとかいう生き物はラーセラー大陸の魔物と同じく火を吐くようだからな」



「そんな化け物をどうやって制御しているのか気になるところだが・・・まあいい、政府の思惑がどうあれ、命令なら軍艦を動かすのは吝かではない。訓練代わりにもなるからな。それで派遣する艦だが──」



 山本はそこで一旦言葉を切り、少し考える。


 砲艦外交となると、人々の印象に残りやすい大きな、そして、武骨な外観をした艦艇を派遣するのが最適なのだが、この時点でまず空母は除外だ。


 確かに艦そのものは戦艦に次いで大きいが、外観が平べったい為に些か迫力に欠ける。


 次に戦艦も除外だ。


 なにしろ、戦艦は燃料の関係でここ1年もの間、港に停泊したままとなっている。


 一応、整備はしているが、訓練も含めて全く動かしていないので当然の事ながら外洋訓練もやっていないために練度に不安が残っており、幾ら砲艦外交に最適とは言ってもそんな乗員の練度に不安が残る船を現地に送るわけにはいかない。


 となると──



(巡洋艦、中でも大きい重巡が妥当だな。そうなると、派遣できるのは『愛宕』辺りか)



 重巡洋艦は第二次世界大戦において大量に戦没しており、尚且つ戦争開始後は空母、駆逐艦(と海防艦)、潜水艦に量産艦が絞られた為、開戦直後に竣工した伊吹型2隻を除いて補充も行われなかった。


 その為、戦後まで生き残れたのはたった5隻(青葉、衣笠、愛宕、鈴谷、熊野)しかおらず、しかもその内2隻(青葉、衣笠)は去年決定された『昭和21年度海軍軍縮計画』によって予備艦及び練習艦に編入されてしまっているので、現役艦はたった3隻(愛宕、鈴谷、熊野)だけだ。


 そして、その3隻(愛宕、鈴谷、熊野)の内、『鈴谷』と『熊野』はラーセラー大陸周辺に居る海洋魔獣(以後、海魔と呼称)生物掃討に駆り出されている為、完全に手空きの艦は『愛宕』のみ。


 よって、『愛宕』を派遣しようという結論になるのはある意味当然の既決だった。



「『愛宕』が妥当だろうな。あの艦なら今すぐにでも派遣できる。とは言え、計画書では計画の開始時期は3月末となっているから、その気になれば『鈴谷』や『熊野』は呼び寄せられるが?」



「いや、その2艦には海魔掃討に集中してもらおう。下手に交代して我が軍の艦艇や民間船に被害が出るようでは洒落にならんしな」



「では、『愛宕』で決定だな」



「うむ。じゃあ、そのように手配しておいてくれ。それと山本、もう1つ聞きたいことがあるのだが・・・」



「なんだ?」



「来年の夏の選挙で組閣されるであろう内閣の事なんだが、お前、防衛大臣をやってみる気はあるか?」



「──は?」



 堀の予想外の発言に、山本は目を丸くした。

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