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人魚の島

西暦1946年(昭和21年) 10月7日 昼 ラグーン諸島 ヘル島



「では、交渉成立というわけで」



 外交官──杉原千畝はそう言ってこのヘル島に住む長老と握手を交わす。 


 ここは与那国島から西に2000キロ程行ったところに存在する島嶼群──ラグーン諸島。


 第六文明圏に所属する島々であり、人魚族が住んでいる場所でもある。


 人魚族。


 それはお釈迦に有るような下半身が魚のようになっている種族ではない。


 いや、正しくはそのように変身することも出来るが、それを使うのはあくまで水中で活動する時だけで、陸上で活動する時は人間と同じ二足歩行であり、その際の容姿は人族と殆ど変わらず、そのせいで人族を極度に敵視する一部のアルムフェイム大陸の亜人から白い目で見られてしまい、逃げるようにこの島々に移住してきたという経緯がある。


 そして、今回、杉原が人魚族の代表の下を訪れたのは、このラグーン諸島に存在するとある無人島の売却について交渉する為だった。


 ダークエルフの仲介もあり、アルムフェイム大陸東部の国々と(民間レベルではあったが)交易を行うことに成功した日本は次なる目標として大陸西部の国々との交易を目指したのだが、ここである問題点が浮上する。


 それは船の航続距離だ。


 元々、日本が現在、アルムフェイム大陸との交易に使っているのは小型の商船だった。


 これは大型の商船を現地に派遣してアルムフェイム大陸の人間を刺激するのを避けたということもあるが、それ以上にアルムフェイム大陸の文明は中世レベルであるため、大型商船どころか中型の商船が港に入れるかどうかも怪しかったからだ。


 しかし、小型商船では3000キロもの距離を往復するのは結構キツく──なにしろ、現地では重油を補給することが出来ない──、本来は積み荷を積む船倉の殆どに重油の入ったドラム缶を大量に積んで航続距離を継ぎ足すことでなんとか往復していた始末であり、この状態のまま大陸東部より距離のある西部に派遣などされればどうなるかは火を見るよりも明らかでであった為、必然的に何処か中継地となる港を欲することになったのだが、そこで目をつけたのがこのラグーン諸島だった。


 この島々には人魚族が住んでいたものの、一応、法的(そもそもこの世界の文明レベルでは土地に関する法律があまり整備されていない)には人魚族の村ではなく、また何処かの国に属しているわけでもないので極端なことを言えば分捕ってしまっても法的には問題なかったのだが、流石にそれは良心が咎めた為に正式に島を人魚族から買う形で手に入れようという結論に至る。


 当初は人魚族が居る島以外のラグーン諸島の島々を全て買ってしまうという案も出ていたが、反感を買ってしまう可能性が有る事と管理が面倒なことから即刻却下され、拠点である港を作るのに適した無人島だけを手に入れることになり、その交渉役として杉原千畝が派遣されていた。


 ──そして、現在。


 交渉は無事に成功し、こうして杉原と人魚族の長老は握手を交わしていた。



(ふぅ、話の分かるご老人方で助かった。金は掛かったが、こちらの目的は見事に達成した)



 正直、もっと苦労するかと思っていた。


 なにしろ、今回の交渉は島という狭い世界で生きてきた彼らに自分達という異物を入れろという内容の交渉なのだ。


 そんなものを彼らが簡単に受け入れるとは思えない。


 狭い世界で生きてきた人間というのは得てして保守的なケースが多いのだから。


 だからこそ、交渉は難航するだろうと交渉前の杉原は思っていたのだが、蓋を開けてみれば値段についての交渉こそ白熱したものの、島の売却そのものはあっさりと決まり、杉原は安堵すると共に何処か拍子抜けしていた。



(しかし、大したご老人だ。我々の乗ってきた船を見て力を見定めるや否や、値段の釣り上げと引き換えに島の売却を認めてくるとは)



 杉原は交渉相手である老人の強かな外交手腕に感心していた。


 当然だろう。


 相手の力を見定め、尚且つこんな思い切った外交が即座に出来る人間など、地球世界でもそうは居ないのだから。



(とは言え、これでめでたし、めでたしとはいかないだろうな)



 杉原はこれで話は終わりではないであろう事を察していた。


 何故なら、この島の若者達は、自分達に対して警戒心を通り越して敵意を剥き出しにした視線を送っており、今にもなにか仕出かしそうな雰囲気であったからだ。


 通常、初対面の人間に対しての反応というのは警戒することはあってもなんの因果も無しに敵意を向けることはまず無いので、おそらく過去になにかがあったのだろう。


 故に、もう一波乱あるだろうと杉原は思っていたが、同時にそれほど深刻には考えていなかった。


 仮にそんなことが起こったとしても、それは人魚族の問題であるし、仮にこっちに飛び火したとしても対応するのは軍か海上保安庁なのだから。



(まあ、それでも何も起こらないに越したことはない。ただでさえ、今の日本には余裕がないんだからな)



 そう思いながら、杉原は一言礼を告げると、長老のサインが入った書類を持ってその場から立ち去っていった。




















「長老、いったいどういうことですか!?あの連中に島を1つ渡すなんて!!」



 杉原が立ち去った後、長老の下へとやって来た人魚族の若者の1人がそう非難する。


 彼らからすれば、いきなりやって来た連中に自分達の縄張りとも言える島を1つ渡すなどとんでもない話だったのだ。


 しかし、それに対して長老はその場に居る若者達を一瞥してため息を吐きながらもこう告げた。



「渡すと言っても、ただではなかろう。ちゃんと相応の金は受け取った。それにあそこは我々も使っていない無人島じゃ。渡しても問題はない」



「そういうことを言ってるんじゃない!!我々のコミュニティに人族を入れたら、また我々が白い目で見られることになる!!」



「・・・なるほど、尤もな話じゃな」



「だったら──」



「だが、それがどうした?」



 若者の言葉を遮る形で、長老は鋭い目をしながらそう返す。


 普段は大人しい長老が発する視線に若者達はたじろぎ、沈黙せざるを得なくなった。


 そして、そんな若者の様子を見た長老は内心で『情けない』と内心で益々失望しながらも、言葉を続ける。



「今さら亜人族の者達に気を使ってどうする?お主達は知らないじゃろうが、我々をこの島に追いやったのはその亜人族じゃぞ?」



 長老はそう指摘する。


 前述したように彼ら人魚族の内の一族がこの島々にやって来たのは、元はと言えば亜人族が自分達を冷遇してきたからだ。


 その為、人魚族がラグーン諸島に移り住んできた後に産まれた若者はともかく、長老のような老人達はかつて大陸に居た頃に経験した屈辱を忘れてはいなかったし、大陸に残った人魚族が未だに厳しい視線に晒されているということはたまに訪れる大陸の人魚族から聞いている。


 それ故に、若者達には亜人族とはなるべく関わらないように口を酸っぱくして言っていたのだが、今の若者は自分達の生活水準を上げたいらしく、亜人族との関係改善を主張している。


 その主張には一見一理あるように思えるが、残念なことに関係改善というのは強い立場の方にその意思が無ければ実現しない。


 だからこそ、自分達が亜人族に気を使う理由は今のところ無いというのが長老の考えだったのだが、どうやらその考えは今の平和ボケした若者には響かなかったようで、先程とは別の若者がこんな反論をしてきた。



「し、しかし。いずれは関係を改善しなければ・・・」



「それは分かっとる。じゃが、それは今ではない。少なくとも、もっと先じゃ。それに・・・あんな巨大な船を持ってくるような相手に断るという選択肢が存在するとでも思っておるのか?」



 そう、長老から見てあの鉄の船は今まで見たことがない程、巨大で強靭な船だ。


 そんな船を作れるような国家がなんの目的も無しにこんな魚がよく取れる以外、なにもないような島々にわざわざ来て島を1つ買いたいなどと言ってくる筈がない。


 つまり、どういった理由であるかは知らないが、あの船の持ち主の国家である“皇国”とやらはあの島をどうしても欲しがっているのだ。


 いきなり武力を使わなかったのは、武力をなるべく使いたくないという良心が有ったのか、それともなにか使えない理由が有るかのどちらかだろうが、どちらにしても断れば最終的に武力を行使してくる可能性は非常に高かった。


 故に、長老は島の保持を諦め、購入金額を向こうが怒らない程度に釣り上げることにしたのだ。


 そして、交渉は無事に成功し、この地に住む人魚族は島を1つ引き渡すことと引き換えに、大量の金を手に入れることになった。


 ・・・ここら辺の外交手腕は杉原が称賛しただけあって流石と言えただろう。


 いや、むしろ、こんな辺鄙な島々の長としては異常だと言えた。


 事実、この後も日本皇国はこの世界でここに居る人魚族と同じように文明がろくに発展していない島々の島民と何度も接触する事になるが、これほど上手い交渉をやり遂げたのは後にも先にもこの長老だけだったのだから。


 しかし、なまじ身近に居る為か、若者達は長老のその手腕を評価できずにいた。



「だが、あの船が見かけ倒しだった可能性もあったわけだろう?実際、俺達を襲ってきたりはしなかった訳だし。だったら、断って戦うという選択肢も──」



「馬鹿者!!!滅多なことを言うもんじゃない!!第一、そんな賭けにすらなっていない選択肢など取れるわけ無かろう!!お主ら、島民達の命をなんだと思っておるんじゃ!!!」



 とんでもないことを言い出した若者を長老は一喝すると共に彼らをキチンと教育しておかなかったことを後悔した。


 基本的にこの世界では第一、第二文明圏などの高位な文明圏を除いて教育制度は殆ど整っていない。


 ましてや、第六文明圏、それも人里から遠く離れた島や山奥などでは尚更だ。


 しかし、このラグーン諸島では長老達が自らの後継者を世間知らずにさせないために有望な人間に教育を行わせていたのだが、どうやらそれは完全に裏目に出てしまったらしく、“学がありながら視野が狭い”というある意味無能な働き者に匹敵するくらい最悪な存在になってしまっていた。



(これでは先行きが不安じゃ。今のうちになんとかしなくてはならんの)



 そう思いつつ、長老は万が一にも皇国の人間に手を出させないために釘を少し大きめに刺しておくことにした。



「とにかく、これはワシの決定事項じゃ。もしこの決定に不満を持って皇国の人間に手を出した場合、お主達だけでなく、その家族にも何らかの責任を取って貰う!!」



「そ、それは幾らなんでも──」



「文句があるなら、世界でも見てそのお花畑な頭を治してから言え!!」



 長老は自分の言葉に反論しようとした若者の言葉を遮るようにそう告げると、足早にその場から去っていく。


 一方、叱責された若者達は長老の剣幕に驚いたのか、長老が去るのを引き留めることも出来ず、その場へと残された。


 ・・・そして、その3日後。


 日本本土からやって来た輸送船団により、売却された島に港を作るための工事が始められることとなる。


 ──かくして、ラグーン諸島のとある無人島は正式に売却され、名を春間島と変えたその島は新たな日本最西端の領土として編入される事になった。


 しかし、これが後に杉原の危惧した“とある波乱”を生み出す事となる。

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