亜人族の住まう大陸
アルムフェイム大陸。
与那国島から南西に3000キロ程離れた位置にあるこの大陸には、第六文明圏と呼ばれる人族と対立を表明する亜人国家群が存在しており、獣人族、ドワーフ、エルフ、そして、悪名高い(皇国視点)ハイエルフなど、多くの亜人族が住んでいる。
──さて、そんなアルムフェイム大陸のとある港町では、民間レベルではあるものの、貿易がダークエルフの仲介によって実現しており、商売のために日本人の商売人が何人か訪れていた。
◇西暦1946年 5月13日 昼 アルムフェイム大陸 フェアリー王国 ブンギス
「ここがエルフの国──フェアリー王国の港町ブンギスか。まるで江戸時代だな」
商船の船上から街並みを眺めていた男──小村栄蔵(転生者)はそんな感想を口にする。
エルフという種族は基本的に森の中に住んでいるのだが、ブンギスに居るエルフのように森の外に出て町を築く者も決して少なくはなかった。
しかし、そんな彼らでは森が恋しいという思いは何処かに有るようで、この町に存在する住宅は全て木で出来ており、石造りの家などは一切無く、また作ることも許されていないらしい。
「だが、よくエルフの町に伝手なんてあったな。お前さん達とエルフは対立していると聞いたが・・・」
小村は傍らに居る尖った耳に褐色の肌をしたダークエルフの男──カナリスに顔を向けると、そんな疑問を口にする。
それに対し、カナリスは淡々とした様子でこんな言葉を返した。
「別にエルフとはそんなにあからさまな対立をしているわけではありませんよ。我々を熱心に排斥しているのはハイエルフという彼らの上位種ですから。・・・まあ、そのハイエルフに心酔しているエルフが我々に敵意を持っていることは否定しませんが、全体から見ればそれほど多いわけではありません」
「なるほど、ところで前から思っていたんだが、ハイエルフと普通のエルフというのはなにが違うんだ?」
「ハイエルフは通常のエルフに比べて、耳の長さや形、そして、保有する魔力量が違います。もっとも、エルフと長年交流がある種族以外は見分けがつかないでしょうが」
「君達にはすぐに見分けられるのか?」
「はい、そうしなければ生き残れませんでしたから」
「・・・なるほど」
小村はその説明に納得しながらも、何処か悲しい気持ちになってしまう。
それだけで彼らがどれほどハイエルフから悲惨な扱いを受けてきたのか分かってしまったからだ。
前にも説明したように、ハイエルフはダークエルフを文字通り狩ってきた。
まるで、獣を狩るように。
ダークエルフ側はハイエルフとの魔力量の差や彼の種族を殺した後の自分達の扱いが悪くなることを憂慮してただ逃げ続けるしかなく、万が一ハイエルフを殺してしまった時はその殺したダークエルフを別のダークエルフの刺客を送って処理する──例え正当防衛でも、だ──事までやっていた。
そこまでやらなければこの大陸で生きてはいけなかったのだ。
(悲惨だな。自分達の同胞以外に味方は居らず、しかも場合によってはその同胞からも刺客を差し向けられることがあるとは)
自分なら到底耐えられない。
小村は改めてダークエルフの逞しさに感心しつつ、これ以上その事に関して尋ねるのは不味いと思い、話題を変えることにした。
「ところで、今回の貿易は本当に大丈夫なのか?幾ら民間レベルで交流は行われていると言っても、国単位では人族と亜人族は対立しているのだろう?」
小村は少々不安げな顔でそう尋ねる。
この世界の下位の文明圏ではなまじ文明が遅れているために元寇後の元と日本の関係のように政府単位ではほぼ国交を断絶していても、民間レベルでは交流があるというケースは非常に多く、人族と対立する亜人国家の存在する第六文明圏と人族至上主義を掲げる人族国家が中核を成す第五文明圏の関係もその例外ではない。
まあ、それでもそれぞれの文明圏の国家の政府が完全に交易を禁止と言い出せば話は別だっただろうが、双方の文明圏共に貿易が途絶えては困るという事情があり、民間レベルでの交流は殆ど黙認されていた。
故に、小規模ではあるものの、第六文明圏との貿易を行うことを試みていたのだが、それでもつい半年ほど前まで『国同士の仲が悪い=民間レベルでの国交も断絶(場合によっては拘束されて尋問を受ける)』な世界に居た小村としては不安を感じざるを得なかったのだ。
「はい、問題ありません。既に我々の方で色々と手配しておきましたので、後はあなたがこの地を治める領主と面談を行い、許可を得られれば大丈夫です。しかし、前にも説明したように大々的な貿易は無理でしょう」
「そこは問題ない。今回の貿易の目的はあくまでもパイプ作りだからな」
そう、今回の真の目的は貿易ではなかった。
そもそもこのフェアリー王国の人口はたった600万人程であり、そのうち森の外に出ているのは100万人程にすぎなかったし、中東のとある国家のように人口は少なくとも金持ちが大勢居る国という訳でもないのだ。
そんな市場など、危険を犯してまで手に入れる価値はない。
では、何が目的なのかというと、それは貿易を通じた現地有力者とのパイプ作りだ。
吉田首相に砲艦外交を奨めた転生会であったが、平和的に済むならその方が良いとも思っており、その為、ダークエルフから『第六文明圏の国々では政府こそ人族に対する目は厳しいものの、民間人同士での貿易や交流は行われている』という情報を聞いた転生会は早速政府の許可を取って小飼の商社を派遣し、貿易を通じて現地の有力者とのパイプを作り出して、然る後に日本の事を紹介して外交官を派遣し国交を結ぶ事を計画した。
回りくどい手段ではあったが、幸か不幸か、日本は色々と建て直しに忙しいお蔭で時間はあったし、仮にダメだったとしてもフェアリー王国と日本の距離は与那国島から数えても3000キロも離れている以上、すぐに何かあるという事は考えにくい。
その為、『駄目で元々、上手く行ったら良し、ダメだった場合は当初の予定通りに砲艦外交を行うだけ』。
そんな感じで、今回の計画は練られていた。
「外交官みたいな真似事をしなければならんのだ。普通に商売をするより大変だよ。・・・まあ、万が一の場合は連れてきた海援隊に“対応”してもらう事になっているが、なるべくそういった事態になることは避けたい」
海援隊。
それは19世紀半ば頃に坂本龍馬が創設した日本唯一の民間軍事会社であり、海外領土や通商路の警備、2度の世界大戦での軍の後方支援など、地味ながらも確かな働きをしている組織でもある。
それ故に、今回の小村の護衛にはピッタリだということで連れてこられていたが、彼らがでしゃばってくるということは交渉が決裂した事を意味するので、なるべく彼らの出番が来るような事態は避けたかった。
加えて──
(これで失敗したらいよいよ砲艦外交しかなくなるからな。そんな荒っぽい事はやりたくない)
小村は前世では平和主義者だった。
それ故に前世のニュースでよくやっていた日本の集団的自衛権参加をよく思っていなかったし、史実の太平洋戦争時の軍部の事を無謀な戦争を行い、日本を焼け野原にする原因を作った者達として軽蔑している。
が、だからと言ってそれで自衛隊や軍隊そのものの存在を否定するほど、とち狂ってはいない。
国際的非難を無視して隣国に戦争を仕掛けようなどと考える暴虐的な国家が実際に存在することは知っていたし、軍隊はそういった野蛮な国家に対抗するために必要だと考えていたからだ。
とは言え、そういった組織を積極的に活用することは良くない傾向であるのは分かりきったことであったし、それなりに日本という国に愛着を持っている彼としては、この日本にはなるべくそんなことはして欲しくないと思っていた。
だが、口先だけではなにも変わらないだろうし、なにより彼自身そういう輩は大嫌いだ。
それ故に、彼は今回の依頼を成功させて転生会の進めるアルムフェイム大陸への砲艦外交計画を中止させたいと考えていた。
(まっ、そこは俺の頑張り次第だな)
小村はそう思いながら、まずは今回の交渉を絶対に成功させることを決意した。