アルメディア王国統治案
久々の転生会の話です。
◇西暦1950年 8月2日 夜 日本皇国 皇都・東京 会合
「──以上のように、アルメディア王国には既に陸軍第三、第五の二個師団が上陸しており、来月には更に二個師団。そして、新編成の陸上自衛隊第一旅団と千野半島の防衛を交代する形で海兵隊第一師団が投入される予定となっております」
軍事担当者の1人であるその転生会員は、アルメディア王国の戦局に関してそう説明する。
8日前の夜襲において第三海兵旅団の旅団司令部と大隊本部1つの壊滅、そして、第7歩兵大隊の4割近くの兵士が死傷するという打撃を受けた日本軍だったが、全体の戦局には影響はなく、更にその後の襲撃がなかったことでどうにか部隊の再編成を完了させてアリエスを保持していた。
そして、今日、陸軍第三師団及び第五師団の二個師団がアリエスへと上陸し、明日明朝には奥地に向かって進撃する予定となっている。
更に来月には海兵隊も合わせて合計三個師団が追加投入される予定となっており、これで先に上陸した第三海兵旅団を加えれば、最終的にアルメディア王国方面に展開される戦力は合計で五個師団と一個旅団。
これは兵数で言えば約6万人であり、軍縮が進んで動員も行われていない現状の陸軍の規模ではかなりの負担となる見込みだった。
「第三海兵旅団は引っ込めないのですか?」
そう質問するのは、蛯谷の代の役職を引き継ぐ形で、転生会の経済部門担当者に留任した唐沢英一郎だった。
「はい、今のままでは兵力がとても足りないので」
「しかし、第三海兵旅団は兵力的な意味ならば再編成が可能になっていますが、指揮系統的な意味では旅団司令部と大隊本部1つが丸々壊滅という状態です。そして、第三海兵旅団そのものが新編成の部隊であるという事を考えると、ここは一度引っ込めた方が良いのでは?」
「そうしたいのは山々なんですが、そうなると現状上陸している二個師団の内からアリエス防衛のための兵力を割かねばならないんですよ。もちろん、それもありだとは思いますが、なにぶん慣れていないインフラの整っていない土地なので、完全に充足させた状態で進撃させた方が良いと考えた次第です」
「・・・なるほど」
その説明に、唐沢は一応納得した。
アルメディア王国は第五文明圏の中で最も進んでいるとは言え、その文明レベルは16世紀。
そして、当たり前の事だが、この時代に近代的なインフラなどは存在しないため、戦車や装甲車などの機甲部隊の進撃にはそれなりに手間取る。
更に言えばアルメディア王国の領土は広いために史実戦国時代の日本と比べても街道の整備が大雑把であり、全く整備されていない道が多数存在するので、歩兵部隊の進撃速度ですら鈍化する可能性が高い。
それにアルメディア王国の土地は日本にとって大体の地図すらない正に未知の土地。
用心するに越したことはないだろう。
だが──
「しかし、第三海兵旅団は先にも言ったように新編成の部隊だぞ。しかも、先の戦いで旅団司令部などが壊滅させられたばかりだ。治安維持の過程で住民に対して過激な行動を取ったりはしないか?」
「・・・では、どうしろと?」
軍事担当者の男は半ば投げ遣りな感じで、唐沢に対してそう尋ねる。
彼とて転生会の軍事担当を勤めるだけあって新編成の部隊に占領地の統治など荷が重いということは分かっていた。
だが、送り込める兵力が限定されている現状では他に手がないのだ。
にも関わらず反対してくる唐沢に、彼は若干の煩わしさを感じていた。
しかし、唐沢もなんの対案もなくそんな指摘をしたわけではない。
「発想を逆転させるんですよ。第三、第五師団のどちらかの師団から治安維持の部隊を引き抜き、その穴埋めを第三海兵旅団ですれば良いんです」
「しかし、それでは新編成の第三海兵旅団に更なる負担を掛けることになるのでは?」
「新兵揃いの部隊に占領統治を押し付けるよりはマシでしょう」
そんな討論を交わす二人であったが、どちらの言い分にも一理あった。
占領統治というのは最前線勤務に比べれば、命の危険が少ない。
しかし、一方で占領統治は一歩間違えれば戦線の後方で反乱という軍事的に最悪な事態が起こる可能性が存在するために、慎重かつ繊細な対応と振る舞いが要求される。
新兵で精神的にも完全に熟しているとは言えず、尚且つ戦闘後でピリピリしている第三海兵旅団の将兵にそんなことが出来るとは唐沢はとても思えず、それくらいならまだ最前線で勤務して貰った方が最悪な事態は避けれると考えたのだ。
「ですが──」
「ストップだ」
尚も言い募ろうとした男であったが、そこで先程から黙っていた転生会会長──桜庭貞太郎が口を開き、男の言葉を遮った。
「話の途中で済まないが、この話は一度ここで打ち切ろう。現地戦力の配分を我々のような上層部がここで勝手に決めるのは、現場の手足を縛ることになる」
「はっ」
「申し訳ありません」
「うん。それで話は変わるのだが、第三海兵旅団司令部がいきなり全滅した理由については判明しているのか?」
「はっ。それがダークエルフの調査によると、魔力の残滓は見られないとのことです。なので、呪いの類いでないのは明らかであり、やはり物理的に刺されたという可能性が一番高いとのことです」
「ふんっ!そんな情報、何処まで信用できるやら」
未だにダークエルフを何処か信用していない様子の唐沢は、男の説明にそう毒づく。
「我々には魔力を計測する手段も察知する手段もない。呪いであるものを呪いではないと言われても分からん」
「それは否定しませんが、少なくとも頭から彼らを拒絶するのはどうかと思いますよ。彼らは日本のために色々とやってくれているんですから」
「それだって自分達の利益になるからでしょう?まあ、自分達の利益のための行為を否定するつもりは私にもないが、彼らが自分達の利益のために日本を害する可能性が有るというなら話は別です」
「・・・なにが言いたいんです?」
「はっきり言いましょう。今回の件、私は犯人はダークエルフではないかと疑っています。言ってないだけでそういう魔法を使えるかもしれませんし、仮に呪いではないにしても、そういう技能ができるのは奴等だけですからね」
唐沢はキッパリとそう言った。
ダークエルフという種族は様々な属性の魔法を使う事が出来るが、その中でも彼らが得意で尚且つ彼らしか使えない魔法である闇魔法は主に諜報や誘拐、暗殺などといった汚れ仕事に適しており、史実では21世紀になってもなかなか実用化出来なかった光学迷彩や何処ぞのゲームで見たような気配遮断のような魔法を使うことが出来る。
そして、そんな魔法を使えるからこそ、上陸してから2日しか経っていないにも関わらず、旅団司令部の正確な位置を把握し、ピンポイントに壊滅させるといった普通ならば到底無理な芸当を行うことは十分に可能と唐沢は見ていたのだ。
「しかし、そんな証拠は──」
「もういい。やめてくれ」
桜庭は再び口喧嘩を始めようとした2人を止める。
「今は戦争中だ。言い争っている場合ではない。それと唐沢君。味方を疑うような発言はやめてくれ。疑心暗鬼になる」
「申し訳ありません。しかし、それはそれとして、速やかに旅団司令部壊滅の原因を突き止めなければ、また同じようなことが起きるかもしれません」
「分かっているさ。だから、我々も調査を続けている。だが、異世界に転移してきて4年。未だこの世界に慣れていない我が国はダークエルフ達に頼るしかないのだ。そこは分かってくれ」
「・・・承知しました」
少々不服ではあったものの、唐沢は桜庭の言葉に頷くしかなかった。
確かに言われてみれば、未だこの世界の全てを把握しているわけではない皇国が一番信頼できる種族はダークエルフしか存在しないのだ。
姿形という意味では人族の方に親近感が行くかもしれないが、それはあくまで親近感であって信頼ではないし、その親近感ですらこの前カリス事件やカリス政変によってぶち壊されたばかり。
もし彼らを完全に否定すれば、他の種族はより信用できなくなり、果ては疑心暗鬼からなんでも暴力で解決しようとするようになってしまうかもしれない。
そうなれば、破滅一直線であることは間違いないので、唐沢は自分の考えを少し改めることにした。
もっとも、あくまで“少し”であってダークエルフに対する不信感を完全に払拭したわけではなかったが。
「分かったならよろしい。それで先程の話に戻るが、旅団司令部壊滅に関する調査については現在、我が軍の調査機関とダークエルフが合同で行っている。まあ、今のところ、ナイフのようなもので刺されたらしいということ以外、何も分かっていないようだが、上陸した軍団は予定通りに内陸部に侵攻させるつもりだ。そして、ここで問題なのはこの戦争をどう終わらせるかだ。その点について、戸穴さん。説明を頼む」
「畏まりました」
そう言ったのは、代替わりに伴って転生会の外務報告担当者に就任した男──戸穴宏介。
40代の眼鏡を掛けたいかにも官僚といった感じのその男は、桜庭の言葉を了承すると、早速説明を行った。
「まず我々の戦争終結手段は敵の降伏か、完全制圧しか有り得ず、講和は不可能だということです。なにしろ、開戦経緯が“アレ”でしたから」
その言葉に、この会合に参加していた転生会の会員達は頷くと同時に何処か苦々しい顔付きとなる。
そう、実はアルメディア王国と戦争になって転生者達が一番頭を抱えたのは戦争そのものではなく、戦争の終わらせ方が非常に限られているという点だった。
なにしろ、使節団があまりにも身勝手な理由で殺され、更にはそれをやった人間は処罰をされていないどころか、クーデター騒ぎのどさくさに紛れて国王の殺害の責任すらこちらに押し付けている。
ここまでやられてただ講和で戦争を終わらせたのでは国の威信に関わるので、日本としては(頭の痛いことに)アルメディア王国が降伏か、あるいは完全に滅びるまで戦争を続ける必要があったのだ。
「この二つの内、降伏はまずあり得ません。すれば、あのベッヘとかいう国王は戦争責任を問われることになりますから。もっとも、戦争責任でなくとも、こちらの軍人達を処刑した責任は取って貰うつもりですので、どちらにしろ死刑は確定ですが。そして、そんなことは向こうも分かっているでしょうから、死にたくないがために降伏を拒否する可能性は十分にあり得ますし、仮に重臣達が彼の首を手土産に降伏するにしても、それを待つのはあまりにも不確定要素が多すぎます。よって選ぶべきは国の完全制圧でしょう」
ですが、とそこで戸穴は一旦言葉を切り、こう続ける。
「しかし、あの土地の大きさを6万人ほどで維持するというのは、少々キツいものがあります。勿論、軍だけでなく海援隊も動員する予定ですが、それでも他に開拓地を抱えている以上、10万人が精々といったところでしょう。そうなると、現地人を雇用するしかありません」
「しかし、現地人と言っても、貴族を統治者として採用すれば、例え爵位を奪ったとしても、反対勢力がそれを旗頭に独立戦争を行う可能性が残ってしまいますが・・・」
転生会の会員の1人がそう指摘するが、戸穴は動揺することなくこう言葉を返す。
「勿論、それは分かっています。しかし、統治を円滑に進めるためには現地貴族の協力が不可欠です。そこで時間を掛けて貴族としての権威を落とすためにアルメディア王国貴族のご令嬢との政略結婚を考えました」
「我が国の華族の誰か、もしくは皇族と結婚させるのですか?いや、しかし、それでは権威が落ちませんね」
「その通りです。なので、我が国の“平民”の誰かと結婚してもらいます。この際、平民ならば誰でも構いません。それこそ、日本の片田舎に住む貧乏な家の出身であろうと」
「しかし、それでは向こうが納得いかないのでは?」
先程とはまた別な転生会の会員がそう指摘する。
そもそも政略結婚というのは有力な家と家を結びつけるために、名のある家柄の出身者同士で行う行為だ。
夫となるであろう日本側の男が平民で、それもなんの力もないとなれば、令嬢を差し出すアルメディア王国側が納得いかない可能性が高い。
だが──
「納得せざるを得ないようにすれば良いんですよ。例えば、あなたの娘達を政略結婚に差し出せばアルメディア王国統治における要職につかせてやると話を持ちかければ、仕事より娘が大事という人間なら乗ってこないでしょうが、その逆であったりこれからの生活に不安を抱えていたりすれば乗ってくるでしょう」
「・・・なるほど。そうして我が国の平民と結婚させることで権威を少しずつ削いでいくと」
「この世界の平民は奴隷よりはマシというレベルの身分ですからね。まあ、貴族と平民で然して身分差がない日本の方が珍しい事例なのでしょうけど」
意外な事だが、近代において日本という国は貴族階級にあたる華族と平民で殆ど身分差がないという世界でも稀な国だったりする。
これは武士社会が1000年近く続いたお蔭で皇族と違い、貴族の方は権威が落ちるところまで落ちていたこと、更には日本では江戸時代ごろ(この世界では戦国時代の頃から行われている)から平民に対しても一定の教育が施されていたことが原因だったのだが、こんな特殊な事例が世界でも数少ないものであるのは言うまでもない。
まあ、だからこそ、史実では半世紀足らずで列強の末席に座ることが可能だったのかもしれないが。
「とにかく、そういうわけで、占領統治政策は現地住民も上手く使って行おうと思います。ああ、それとアルメディア王国領の扱いの形式ですが、これは属領という形で行こうと考えています。併合だと現地住民を日本国民と同様に扱う必要がありますし、属国にすれば間接統治となるために統治費用は安上がりとなりますが、何かの切っ掛けで反乱が起きたら鎮圧が面倒になりますので。・・・以上で説明は終わりです」
「ありがとう。・・・さて、諸君。何か質問はあるかね?」
桜庭は会員達にそう問い掛けるが、誰も手は上げない。
不可解な点への質問は説明を行っていた時にしてしまったし、戸穴の提案したアルメディアの扱いは転生会の面々からすれば納得のいくものであったからだ。
「異論は無さそうだな。では、これを吉田首相に提案し、彼の御仁に承認させる。これが本日の会合での決定だ。問題はないかな?」
「「「「「異議無し!」」」」」
──かくして、転生会のアルメディア王国統治に関する方針は決定した。
次はカリスにおける戦いを書きます。ここまで読んで面白いと思った方はブックマークと評価をよろしくお願いします。




