アルメディア王国軍の逆襲
◇西暦1950年 7月25日 深夜 アリエス郊外 日本軍・第三海兵旅団・第7歩兵大隊 陣地
アリエス港より北東に800メートルほどの位置に存在する日本軍陣地。
そこは第三海兵旅団傘下の第7歩兵大隊が配置されている場所であり、森林などの視界を遮る地形が近くにあるために、日本軍側もここからの奇襲を警戒し、アリエスの北、北西、北東の合計3つ存在する陣地の中でも特に重厚な防衛体制が敷かれている。
そして、上陸から2日が経過した7月25日の夜。
予想通りというべきか、第7歩兵大隊は森林からやって来たアルメディア王国軍の攻撃を受けたのだが、その経過に関しては日本軍、もっと言えば襲撃を受けた第三海兵旅団・第7歩兵大隊にとっては非常に予想外なものとなっていた。
「おい!通信兵!!砲兵隊はまだ砲撃を行わないのか!?」
第7歩兵大隊の大隊長──三和義正海兵隊少佐は通信兵に向かってそう怒鳴る。
三和少佐は第二次世界大戦におけるグアム島での激闘を生き抜いた歴戦の指揮官であったが、そんな彼であっても現在の状況にはかなり苛立っていた。
そもそも事の次第は、15分ほど前に彼らの後方でいきなり眩い光の球が空へと打ち上がったことで、夜空を照らし出した事から始まる。
最初にその光景を見た三和少佐は敵が内側に侵入し、味方の誰かがそれを見つけて警報の照明弾を撃ったと考え、すぐに配下の一個中隊程の兵士を“照明弾”が打ち上がった方角である司令部へと向かわせようとしたが、その直前に彼の部隊が配置されていた陣地の前線に様々な属性の魔法攻撃が行われた。
そして、前線に攻撃が行われたことで三和少佐は今回の敵の攻勢が外と内の同時攻撃であると判断し、取り敢えず自分達はいま身近に迫った外の敵を先に撃破することを決める。
だが、戦闘開始から10分程が経つと、三和は徐々に焦りを感じ始めた。
それには幾つか理由がある。
まず1つ目に司令部と全く連絡がつかないことだ。
確かに先程の内側の敵が居ると思われる方角は司令部のある場所の近くで、状況から考えて敵が司令部の撃破を目論んでいたことは明白であったが、爆発も何も起きていないことから、当初は司令部は撃破されておらず、侵入者の目論みは失敗に終わったと見ていた。
しかし、戦闘開始から10分以上が過ぎても司令部からの応答は全く無く、あまり考えたくはなかったが、三和は司令部は壊滅、少なくとも指揮が出来ない状況だと考え、やむを得ず独自判断で防衛戦を継続することにしたのだ。
──だが、第7歩兵大隊を襲った不幸はそれだけではなかった。
これが二つ目になるが、司令部との連絡がつかないと見るや、指揮官の判断によってすぐに独自行動を行うことを決めた第7歩兵大隊とは違い、なんと他の部隊は司令部と連絡がつかなかったことから全く動けずにいたのだ。
元々、第三海兵旅団は新編成の部隊であり、新兵が多く、しかも指揮官クラスの人間は一応第二次世界大戦を潜り抜けてはいるものの、本土に配置されていた者が大半で三和のように直接敵と戦闘をした指揮官は殆んど居なかった。
そして、こういった実戦経験のない指揮官の大半はマニュアル式な行動を執る傾向が強く、実戦の際に上からの指示がないと身近に敵が迫らない限り、硬直して動けないことが多い。
これが何を表すのかというと、砲兵隊や陸上に進出したヘリ部隊は明らかに前線で戦闘が起こっているにも関わらず、全く援護しなかったのだ。
戦闘開始から30分近くが経った頃にようやくその事に気づいた三和が砲兵隊の指揮官を怒鳴り付けて砲撃をさせようとしたが、日本軍側が30分という黄金よりも貴重な時間をロスしている間に、第7歩兵大隊の砲火を潜り抜けたアルメディア王国軍の一部が陣地の最前列に取り付き、白兵戦を展開していた。
「駄目です!敵味方が混在しているので、このままでは同士討ちになると」
「ちっ!貸せ!俺がもう一度怒鳴り付けてやる!!」
既に白兵戦を行っている地点は敵味方が混在していて同士討ちの危険もあって砲撃は危険でも、依然として後方で魔法攻撃を行っている敵の魔法使いくらいは攻撃できるだろう。
三和は通信兵から通信機を引ったくりながらそう言い放ってやろうとした。
──だが、この時、三和は怒りと指揮に集中するあまり周囲の警戒が疎かになっていた。
これは普通ならば問題なかったのかもしれない。
彼の居る場所は現在白兵戦を行っている最前列の陣地とはそれなりに離れており、戦車か大砲の砲撃でも受けない限り彼が死傷するということはほぼあり得ない状況だったのだから。
しかし、今回に限ってはそれは致命的な誤りだった。
「!?司令官、後ろに敵が!!」
“それ”に三和より先に気づいたのは通信兵だった。
彼は三和の方を向いていた為に三和の副官である入山瀬海兵隊中尉の喉が“突然”鋭利な刃物で引き裂かれたような裂傷が走るのを目撃したのだ。
そして、三和に対して警告の言葉を発したのだが、その直後、彼はこれまた突然飛んできたナイフが頭に刺さって絶命する。
「!?」
その光景を見た三和は素早く拳銃を抜いて後ろを振り向こうとしたが、時既に遅く、彼は振り向いたその瞬間に心臓をナイフで一突きされてしまう。
「がっ!?く、くそ!!なんでだよ!!」
薄れ行く意識の中、そう叫んだ彼は意識が完全に途絶する直前、褐色の肌の女性が自分の心臓からナイフを引き抜く光景を目撃した。
◇数分後 アルメディア王国サイド
「! 砲火が散発的になったな。これならなんとか逃げられるかもしれん」
突撃隊の指揮を執っていたイロル・コースター騎士爵は今まで激しい銃火を見舞っていた敵陣地の攻撃が微妙に散発的になったのを見て、これを逃すまいと撤退の指示を出した。
既に味方の突撃隊は敵の苛烈な攻撃によって半数以下になっており、しかも撤退の合図が出てもそれが届かずに尚も戦い続けたり組織的な撤退を行わずに個人単位で逃げる輩も居たが、これが却ってただでさえ指揮系統が混乱したことで散発的になっていた敵の砲火を更に分散させる働きをしたことで、結果的に多くの味方が撤退することに成功している。
「よし!なんとかなりそうだ」
部下達が次々と撤退させる光景を見たイロルはホッと胸を撫で下ろす。
実を言うと、今回の襲撃はこれほど上手く行くとは思わなかった。
トリヤは襲撃前に司令部を潰すと言っていたが、その際に使う存在は十中八九ダークエルフであり、幾ら“隷属の首輪”が着けられているとは言っても、何処まで信用できるか分かったものではなかったからだ。
それほど彼らは忌むべき存在であると同時に強かな面も多かったのだから。
もっとも、強かな面が多かったのは忌むべき存在とされていた為に必死に生き残ろうとしてきた結果だったのだが、そんなことはイロルの知ったことではない。
「さて、頃合いか。私も逃げるとしよう」
生きて動ける兵の大半が撤退するのを見届けたイロルは自分も撤退することを決めた。
まだ戦っている兵士も居たが、散発的になったとは言え、未だ敵は激しい銃火を放っており、いま自分が味方を助けるために飛び込んでも無駄死にするだけ。
そう考えたイロルは戦っている兵士達を仕方のない犠牲だと割り切り、見捨てることにしたのだ。
それは薄情ではあったが、間違った判断ではない。
銃火器で武装し、それなりに統率の取れている集団に槍片手に突っ込んでいくなど、無謀以外の何物でもないのだから。
──が、同時にそれ故に彼は運に見放された。
パシャっ
日本軍側のある兵士から放たれた一発の弾丸。
それは敵を撃とうとして外れた流れ弾。
流れ弾は普通は何かしらの自然物や人工物に当たる可能性の方が圧倒的に高い。
しかし、稀に人に当たることもあり、運が悪ければ急所に当たって死に至るケースすら存在する。
そして、イロルもまたそんな“運の悪かった人間”の1人であり、彼は日本軍側が放ったたった一発の流れ弾が頭部に命中したことであっという間にこの世から退場した。
アルメディア王国軍にとって幸いだったのは、既に撤退はほぼ完了しており、イロルが居なくなっても組織的行動に影響が全く出なかったことだろう。
──かくして、後にアリエス郊外夜襲と呼ばれるこの戦いは、攻撃側と防衛側双方の指揮官の戦死という珍しい形で終結した。
だが、この戦いが日本軍に与えた心理的影響は意外に大きく、これ以降、日本軍、特に旅団司令部と大隊本部1つの壊滅という被害を受けた第三海兵旅団は、より過激な攻撃をアルメディア王国軍に対して行っていくことになる。




