一方的な戦い
◇陽歴3025年 7月24日 昼 アルメディア王国 アリエス郊外
「ぐぎゃあああ!!」
「た、助けてくれ!俺の足が・・・足が・・・」
「あっ、あれ?俺の腕は何処行ったんだ?ははっ」
アリエスの郊外では正にこの世の地獄が現出していた。
日本皇国海軍によるアリエス占領から2週間以上が経過し、ようやくアリエス奪還のための地上戦力をアリエス郊外に展開させ始めたアルメディア王国軍であったが、彼らは到着早々に第三海兵旅団の付随としてカレドニア駐留艦隊と交代する形でアリエス近海に展開した空母『大鳳』を中核とする日本皇国海軍第一艦隊からの空襲と艦砲射撃、そして、前日に揚陸を終えた第三海兵旅団砲兵隊による砲撃に晒されていた。
「なんてことだ・・・」
その様子を少し離れた森の中から見ていたバートナー子爵家の嫡男──トリヤ・バートナーはその光景を見て絶句せざるを得なかった。
彼は今回の戦においてバートナー子爵家の代表として300人の手勢を引き連れて参戦していたが、皇国軍が平野部に展開する敵軍に攻撃を集中したこともあって展開当初から森の中に潜ませていた彼らはまだ被害を受けていない。
だが、たった300の兵力だけで何が出来るとも思えなかったし、仮に自分の手持ちがその10倍であったとしても、森から平野部に出れば目の前で起きている地獄のような光景の被害者を増やすだけで終わるだろう。
「これじゃあ、どうにもならなさそうだね。ここは一旦、引くしかなそうだ」
「逃げるんですかい?」
トリヤの言葉に、仮面を被ったトリヤの側近であるバークバーはそう聞き返す。
「ああ、いま出ていくのは自殺行為でしかないからね。それにこんな状況だ。カラセ将軍だって生きているかどうかも分からないし、仮に生きていたとしても軍の秩序が明らかに崩壊している以上、何処の部隊がどういう行動を取ったのか把握できていないだろう。となれば、我々が引いたとしても分からないよ」
「しかし、このまま逃げるだけではあんたの立場がないぜ?」
「分かってるさ。それについてはちゃんと考えがある。今は取り敢えず後退だ」
「・・・分かりやした。その言葉を信じますぜ」
バークバーはそう言って引き下がり、部下達に後退の指示を伝えた。
◇同日 夜 パーク山 山中
アリエスから北東に約1、3キロほど離れた位置に存在する標高500メートルほどの小高い山──パーク山。
トリヤは自らの手勢と自分と同じく森に兵力を展開させて無事だった部隊に声を掛けて指揮権を掌握し、この山へと後退させて陣を敷いていた。
「それで、考えってもんを聞かせて貰ってもよろしいでしょうか?」
各部隊の責任者達が集まった天幕の中でバークバーはトリヤに向かってそう尋ねる。
その言葉遣いに各部隊の責任者達の一部は眉をしかめた。
貴族に対するそのような口調は当然の事ながら無礼千万で、格式をそれなりに意識する人間からすればあまり良い感情を抱かなかったからだ。
だが、元々バークバーは山賊の身分であったところをトリヤの父であるケニヤ・バートナーにその指揮ぶりを買われて取り立てて貰った身であり、敬語は使い慣れていなかったし、トリヤ自身もそういった事をあまり気にしない人間だった。
それ故にトリヤはバークバーの口調を注意することなく、彼の問いに対してこう答える。
「うん。その前に状況を整理しよう。まずアリエスに居る敵は2日前まで数百人程度しか居ないとの事だったけど、昨夜先行させていた偵察班がアリエスの住民から聞いたところによると、向こうは一足早く5000人近くの兵士を上陸させようだ」
「ええ。ですが、こちらの兵力は1万を越える。例え向こうが防戦に専念するとしても十分以上に戦えるし、向こうが案外弱ければ簡単に奪還は可能。そう思っていましたな。今朝までは」
各部隊の長の1人であるイロル・コースター騎士爵は皮肉げにそう言うが、それも無理はなかった。
なにしろ、奪還どころか、敵の陸上戦力とまともに交戦することすら出来なかったのだから。
「そうだな。それでだが、はっきり言って奪還は無理だと思うんだ。味方の兵力は既に2000を切っているし、敵の兵力は5000で、しかも全く消耗もしていない。そもそも奪還したとしてもあの機械竜はおそらく沖合いに展開しているであろう敵の船から飛び立っているから、そのまま攻撃を受けるだろうからね」
イロルの考察は半分正しい。
実際、彼の言う機械竜(飛行機のこと)は沖合いの空母から飛び立っているし、なんなら沖合いに展開する艦船からの艦砲射撃もアリエスという海に面した土地ならば十分に実行可能なのだから。
ただ、一方で奪還してすぐに攻撃に移る可能性は低い。
それをやってしまえば、味方である海兵隊員も巻き込みかねないからだ。
「しかし、このままおめおめ帰っても罰せられる可能性は非常に高い。そこで我々は敵に一撃を加えてから後退しようと思う」
「ほう?それで、その方法は?」
「夜襲だ」
トリヤはキッパリとそう言ったが、それに対してバークバーやイロルを含めた各部隊の長達は渋い顔をする。
確かに夜襲は攻撃側に有利な攻撃手段であり、戦い方次第では数倍の敵相手にすら優位に戦いを進められるだろうし、夜という暗闇の中ならばあの恐ろしい攻撃の被害も大幅に軽減できるかもしれない。
しかし、昼戦で勝てそうにないから夜戦を行うというのはよく使われる手段であり、それ故に向こうがそれを読んでいないとは考えにくかった。
まあ、これが『戦いは昼の間だけして夜は寝るもの』というお行儀の良い戦争ばかり行っていた軍隊が相手ならば話は別だっただろうが、戦争という命が賭けられた空間の中でそんなことを現実に行っている馬鹿な軍隊が居るわけもない。
だが、そんなことはトリヤにも分かっていた。
「君達の言いたいことは分かるよ。敵がこちらの夜襲を読んでいる可能性は非常に高い。そういうことだろう?」
「ええ。こちらにはそれしか手がないことは向こうも読んでいるでしょう。それに先程あなたが言ったように、こちらは既に兵力の8割以上を失っていますが、向こうは全く消耗していない。加えて、相手はどう考えても大砲の類いを持っています。しかも、こちらよりも圧倒的に優れたものをね。それに捕捉されたら終わりです」
「ああ、その通りだ。だからこそ、敵の頭をあらかじめ潰しておく必要がある」
「・・・確かにその通りですが、常識的に考えてそんな簡単に敵の将軍を討ち取れるとは思えません」
道理だった。
確かに指揮官クラスの貴族の中には先頭に立つ者は大勢居るが、将軍クラスの人間が最前線に立つことは──それがどんな猛将であったとしても──非常に少なく、精々が負け戦で殿を務めるといった時くらいだろう。
だが、今回の場合は敵を負け戦に追いやるのは難しく、敵の将軍の首を獲る為にはまず敵の司令部を探すところからしなければならない。
「普通ならばそうだろうな。だが、僕の配下にはあまり大声では言えないが、敵の司令部を見つけて潰せるような行為が出来る存在が居る。そいつらを使って敵司令部を潰し、成功次第、光球を空に打ち上げさせる」
「光球?それはまさか・・・」
各指揮官達はその時点でどんな存在に敵司令部を襲撃させるのか察してしまった。
なにしろ、光球のような光魔法はある特定の種族にしか使えないのだから。
「そうだ。奴隷を使う。しかも、こういった暗殺作業に向いた飛びっきりの奴隷も確保していてね。連中が指揮系統を潰したのと同時にここに居る全兵力を使って敵に対して総攻撃を行い、敵に大打撃をくわえる」
「・・・貴族らしくない策ですな。それにその暗殺作業に向いた奴隷の種族というのはまさか──」
「おっと。それ以上は無しだよ。その辺は皆、知らない方が良い。そうだろう?」
「「「・・・」」」
その凄みを帯びたトリヤの言葉に、この場に居る人間は内心で冷や汗を流さざるを得なかった。
もし自分達の想像が正しければ、“その存在”を口に出した途端、敵軍より先に自分達が暗殺の対象にされかねなかったからだ。
それほど彼らの想像にある“とある種族”は恐怖と軽蔑の対象であり、同時にかなりの劇薬だった。
「まあ、とは言っても、今日は時間的に襲撃はもう無理だから実行は明日の夜という事になる。それまでに僕は作戦を練っておくから、他の面々はしっかりと準備を整えておいてくれ。・・・ああ、それと言っておくけど、ここまで聞いた以上は参加拒否は出来ないからね」
ニッコリと笑いながらそう言うトリヤに、バークバーや各部隊の責任者達は寒気を覚えながらも首を縦に振るしかなかった。




