表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/37

第一次アリエス沖海戦

陽歴3025年(西暦1950年) 7月19日 昼 アルメディア王国南東海域



「ば、馬鹿な!?何が起こっているというのだ!!」



 アルメディア王国第3艦隊の司令官──ドット・ピアリス伯爵は目の前の現実が信じられなかった。


 アルメディア第3艦隊は第六文明圏遠征軍として投入された艦隊の1つであり、ウルフルズ王国艦隊がサードミーナ連合海軍によって駆逐された後は、専らアルメディア王国からアルムフェイム大陸へ兵員や補給物資を運ぶ輸送任務を請け負っていたのだが、10日前、アルメディア王国南東の港であるアリエス港が見たこともない旗を掲げた鋼鉄の艦隊に占拠されたという報告が王宮へと届き、丁度アルメディア王国南西部の港──セトアに帰還していた第3艦隊はアリエス奪還を命じられ、アルメディア王国南方沖を東進していたのだ。

 

 だが、あと半日程でセトアに着く段階となった時、1隻の巨大な鋼鉄艦に遭遇し、その艦が発砲してきたことで戦闘となった。


 いや、戦闘とすら呼べたかどうかすら怪しい。


 なにしろ、遠距離から大砲で一方的に撃たれるだけだったのだから。


 しかも、狙いが正確な上に威力も高く、尚且つ速度もこちらより速いとなれば、勝ち目など最初から無いようなものだったが、ドットはその現実を受け入れることは出来なかった。


 まあ、当然だろう。


 彼の率いる第3艦隊はガレオン船38隻。


 その内、10隻が兵員を満載した非武装船であったが、それを除いたとしても28隻の大砲を満載した船からなる艦隊なのだ。


 対して、敵はたった1隻であり、単純な数で言えばこちらは敵の38倍、大砲を搭載している船だけで数えても28倍。


 これだけの数の差があって負けという現実を簡単に受け入れることは並大抵の武将では不可能だった。


 加えて──



「くそっ!敵はいったい何者なのだ!何故、こんな鋼鉄艦がいきなり現れたのだ!!」



 そう、実はこの時点でドットは敵が何者で、どんな勢力かもまるで分かっていなかった。


 もっとも、これは彼が無能だからではない。

 

 そもそもアルメディア王国と日本は今まで接点が殆どなく、アルメディア王国の中で日本の事を知っていたのは王族と貴族の一部だけであり、その一部に彼が入ってなかっただけの話なのだ。



「ドット様、どう致しますか!?」



「このままでは全滅するだけです!退却を!!」



「そ、そうだな!よし、退却だ!!急いで全艦に伝えろ!!」



 部下の言葉にようやく我に返ったのか、ドットは部下達に退却を指示する。


 だが、その行動は少々、いや、かなり遅く、指示を出したその僅か十数秒後、敵艦──『紅月』から放たれた2発の口径10センチの砲弾がドットの乗艦──『パルケ』を直撃した。



















◇同時刻 カレドニア駐留艦隊 哨戒駆逐艦・『紅月』 戦闘指揮所(CIC)



「敵船、残り13隻です」



 駆逐艦『紅月』の戦闘指揮所(CIC)にて、レーダー担当士官──菊地憲正大尉はそう報告する。


 基準排水量3200トンの改秋月型駆逐艦として戦後に建造されたこの『紅月』は、前級の秋月型駆逐艦に比べると居住性や航続距離といった航行性能が向上しているが、“改”とつけられているところからも分かるように構造的には然程違いは存在しない。


 しかしながら、日本皇国海軍が誇る最新鋭駆逐艦だけあってその性能は素晴らしく、搭載されているトランジスタ・コンピューターによって正確無比とは言わないまでも、ほんの20年前とは比べ物にならないほどの正確な射撃を行い、遭遇した敵船38隻中25隻を既に撃沈していた。



「よし、残りも掃討しろ。1隻も逃すな」



 艦長──有山透海軍中佐は怒りの籠った冷たい声でそう指示する。


 それは“見敵必殺”を合言葉とする日本海軍であっても、滅多に無いくらい容赦の無さすぎる指示であったが、艦長の言葉に乗員達はむしろ当然といった感じで頷き、その指示を実行していく。


 彼らは怒っていたのだ。


 実はカリス事件の直後、国王──キース・ファン・フィルスはスティルのやった所業を聞いて、なんとかスティルを捕らえて皇国に謝罪の意を伝えようとしたのだが、その矢先に前々からクーデターによって国王の座を簒奪することを目論んでいた国王の現弟──ベッヘ・シェン・エッフェンバッハがクーデターを起こし、それを成功させた。


 まあ、ここまでであれば皇国にとってはあまり関係の無い話であったのだが、なんと国王に即位したベッヘはキースを殺害した責任を皇国に擦り付け、カリス事件で生き残り、そのまま王宮に残っていた護衛の軍人達を全員捕らえて公開処刑してしまったのだ。


 これでカリス事件の生き残りはカリス事件の3日後にダークエルフによって保護された天城外交官だけとなり、その報せを聞かされた日本側はカリス事件の直後よりもより激しい怒りを抱くこととなった。


 その為、今の日本軍は半ばタガが外れた状態となっており、いつもより容赦がなくなっていたのだ。


 そして、それから更に1時間後。


 途中から散り散りになってしまったことで1、2隻を取り逃してしまったものの、『紅月』は敵艦隊の掃討を完了させ、艦隊司令部より指定された哨戒位置へと戻っていた。



「艦長、接敵した敵艦隊の掃討は完了しましたが、前部の一番及び二番砲の弾薬は半分以上を使いきってしまいました」



「そうか。まあ、コンピューターとやらが搭載されて命中率は格段に上がったとはいえ、それでも何割かは無駄弾となってしまっているからな。仕方あるまい」



 砲術長──安宅幸三大尉の言葉に、有山はそう答える。


 トランジスタ・コンピューターが登場して以来、砲撃の命中率は格段に上がり、現在では4~5割の確率で命中(今回の場合は相手が帆船で速度が遅かった為に6割以上が命中)するようになった。


 これは21世紀の軍艦と比べれば命中率は遥かに低いが、コンピューター搭載以前の軍艦の命中率が電探を搭載していても1~2割、電探未搭載に至っては1割を切っていたことを考えれば驚愕の数字であることが分かる。


 だが、それでも発砲した弾の何割かが無駄弾であったこと、更には1隻で40隻近い艦隊を相手にしたこともあり、『紅月』の65口径10センチ連装砲4基8門は今回の海戦だけでその弾薬の3割程を使いきってしまっていた。



「しかし、3割か。これが帆船しかない正真正銘の中世の国であればなんの問題も無かったのだがな」



「はい。相手はワイバーンという航空兵力を持っていますから、幾ら近接信管と電探連動射撃の組み合わせでも弾薬の消耗は激しいですからな」



 航空兵力に対する近接信管とコンピューター制御による電探連動射撃の組み合わせの有効性は既に第二次世界大戦において証明されており、これのお蔭で連合軍の攻撃隊による雷撃や爆撃、そして、特攻はただの自殺行為へと変わった。


 もっとも、連合軍の方も馬鹿ではなく、日本軍攻撃隊を真似る形で各国共同で艦対艦ミサイルを開発し、実戦投入をしてきた為に戦争中盤からはほぼミサイル合戦となり、近接信管と電探連動射撃の2コンボによる神通力は薄れてしまったが、それでも300~400キロ程度の速さでしかないワイバーン(軍用)相手ならば十分すぎるほどに効果を発揮する。


 だが、それでも三次元で飛び、尚且つ目標そのものも船と比べて小さいワイバーンは当てにくいことに変わりはなく、撃墜にはそれなりの弾薬を消費するのだ。



「まあ、今のところは大丈夫だろう。俺達の艦隊には空母もあるし、いざとなれば戦闘機の支援を受けられる。それに第一艦隊が来れば、俺達は交代でカレドニアか本土に戻ることになるからな」



「そうですな。・・・まあ、我々はそれでも大丈夫そうですが、陸戦隊の連中は本当に大丈夫ですかね?」



 安宅は少々不安げな顔でそう言った。


 艦隊がこの海域にやって来たその日にアリエスの港を占領した海軍陸戦隊だったが、こちらはアルメディア王国軍ワイバーン隊の度重なる空襲によってかなり消耗している。


 幾ら空母が展開していると言っても、元々1000人足らずと少ない兵力な上に、まともな対空兵器も存在していない状態では母艦航空隊が撃ち漏らしたワイバーンの空襲を軽微な損害で済ますことは出来なかったのだ。


 これでもし本格的な陸戦が起こっていたら、アリエスは奪還されていた可能性が高い。


 もっとも、アルメディア王国軍が母艦航空隊の猛攻を受けて尚、本格的な陸戦が出来るほどの戦力が残るかは疑問であったが。



「さあな。だが、何とかしてもらうしかない。それにあと4日もすれば海兵隊の連中がやって来るんだ。そうなれば何も心配は要らなくなる」



「はぁ」



 有山はそう断言するが、安宅は尚も不安に思った。


 なにしろ、第三海兵旅団は元々師団編成になる予定だったものを急遽投入することが決定した為に旅団に降格させる形で編成された旅団であり、はっきり言ってしまえばかなり泥縄式に編成された新編成の部隊でもある。


 一応、兵士は海兵隊員を名乗るだけあって精鋭ではあるものの、実戦経験は皆無。


 これでは決められたマニュアル式な行動であれば問題なく動けても、不足の事態が起きれば混乱して動けなくなる可能性が高い。


 安宅はそう思ったが、かといってわざわざその事を指摘してこの場の空気を悪くするのも得策ではないと考え、この事は黙っておくことにした。


 もっとも、この彼の懸念は後に不幸にも的中してしまうのだが、当然の事ながらこの時点での彼は知るよしもない。


 ──こうして、少々の不安を残しながらも後に第一次アリエス沖海戦と呼ばれる戦いは日本皇国海軍の圧倒的勝利で終了した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  王族に馬鹿が揃い過ぎてて哀れになって来る。  今回、クーデターの擦り付けをされたせいでデマが周辺国に広がって、皇国が割を食う可能性もあるから油断出来ない情勢かな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ