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カリス事件

陽歴3025年(西暦1950年) 7月5日 メーデル大陸南部 アルメディア王国 王都カリス 王宮


 オーデル公国と国交を結んでから4ヶ月。


 彼の国の仲介によって幾つかのサードミーナ連合に所属する国家と国交を結び、バーター取引ではあったものの、貿易も行われることになり、日本は半ばぼったくりと非難されても可笑しくない程の安さで資源を手に入れ、多大な利益を挙げていた。


 もっとも、バーター取引であることから民間企業はあまり利益を享受出来ているとは言えなかったが、それでも安く資源が入ってきていたことは日本本土の再開発や神州大陸、そして、千芝大陸の更なる開発に弾みをつけるには十分であり、日本経済は目に見えるほど明らかに活気付いている。


 そして、そんな中、日本は第五文明圏最強の国家──アルメディア王国と国交を結ぶことを目論み、これまでと同じようにオーデル公国に仲介を求めた。


 しかし、同じサードミーナ連合に属しているとはいえ、アルメディア王国とオーデル公国はライバル関係であった為に当初は流石に仲介を渋るかもしれないと思われていたが、意外にもオーデル公国は快く仲介を引き受け、こうしてカリスでの国交締結まで漕ぎ着ける。

 

 そして、この交渉を担当したのは、毎度お馴染みの杉原千畝であり、彼は難しい交渉ばかりさせる外務省上層部に半ば愚痴を漏らしつつも、今回も交渉を成功させ、あとは双方が用意された国交締結の為の調印書にサインするだけの段階となった。


 だが、その直後──



「おい!皇国とやらの使節団が居る部屋はここか!!」



 突如、今しがたまで交渉が行われていた部屋に入ってきた赤い髪をした20代頃の年齢の男。


 彼の名はスティル・ファン・フィルス。


 アルメディア王国の第一王子であり、王位継承権第一位だった(・・・)男である。


 能力という意味では決して無能な男ではなかったのだが、市井の女性のみならず、貴族の令嬢である城のメイド(地球世界もそうだが、素性の分からない人間を王宮に出入りさせるわけにはいかないため、基本的に王宮のメイドは大抵の国では貴族女性が務める)にも手を出す好色家で、しかも合意の上ではなく無理矢理手込めにすることから人間関係で様々なトラブルを引き起こしており、更にはその事で叱責されたにも関わらず、全く反省の色が見えないことからアルメディア王国国王──キース・ファン・フィルスは激怒して2年前に彼から王位継承権を剥奪していた。


 しかし、腐っても王子、それも元とはいえ王位継承権は第一位であったことから、利用価値があると見なす貴族もそれなりに居り、その支持基盤は強固とは言えなかったが、それでも無視できるほどには小さくはない。


 さて、そんな男がこの場に現れたのは彼が日本という国に興味を持っていたから・・・ではなく、つい先程自分に接触してきたアルメディア王国の外交官がこのようなことを言ったからだった。



『日本使節団の中には女性の外交官も居り、その人物は年若く美人です。スティル殿下もきっとお気に召されるでしょう』



 それを聞いたスティルは下卑た表情を浮かべながら、その年若いらしい異国の女外交官の身体を味わう事を考えた。


 普通なら外交官に手を出せば国際問題になりかねない事くらい、よっぽどの馬鹿でない限り、いや、よっぽどの馬鹿ですら分かる。


 が、残念なことにスティルは“よっぽどの馬鹿”すら越えた“どうしようもない馬鹿”であり、更には第五文明圏一の強国の王子である自分の行いに反発することはないだろうという驕りもあってか、国際問題などまるで意に返さずに隷属の首輪を首に巻き付けた取り巻きの奴隷兵士達を引き連れて会談の場へと向かった。


 ──そして、交渉が行われていた部屋に入ったその直後、彼は見つけてしまう。



「おお!なかなか良い女ではないか!?俺が味わうに相応しい」



 彼が目を付けたのはこの世界の日本で初めてとなる齢24歳の女性外交官──天城安子だった。


 意外なことだが、転生会はこの世界における女性の社会進出に関して全く手をつけていない。


 これは転生会の会員が全員男性であり、女性の社会進出にあまり興味がなく、更には極一部ではあるものの、前世のファミニズムの風潮に苦しめられた者も居た為、触らぬ神に祟りなしと女性の社会進出には全く手を貸さない事にしたのだ。


 なので、転生会は当初、この世界の女性の社会進出は史実よりも遅れるだろうと見なしていたのだが、第二次世界大戦において女性パイロットの活躍が喧伝され、それに多くの女性が勇気付けられたことによって女性の社会進出はむしろ史実よりも加速し、外務省でも華族限定ではあるものの女性も外交官として採用されることになり、この天城安子という伯爵家出身の女性外交官はその第一号だった。


 そして、今回、彼女は使節団の随行員の1人としてこの会談の場に出席していたのだが、その事実をオーデル公国の外交官がスティルに伝え、更にこうして実際にその姿を見たことで完全に目をつけられてしまったのだ。



「なんですか!?あなた方は!!」



 突然、やって来た男達に、日本使節団の随行員の1人が声を上げてそう問い掛ける。


 普通なら、何でもないある意味当然の反応。


 まあ、強いて言うなら予想外の事態に取り乱してしまう様を相手の外交官が居るなかで見せたのは不味かったが、それとて別に取り返しのつかない失態という程の大袈裟なものではない。


 ──だが、この若い外交官にとっては大変不幸なことに、今この場においては致命的な過ちだった。



「あっ?」



 スティルはその日本外交官をギロリと睨むと、すぐさま剣を引き抜く。



「お、お止めください!!」



 それを見たアルメディア王国側の外交官が慌てて止めようとするが、時既に遅く、スティルは身体強化魔法を使って一気に日本外交官との間合いを詰め、そのまま剣を日本外交官の喉へと突き刺す。



「ぐっ!」



「下郎が。お前ごときが声を掛けて良いほど、俺の身分は安くない」



 そう言って剣を引き抜くと、外交官は倒れ、首を抑えながらもがき苦しむ。


 そして、当然の事ながらそうなって人間が生きていられる筈もなく、外交官はやがて動かなくなり、その生命活動を完全に停止させた。



「なっ・・・」



「貴様、何をするか!!」



 スティルが行った暴挙に、日本使節団は唖然とし、護衛の軍人───会談中は部屋の外で待機していたが、スティル達が交渉の場に入っていくのを見て、慌てて部屋の中に入っていた───は彼を取り抑えようと動き出す。


 だが、その時、スティルについてきていた取り巻きの1人が動き出し、持っていた剣に炎を纏わせながらその軍人の左肩口から右脇腹までを切り裂いた。



「ぐわあぁぁああ!!!」



「・・・どうやらここに居る人間は皆野蛮人のようだな。おい、貴様ら。こいつらを殺せ。ただし、女だけは残しておけよ。俺が楽しむからな」



 切り傷に加え、そこにまるで塩を塗り込むかのように炎の熱が加わり、あまりの激痛に軍人は転げ回って苦しむが、それを目をくれる事なく、スティルは取り巻きの奴隷達に対してそう命じた。


 そして、隷属の首輪による強制命令執行効果と、連日の暴力により逆らう気力すら既に喪失していた奴隷兵士達は、その命令に逆らわずに剣を引き抜いて使節団に襲い掛かる。


 当然、そうなると使節団の方も逃げようとしたし、アルメディア王国側の人間もこの凶行を止めようと動き出したが、元々、武器を持っていて、尚且つある程度訓練されている人間と分官な上に武器を持っていない人間では差がありすぎ、逆に巻き込まれて斬り殺される人間すら出ている有り様だった。


 その後、彼らの凶行は報せを聞いて駆け付けた近衛騎士と武器を返却された護衛の軍人達によって鎮圧されるまで続き、事が終わった時、日本使節団は天城と護衛の軍人数名を除いて死亡し、外交官の中で唯一生き残った天城もまたスティルによって彼自身が造った秘密の部屋へと連れ去られ、3日後にその身を凌辱され尽くした姿で発見されることとなる。


 ──この一連の惨劇は後に“カリス事件”、または“スティル乱心事件”と呼ばれることになり、アルメディア王国は外交団を虐殺されたことで怒り狂った日本皇国からの報復を受けることとなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 恐らく日本の敵、もしくは厄介な国になるであろう第一文明圏の2ヶ国が聞いても同情されそうなことをやりましたね、この王子
[一言] 日本側が戦略爆撃をしても許される事件が起きましたね。 これはこの馬鹿貴族を送ってきた王族とか王様のメンツが潰れて戦争の終戦条件にも影響が多大にでるでしょうし、この馬鹿貴族が原因で自分たちや自…
[一言] これは……スティルを捕らえて公開処刑にしない限り、日本国民の怒りは収まりそうもありませんな。
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