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オーデル公王の目算

陽歴3025年(西暦1950年) 3月25日 夜 オーデル公国 首都・カナリス 王宮


 オーデル公国の首都──カナリス。


 首都というだけあってオーデル公国で最も栄えており、都市の人口そのものはカリスには負けるものの、都市の経済規模という点ではこちらに軍配が上がる。


 そして、この街の郊外に存在する小高い丘には他国と比べると少し控えめではあるものの、公王とその一族の者が住まう王宮が存在しており、カリスでの会議が終わった後、急いでワイバーンに乗って戻ってきたセルシオ・リューズンバーグ伯爵は、公王──クルジオ・オーデル・フェルナンドにクルトより聞いた件の情報についての報告を行うべく真っ先にここを訪れていた。



「こんな夜分遅くにどうした?セルシオ伯爵」



 王宮の一室にて、公王であるクルジオはニコリと笑いながらセルシオにそう尋ねる。



「例の会議についての報告か?それなら明日でも遅くはなかったと思うが・・・」



「いえ、会議の内容については予定通りでした。しかし、実はその場でアルメディア王国の代表の者から聞いた情報を早急に陛下のお耳に入れなければと思い、参上した次第です」



「・・・それはそんなに大事な情報なのか?」



「はい、場合によっては我が国の今後の国家戦略を左右しかねないほどに」



 セルシオのその言葉に、クルジオは先程の穏やかな顔とは打って変わって真剣な顔となる。



「分かった。では、その情報の内容を今すぐ言ってくれ」



「はっ。実は先日、国交を結んだ皇国の事なのですが──」



 セルシオはクルトから聞いた情報をクルジオに話す。



「──というわけで、皇国は第六文明圏と繋がっている可能性が有ります」



「・・・なるほど。それは大変な情報だな」



「はい。ですが、皇国はあのような鋼鉄の船を造ることからも分かるように、超大国であるという事は間違いありません。したがいまして、まずシーリアに駐留する大使に対して事の真偽を尋ね、もし本当だった場合は今回の戦いでは中立を貫くように要請を──」



「いや、それには及ばない」



「──は?」



 クルジオのその予想外の発言に、セルシオは思わず間の抜けたような反応をしてしまうが、それに構うことなくクルジオはこう言葉を続ける。



「報告、ご苦労だった。この件は私が預かろう。悪いようにはしないから、そこは安心してくれ。あとこの件は他言無用だ。例え相手が友人であったとしても、この事は絶対に喋るな」



 















◇同日 深夜



「これはチャンスかもしれんな」



 会談を終え、セルシオが王宮より去った後、クルジオはそう呟きながら今後の展開について考える。


 正直、クルジオはセルシオの『皇国が自分達と第六文明圏の戦いに介入してくるかもしれない』という話にはあまり懸念を抱いていない。


 そもそも第六文明圏は反人族の考えが主流であり、特に第五文明圏南部の対岸──と言っても、2000キロ近く距離が有るが──に位置するウルフルズ王国には特にその傾向が強いのだ。


 そんな国が──自分達にとっても信じがたいが──人族しかいない国家である皇国と組む可能性は非常に低く、ましてやウルフルズ王国側が参戦の見返りを自分から用意し、参戦を乞う可能性に至ってはもっと低い。


 まあ、仮にカレドニア王国と国交を結んでいるという情報が本当で、彼の国が仲介が有ったとしても、ウルフルズ王国が参戦の見返りを用意しない限りは皇国もわざわざ参戦してこないだろう。


 ──つまり、侵攻先がウルフルズ王国に限定されている分には皇国参戦の可能性が殆どあり得ないとクルジオは見ていたのだ。


 もっとも、宛が外れて参戦してくる可能性もないではないが、そうなったとしてもそれはそれで別に構わない。


 何故なら、今回の第六文明圏の侵攻ではオーデル公国はまともな軍勢(・・・・・・)を送るつもりは(・・・・・・・)更々なかった(・・・・・・)のだから。



(今回の第六文明圏への侵攻における我々の狙いはあくまで犯罪者や不穏分子、あとは権威をかさに着てやりたい放題やっている馬鹿な貴族の輩を纏めて現地に送り付けて国内を安定化させること。日本が参戦してこれらの輩が殲滅されれば、むしろ我が国にとっては好都合だ)



 そもそも今回の第六文明圏侵攻には第五文明圏南部の殆どの国があまり価値を見出だしていない。


 何故なら、前述したように第五文明圏南部からアルムフェイム大陸までは2000キロ近い距離があったし、アルメディア王国を除けば第五文明圏南部の国が保有している船はその殆どがガレー船であり、幾ら魔石を使って風魔法を発動して風の向きを追い風にした上で獣人奴隷にオールを漕がせるにしてもそんな長距離の航海は一苦労だ。


 ましてや、占領となったらその維持のために何べんも往復する必要があり、その手間と人手を考えれば、むしろ第六文明圏侵攻は赤字になる可能性が高いとアルメディア王国以外の大半の国が考えていた。


 まあ、アルメディア王国がガレオン船の建造技術を全面的に供与してくれれば話は別だったのだが、そんな上手い話は流石にない。


 だからこそ、今回の第六文明圏侵攻計画はアルメディア王国と一部の国を除けば、あまり真面目に取り組んでおらず、どちらかと言えば政治的な付き合いによって仕方なくやっているという国の方が圧倒的に多く、オーデル公国もその1つであり、彼らの場合は政治的な付き合いに加えて国内の膿を出しきるために敢えて無能な貴族や素行に問題がある者達を纏めて第六文明圏に送り込み、彼らを戦死、または何かと理由を付けて本国に戻らせないようにするつもりだった。


 つまり、オーデル公国は第六文明圏を事実上の流刑地にすることを考えており、それ故にもし日本が参戦すれば、送り込んだ人間達が纏めて一掃できるので、戦死させる方法や本国に戻らせない理由を考えなくて良い分、むしろ好都合だと言えたのだ。


 しかし、同時に懸念もある。


 それは──



(だが、戦場が第六文明圏に限定されなければ我々も巻き込まれることになる。いや、それ以前に戦いが皇国対サードミーナ連合という構図になってしまえば、どうなってしまうか分かったものではない)



 この時点でクルジオは皇国の本当の実力を計りかねていたが、鋼鉄の船を多数持ってきた以上、少なくともアルメディア王国以上の軍事力を持つという事は分かった為に皇国とサードミーナ連合との戦いになってしまえば、良くて戦争の長期化、最悪は幾つかの国が滅ぼされてしまう可能性があると考えていた。


 特にオーデル公国は国が皇国本国がある方角の沿岸部に位置しているので、どちらのケースになったとしてもオーデル公国が甚大な被害を受ける可能性は非常に高い。



(となれば、なんとかして対立の構図を皇国対アルメディア王国にしなければならんが・・・セルシオの言葉が正しければ今の段階ではそれは難しいな)



 なにしろ、セルシオの報告が確かならば、アルメディア王国の諜報網はオーデル公国国内に深く根を張っている事になる。


 となれば、何か策略を練ったところで察知されてしまう可能性が高いので、そうならないように国内を掃除しておく必要があった。



(国内の掃除が終わって策略を練り、それが成就するまでは少なく見積もっても1年といったところか。それまでに戦争が長続きして皇国が敵側に立って参戦しなければ良いがな)



 そればかりは心配しても仕方がない。


 そう考えたクルジオはまず国内の掃除に取り掛かる事を決意するが、その時、ふとあることを思い付いた。



(そう言えば、アルメディア王国にはあの馬鹿王子は今回の出征には参加しないと言っていたな。・・・試しに皇国とアルメディア王国の国交樹立を仲介してみてその馬鹿王子にその交渉の際の話し合いが拗れるように吹き込んでみるとするか)



 そんなことを考えたクルジオだったが、ぶっちゃけいま自分が考えたことが上手く行くことは全く期待していなかった。


 当然だろう。


 あまりにも雑すぎる策略と言えるかどうかすら怪しい考えだったのだから。


 だが、上手く行かなかったとしてもアルメディア王国との外交関係が拗れる可能性は低いローリスク・ハイリターンなものであることから、クルジオは一応やってみる事にしたのだ。


 ──そして、だからこそ、彼は4ヶ月後に起こってしまう事態をこの時、全く予想出来なかった。

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