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とある宰相の悩み

西暦1946年(昭和21年) 4月7日 日本皇国 皇都・東京 昼 首相官邸 執務室


 日本皇国の事実上の首都である皇都──東京。


 つい半年前までは大日本帝国の首都ゆえに“帝都”という名称であったものの、現在では皇都という名称に改められていた。


 転移して元の世界の国々との禍根が一切無くなったので、国と首都の名前を帝国と帝都に戻そうという意見もあったが、昭和天皇自身が戒めのために日本が敗戦したという事実を残そうと考え、改称後の名称をそのまま使うように命じた為にその話は立ち消えとなっている。


 そして、この東京は史実の同年代よりも遥かに発展しており、尚且つ焼け野原になることもなかった為に町の景観はほぼ戦前のままとなっていて、正に(この時代基準では)大都会に相応しい様相を呈していた。


 さて、そんな皇都・東京に存在する首相官邸では、日本の事実上の最高指導者である首相(この世界の大日本帝国では天皇の下に首相、首相の下に軍部を統括する防衛省を含めた各省庁で構成される政府という形でキッチリ指揮系統が憲法で定められており、文民統制シビリアンコントロールが行われている。ちなみに史実日本国のように天皇が象徴化されていないのは、この憲法を作った転生者が史実の捻れ国会のようなものによって首相がコロコロと変わるのを嫌がり、そういった事態のための備えとして天皇が首相を指名するという体制を制限付きではあるものの、残しておこうと考えた為)──吉田茂がある報告書を読んで唸り声を上げていた。



「ううむ。分かっていたことだが、損害が多いな」



 吉田が今読んでいるのは千芝大陸(カーセラー大陸のこと)に派遣された陸軍の損害についての報告書だ。


 98式中戦車改8、93式装甲車13、94式トラック5を喪失、兵員死傷者500。


 戦争、それも世界大戦クラスの大戦争であれば小さい数字に思えるだろうが、それは感覚が麻痺しているだけで、通常の戦争であれば十分大損害であるし、そもそも千芝大陸で陸軍が戦っている相手は人間ですらない。


 魔獣。


 それは千芝大陸に生息する害獣。


 一般的に害獣と言うと、人に直接危害を加える生物と農作物などを勝手に食べて間接的に人の生活に打撃を与える生物の2つの種類に分けられるのだが、今回の場合は前者であり、開拓の障害になりうるということで現在陸軍1個旅団(約5000人)が派遣されて駆除を行っている。


 ところが、相手は虎やライオン、狼や熊といった生易しい存在(・・・・・・)などではなく───そうであれば、歩兵はともかく、装甲車や戦車がこれほど撃破される筈がないし、そもそも戦車など持っていく筈がない───、恐竜クラスの体格を持ち、尚且つ火まで吐くという元の世界の生物学の常識を遥か彼方に吹っ飛ばしたような存在ばかりであり、さしもの陸軍も苦戦していた。



「・・・やはりダークエルフを取り込んだのはこういう意味でも間違いではなかったか」



 ダークエルフを最初に取り込もうと考えたのは吉田自身だった。

 

 彼らはこれまでカーセラー大陸の開拓を先行して行ってきただけあって、魔獣の弱点や日本に必要な資源の産出場所など、様々な情報を持っている。


 だからこそ、吉田はそんな貴重な情報を持つダークエルフ達を取り込もうと考えたのだ。


 とは言え、実のところ、最初は皇族との婚姻関係を結ぶというところまでは考えていなかった。


 まだこの世界に来て日は浅く、ダークエルフに対する嫌悪感は無かったが、それでも得体の知れない存在であるということに変わりはない為、そんな者をいきなり皇国の身内にすることには吉田にも抵抗があったのだ。


 故に、日本本土、沖ノ鳥島、南西諸島、小笠原諸島、伊豆諸島に囲まれた海域の丁度ど真ん中の位置に現れた──正確には現れたのは日本の方だが──カンサ諸島にダークエルフの国を建国することでそれを彼らへの報酬として考えていた。


 何か不都合な事が起こればすぐに潰せるように。


 加えて、元々日本の領土ではない上に小さい島々なので、渡したところで日本からすれば痛くも痒くもない。


 そんな計算が吉田にはあったのだ。


 だが、その計算は天皇陛下の行動によって狂ってしまった。


 もっとも、対面したダークエルフの長老を見るに不信感が強い様子だったので、天皇陛下がああ言わなければ信用されずに話を断ったかもしれなかったが。



(・・・まあいい。まだ修正できる範囲内だ。それにあの大陸に詳しいダークエルフが先日に一族単位で臣従を誓ってきた以上、これからは軍の被害も少なくなるだろう。と言うより、そうでなくては困る)



 なにしろ、皇族との婚姻というカードを切ったのだ。


 幾ら転移前の世界では日本の皇族と外国の王族・貴族の婚姻には前例があった(・・・・・・)とは言え、未だ得体の知れない部族の域を出ないダークエルフが相手となると、それは禁断のカードとなる。


 その為、ぶっちゃけこれくらいは出来て当然であり、むしろ、もっと皇国の役に立って貰わなければ困るというのが吉田の本音だった。



(取り敢えず、こちらはなるようになるしかないと考えるとして・・・問題はこれだな)



 吉田はある報告書を手にとって苦い顔を浮かべる。


 それは転生会から上げられた経済に関する報告書だった。


 ・・・正直、吉田は転生会という組織をかなり胡散臭く思っており、あまり信用したくなかったのだが、残念なことに彼らが有能な集団であることは疑いようのない事実であったので、完全に無視するわけにもいかず、渋々ながら報告書の内容に軽く目を通す。


 すると──



「・・・なるほど、確かに彼らは有能だ。この報告書の中身が私の頭に優しいものであれば、素直に称賛していたな」



 そんな皮肉を呟きつつ、吉田は更に内容を読み進める。


 転移時、日本はカリフォルニア宣言で保証された領土(すなわち、北は樺太、南は沖ノ鳥島、西は与那国島、東は南鳥島まで)とその範囲内に居た吉田自身を含む7500万人もの住民が纏めて転移していたが、転移したのは彼らだけではなかった。


 なんと海外領土、あるいは連合国の占領下に残されて居た1億8500万もの日本国籍を持つ日本人が樺太の北100キロ、幌筵島の北150キロの位置に現れ、1月8日に正式に日本領として編入された面積200万平方キロ程の小柄な大陸──神州大陸に現れた(ちなみにダークエルフが言うには元々この辺りにはこのような大陸は無かったらしく、日本転移と同時にこの世界に現れたと推測される)のだ。


 しかも、海外にあった日本資産も一緒に(ちなみに余談だが、国内に居た日本国籍を持たない外国人と在日外国資産は転移と同時にいつの間にか消えていた)。


 その後、神州大陸に現れた1億8500万人もの人々の住宅の手配──住宅までは転移してこなかった──などで苦労はしたが、幸い、衣服と食料については転移時に海外の倉庫にあった衣服と食料の山が一緒に転移してきたのと神州大陸自体が食料生産に適した土地であった事からなんとかなる見通しがついた。


 そして、転移の際に海外に置いていた機械も神州大陸に転移してきた事で工業力も戦前の7割~8割程に回復していたのだが、ここで転生会はある重大な問題をこの報告書で指摘している。


 それは資源と経済だった。


 まず資源だが、これは千芝大陸に大量の資源が眠っていると目されており、それが産出できれば日本の持つ工業力を完全に回復させることは可能だ。


 ──そう、産出出来さえすれば。


 前述したように千芝大陸には魔獣が居り、幾ら魔獣の弱点と資源の産出場所をダークエルフから教えて貰ったとしても、魔獣を全て倒すまでにはある程度時間が掛かるだろうし、そもそも資源の産出場所には採掘施設も産油施設も無いので、それらを全部一から作らなければならない。


 勿論、国内や神州大陸からある程度資源を産出することは出来るが、フランスやイタリア、あるいは史実日本程度の工業力ならばともかく、この世界の日本の工業力の前では、その程度の資源では全然足りないのだ。


 まあ、これに関しては今現在敷かれている物資統制をあと数年程継続させればなんとかなるかもしれないが、より問題なのは経済の方だった。


 今のところは神州大陸の開発と千芝大陸の開拓(予定)という内需によって賄えるだろうが、内需だけでは金の巡りを良くして経済を活発化させることは出来ても、外貨の獲得は出来ないので、いずれ行き詰まることになる。


 よって、いずれは外需を求めてこの世界に食い込まなければならないのだが、ここで問題なのがどうやってこの世界に食い込むかだった。


 貿易を行うにしても、まずは相手の国主の許可を得なければ安全な商売は出来ない。


 その為、安全に貿易を行うためにはどうにかして貿易相手国と国交を結ぶ必要があり、これに関しては幾つかの方法が報告書に記載されていた。


 そして、その中で最も転生会が奨めていたのが砲艦外交であり、通常の接触手段ではあまりにも危険且つ確実性が薄いので、軍艦という分かりやすい力でまずインパクトを与えることで手っ取り早く交渉相手を誘い出して国交締結のための交渉を行う。


 勿論、相手を刺激してしまう危険性もあったが、それを加味しても文明が圧倒的に劣る相手にはこの方法が一番最適な手段だと転生者達は考えていた。



「砲艦外交か。時代錯誤かもしれんが、この世界では一考の余地が有りそうだな。まあ、やるにしても数年は先だろうが」



 今は資源問題解決が先だ。


 吉田はそう思いつつも、転生会から出されたこの案を頭の片隅に留めておくことにした。

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