第二次世界大戦期の日本軍陸戦兵器
◇陸戦兵器
100式重戦車
西暦1940年に制式採用された日本軍の重戦車。史実パンター中戦車をベースに設計されている。しかし、98式戦車と比べて量産性に劣るため、数的主力とはなり得なかった。
98式中戦車
西暦1938年に制式採用された中戦車。史実Ⅳ号戦車の完成型と言えるⅣ号戦車H型をモデルに作られており、スペックもほぼ同じ。第二次世界大戦では後に完成した100式戦車よりも量産性に優れていたことから100式戦車が完成した後も大量生産が行われ、数的主力となった。
90式中戦車
西暦1930年に制式採用された日本軍の中戦車。史実97式中戦車チハ。第二次世界大戦時では既に旧式となっていたが、南方戦線などはそれなりに活躍した。
82式中戦車
西暦1922年に制式採用された日本軍の中戦車。史実89式中戦車。98式中戦車の登場を機に退役し、その後はハワイ王国や友好国・中立国などに売却・供与された。
5式203ミリ自走榴弾砲
西暦1945年に制式採用された日本軍の自走榴弾砲。3式203ミリ榴弾砲と100式戦車の車体を組み合わせる形で開発された。第二次世界大戦では登場時期が終戦間近だったことと機動性が極めて悪かったことから大した活躍は出来ず、終戦後は千芝大陸での魔物討伐に投入されるが、バランスの悪さなどが原因で故障が続出している。
98式155ミリ自走榴弾砲
西暦1938年に制式採用された155ミリ自走榴弾砲。第二次世界大戦では主にシベリア戦線や北米戦線で活躍した。
94式装甲車
西暦1934年に制式採用された装甲車。93式装甲車の装甲特化バージョンで12、7ミリの弾丸にも耐えられる装甲を持つ。ただし、戦車の支援用として開発された為に歩兵の輸送能力は低い。
93式装甲車
西暦1933年に制式採用された装甲車。小銃の弾丸に耐えられる装甲を持ち、完全武装の兵士を8~10人載せる事が可能。
92式指揮車
西暦1932年に制式採用された指揮車。指揮車両であるため通信設備が充実している。車両そのものの装甲は先述した93式装甲車とほぼ同等。
92式偵察車
西暦1932年に制式採用された偵察車両。装甲は殆ど無いが、機動性に優れており、また悪路での走破性も高く、第二次世界大戦ではシベリアや東南アジアといった土地で活躍した。
91式火中車
西暦1931年に制式採用された自走式多連装ロケット砲。本国が島国で起伏の激しい土地が多いという特性を持っている故に小型で機動性の高い兵器に拘りがちな日本軍の火力を補うために開発された。第二次世界大戦ではシベリア・東南アジア・北アメリカ戦線で大活躍し、日本軍の傑作兵器の1つに数えられている。
90式対空戦車
90式戦車の車体を利用して造られた日本軍の対空車両。20ミリ機銃が装備されており、第二次世界大戦初期においては対空機銃としてそれなりに活躍したものの、シベリアや北米戦線ではソ連軍やアメリカ軍の機体を強化したこともあってあまり効果が出なくなり、大戦中盤からは対歩兵・装甲車用の兵器として地上戦で運用されることが多くなった。
89式120ミリ自走迫撃砲
西暦1929年に制式採用された日本軍の自走迫撃砲。後述する81式重擲弾筒の火力不足を補うために開発され、第二次世界大戦にも投入されたが、車両搭載のため険しい地形での運用は難しく、更には射程も短かった為にシベリア戦線以外ではあまり活躍しなかった。
88式水陸両用車
西暦1928年に制式採用された水陸両用車。上陸車両として主に海兵隊に配備されたが、第二次世界大戦では上陸の機会があまり無かった為に活躍の機会が少なかった悲運の兵器でもあった。
84式トラック
西暦1924年に制式採用された日本軍の標準軍用トラック。装甲こそ無いに等しいが、(車両に搭載されている装備と歩兵の装備にもよるが)完全武装の兵士を10~20人輸送することが可能。
3式203ミリ榴弾砲
西暦1943年に制式採用された日本軍の榴弾砲。戦争が進むにつれ、155ミリ榴弾砲では火力不足と判断されたことから、海軍の重巡の主砲を改造する形で生産された。第二次世界大戦では採用時期が中盤だった為に本格的に前線に投入されたのは戦争後期になってからであったものの、155ミリの倍近い火力は広大な大陸で戦う前線の兵士たちを勇気づけ、逆に敵にとっては恐怖の象徴であり、活躍期間こそ短かったが、それでも連合軍が恐れた日本軍兵器の1つとして数えられている。
88式90ミリ高射砲
西暦1928年に制式採用された日本軍の高射砲。信頼性が高く、野戦高射砲としては威力が高かった。陸戦でも使用される機会が多く、連合国は本兵器を“東洋のアハトアハト”として恐れた。
85式155ミリ榴弾砲
西暦1925年に制式採用された日本軍のカノン砲。性能は平凡ながらそれなりの大火力、そして、大量生産に向いた本兵器は第二次世界大戦においてシベリア・北米、東南アジアの各戦線で活躍し、日本軍で最も活躍した陸戦兵器の1つとして数えられている。
82式90ミリ野砲
西暦1922年に制式採用された日本軍の野戦砲。当時としては大口径な砲ではあったものの、砲そのものが(その口径にしては)軽量であったことと部品の数が少ないために組み立てやすく、更には壊れづらいその構造から山砲としても扱うことが可能で、第二次世界大戦においては主に東南アジア戦線で活躍している。
95式対戦車ロケットランチャー
西暦1935年に制式採用された日本軍の対戦車ロケットランチャー。史実ドイツのパンツァーファウストそのもの。第二次世界大戦では初期に劇的な戦果を挙げたものの、途中で敵が対策を取り出したことで戦果は激減した。しかし、歩兵が携帯可能な兵器の中で一番戦車に対して有効な兵器であることから開戦から終戦まで使用され続けた。
81式重擲弾筒
西暦1921年に制式採用された日本軍の重擲弾筒。史実の89式重擲弾筒そのものであり、史実同様に日本軍傑作兵器の1つとして数えられている。
99式小銃
西暦1939年に制式採用された日本軍の自動小銃。史実AK-47の使用弾薬を日本軍の小銃口径規格である7、7ミリに換装したものであるが、オリジナルと比べて然程性能に違いはない。
90式小銃。
西暦1930年に制式採用された日本軍の半自動小銃。性能は史実の四式自動小銃と同じ。
65式小銃
西暦1905年に制式採用されたボルトアクション式小銃。史実の99式小銃で小銃としてはかなりの旧式であるが、狙撃銃としては有用であるために第二次世界大戦後においても少数生産が行われている。
38式小銃
西暦1878年に制式採用されたボルトアクション式小銃。史実の38式歩兵銃で第二次世界大戦時点では退役しているが、猟銃として民間にはある程度普及している。
82式重機関銃
西暦1922年に制式採用された口径12、7ミリの重機関銃。史実のM2重機関銃そのもの。信頼性が高く、第二次世界大戦でも活躍した他、戦後も長きに渡って運用されている。
89式軽機関銃
西暦1929年に制式採用された口径7、7ミリの日本軍の軽機関銃。史実の99式軽機関銃そのものであり、史実同様に信頼性は高かった。
75式20ミリ対戦車ライフル
西暦1915年に制式採用された日本軍の対戦車ライフル。第二次世界大戦では戦車の装甲化の向上によって対戦車ライフルとしては機能しなくなっていたものの、装甲車や歩兵相手には十分通用した為に対物狙撃銃として重宝された。




