沖縄の出会い
◇西暦1949年 9月12日 昼 日本皇国 沖縄県 沖縄本島 那覇市
「でっかい建物ばかりだなぁ。ここが日本か」
人魚族の青年──ナハは偶然にも自分と同じ名前をした日本の都市の光景を見ながら、その発展ぶりに感嘆の声を上げた。
基本的にこの世界の日本の地方都市は転生会が打ち出した国家機能分散方針もあって史実よりも格段に発展しており、近代国家の象徴であるビルや最新の交通インフラがあちこちに築かれている。
が、それらはあくまで本土の地方都市の話であり、本土から少し離れた位置にあるこの那覇の都市規模は史実と然程変わってはいなかったのだが、それでも都市レベルの街を生まれてから一度も見たことがなかったナハは驚きを隠すことが出来なかった。
「やっぱり、こんな国に喧嘩を売ったのは不味かったんだ。あの馬鹿のせいで俺達は故郷まで捨てる羽目になった」
ナハはそう言いながら、去年の末に馬鹿なことを仕出かしてくれた人魚族の男──チョンを恨んだ。
元々、ナハは何かと上から目線で自らの知識をひけらかすチョンの事をよく思っておらず、チョン達が皇国に対して抗議活動を行おうと言った時も真っ先に反対し、彼らによって牢に閉じ込められた。
もっとも、そのお陰で罪を問われることはなく、それどころか彼とその家族達は沖縄本島に住むことを許されたのだが、ラグーン諸島でのんびりと一生を過ごしたいと考えていたナハとしては現在の境遇には少々不満があったのだ。
加えて──
(あの野郎、何処に隠れたかは知らないが、1人だけ罪を免れやがって!お前のせいで俺の好きな奴の家族は大変なことになっているんだぞ!?)
そう、あの事件があってラグーン諸島が皇国に編入された後も結局、首謀者であったチョンは見つからず、人魚族より引き渡された襲撃犯達だけが皇国の裁判所にて殺人及び傷害と器物損壊の罪で裁かれた。
一応、襲撃した人間が武装兵で、しかも反撃して人魚族側にも死者が出ているということから死刑こそ免れたものの、その判決は決して軽くなく、全員が終身刑、または無期懲役を言い渡され、現在は皇国のとある無人島の刑務所に収監されている。
しかも、話はそれだけでは終わらず、襲撃犯達と首謀者の家族は同じ人魚族の者達から白い目で見られるようになった。
特に首謀者の家族に至っては首謀者本人がまだ捕まっていないことから公安が手配した家に押し込められる形で軟禁されており、襲撃犯達の家族もまた本島から離れた島に新しく造られた“隔離施設”に放り込まれている。
ちなみに隔離施設の中に入った者の中にはナハの初恋の人も含まれており、これに関してはナハも皇国側に抗議しようかと思ったが、当の本人に拒絶されたことで渋々諦め、3日前に家族と共にこの島へと移住してきていた。
しかし、初恋の人がそんな扱いをされているにも関わらず、首謀者であるチョンはのうのうと逃げ仰せていたことで、元々良くなかったナハの彼への心象は更に悪化。
今度会ったら絶対に自分が殺してやる。
ナハはそう決意しながら、家路に着こうとした。
だが、その時──
「おっと!」
「あっ」
考え込んでいたせいですぐ側に人が居ることに気がつかず、ナハは黒い服を着た女性とぶつかってしまった。
「大丈夫ですか!?」
「えっ?あっ、はい。大丈夫です」
「そうですか。それは良かった」
女性の無事を確認し、ホッとしたのも束の間、ナハは女性のすぐ側の地面に女性が落としたと思われる花束を目にする。
(花束か。誰かからか贈られたのかな?それとも墓参りの為の花かな?)
ナハはそんなことを思った。
そう、かつての地球世界でもそうだったが、この世界でも男性が女性に花束を贈り、その気持ちを言葉に代わって伝える文化や弔いのために墓に花を添える文化は存在している(もっとも、史実の地球世界でそういう文化が出来たのは19世紀からだが、この世界の日本では転生者の影響によって数百年早くその文化が伝わっている。ちなみにアークロイド世界では3000年前にその文化が出来上がっている)。
勿論、地域や花によってその意味合いは異なるが、それでも女性が花束を持つ事の意味は大切な人からの贈り物、あるいは弔いの花束であることは万国共通だった。
「あの・・・その花束はあなたのですか?」
「はい。主人の墓参りの為に・・・」
「そ、そうでしたか」
悲しそうな声でそう答える女性に、ナハは余計な事を聞いてしまったと自分の迂闊な発言を後悔するが、一度吐いてしまった言葉はもう戻らず、気まずそうにそう言うしかなかった。
そして、気まずい雰囲気を作ってしまった張本人であるナハは今いる場所が慣れない土地であることもあって一刻も早くその場から離れたかったが、女性の方は日本本土ではあまり見られない白人っぽい人種であるナハに興味を持ったのか、彼に対してこう尋ねる。
「あの、あなたは神州の方ですか?」
「カミス?いえ、私はつい最近この国にやって来た人魚族の者ですよ」
「人魚族、ですか?」
ナハの言葉を聞いた女性は首を傾げるが、それもその筈で、基本的に皇国政府はダークエルフや日本人と同じ人族以外の異界人が存在するという事実こそ公表されていたが、それが具体的にどんな種族なのかは知らされておらず、更には外地で起こったハイエルフや人魚族による死亡事件も事故として報道されている。
これは下手に報道して日本人に異界人への敵愾心が植え付けられては困るという政府の判断からだったが、準備が整うまでは民需の拡大に全力を尽くしたい転生会の意向も大きく働いていた。
そもそも日本人という民族は基本的に極端から極端に走る国民性を持っており、それは史実日本の戦前と戦後の極端すぎる世論の変化でも証明されている。
なので、ハイエルフや人魚族の件を下手に報道すれば、国民が何らかの懲罰を下せと叫ぶ可能性があると転生会は見なしていたのだ。
ましてや、神州大陸の国民に至っては生活の苦しさから世論が殺気立っているのだから尚更だった。
今の日本に泥沼になりかねない戦争をやっている余裕はない。
そのような冷徹な判断の下、転生会は千芝大陸を除いた外地との情報封鎖を行っており、外地に関する一切の情報をほぼ全面的に遮断していた。
それ故に女性も人魚族の存在を知らなかったのだ。
そして、ナハは女性の反応に一瞬キョトンとするが、すぐにここにやって来るまでに日本軍の軍人が行った講習で民衆が自分達の事を知らないと説明された事を思い出し、自分達の種族に関しての事を説明する。
「はい。以前、ラグーン諸島という場所に住んでいた者で、今回、色々あってこの島に移住することになったんですよ」
流石に同族の者が皇国の人間を襲った結果、この島に強制移住することになったとは言えず、ナハは嘘にならない範囲でお茶を濁すようにそう言った。
「そうでしたか。ダークエルフの方以外にも異界の方が居るとは聞いてはいましたが、会ったのは今回が初めてです」
「あはは。そうでしたか」
ナハはそう答えながらも、女性の言葉によって子供の頃から親にあれだけ悪しように言われていたダークエルフが本当に皇国の庇護を受けているということを実感した。
何度も言うようだが、この世界ではダークエルフはほぼ全ての種族に嫌われており、ナハが子供の頃に読んだ絵本などでもダークエルフは悪役として登場することが多かったのだ。
まあ、純粋だった子供の頃と違ってある程度大人になった今では会ったこともないダークエルフのことを悪く言うつもりはなかったが、それでも子供の頃に大人達に散々『ダークエルフは悪だ』と吹き込まれたせいもあってダークエルフが国の庇護を受けることに違和感を感じていた。
「──あら、ごめんなさい。もうこんな時間。急いで墓参りに行かなくちゃ」
「そうですか。では、私も急いでいますのでこれで」
本当は急ぐ理由など無かったが、慣れない土地にこれ以上じっとしていたくもなかった為にナハはそう答え、その場から去っていく。
そして、女性もまた彼に少し遅れる形で、去年の末に外地で亡くなった海援隊の夫の墓参りに向かった。




