とある種族の決断
◇西暦1946年 3月12日 深夜 某所
真っ暗闇な空間。
文字通り灯りが一切ないその部屋だったが、そこに集まる彼らにとってはそんなことは全く問題にならなかった。
何故なら、彼らは闇に生きる戦士──ダークエルフであり、暗闇で活動をすることなど呼吸をするくらい当たり前であったのだから。
そして、一通り人員が集まったところで、日本で言うところの“上座”に座るダークエルフの長老である老人が口を開く。
「皆、集まったな?今日はある重大な提案を行うために皆を集めた。まずは私の言葉を聞いて欲しい」
それを聞いた各地のダークエルフを統括する長達は黙って話の続きを促す。
その無駄が一切感じられないその反応は、彼らが統率者として優れているという証であり、またこれまで世界中の人族から迫害され、同胞である亜人族からも半ば敬遠されながらも生き残れてきた理由でもあった。
「2ヶ月前。我々は“皇国”と名乗る国と接触したことは既に伝えていよう?そして、一月前に私は実際に彼の国へ行って来た。その結果──」
「「「・・・」」」
集まっている長達の内、何人かは息を呑む。
新たな自分達の顧客となる可能性があると思ったからだ。
彼らダークエルフは世界中で迫害され、敬遠されてきたことは前述した通りであったが、同時に諜報や暗殺などの汚れ仕事や危険な仕事を請け負うことで食い繋いできた。
言うまでもなく、優秀な諜報員を育てるにはお金が非常に掛かる。
その為、優秀かつ安価な金額で仕事を請け負い、尚且つ死んでも惜しくない彼らは序列が低い文明圏などでは意外にも重宝されており、流石に第一文明圏や第二文明圏、そして、第三文明圏の一部の国などでは自前の諜報機関を持っていたが、逆に言えばそれ以外では諜報を彼らに依存している国が多く、中には全面的に任せている国すら存在したほどだった。
要は史実の日本の戦国時代の“忍”のような存在であったわけだ。
そして、そんな彼らの視点から見れば、“皇国”は警戒すべき対象であると同時に、新たな大口のお得意様となりうるかもしれない存在でもあった。
なにしろ、“皇国”との初の邂逅は洋上で行われたのだが、その時の彼らの船は鉄で出来ており、これはそれだけの船が運用できる大国、あるいは有力な中小国であるという事を意味する。
こんな国が自分達の敵に回れば、即破滅に繋がることは間違いない。
しかし、幸いと言って良いべきかは分からなかったが、彼の国は今年1月頃に異世界から来たと主張している。
本当かどうかはかなり疑わしいが、もしそれが本当であるならばこの世界の情報は持っていない筈。
それならば、自前の諜報機関を持っていたとしても、自分達を売り込む事は十分に可能。
長達は話を聞かされた時からそんな算段を立てていたのだ。
だが、次に発した長老の言葉にはそんな彼らを以てしても驚愕せざるを得なかった。
「──“皇国”は我らが全力を以て臣従するべき対象と判断した」
その発言に周囲の空気は凍り付いた。
長老の言っていることがあまりにも突飛すぎて理解が追い付かなかったからだ。
だが、それでも暫しの間、時間を置くことでようやく理解が追い付いた長の何人かが長老に対してこう尋ねた。
「それは何故ですか?」
「左様。雇われるだけなら兎も角、全力で臣従というのは──」
「自分達が治める国が欲しくないか?」
「「「「「!!?」」」」」
「私は“皇国”のヨシダという宰相にそう言われた。もし私達が開拓していたカーセラー大陸の明け渡しと世界の案内人としての役割を果たせば、皇国本土の南に存在するカンサ諸島に保護国という形ではあるものの、我々が治める国を築くことを許し、またその支援も行うとな。その証としてこうして書類まで貰った」
そう言って長老は一番下の名前欄に皇国宰相と皇国の長──天皇の名前が書かれた書類を長達に見せる。
「しかし、それだけでは・・・」
しかし、それでも彼らの渋い顔を変えるには至らない。
当然だろう。
紙に書かれた契約を破られるなど、彼らにとっては日常茶飯事であったのだから。
故に、幾ら皇帝と宰相のサインが入っていても、それは彼らにとって信用に値するものではなかったのだ。
だが、そんな彼らに対して長老はこう言葉を続ける。
「それだけじゃない。“皇国”の皇帝──天皇陛下は私の孫娘と親族の男子の結婚を認めた」
「「「「「!?」」」」」
長達はその言葉に今度こそ耳を疑った。
この世界においても政略結婚という概念は存在するし、その重要性は“皇国”の転移前の世界とほぼ変わらない。
しかし、それはあくまで通常の上流階級(または特筆した能力を持つ下層階級の人間)同士の場合であって、ダークエルフと結婚するとなればその意味合いは大きく異なる。
それを詳しく説明するには、まずこの世界の宗教について語らなければならない。
この世界では人族が信仰している宗教と言われると色々ある。
だが、そのどの宗教も元を辿ればフェリアス教という一神教に行き着き、“皇国”の転移前のような世界三大宗教のようなそれぞれ源流が違う他の宗派は存在せず、事実上、フェリアス教こそがこのアークロイド世界で唯一信じられている宗教と言ってもあながち間違いではない。
さて、そのフェリアス教だが、この宗教の何がダークエルフにとって問題なのかというと、それはこの宗教の経典にはっきり『ダークエルフは悪魔の人種である』と記載されてしまっている点だった。
これによってダークエルフは“神に否定された存在”となってしまい、人族から迫害を受けるようになってしまったのだ。
では、経典には特に記載されていないものの、姿形が違うということで人族とほぼ対立しているに等しい亜人族の方はどうなのかというと、こちらは亜人族の中のとある宗教と種族のせいで迫害とまでは行かないものの、敬遠されがちだった。
亜人族にはハイエルフこそ至上の存在だというハイエルフ至上主義的な考えが存在する。
勿論、全員が全員、その考えを抱いている訳ではないが、それでも史実の日本の皇族のように無意識の内に崇拝の感情を抱いており、畏敬の念が何処かに存在していた。
そして、ここからが問題なのだが、ハイエルフは基本的に自分達と同じ肌の色をしたエルフ(通常)には寛大であるのだが、基本的に傲慢なところがあり、特に同じような姿をしていながらも肌の色が違うダークエルフに対して不快の感情を抱いている。
要は元の世界でもあった人種差別に誓い感情を抱いていたのだが、そのハイエルフは史実のオーストラリアでイギリス人の流刑者達がアボリジニに対してやったような人狩りならぬダークエルフ狩りを行っており、各種族の中にはその行いに眉をしかめているものも居て、個人単位では助けてくれる者も居たが、前述したハイエルフに対する畏敬の念から種族単位では助けてくれず、基本的には見てみぬ振りをされていた。
・・・つまり、ダークエルフはこの世界の全ての種族から嫌われ者扱いをされている種族であり、その迫害の歴史は転移前のとある人種もかくやというほどの凄惨さだったのだ。
そんなダークエルフと婚姻関係を結ぶという事は、ダークエルフ以外の全ての種族に宣戦布告するに等しい。
「それは・・・本当ですか?」
「ああ、我々の境遇を語ったら涙を流してそう言ってくれたよ。まあ、流石に宰相は慌てて止めようとしていたが、別にそれは我々の侮蔑してのものではなく、どちらかと言えば素性の知れぬ我々を警戒してのものだった」
長老はそう言いながら、あの時の天皇との会見を思い出して笑みを浮かべる。
例えあの時天皇が流した涙が哀れみから来る同情であったとしても、長老にとっては嬉しかった。
なにしろ、今までは同胞であるダークエルフ以外は哀れんですらくれなかったのだから。
「し、しかし、その皇国とやらの国力や技術力はどうなのです?我々を全面的に受け入れるとなれば、それ相応の国家でないと」
「そこも問題ない。私の目で見た限り、文明レベルは最低でも第一文明圏の列強クラスだ」
「「「「「!?」」」」」
この世界で最も発展していると言われる第一文明圏、それも列強レベル。
正直、そんな勢力がいきなり魔境とも言える第七文明圏に現れたというのは信じがたかったが、長老が直接その目で見たというのなら信じるしかない。
「どういうわけか魔力がなくて魔法は使えないみたいだが、それでも我々を庇護するには十分なほどの国力と軍事力を持っている」
「そう、ですか。しかし、そんな国が第七文明圏にいきなり現れるとは・・・もしかして皇国が異界の国であるという噂は」
「ああ、おそらく本当なのだろう。そして、それ故に彼らはフェリアス教に染まっていない。友好を築くなら今しかない」
「ですが、もし彼らがフェリアス教に侵食されてしまえば・・・」
「そうなる前に我等が皇国の身内となるのだ。そうすれば、皇国も簡単には我々を切り捨てられない」
「それはそうですが・・・」
長達は尚も渋い顔をする。
確かに長老の話が本当ならば、もしかしたらもしかするのかもしれない。
だが、同時にどうしても裏切られたときの悪い想像が彼らの頭を過ってしまうのだ。
冷たくされるよりも一度希望を持たされて裏切られる方が辛いのは長達はよく知っている。
それ故に、どうしてもその決断に尻込みをしてしまっていた。
しかし、長老はそんな彼らの様子を見て、こんな提案を行う。
「では、こうしよう。長達も皇国本土に行ってその国の有り様を見てくると良い。その後で改めて皇国につくかどうかを決める。これでどうだ?」
「「「「「・・・」」」」」
今度は異論は出なかった。
──そして、この1週間後、皇国を訪れた彼らは長老と同じ結論に達し、皇国へ臣従することを決意する事となる。