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ハリルドの思惑

西暦1949年(昭和24年) 4月19日 夜 スコットラード王国 某所



「もう一度、考え直してもらえませんか?あなた方のような人材は非常に貴重なのです」



 転生会から派遣された使者──向井重隆はそう言って、スコットラード王国の国王──ハリルド・スラングバード達が計画している第一文明圏偵察計画の実行を考え直すように説得する。


 第一文明圏偵察計画。


 それはダークエルフ達が2年ほど前から計画していた第一文明圏の情報収集計画であり、皇国はおろか、スコットラード王国でも知っているのは一部だけで、転生会にも今年始めに知らされたばかりの極秘の計画だったが、これを初めて聞いた時は日本政府はおろか、転生会内でも大した反応はなかった。


 当然だろう。


 当時はまだ転生会や日本政府は30年前にダークエルフが第一文明圏に人員を送り込んで盛大に失敗したことを知らず、第一文明圏の偵察計画を普通の諜報活動の延長線上に有るものだと考えていたのだから。


 まあ、もし第一文明圏が21世紀程の文明であったのならば流石に転生会も慌てたかもしれないが、情報通り第一文明圏の文明レベルが20世紀中頃なのであればダークエルフでも十分任務遂行が可能(なにしろ、監視カメラもDNA鑑定もない)だと考えていたのだ。


 だが、詳しく事情を聞いてみると、そのような甘い考えは瞬く間に吹っ飛び、掌を返すかのように計画に反対するようになった。


 理由は向井が話したように、ダークエルフという諜報員向けの人材は非常に貴重だったからだ。


 確かに皇国に匹敵、あるいは上回るかもしれない文明の情報に興味はあるが、流石に腕利きの人材を大量に喪失してまで手に入れる価値はなく、そんなことをするくらいならば来年皇国が接触する予定の第五文明圏の工作活動に投入したい。


 それは転生会も非転生会の人間も一致した意見であり、それ故に向井を始めとした日本政府高官による説得はこの3ヶ月間の間に幾度となく行われた。


 だが──



「我らの能力を高く買ってくれているのは大変嬉しく思います。しかし、これだけは譲るわけにはいかないのです」



「どうしてそこまで拘るんですか?確かに第一文明圏の情報は日本としても将来的には絶対に必要になるでしょうが、現状ではあなた方を失うリスクを冒してまで欲しいわけでは・・・」



「いえ、念には念を入れておいた方が良いと我々は思います。それにあなただって気になっているのでしょう?自分達と変わらないレベルの文明で、しかも時代も30年前なのに、どうやって我々ダークエルフの諜報を弾いたのか」



「それはそうですが、所詮違和感程度でそこまで無茶して調べて欲しいわけでは・・・」



 向井はそう言ったが、そこであることに気づく。



(あれ?待てよ。もしかして、30年前の事ってダークエルフにとっても何か不都合な事があるのか?)



 改めて考えれば、幾らダークエルフがその諜報技術を売りに日本の後ろ楯を得ているとはいえ、ここまで無茶する必要はない。


 彼らは現在も第一文明圏を除いた各文明圏の諜報活動で成果を挙げており、日本もそれに満足しているのだから。


 それでも無茶をしたがるということは相応の理由がある筈なのだが、これまでの交渉でのハリルドの言い分はどれも無茶をする理由としては弱かった。


 だが、第一文明圏の防諜網に“何か”があり、かつそれがダークエルフの存続に大きく関わるレベルのことだとしたらどうだろうか?


 それなら無茶をする理由にはなるし、皇国にそれを話そうとしないことにも納得が行く。



(そもそも我々は30年前の事についての詳細を知らない。とすれば、30年前にダークエルフ達を排除したであろう存在に何か秘密が有るのかもしれないな)



 そう思った向井は1つ探りを入れてみようかと考えたが、ダークエルフが秘密にしているとなれば簡単には口を割ってくれないだろうとも思い、1つある賭けを行うことにした。



「国王陛下、私は今の話を聞いて1つ疑問が頭に思い浮かびました。よろしければそれに答えてくれませんか?もし答えてくれたならば、説得は諦めることにします」



「・・・なんですかな?」



「はい。先程あなたが仰ったダークエルフを弾いた存在に関してですが・・・もしかして心当たりがおありなのでないですか?」



「・・・」



 向井のその言葉に、ハリルドは答えを返さずに沈黙した。


 どうやら図星のようだ。


 

「もしかして、あなた方とは別のダークエルフの一族とか──」



「いえ、それはあり得ません。確かに我々とは別のダークエルフの勢力も存在しますが、我々が最大勢力であるのには違いありませんし、そもそもフェリアス教で忌避されるダークエルフを向こうが使うとも思えません。・・・ただ──」



「ただ?」



「・・・これは我が一族でも極一部にしか、それこそ息子にすら伝えていない情報です。口外すれば、あなたの命を頂くことになりますが、それでもお聞きになりますか?」



「!?」



 その冷たく鋭い視線に向井は一瞬たじろいだが、彼もまた第二次世界大戦前後の日本国内のゴタゴタを納めてきた猛者。


 すぐに持ち直すと、ハリルドの方を強い決意の籠った目で見つめ返す。



「構いません。もっとも、その情報を黙っていることが我が国に直接的な危機をもたらすようであれば、その限りではありませんが」



「・・・」



「・・・」



「・・・・・・分かりました。そういうことならば、大丈夫です。お話いたしましょう」



 10秒程の睨み合いの末、遂に折れたハリルドは向井に向かって30年前に同族のダークエルフにすら話さなかった“ある秘密”を話し始めた。



「30年前に第一文明圏を調査が失敗した時の事です。当時、数人の人間が生き残った事は知れ渡っているのですが、実はこの話には続きがありましてな。その生き残った同胞達は一様にしてこう言ったのです。我々と同じ肌をした人族に襲われた、と」


 

 ハリルドはそこで一旦言葉を切り、数秒ほど間を置いて続きを話す。



「その話を聞いて私たちは考えました。もしかすればその者達は我々と人族の間に生まれたハーフなのではないかと」



「・・・確かにその可能性は高いですが、この世界にも南国系の人間というのが居る可能性はあるのでは?」



 そう、確かにこの世界の人種は基本的に地球世界で言うところの白人で構成されているが、そもそもダークエルフはこの世界を隅から隅まで知っている訳ではないので、ダークエルフと似た色の肌をした南国系の人種や日本人と同じ黄色人種が居ないとは断言できないのだ。


 だからこそ、30年前にダークエルフと対峙したらしい存在がハーフとは限らない。


 そう言った向井だったが、それに対してハリルドは首を横に振ってこう言った。



「いえ、闇魔法はダークエルフとその血縁にしか使えない魔法ですので、彼らがダークエルフの血縁であるのは間違いないでしょう」



 ハリルドはそう断言する。


 この世界の魔法には属性が幾つか存在するのだが、その中でも光魔法と闇魔法はそれぞれエルフとダークエルフ及びその血縁者しか使えない。


 そして、それ故にハリルドは30年前に遭遇した褐色の肌をした人族をダークエルフの血縁者と断定できていた。



「・・・なるほど、そういうことでしたか。要するにあなた方はその血縁者かもしれない彼らを説得したいからこんな無茶な計画を行おうと」



「まさか!そんな筈はありませんよ」



 向井が口にした推測を、ハリルドはそう言って否定する。



「30年も前とはいえ、一度我々と敵対した以上、あれはもはや我々の敵です。今度遭遇すれば、容赦なく殲滅するつもりです」



「そうですか。しかし、ならば何が問題なのですか?まあ、同胞の血縁ということで自分達でけりをつけたいという思いは分かりますが、こんな無茶な計画を実行する理由にはならないと思うのですが・・・」



「・・・ここからが問題なのですが、我々は過酷な迫害を受けてきた故に同族意識がとても強い。そして、それは血縁者も例外ではないのです」



「・・・・・・ああ、そういうことですか」



 ハリルドの言葉を受け、向井は数秒ほど思考した後、ようやくなぜハリルド達がこんな無謀な計画を強行しようとしているのか理解した。


 基本的に国や巨大な宗教勢力から迫害される中で長年生き残るようなしぶとい民族や集団は、ダークエルフに限らずとも同胞意識が強い。


 実際、地球世界でもユダヤ人は仲間と協力し合う事で2000年近くという長い年月の間、迫害の歴史の中で生きてきたし、日本の江戸時代でも島原・天草の乱の後、僅かながらも残っていたキリシタン達が協力し合う事で明治時代までしぶとく生き残っていたりした。


 おそらく30年前、ハリルドを始めとしたダークエルフ上層部は恐れたのだろう。


 ダークエルフの血縁者が敵に回ったという事実が広まることで、一族全体が動揺してしまうのを。


 だからこそ、この事実は極一部の人間にしか伝わらなかった。


 そう考えれば、今回、ハリルド達が無茶をする理由にもだいだい想像はつく。



(なるほど、逆か。そいつらに自分達の現状を話して保護しようなんていう意見が出てくる前に事情を知る、あるいは任務にひたすら集中できる人間を集めて例えその連中と遭遇したとしても第一文明圏の情報収集を行おうとしているのか)



 スコットラード王国が建国されて以来、ダークエルフ達の生活は楽でこそないものの、これまでとは比べ物にならぬほど安定している。


 しかし、それは逆に言えば、ある程度余裕が出てきたということであり、そういった状況下ではリベラルな意見が台頭することが多い。


 そして、リベラルな意見が台頭した段階で第一文明圏を調査すればどうなるだろうか?


 任務遂行者に30年前の事を事前に話すにしろ話さないにしろ、やがては30年前にダークエルフ達を駆逐したダークエルフ擬き?と遭遇するのは間違いなく、そういった人間が皇国の事を話して自分達の領域に来るよう説得したりするかもしれない。


 そうなれば、皇国の存在が第一文明圏の国の何処か、下手をすれば複数の国にバレることになるだろう。


 ・・・フェリアス教で禁忌とされる存在──ダークエルフの後ろ楯になっているという事実と共に。



(それは不味い。フェリアス教を信仰する各文明圏との交流に支障が出るだろうし、下手をすればそれらの国々と泥沼の戦争をやることになりかねない)


 

 あまりの事の重大さに、向井は冷や汗を流した。


 とは言え、これらの想定はあくまで可能性だ。


 それにダークエルフ達だってプロなので、幾らリベラルな意見が台頭して頭が緩くなっていたとしても、皇国側が『話すな』と言えば話さないだろう。


 が、それでも万が一という可能性は残る。



(確かにそう考えれば、ダークエルフ達を第一文明圏に放つのは今が最後のチャンスかもしれないな。だが、それだったらダークエルフにこだわらなくとも良いんじゃ無いか?この想定はダークエルフで無ければ起こりえないんだし、数年かけて中央情報局の工作員を用意し、現地に送り込めば・・・)



 途中までそう考えた向井だったが、すぐにそれが困難で有ることに気づいた。


 確かに白人系工作員は日本にも居るし、近代機器の扱いにも長けているので第一文明圏潜入自体は出来るかもしれないが、あまりにも遠いので支援することは難しい(と言うか、実質不可能)。


 それに諜報員の質はダークエルフに劣るため、ダークエルフが敵わなかったそのダークエルフ擬きと遭遇すれば、為す術なくやられてしまうだろう。



(そうなると、結局はダークエルフ達に一任するのが一番なのか。しかし──)



 ハリルド達は優秀な諜報員だ。


 リスクの高く、成果が不透明な作戦に投入するには惜しい。


 だが、他に手段がないというのも事実だったし、話を聞けば説得を諦めると言ったのも自分だ。


 ここは諦めるしかない。


 そう思いながらも、向井はこれだけは言っておくことにした。



「・・・だいたいの事情は読めました。そういうことならば、説得は無理そうですな」



「ご理解頂けたようでなによりです」



「しかし、我々とあなた方はこの世界では一蓮托生の身です。あなた方が皇国に忠誠を誓い、利益をもたらす限り、我々はどんな状況にあろうとあなた方を助けに行きます。それだけはお忘れなきように」



「・・・感謝します」



 何があっても助ける。


 気休めに言ったのかもしれない。


 だが、長い間、迫害されてきた身としては向井の放ったこの言葉はハリルドの心に強く響き、彼は感謝の言葉を口にしながら一筋の涙を溢し、それを見た向井もまた自分に出来る限りでダークエルフ達の支援を行うことを決意した。


 ──ハリルド達の第一文明圏への出発日はそれから僅か2日後。


 そして、そこから第一文明圏での任務を終えて帰還するのは凡そ2年後の事であり、その帰還の際、向井は約束通り自分が出来る限りでの支援を行い、それは第一文明圏から命辛々脱出した多くのダークエルフ達の命を助けることとなる。

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