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人魚族の反乱

西暦1948年(昭和23年) 12月30日 夜 ラグーン諸島 某所



「皆、集まったか?」



「ああ、参加を希望した奴等は全て集まっている。拒否した奴も少数居るが、そいつらは全員牢屋に閉じ込めた」



「賢明だ。万が一にも皇国に通報されたら厄介だからな。仮にそこまで行かなくとも長老共に報告されたら不味いことになる」



「ああ、奴等は皇国の傀儡だからな。確実に我々の行動を邪魔してくるだろう。最悪、家族を人質に取ってな」



「くそっ!老害共め!!」



「落ち着け。逆に言えば一度ことが動き出してしまえばもう止められないということだ」



「・・・そうだな。ここで我々が動けば、後に続く者はきっと現れるだろうからな」



「その通り。そして、そうなれば、幾ら長老達と言えども流れを断ち切ることは出来なくなる。そこまで行けば、我々の勝ちだ」



「しかし、連れてきた奴等は本当にこっちの目的に沿って動いてくれるのか?なにしろ、奴等には今回の我々の行動は皇国への嫌がらせが目的だと言ってあるんだぞ」



「問題ない。そもそも一度ことが起こってしまえば、連中とて後には引けんだろう。皇国の連中が黙って殺されてくれるなら話は別だがな」



「それもそうか。では、計画開始は予定通り3時間後で良いか?」



「ああ、それで良い。これで皇国を追い出すことが出来れば我々は英雄だ。良いか?計画には乗った以上は絶対に引くなよ?」



「分かっているさ。全ては憎き皇国を追い出すためだ。なんだってやってやる」



「俺もだ。思い上がった奴等に天罰を下せるんだ。引くなんてとんでもない」



「よし。では、予定通り3時間後に行動を開始する。お前らもしっかり準備しておけよ」



「「おう!」」




















◇同日 深夜 ラグーン諸島 春間島 埠頭



「今年もあと1日で終わり、か」



「過ぎ去ってみればあっという間でしたね」



 春間島の埠頭。


 幾つかの船が停泊するその場所の一部では、4人の海援隊員が警備を行っていた。


 2年前に日本領に編入されたこの島には基本的に海軍、海保、海援隊といった武装組織の人員しか駐留していない。


 これは安全が確保されていないというのもそうだが、まだこの時期は第六文明圏との交易も盛んには行われておらず、第五文明圏に至ってはそもそも国交すら無かったこと、そして、今の日本では千芝大陸と日本本土を結ぶ輸送航路が重視されており、そちらに船舶が集中していた為にほぼ反対側であるこちらに船舶を送る余裕があまりなかったからでもある。


 更には海軍や海保の船と言ってもあまり大型なものはなく、海援隊が乗る船もまた小型輸送船を改造した武装商船にすぎず、それもあってか港自体もそれほど大きなものではない。


 しかし、この埠頭から少し離れたところに築かれた拠点には様々な娯楽施設が存在しており、中には性欲を処理する(・・・・・・・)大人の施設(・・・・・)も有ってここに居る男達も明日の大晦日をそこで過ごす予定を建てていた。



「しかし、異世界への転移なんて今思っても奇妙な現象ですね」



「そうだな。だが、そのお蔭で日本はこうしてやり直しが出来ている」



「ええ、それに関しては助かりましたね。正直、敗戦した時なんて日本はもうダメかと思ったよ」



 本土出身の2人の海援隊員達はそう言って3年前の事を思い出す。


 彼らは当時、蘭印地方(東南アジアの呼称)と本土を結ぶ海上交通路を航行する徴用輸送船の船員として従事していた。


 史実では西暦1943年からの潜水艦の跳梁の本格化と西暦1944年の米軍のフィリピンへの侵攻によってほぼ遮断されたと言っても良かったこの交通路だが、この世界では史実での潜水艦の出撃拠点だったオーストラリアを日本が保持していた上にマリアナ諸島が陥落してからも現地の日本軍残党や空襲阻止の為に派遣された特殊部隊の活動、そして、硫黄島からの空襲によって潜水艦を配置するどころではなかったために、潜水艦の跳梁は結果的に全くと言っても良いほどなく、またフィリピン陥落も無かった為にほぼ安全な航行を行っており、ぶっちゃけこの2人が乗船していた輸送船は1度も敵の攻撃に晒されたことがない。


 だが、それでも戦局の悪化は伝わっており、どうなっていくのか不安に思っていたのだが、西暦1945年12月8日。


 日本は遂に敗けを認め、25日に降伏文書に調印したと聞いた時は思わず涙を流したものだ。


 だが、それから1週間の時が経ち、日本が異世界に転移した時、2人はまずいきなり起きた周囲の光景の変化に混乱した。


 当然だろう。


 マニラの港に停泊していた筈の自分達の輸送船がいつの間にか本土の港に出現していたのだから。


 そして、それから更に数日後に政府の発表によって日本及び日本人が異世界に転移したという報を聞いた時、2人は困惑すると同時に何処か喜んでいた。


 なにしろ、敗戦を聞いた時は今後敗戦国民として生きるしかないと考えていたのに、この世界に来たことで仕切り直しが可能になったのだ。


 おまけに外地に居た者達と違って彼らの故郷そのものが全てこの世界に転移してきている。


 まだ配給制が解かれていないことや油や食料の調達など、生活に関して不安要素は色々とあるが、そんなものは地球で戦後を迎えた場合の惨めさを想像すれば些細なものだと彼らは考えていた。



「しかし、俺たちみたいな本土以外の出身者にとってはあまり幸運でも無かったようだがな」



「あいつらは生活基盤の全てを失いましたからね。まあ、土地や建物以外の資産は共に転移してきているらしいので、なんとか食ってはいけてるようですが」



「それでも娘の身売りや開拓地送りにされている奴も多いと聞いているからな。・・・もし俺達の家族がそんな立場になっていたらと思うとゾッとするな」



「まったくですね。俺にも沖縄の実家に可愛い妹や幼馴染みの嫁が居ますが、あいつらが身売りしたらと思うと」



「そうか。まあ、神州や千芝に送られた連中ほどではないにせよ、本土でも生活の苦しさから身売りする奴も居るらしいから、俺達も油断は出来んがな」



「ええ、俺も頑張らないと、ん?」



「どうした?」



「いえ、いま水面に人らしき顔が──」



 浮かんだような気がする。


 そう続けようとしたその海援隊員の言葉は、いきなり盛大に飛び散った水の音によって掻き消された。



「な、なんだ!?」



 いきなり水が盛大に飛び散った事に驚いた海援隊員の1人が持っていた銃をそちらに向けるが、その直後、いきなり目の前に現れた存在──人魚族の若者が持っていた剣の切っ先がその海援隊員の胸へと刺さる。



「がっ」



「大田ぁぁぁあ!!」



 同僚が刺されたことに激昂した海援隊員の1人が同僚を刺した人魚族の男に向かって発砲しようとするが、その直前に彼もまたいつの間にか背後から忍び寄っていた別の人魚族の男が持っていた剣によって喉を貫かれた。



「なっ!」



「ちっ、いったい何が起こってやがるんだ!!」



 あっという間に2人の海援隊員を殺され、残された2人の海援隊員達は混乱したものの、日頃の厳しい訓練の甲斐有ってか、すぐに2人を殺した人魚族の男達に銃口を向けて発砲する。


 彼らの持っていた銃は90式小銃。


 西暦1930年に日本軍で採用された半自動小銃であり、性能は史実の四式自動小銃とほぼ同じだ。


 そして、撃たれた方もまた90式小銃の銃口から放たれる7、7ミリ弾を防ぐ手段は持っておらず、弾丸は人魚族の男達の体に穴を空ける。


 ──だが、それとほぼ同じタイミングで、残された2人の海援隊員達の背中にもまた投擲された剣が突き刺さった。





















「おい!話が違うじゃないか!!」



 戦闘の結果、皇国人が誰も居なくなったその場所では、1人の人魚族の男が先程2人の海援隊員達目掛けて剣を投擲して殺害した人魚族の男に詰め寄っていた。



「俺達は皇国の連中に嫌がらせをするって言うから着いてきたんだぞ!!」



「・・・合っているじゃないか。これも嫌がらせなんだから」



「ふざけるな!これじゃ、人殺しじゃないか!!」



「そうだぞ!これは幾らなんでもやりすぎだ!!」



 その2人の言葉に、この場に居る皇国人を殺害した人魚族の男以外の者達が次々と同調して皇国人を殺害した男を非難する。


 そもそも彼らは皇国人を殺しにこの場にやって来た訳ではない。


 皇国人を殺害したこの男と先程皇国人の銃によって射殺された2人の男に『半年前の仕返しに皇国に嫌がらせをしたいから手伝ってくれ』と言われて参加したのだ。


 確かにあの事件の後の皇国の態度には彼らなりに色々と思うところはあったが、流石に皇国人を殺害したいと思う程恨んでいたわけでは無かった彼らにとって男がこの場で取った行動は異常そのものだった。

 

 だが、そんな彼らの非難を意に返すことなく男は彼らに向かってこう告げる。



「今さらそんなことを言ってなんになるんだ?ここに居る時点で、お前らは俺の共犯者なんだぞ?」



「なんだと!?どういうことだ!!」



「落ち着いて考えてみろ。仮にこの場で襲撃したのが皇国人の側だったとしよう。それでその殺人現場に集まっている皇国人達をお前達はどう思う?」



「そ、それは・・・」



 そんな事態が起こったら自分達はまず間違いなく皇国人に敵意を向けるだろう。


 それも実行犯だけでなく、集まっている皇国人全体に。


 そして、今の自分達の状況はその皇国人の例にピッタリと当てはまる。



「だ、だが、この場には誰も目撃者が居ないんだ。お前を差し出せば・・・」



「ほう?だが、それで皇国が許してくれると思うか」



「・・・」



 それは考えづらい。


 仮に自分達が襲撃された側だったら、皇国を許せるとは思えないからだ。


 そして、その事に思い至った人魚族の者達は誰もが顔を青ざめさせていた。



「じゃあ、どうすれば・・・」



 誰かがそう呟く。


 冷静に考えてみれば、この場に存在する死体を全て片付けて証拠を隠滅するという手段を思い付いただろう。


 なにしろ、目撃者が居ないのだ。


 ここで死体を処理していれば、日本側も一応捜索はするだろうが、それで遺体が見つからなければ最終的には行方不明者として処理されただろう。


 だが、そんなことに気づかぬほど彼らは焦っていた。


 そして、そんな彼らに対して男は囁くようにこう言う。



「この島に居る皇国人を1人残らず殺すしかあるまい」



「そ、それは・・・」



「仮にここで帰ったとしても、皇国が怒り狂って我ら人魚族の島を攻撃してきたらどうする?そうなれば、家族にも類が及ぶ。だが、ここで皇国人を皆殺しにすれば我々は英雄になれるかもしれんぞ?」



「「「・・・」」」



 そんなわけはないというのはこの場に居る男以外の全員が分かっていた。


 第一、皇国人はこの島に居る人間だけが全てではないのだ。


 もし自分達の同胞が虐殺されたことを知れば、確かに恐怖に震えてなにもしてこない可能性は有るだろうが、逆に怒り狂って自分達を皆殺しにしてくる可能性もある。


 そうなったら、家族にも類が及ぶかもしれない。


 だが、この場で引いたところでそれは同じ。


 だったら、恐怖に震える方に賭けた方が良いだろう。


 ・・・焦りによって冷静さを失った彼らの思考は、そのような結論を出した。



「・・・武器はあるのか?」



「勿論だ。この近くの浅瀬に用意してある」



 男はニヤリと笑いながら、あらかじめ武器を置いておいたこの近くの浅瀬の方角に指を差す。



「それで、やるのか?」



「・・・ああ、だってそれしかないんだろう?」



「その通りだな。では、案内しよう」



 男はそう言うと、先に散った自分の同志2人の方をチラリと見る。



(すまん。だが、お前達のお蔭で俺も改めて強く決意することが出来た。俺は必ず皇国の連中を皆殺しにして見せる)



 男はそう思いながら、静かに目を瞑って彼らの冥福を祈り、彼らの死を無駄にしないためにもここで皇国人を1人でも多く殺すことを改めて決意した。


 それが当初の『皇国を追い出す』という目標と微妙にかけ離れている事に気づかぬまま。


 ──その後、武器を取った男達は新たに十数人の皇国人を殺害することに成功したものの、最終的には事態に気づいて鎮圧行動に移った海援隊員、海上保安官、海軍兵によって制圧されることとなる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] どこの国にでも短絡思考の単純馬鹿はいますよねえ。 しかし結果がどうなるか。種族皆殺しにはならないとしても、国家としては滅亡でしょう。 その後は永遠に従属を強いられるでしょうね。 反乱を…
[一言] 足し算引き算もできない馬鹿がいると聞いて・・・ こんなのが次期村長候補とか・・・。 ひどくね?
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