打ち上げ失敗
◇西暦1948年 3月15日 日本皇国 種子島 種子島宇宙センター
種子島。
史実では16世紀に鉄砲が日本で初めて伝来した島であり、戦後すぐの頃には日本で最南端の島──当時の沖縄はアメリカの領土となっていたため──であった事から、宇宙センターが建設され、沖縄が返還された後も日本最大のロケット打ち上げ場としても知られている。
この世界では第二次世界大戦前には赤道に近いニューギニア、あるいはボルネオ島にロケット打ち上げ場を建設しようという話になっていたのだが、戦争と転移によって御破算となり、転移後に再びロケット打ち上げの話が持ち上がった時には、当初、種子島よりも南の位置にある沖縄か硫黄島の辺りに建設するべきという意見が転生会の中でも有力となっていた。
しかし、前世で種子島出身のJAXAの職員だったとある転生者が『種子島で打ち上げれば、前世日本でのデータが使えるかもしれない』と主張した為、結局、その意見が通って史実と同じく種子島に宇宙センターが建設されたという経緯がある。
そして、今、種子島のロケット打ち上げ場では完成した人工衛星(に似せた実験用の構造物)の打ち上げが行われていた。
「やはり失敗したか。これはこの星の大気をもう一度調べ直さなければならんな」
管制塔からロケット打ち上げの様子を見ていた日本宇宙開発機構に所属するロケット技師──二見大機(転生者)は悔しげな顔でそう呟く。
元々、今回のロケット発射実験は失敗する可能性が高いものだった。
そもそも日本が現在居るこの星は重力こそ地球とほぼ変わらないものの、星の大きさそのものは地球の何倍も大きい。
その為、星の大気の構造も地球とは異なるし、そうなると当然の事ながら衛星軌道の高度も異なる。
それを特定するためにはこの星の大気圏の調査を行って“空”と“宇宙”の境目を明らかにする必要があるのだが、転移から2年ほどが経っていたとはいえ、20世紀半ばという21世紀に比べると低い科学力と国の建て直しに奔走していて宇宙開発技術に十分な予算と機材が与えられなかった状況では十分なデータが集まっておらず、周回軌道の特定すらまだ出来ていないという有り様だった。
・・・つまり、今回の実験は始まる前から失敗することがほぼ確定されていたのだ。
しかし、それが分かっていても実験を強行したのには主に2つの理由がある。
1つはこの星の衛星軌道の高度が本当に地球と違うのかどうかを確かめたかったこと。
確かに理屈の上では衛星軌道の高度は地球とは違うことは分かるのだが、重力が地球と全く同じである以上、周回軌道の位置も地球と同じなのではないかと考える者も一部居り、今回の実験でそれを明らかにしたかったのだ。
そして、もう1つの理由は既存のロケット技術の欠点の洗い出し。
ロケット、それも人工衛星の打ち上げは繊細さが要求されるために実際に打ち上げ実験をしてみないと何処に欠点があるのか分からないことも多く、転生者の技術者達ですら“20世紀半ばの機具で人工衛星の打ち上げ実験をした経験”などないので、構造的欠陥とかならば兎も角、使われている部品の強度やら精度やらに関しては実際に打ち上げてみないと分からない。
その為、今回の実験でそれらの欠点の洗い出しをしたいという思惑があった。
(結果的に目的は果たせたわけだが、これで人工衛星の打ち上げ計画は数年の遅れを余儀なくされる。まあ、それでも史実よりは早くなるだろうがな)
史実で最初に人工衛星の打ち上げが行われたのは西暦1957年10月4日だ。
そして、今は西暦1940年代後半であり、数年遅れたとしても西暦1950年代前半には人工衛星の打ち上げが成功する計算で、それは明らかに史実より早い。
が、この計画の遅れが後に実行される筈の月面着陸計画(この世界には月が6つ程存在する)に響いてくるのは間違いなく、下手をすれば月面着陸は自分が生きている間には実現出来なくなる可能性もあった。
(折角転生して異世界にまでやって来たんだ。どうせなら、あのどれかの月まで人を送る夢を叶えたい)
そう、大機には日本だけで実現させたこの世界の月面への着陸の光景をこの目で見たいという夢があった。
彼は前世でもJAXAに所属しており、日本人を月面に送るという夢を持っていたが、結局、それを果たすことは出来ず、転生してからも転生先の日本が異世界に転移してしまったことで、『地球の月に日本人を送る』という目標は事実上達成不可能になってしまっていたのだ。
しかし、彼はそこで落胆せず、ならばこの世界の月に人を送れば良いと、まずはロケットと人工衛星の開発に没頭し、時期を見て宇宙船の設計と開発を行い、50年代にはこの世界の月に日本人を送り込むことを構想していた。
だが、今回の実験の失敗、そして、現在の日本の内情は宇宙開発を消極的にしてしまうのは確実だ。
そうならないように大機は今回の実験が成功することを祈ったのだが、どうやら現実はそう上手くはいかなかったようだった。
(となると、人工衛星の軍事的な利用を盾に軍から予算を分捕るしかないか。あまり褒められた手段じゃないが、それしか予算を獲得する方法はない)
大機の前世では人工衛星は軍事面において様々な重要な働きをしていた。
敵の観測、砲弾やミサイルの誘導、通信手段、他にも色々あるが、人工衛星が無ければ21世紀の軍事力は2割は落ちると言っても良い。
そして、転生会の面々も当然の事ながら人工衛星の重要性を知っている筈で、開発した人工衛星の技術情報を常に提供すると言えば、軍部は予算を出してくれるだろう。
しかし、それは自分が軍事産業に荷担することを意味する。
別に他人がそれをやる分にはどうとも思っていなかった大機だったが、流石に自分でそれをやるのは少々抵抗があった。
だが、今の状況ではそうも言っていられない。
モタモタしていれば、夢が果たせないまま自分の寿命の限界が訪れてしまうかもしれないのだから。
(やれやれ。異世界転移は苦しい立場となる筈だった外交関係を清算することが出来たようだが、俺達宇宙開発に携わる人間にとっては余計に苦しい状況に追い込まれたのかもしれんな)
大機は溜め息をつきながらそう思った。
二見大機。
彼もまた転移によって苦しい立場へと追い込まれた人間のうちの1人だった。
◇???
「アウロラ様、日本がアークロイド世界に転移してから2年が経ちましたが、未だ彼の国は動きません。どうやら国力の回復を待っているようです」
「そうですか。まあ、確かに早く動いて貰いたかったのは確かですが、急な転移でしたし、数年の遅れ程度であれば仕方ありませんね」
部下からの報告に、地球を管轄する女神──アウロラはそんな言葉を返す。
そう、実は彼女こそ日本を異世界へと転移させた張本人であり、この世界の日本に転生者という不可解な存在が出現したのも彼女の仕業だった。
その目的は地球世界の列強の中でも一番穏健な国家であった日本に、かつて自分が管轄していたが、現在は後任の神──フェリアスが好き勝手にやってしまった結果、荒れ果ててしまい、神界から見捨てられてしまった世界──アークロイドを救って貰うこと。
しかし、設定した転移の時期が正史で言うところの終戦直後であった為にそのまま正史を辿るだけでは列強として相応しい国力を持たぬまま転移してしまうことになるので、それを防ぐために転生者という存在を送り込んだのだが、あまりにも国土が広がりすぎてしまい、このまま日本を転移させてしまうと地球は大地を多く失って最悪海流の変化などによって生態系そのものが崩壊してしまう可能性が高く、更にこれだけ広いと“大地の補填”も難しかった為に、やむを得ず転移の5年前に介入を行って日本の領土を強制的に縮め、転移する領土の範囲を絞った。
だが、こちらの都合で勝手に領土を縮めてしまった為に、“詫び”としてこちらが送った大地を与えていたのだ。
本当はもっと大きな大陸を与えることも出来たのだが、日本が召喚された後にその穴埋めとなる地を地球に召喚させなければ海流の変化によって太平洋全体に大規模な気候変動が起こってしまうため、それは断念せざるを得なかった。
・・・これだけでも転生者を始めとした日本人や操られて強制的に二度目の大戦争を強いられた挙げ句、日本の転移によって追い討ちを掛けるように経済的な不況に陥った地球世界の日本以外の人間が聞けば、『ふざけんな!!』と激怒することは間違いないであろう程の暴挙だったが、元々独善的なところのある彼女はそのことに気づいていない。
「承知しました。・・・ところで、転生した者については如何致しましょうか?アークロイド世界に送り込んだ今、事はアウロラ様の手を離れており、新たに転生した者を現れさせることは出来ません。この状態だと21世紀の前半辺りには全ての転生した者が居なくなってしまいますが・・・」
「良いではないですか。どうせ私が転生させることが出来るのは21世紀出身の者が限界。むしろ、21世紀以降に生き長らえさせるのは却って彼の国の発展の害になってしまいます」
アウロラはそう切って捨てる。
役目が終わった以上、もう用はなく、あとは必要なことだけさせてとっとと退場して貰う。
彼女にとって転生者とはその程度の存在だった。
・・・もっとも、彼女達の知らぬ間にアークロイド世界の管理者となった“ある存在”によって転生者の誕生は転移後も続行させられているのだが、彼女達はそれを知らない。
「・・・分かりました。では、また何か有れば報告に参ります」
「頼みましたよ」
アウロラがそう言った直後、部下はその場から消え去り、再びアークロイド世界の監視へと向かった。