ラーセラー大陸開拓団
日本本土から東に1300キロ程の位置に存在する大陸──ラーセラー大陸。
日本によって千芝大陸と改名されたその大陸は、面積約1000万平方キロ(正確には998万平方キロだが、日本人はまだ大体の大きさしか知らない)と、オーストラリア大陸よりも少し広く、土地の殆どが緑で覆われている。
まあ、密林のように先が見えないほど木々と植物が密集している訳では無かったが、それでも方向感覚を狂わせかねないほど深い森であるので、もし奥地に行って迷ったりすればまず帰っては来れず、そうでなかったにしてもこの大陸に生息する魔獣に襲われる可能性も高く、生き残るのは困難だ。
そして、土地そのものもまた前述したように殆どが森に覆われており、農業に向いた地形である平野の割合は少ない。
もっとも、それは大陸全体で見ればの話であって、単純な面積で言えば神州大陸の平野部分と同じくらいであったし、更にはこの大陸には大量の原油と資源が眠っている為、近代国家にとっては涎が出るほど魅力的な土地だ。
特に日本のように双方の資源が不足していて、尚且つ食料に不安が残るような国ならば尚更で、ダークエルフからこの大陸に大量の油と資源を眠っているのを知らされた日本政府は早速陸軍1個旅団を派遣して現地に居るという魔獣の掃討に掛かった。
が、その結果は散々足るもので、上陸地点周辺の橋頭堡こそなんとか築くことに成功したものの、作戦初日にいきなり100人以上の死者を出してしまう。
その後、1週間近く掛けて上陸した浜辺から10キロの範囲を確保することに成功したが、その頃には戦死者は1000人を越え、事の重大性を認識した陸軍上層部はすぐさま増援を千芝大陸へと送り込んだ。
最終的に1万2000人もの犠牲を出しながらも原油と資源の採掘地にそれを繋ぐ輸送路を確保したことで、作戦は一応の成功を納める事になり、更に今年になってから今度は農地を確保するために陸軍、そして、再編成が終了した海兵隊をラーセラー大陸の平野へと派遣する。
そして、結果的には農地となる土地を確保することには成功したものの、政府の食料確保の焦りから周辺の安全確保が十分でない状態で開拓のための移民団が送り込まれ、現地では幾つもの悲劇が産み出されることとなった。
◇西暦1947年 10月2日 深夜 千芝大陸西部 開拓地
「蟲獣だあ!!蟲獣の群れがまた出たぞぉ!!」
「またか!早く散弾銃を持ってこい!!」
開拓地のあちこちで次々と怒声が響き渡る。
蟲獣。
軍の識別登録表では千芝大陸に生息する魔獣の中では最弱の部類に入る人間と同等のサイズをしたモンスターであり、虫のような外見をしていることからそう呼ばれている。
小銃や当たりどころによっては拳銃でも容易に倒せる魔獣なのだが、数がとんでもなく多いことから軍ですら退治に手こずっており、あまり統率が取れているとは言えない民間人が対抗するのは難しく、現にこれまでにも多数の被害が出ていた。
「くそっ!こんなところに来るんじゃなかった」
散弾銃を蟲獣目掛けて撃っていた移民団の男の1人は、千芝大陸にやって来た事を今更ながら後悔していた。
基本的に千芝大陸に居る移民団は神州大陸の住民、すなわち転移前には日本本国以外に住んでいた民衆で編成されており、男もまたその1人だ。
彼らは神州大陸の極寒な環境から抜け出そうとこの移民団に志願したのだが、そこで待っていたのは魔獣との過酷な戦いの日々だった。
この大陸には海兵隊1個師団、陸軍3個師団と2個旅団、そして、海援隊が展開しており、その総兵力は5万人を越えている。
しかし、その内陸軍3個師団3万人は資源採掘施設の警備と輸送路の確保に注力しているため、開拓地を警護するのは海兵隊1個師団、陸軍2個旅団と海援隊の約2万人の兵士のみ。
対して、移民団は既に30万人を越えており、更には開拓地そのものも範囲が広いために、とてもではないが全てを警護することは不可能だった。
勿論、日本側も何も手を打っていなかった訳ではない。
現地では海兵隊と陸軍が共同で戦闘団を編成して、いざという時にすぐ動けるような状態にさせていたし、本国でも千芝大陸へのヘリ部隊の増強や大戦中は出番がないと考えて創らなかった中央即応連隊の編成と派遣を検討していた。
だが、前者は護衛しなければならない範囲と人数に比して兵力が絶対的に不足していること、後者2つはまだ検討段階で実行に移していないことから絵に書いた餅状態だというのが現実だ。
いや、そもそも魔獣の生息域と移民団の開拓地が近すぎるエリアも有ることから、仮に兵力が足りていてヘリ部隊の増強や中央即応連隊の編成と派遣が行われたとしても、開拓地全てをカバーしきることは出来なかっただろう。
この問題を根本的に解決するには、魔獣の生息域と移民団の開拓地を物理的に離す、つまり、開拓地周辺の魔獣を全て掃討しなければならないのだが、そんなことが簡単に出来るくらいだったら苦労はしない。
なので、民間人に銃を与えることでお茶を濁していたのだが、幾らこの世界の日本人が前世と比べて銃を撃つことに慣れていて先の大戦の動員によって軍隊経験者が多いとは言っても、あまりにも相手の数が多い上に与えられたのが散弾銃だけではどうにもならず、ポンプアクションや次弾装填の隙を突かれて、次々と命を落としていった。
(こんなことなら、あの極寒の地獄の方がまだ良かった!いや、そもそも転移なんてしなければこんなことにならなかったんだ!!)
男は転移という自然だか人為的だか分からない現象が起きたことを恨んだ。
日本という国家と日本人の異世界への転移。
この現象は日本人の中でも評価が大きく分かれており、歓迎している人間も居れば男のように恨んでいる人間も居るが、全体的には恨んでいる人間の方が多い。
そもそも異世界転移という現象は転生者達の前世であった二次創作の小説などではよく国内の混乱が最小限に留められていたり、通常通りに国家運営をしていたりするが、実際は最低でも国家関係の再構築、国内で補えない資源の確保、交易のレートの設定と市場の開放などを行わなければならず、しかもあまり時間を掛けすぎるとタイムオーバーとなって国家崩壊待ったなしという国家と国民にとってかなりのハードモードな現象なのだ。
しかも、この男のような転移前には本国以外の場所に住んでいて神州大陸に転移してきた人間に至っては家族と一部の資産以外の全てを失っている。
そんな現象を歓迎するという人間の方が少ないのは当たり前の話だった。
(この事業が一通り終わったら、俺は神州大陸に帰る!帰って、女でも見つけて慎ましく暮らすんだ!!)
そんなことを思いながら、男は散弾銃を次の蟲獣へと向けようとする。
──だが、考え事をして気を僅かながら逸らしてしまった事もあり、男は背後から迫ってきた一匹の蟲獣に気付かなかった。
それは明らかな男の致命的なミスであり、蟲獣のあげた声によってその存在にようやく気づいた男が銃口をそちら側に向けようする。
だが、その時には既に蟲獣は男に向かって飛び掛かっていた。
◇西暦1947年 10月3日 早朝 千芝大陸西部 開拓地
「こっちには生存者は居ないようです」
「そうか。では、向こうを探せ。俺はこっちを探す」
「はっ」
蟲獣の襲来から一夜が明け、現地では救援にやって来た海兵隊員達により生存者の捜索活動が行われていた。
ちなみにほんの1時間前までこの辺りを彷徨いていた蟲獣達は既に海兵隊員達によって掃討されており、辺りには蟲獣とそれに襲われた移民団達の血と肉片、そして、死体が入り雑じった状態で散らばっている。
その凄惨な光景は言葉に表すのが難しいほどに惨いものであったが、捜索にあたる海兵隊員達に動揺した様子はない。
何故なら、ここに存在するような光景は初めての移民団がこの大陸にやって来て以来、幾度となく見られた光景であったのだから。
「やれやれ。慣れたくない光景だったのに、今ではすっかり慣れちまった」
99式小銃(史実のAK47。ただし、使用されている弾薬は7、7ミリ弾)を構えながら辺りを警戒する海兵隊員の1人はそんな愚痴を溢す。
この海兵隊員は第二次世界大戦後に動員されながらも結局訓練だけして戦場には出されず、転移後の動員解除時に軍を一旦除隊したものの、その後、改めて海兵隊の入隊試験を受けて入隊していた。
ほんの1年前までは実戦を知らない新兵だった彼だが、今では度重なる魔獣との実戦経験を経て一人前の兵士へと成長しており、この前本国に帰った時には高校時代の友人にその変貌ぶりを驚かれている。
しかし、半年程前の海兵隊の入隊試験に受かって調子に乗っていた時とは違い、今の彼にはそんな成長した自分を誇る気は一切無かった。
それほど彼の経験した実戦は残酷かつ凄惨なものであったのだから。
「・・・こいつもこんなところに来なければ、死ぬことは無かったかもしれなかったのにな」
散弾銃を構えて目を開けた状態で事切れた男の死体を見つけたその海兵隊員はそう言いながら、手を合わせて冥福を祈り、そのまま立ち去っていった。
──千芝大陸。
それはこの時代の人間にとっては正に魔境であり、平成に入って少しした頃に大陸から魔獣が一掃されるまで、移民団は犠牲を強いられ続けることとなる。