秘密研究所
◇西暦1947年 7月13日 日本皇国 伊豆諸島 某島 研究所
伊豆諸島の某島。
転移前はなんの変鉄もない無人島だったその島には昨年末頃に転生会によって建設された秘密研究所が存在しており、そこでは転移前に起きた第二次世界大戦、そして、一年半前の転移についての研究が行われていた。
「う~む、やっぱり分からんな。何故あそこまでして連合国は戦争を継続したのか」
第二次世界大戦の研究を行っていた歴史研究者(転生者)──藤原光輝はそう言って匙を投げる。
この世界の日本皇国が経験した第二次世界大戦は西暦1940年8月15日に受けた真珠湾奇襲攻撃(前世の記憶を持つ転生者からすれば逆真珠湾攻撃)によって始まった。
そして、それを皮切りにイギリス、ソ連が立て続けに日本に宣戦を布告。
初期の対応こそもたついた日本だったが、ソ連軍がロシア共和国に侵攻してきた辺りから反撃を開始し、この世界では日本領土となっていたロッキー山脈以西の史実アメリカ西海岸、同じく日本領土となっていたビルマ、日本とソ連との緩衝国家となっていたロシア共和国シベリア中央部で次々と連合国の死体を積み上げていった。
しかし、どういうわけか、日本が勝利する毎に欧州各国では対日強硬論が加速していき、開戦から3ヶ月が経った西暦1940年11月には同年12月にはオスマン帝国(この世界では衰退しつつも存続していた)が日本に宣戦布告。
翌年3月にはイタリアが、4月にはドイツが日本に対して宣戦を布告し、日本対列強全てという構図で世界で二度目の世界大戦が行われることになった。
事実上、全世界を相手にしたに等しい日本だったが、それでも史実アメリカ並みの国力と技術力の優位によって戦争中盤まで日本軍優位に戦局は進んだ。
実際、北アメリカ、東南アジア、シベリアにおいて連合国は全く戦線を前に進めることが出来なかったし、東南アジアに至ってはセイロン島に逆侵攻される始末だった。
しかし、西暦1944年のロシア共和国でのクーデターによってシベリア戦線での戦局が逆転したことで情勢は一気に悪化し、最終的に西暦1945年12月8日に日本がカリフォルニア宣言を受諾したことで最終的に史実とは違った形ではあったものの、日本は敗戦したというのがこの世界の歴史だ。
これだけ聞けば日本対全世界の戦争で日本が敗けて敗戦国となったということで片付くのだが、転移後、改めて第二次世界大戦を調べ直した転生者の中にはこの戦争の歴史そのものに何かしらの作為的なものを感じた者も少なくなかった。
その根拠は幾つか存在するが、大まかに分けると2つだ。
1つは連合国、それも英米が戦争後期にルシフェル隊やエンジェル隊といった史実日本の神風特攻隊のような部隊を使ってきたこと。
確かに戦争中盤までの両国の戦局はかなり悪く、アメリカは日本領西海岸の攻略に失敗して逆にメキシコ北部を落とされ(この世界ではメキシコはアメリカに併合されていた)た上にロッキー以東のアメリカ本土に戦略爆撃を受けていたし、英国に至っては心臓部であるインドの一歩手前のセイロン島が落とされており、後一歩でインドそのものに手が出るという状況だった。
しかし、それでも神風特攻隊のような部隊が出現しなければならないような戦局であったかと言われるとかなり疑問だ。
インドが落とされてもイギリスにはアフリカの植民地がまだ残っていたし、アメリカの方はメキシコ北部が占領され、戦略爆撃を受けたことでかなり追い詰められていたが、それでもこちらから講和を呼び掛け続けたこともあって史実枢軸国と連合国のように講和の芽が全く無かった訳ではなかった。
加えて、そもそも英米の者達が信仰するキリスト教では自殺した者は地獄に落ちるとされており、神風特攻隊のような十死零生の自殺攻撃が容認されるとは思えない。
つまり、極限まで追い詰められているわけでもなかったし、宗教上でも神風特攻隊のような自殺攻撃には抵抗が有った筈なのだ。
にも関わらず、英米は確実に史実日本を越えるであろう規模の特攻隊を編成して使用してきた。
しかも、そのうちB17やB29といった大型機も爆弾を満載して地上の都市に特攻してきた為に日本軍だけでなく、一部の国民まで英米の狂気に恐怖の感情を抱き、更に英米を真似してか、他の連合国もまた特攻隊を編成し始める。
その中にはイタリアやフランス、ドイツやオスマンといったまだ直接的な危機には晒されていない筈の国の軍も含まれており、流石にはこれには当時の転生者達も驚いた。
(そこまで恨まれるような事をした覚えはないんだがなぁ。しかも、特攻隊は人的資源をそのまま使い捨てるわけだから時間が経つ毎に練度が低下する筈なんだが、終戦までその兆候は全く無かった。いったいどうなっているんだ?)
そう、藤原が特に着目していたのは『何故終戦まで特攻隊の練度が全く低下しなかったのか?』だ。
史実では初めて特攻隊が編成されてから終戦まで1年も無かったが、それでも終戦の時期になると編成当初と比べて練度を大いに低下させていた。
だが、この世界では1年どころか2年近くの間、特攻隊は使用され続けたが、練度が落ちた様子は“全く”無かったのだ。
最初は7ヶ国もの軍が行った為に史実日本と比べて特攻隊に投入できる人的資源が多かったからだと思っていたが、実際に前線に投入された特攻隊の数を考えればやはり可笑しい。
そして、これは二つ目の根拠に直結するのだが、そもそも連合国の人的資源の投入具合も可笑しく、近代国家で徴兵年齢が15歳への引き下げが検討されるまで戦い続けるというのは正気の沙汰ではない。
しかも、そこまでしてそこまでして戦ったにも関わらず、カリフォルニア宣言で発表されたのは条件付き降伏という(史実と比べれば)非常に温い内容だった。
(あの時はそこまで考える余裕はなかったが、今思えばまるで集団洗脳によって既定の行動をさせられているような感じだったな。そうでなければ、あの狂気的な戦闘から掌を返したようなあの宣言に説明がつかない)
そして、極めつけは終戦約1ヶ月後の転移。
・・・ここまで不思議な事が起こり続けると、もはや歴史の修正力とはまた別な強力な力が働いているとしか思えなかった。
だからこそ、転生会は先の大戦の不自然さについての分析と転移の条件についての研究を行う為にこの研究所を設立したのだ。
しかし、今のところ成果は殆どない。
まあ、当然だろう。
そもそも何処から手を付けたら良いのかすら全く分からないのだから。
(そもそも俺達が転生した原理すら分かっていないからな。もしかしたら、この世界と同じように地球にも星の意思みたいなのが有って日本の苦戦と転移はそれが関係しているのかもしれないが、もしそうだとしたら何が狙いなんだ?)
藤原はそう思ったが、そもそもその推測が合っているのかどうかすら分からない現状では、幾ら推測しても無駄だということも分かっていた。
だが、いずれにせよ、日本の敗戦と異世界への転移については何かしらの意図が働いている事は確かだ。
だからこそ、自分達はその解明の為に動く必要がある。
藤原はそう確信していた。
だが──
(問題なのは使える機材、特にコンピューターが前世と比べてかなり古いことなんだよなぁ)
この世界の日本は転生者達のテコ入れによって技術力は史実より平均で10年先を進んでおり、史実では1950年代に登場したトランジスタコンピューターを既に完成させていて、この研究所にも使われている。
もっとも、転生者達の生まれが21世紀初頭であることを考えれば、その気になればもっと先の技術を登場させることも出来たのだが、あまり技術を早めすぎると従来の技術革新や技術ツリー、場合によっては社会体制にも歪みが生じるため、技術の先行は簡単なものでも15年、高い精度を要求する技術については5年、その他のものは10年と、転生会によって早める技術開発の速度がだいたい決められていた。
その為、この研究所ではトランジスタコンピューターという藤原の前世では彼が生まれた時ですら化石同然の扱いとなっていたコンピューターが使われていたというわけだ。
まあ、仮に21世紀のコンピューターが有ったとしても解明できるかはかなり怪しいのだが、それでも21世紀のコンピューターの方が圧倒的に優れているということに変わりはないので、藤原にとっては只でさえ解明できるかどうか怪しい問題を更に怪しくさせる要因でしかなかった。
「まったく。厄介な仕事を引き受けてしまったな」
藤原はそう言ってすっかり冷めてしまったコーヒーを口に含んだ。