ダークエルフの国
◇西暦1947年 5月7日 夜 スコットラード王国 カンサ諸島 某所
スコットラード王国。
それは今年の初めに日本政府の全面的な支援によってカンサ諸島に建国されたダークエルフの国で、国名の由来は過去にダークエルフを助けたとある人族の出身地から着けられている。
周囲を日本の領土に囲まれてしまっている関係上、日本の保護国という位置付けになってはいたが、それでも念願の安住の地を手に入れたダークエルフ達からすれば歓喜に値する事であったし、なにより日本の庇護がなければ国を成り立たせることは出来ないので、この位置付けに不満を持つ輩は少なくとも今の世代のダークエルフには存在していない。
さて、そんな国に存在するダークエルフが建設したとある秘密施設では、国の建国に伴って長老から国王へとその立場を変えた男──ハリルド・スラングバードがアルムフェイム大陸から帰還した息子であり、王太子でもあるダークエルフ──ヘルゲ・スラングバードからある報告を受けていた。
「そうか。やはりフェアリー王国の国民は“皇国”に対して怒りの声を上げているか」
「はい、流石にハイエルフを殺して逃げてしまったのは不味かったようです。まあ、仮に逃げなくともハイエルフを殺してしまった時点で関係悪化は避けられなかったと思われますが」
「他の国は?」
「フェアリー王国と関係が良好なウルフルズ王国はだいたいフェアリー王国と同じ反応をしています。またスタシア連合王国も2ヶ国の流れに乗る形で対皇国強硬論を唱えていますが、あくまで流れに乗っているだけですので、状況が変化すれば対応も変わってくるでしょう」
「カレドニア王国は?」
「保守派の派閥が“皇国”との国交拒否を主張しているようですが、全体的にはさほど変化は有りません」
カレドニア王国は元々、新しい技術や考え方などを積極的に取り入れている国であり、亜人国家の中では一番発展している国でもある。
しかし、それ故に保守的な考えを持つフェアリー王国と衝突することも多く、人族至上主義国家の温床である第五文明圏国家へ備える必要性とハイエルフを崇拝する者が一定数居たことから一応手を結んではいたものの、逆に言えば第五文明圏の存在がなければ両国は敵対しても可笑しくはない関係だった。
だからこそ、彼らは日本がハイエルフを殺害して逃げたと聞いてもあまり興味を惹かれず、日本という未知の国に対する視線も(ハイエルフを崇拝する保守派の人間を除けば)殆ど変わらなかったのだ。
「となると、カレドニア王国との国交樹立は可能か」
「はい。しかし、テンセイ会からは動くなと言われていますが?」
「それはそうだが、我々の主は本来皇国政府だ。そして、長であるヨシダがアルムフェイム大陸での外交関係構築を諦めていない以上、我々はその実現のために動き続けなければならん」
「・・・」
ハリルドの言葉に、ヘルゲは沈黙せざるを得なかった。
そう、確かに転生会は日本政府の中でもかなり有力な勢力であり、ダークエルフに(むしろ、ダークエルフ側がドン引きしたくなるほどに)友好的な集団であることから、可能なら長く付き合っていきたい者達ではある。
しかし、ダークエルフの主人はあくまで日本政府なのだ。
そして、幾ら転生会が有力な政治勢力だと言っても、彼らは日本政府の全てを掌握しているわけではない。
それ故に転生会の命令だけを聞くという訳にはいかず、なにより宰相である吉田がアルムフェイム大陸の国々との関係構築を諦めていない以上、ダークエルフとしては彼の意向に沿うように動く必要があった。
「とは言え、友好関係を築いている彼らの意見を丸っきり無視するという訳にもいかんな。何か彼らが欲しそうな情報に心当たりはないか?」
「・・・そう言えば、前に第一文明圏の列強がどんな兵器を持っているのか気にしていましたな」
「第一文明圏か・・・」
第一文明圏。
この世界で最も発展している文明圏であり、どの国も独自の諜報機関を持っているためにダークエルフには殆ど頼っていない。
その為、ダークエルフ達もどんな兵器を持っているのか全てを把握しているわけではなく、ぶっちゃけ戦車や戦艦などのメジャーな兵器以外の情報は殆ど掴んでいなかった。
「では、第一文明圏の情報を収集してそれをまずテンセイ会に伝えるとしよう。それならば、なんとかテンセイ会の機嫌も損ねずに済むかもしれん」
「しかし、あそこは我々でも潜入が困難な場所です」
ヘルゲはそう言って反対する。
第一文明圏はダークエルフにとって正に鬼門と言っても良い場所であり、30年程前に手練れのダークエルフの集団が潜入したことはあったが、無事帰ってこれた者はたった数人のみだった。
そして、それ以来、ダークエルフ達は第一文明圏に対して全く調査を行っておらず、しかも30年の間に近代化が急速に進んでいると思われるために、30年前の任務で帰ってこれた数人のダークエルフの情報も何処まで信用出来るかも分からない。
つまり、生還率が低い上に情報収集も殆ど手探りでやらなければならず、はっきり言って自殺行為だった。
だが──
「それは分かっておる。しかし、どのみち第一文明圏の情報は早めに調べねばならんだろう。・・・そもそも“皇国”の脅威になりそうな文明圏はそこだけだしな」
そう、この世界で日本の脅威になりそうなのは地球の20世紀と同等の文明を築き上げている第一文明圏のみであり、それ以外の文明圏は仮に束になって掛かったとしても日本の敵ではない。
だが、それは逆に言えば第一文明圏と本格的に関わり始めれば日本が滅亡する可能性が有るということを意味する。
そして、日本が滅びればこのスコットラード王国もついでのように滅ぼされるのは間違いなく、そうなれば自分達は日本と手を結ぶ以前、いや、それより酷い扱いを受けることになるだろう。
そんなのは御免だ。
だからこそ、第一文明圏の情報は早めに調べる必要があるとハリルドを始めとしたダークエルフの元長老達は以前から考えており、その為の計画も練られており、あとは実行するだけというところまで来ていた。
しかし、30年前のデータを基にした計画であるために不確定要素が多いというのも確か。
故に、ハリルドはこの計画にヘルゲを巻き込むつもりはなかった。
「ヘルゲよ。第一文明圏の調査活動の指揮は私が直々に取る。私に何かあったら、お前が国王としてスコットラード王国とダークエルフ達を“皇国”と共に導いていけ」
「!? それは・・・いえ、分かりました」
その発言に一瞬反論しかけたヘルゲだったが、ハリルドの瞳を見て彼の決意が固いことを悟り、悲哀の感情を抱きながらも肯定の言葉を口にする。
だが、彼とて父親であるハリルドをなるべく危険に晒したくはない。
それ故に、ヘルゲはハリルドに対してこのような提案を行った。
「しかし、父上。現時点での“皇国”はまだ国の建て直しに手一杯で、この世界への進出の意思が希薄だというのも確かです。せめて調査の開始時期は“皇国”が例の第五文明圏への砲艦外交を開始する時期と同時にすべきではないでしょうか?」
「駄目だ。先のアタゴの件で皇国政府は第五文明圏への砲艦外交計画を延期させる方向に傾いている。つまり、お前の案だと時期が遅すぎてテンセイ会の機嫌を取る策としては使えないのだ。それにこういうことは早くやった方が良いからな」
「ですが、砲艦外交計画の実施と同時に第五文明圏での工作活動を行う予定も有る以上、ここで手練れの者を失うのは痛いかと。せめて一族全体の質を上げてからにするべきです。それと、テンセイ会の方ですが、こちらに関しては私に考えが有りますのでお任せいただけないでしょうか?」
「・・・・・・本当に向こうの機嫌を取れるんだな?」
ハリルドは鋭い視線で睨むようにヘルゲを見るが、それに対してヘルゲは全く動揺した素振りを見せずにこう返した。
「はい。テンセイ会の人間とは何度も話したことはありますが、彼の者達のへんた、もとい開明的な思考については理解しているつもりです。お任せください」
「・・・そこまで言うのなら構わん。だが、それで向こうの機嫌を損ねた時は・・・分かっているな?」
「はい。その時は私の命を以て償いとします」
「分かった。では、お前の言う通りにしよう。・・・ヘルゲ」
「はっ」
「成長したな」
「ありがたきお言葉。感謝します、父上」
ハリルドのその言葉に、ヘルゲは涙を溢しながら頭を下げた。