プロローグ
◇
「何故だ!何故、こうなった!!」
アルメディア王国の国王ベッヘ・シェン・エッフェンバッハは業火の火に包まれていく自らの国の首都の光景を見て嘆き、そして、叫んだ。
我々の国は第五文明圏の中では最強の国である筈だった。
最新鋭兵器である鉄砲(火縄銃)に大砲、そして、第五文明圏の殆どの国が持つ船がガレー船である中で我が国だけが保有している最新鋭の船──ガレオン船。
それらを用いて自分達は7つ存在する内の序列5番目の文明圏である第五文明圏の事実の盟主となっていた。
だが、その栄光は今、朽ち果てようとしている。
その原因も理解できない。
否、分かってはいるのだ。
ただ、納得が出来ないだけで。
「おのれぇ!皇国めぇ!!」
皇国。
それは数年前に魔境の地である筈だった第七文明圏に突如として現れ、あの悪魔の存在であるダークエルフと魔獣くらいしか居なかった第七文明圏をほぼ丸々呑み込み、自分達より文明レベルは劣るものの、無視できない存在であった第六文明圏にも大きな影響を及ぼした異界の国家。
その亜人を擁護するような動きに脅威を覚え、また侮って宣戦布告してしまった結果、アルメディア王国はこうして破滅しようとしている。
「我々の国を倒したからといって良い気になるなよ!!我々の更に西には我々より発展した国々が存在する!!お前らの行く末は地獄だぞぉおおおおお!!!」
そんな憎悪のこもった雄叫びを上げ、遥か上空に存在する国籍を表す赤丸が着いた航空機──富嶽を睨み付けていたベッヘはその直後に彼の機体から投下された爆弾によって命を落とした。
◇西暦1945年 12月31日 日本皇国 皇都・東京 某居酒屋
時は5年前へと遡る。
日本皇国。
つい1ヶ月程前まで大日本帝国と呼ばれていたその国は、去る12月8日に敵対国家の条件付き降伏宣言であるアメリカ占領下の都市──カリフォルニアで発せられたカリフォルニア宣言を受諾し、続けて6日前に東京湾のアイオワ艦上にて日本の事実上の敗戦を意味する条約文書にサインをしたことで国体こそ維持されたものの、半ば強制的に帝国の名を下ろすことになり、26日には日本の別の呼称である“皇国”を名乗ることになったのだ。
これによって日本国民は初めて敗戦を実感し、今後の国の行く末について不安を持ちながら日々の生活を送っていたのだが、ある関係者限定で集まっているこの居酒屋に居る者達だけは、それらの日本国民とは少し違う感傷を抱いていた。
「今回の敗戦で先人達の苦労は全部無駄になってしまったな」
「ああ。だが、これでも史実よりはマシだし、まさかあそこまで本気で日本を潰しに来るとは思わなかったんだ。仕方がないだろう」
ある男の発した言葉に対し、別の男は苦笑しながらそう返した。
転生会。
日本の裏の裏にてそう呼称されるこの組織は、前世と呼ばれるここに居る者達にとっては正しい歴史を辿った世界で20世紀後半以降の時代で生まれ育ち、ある日死んだと思ったらこの時代へとやって来た転生者達で構成されている。
どの時代から関与し始めたのかは不明だったが、少なくともこの転生会という組織そのものは12世紀頃には既に登場しており、それからこの800年程の間、敵対組織によって壊滅寸前に追い込まれたことは幾度かあったものの、どうにか組織を存続させて日本を変えてきた。
その甲斐有ってか、ほんの5年前までは日本は大帝国と名乗るに相応しいくらいの大国に成長しており、後は第二次世界大戦を乗りきれば文字通りの1000年帝国への道が開けるというところまで行っていたのだ。
──そう、乗りきれさえしていれば。
しかし、現実は残酷なことに5年前の西暦1940年8月15日にアメリカ海軍が日本の保護国であるハワイ王国に奇襲攻撃を掛けてきたところから始まった世界大戦の過程で世界の殆どの国が日本に対して宣戦を布告。
これによって日本は世界中を相手にする羽目になり、この5年間の戦争で日本本土の国土こそどうにか殆ど無傷で護りきれたものの、何百年という途方もない年月を掛けて得てきた海外領土をほとんど全て失うことになった。
とは言え、日本本土が焦土化せずに独立を保てただけでも、転生者達からすれば歴史が多少良い方向へと変わったと実感できただろう。
なにしろ、転生者達の前世の世界では日本は焦土化した上に敗戦から暫くの間、アメリカ軍の占領下に置かれていたのだから。
まあ、それでも5年前はあれほどの巨大国家だったことを考えれば、日本がそこから転落したというのは否定しようのない事実ではあったが、こうなったのも彼らが無能だったからだとは一概には言えない。
確かに開戦初頭の段階では日本を事実上支配する転生会に反抗してクーデターを起こしてきた反転生会派勢力の処理に手間取ってハワイへの奇襲を許してしまうという不手際は有ったものの、その後は消耗抑制ドクトリンを徹底させて味方の被害を最小限にしており、またもある程度の制限はあったものの、史実アメリカとほぼ同等となっていたこの世界の日本の工業力と転生者達が有する先取り知識によって開発した最新鋭の兵器と技術力によってアメリカを始めとした連合国は日本軍の何倍もの死者を出すことになった。
そして、戦争開始から3年が経過した西暦1943年には連合国の人的資源がヤバいところまで来ているという大日本帝国中央情報局からの報告を信じる形でスイスやスウェーデンを経由した講和を打診したのだが、この打診は連合国によってあっさりと拒否されてしまったのだ。
その事に驚き、当時、転生者達は情報局からの報告を疑ったが、実のところ、この情報は間違っていなかった。
なにしろ、当時、連合国の徴兵年齢は18歳以上となっていたのだが、これを17歳にまで引き下げる法案が可決寸前(ただし、ソビエト以外)となっていたのだから。
だが、3年経っても全く動かない戦線や積み上がる明らかに自軍の方が多い死体の山に連合国の心が折れ掛けていたというのも確かだった。
しかし、翌年の西暦1944年2月。
戦況は連合国有利に大きく動き出す。
なんと、ソ連と日本の間の緩衝国家となっていた筈のロシア共和国でクーデターが発生し、政権を奪取。
事実上、日本を裏切ってソ連軍撃退の為に国内に駐留していた日本軍を攻撃し始めたのだ。
更に悪いことは重なるもので、その情報を手に入れたソ連軍が春を待たずに攻勢を開始し、両方から挟まれてしまう形となった日本軍はほぼ壊滅状態に陥ってしまい、イルクーツクにまで後退することとなった。
しかし、他の戦線を抱えていることもあって建て直しが間に合わなかった為に同年8月に防衛に失敗してしまい、更なる後退を余儀なくされ、翌年の西暦1945年3月の攻勢ではハバロフスク目前にまで迫る。
その時は流石に日本本土に近いこともあってなんとか防衛することに成功したものの、有していた日本のシベリア領土の半分以上を取られてしまったのは疑いようのない事実であり、このソ連の奮闘は他の連合国、特にアメリカの戦意に大いに火をつけ、大きな被害を出しつつも日本の西海岸領土とアラスカ、そして、ハワイの奪取に成功。
対して、日本軍は次々と領土を取られたせいで士気が低下しており、ハワイを取られた後の中部太平洋戦線をマリアナ諸島にまで一気に下げたものの、西暦1945年8月に起きたマリアナ沖海戦に敗北してしまい、同年10月にはサイパン島が陥落してしまう。
その後、テニアン島とグアム島が相次いで陥落したものの、日本軍の方も特殊部隊と硫黄島に駐留していた航空機を駆使して配備されようとしていたB29を破壊し続け、どうにかB29による日本本土空襲という事態は免れることになった。
そして、同年12月にカリフォルニア宣言が発せられ、これが最後のチャンスだと理解した転生者達は周囲の反対を押し切って宣言の受諾を行い、第二次世界大戦は日本の敗戦という形で幕を閉じることとなったのだ。
だが、戦勝国側も戦勝国とは思えないほど膨大な被害を出しており、終戦時には徴兵年齢が16歳にまで引き下げられ、更には15歳への引き下げが検討されていたほどだった。
それを聞いた時はどうしてそこまでして戦争を行い続けるのか不思議に思った転生者達だったが、逆に言えば欧米各国にとって日本という国はそれほどの恐怖の対象だったのだ。
故に、潰さなければならない。
そんな強迫観念に駆られて、日本が降伏するまで戦争を行い続けたのだが、いざ戦争が終わるとあまりの被害の大きさに絶句することになったというのが真実だったのだが、転生者達はこの時点ではそれを知らなかったし、今後も知る機会は訪れなかった。
「・・・まあいい。取り敢えず、高津君。今回の講和条約において残った日本領土の詳細を伝えてくれ」
「はい」
とある転生者に高津と呼ばれた男はそう言って紙に書かれた詳細を読み上げる。
「今回、日本に残されたのは南は沖ノ鳥島、西は与那国島、東は南鳥島、北は樺太までです」
「事実上、沖縄返還後の史実日本領土+樺太・千島といったところか。しかし、小笠原はよく日本に残せたな。万が一、日本が反抗してきた時の備えだとか言って領有を主張してくるかと思ったんだが・・・。まあ、その点は樺太・千島も同様だが」
「はい。おそらく占領地域の統治に四苦八苦しているのでしょう。なにしろ、アメリカとソ連の占領地域に取り残された日本人だけでも6000万人を越えていますから」
「・・・逆に言えば、彼らと他の海外地域の日本人合わせて2億近くを切り捨てることで本土とその周辺7500万の日本人が生き残れたということか」
「意地悪な言い方をすれば・・・いや、事実か。取り敢えず、今は残ったそれを守ることが我々の使命だ。幸い、日本本土の工業力は残ったままだし、その生産力も史実よりは格段に大きい。まあ、流石にバブル時代の戦後日本には及ばないだろうが、それでもなんとかやっていく見込みはつけられる」
この世界の日本は転生者達が自然に対して配慮するために本土の工業化わざと遅らせており、工場の多くを海外領土へと移転させていた。
お蔭で史実で20世紀初頭に絶滅したニホンオオカミは絶滅を免れていたし、転生者達の時代では絶滅していたニホントキも多くの数が生息している。
加えて、工業化を遅らせていたと言っても、それは早期に工業化を進めていたにしてはという話であって、工作機械そのものは常に最新のものに更新され続けていたし、工場の数も史実より多く、全体的な工業力は史実昭和16年頃の大日本帝国の2倍にも3倍にもなるレベルで保有していた。
が、それでも流石に高度経済成長や安定成長期を経たバブル時代以降の日本には遠く及ばない。
まあ、あれが異常すぎただけなのかもしれないが。
「ともかく、今は終わったことを気にしたって仕方がない。今は残ったものでなんとか戦後を乗りきるしかない。そして、機会があればいつの日か必ず日本をかつての大帝国に戻す。それを目指してやっていこう。・・・それが先代に対する我々の罪滅ぼしだ」
「そうだな」
「そうですね。落ち込んでいる場合じゃありません」
他の転生者達も口々にそう言ってその男の言葉に賛同し、改めて一からこの戦後日本をやり直すことを決意した。
しかし、彼らは知らない。
この世界での大日本帝国の復活はもはや有り得ないということを。
──そして、この翌日の西暦1946年1月1日。
日本は突如としてこの世界から消えた。