惹きたい女と惹かれたい男
3.惹きたい女と惹かれたい男
あの日以来、私たちはお互いを認識した。
今までは、私しか彼を思っていなかった。
俺はあの日以来、彼女のことで頭がいっぱいだった。
いきなり表れたその生き物は俺のことを意識してくれているらしい。
私の一言で今までの関係が一瞬で壊れた。
悪い方に壊れたわけでなく、良いほうに壊れたのだ、殻を破ったという表現の方が正しいかもしれない。
何にもない俺に一本の光が差したようだった。
彼女はいつも眩しくて、隣にいる俺でさえ周りから見たら明るく見えていたに違いない。
私は楽しかった。
彼と一緒にいた時間がどんなことをしている時間よりも楽しくて仕方がなかった。
彼と一緒に勉強すれば、勉強も苦ではない、むしろ楽しかった。
俺は楽しかった。
例え、彼女が本当は俺のことを好きじゃないとしても、今までの時間は俺にとってかけがえのない時間だった。
俺はこの時間を終わらせたく無かった。
「先輩…今日は来てくれてありがとうございます」
「頼まれたんだから、来ない分けにはいかないだろ」
私たちは今、巨大ショッピングモールの中にいる。
このショッピングモールの中には大きなクリスマスツリーがある。
毎年、この季節になると行われる、大人気のイベントだ。
「それにしても、まだクリスマスイブでもないのにこんなに人がいるんだな」
「そうですね…下見の人もいるんじゃないですか」
私たちは目を合わせず、焦点をずらしながら喋る。
理由は簡単、とても気まずいからだ。
恋人同士でもない私たちがこの場にいるとなぜか場違いのような気がしてくる。
先輩気づいているかな…私の気持ち…
彼女は気づいているだろうか…俺の気持ちに…
いや、気づいているからこそ、こんなに恥ずかしくなってしまっているのかもしれない。
「先輩お昼にしませんか?」
「そうだな…そろそろお腹もすいてきたし、ちょうど行きたい店がったんだ」
「綺麗なお店ですね!」
「そうだろ、気になってたんだけど、1人で入るのはちょっと遠慮してたんだ」
嘘だ、何度も下見に来ている、ここら一帯のお店は大体行って調査してきた。
その中でもこの店は評価もいいし、雰囲気もいい。
「それじゃあ、何頼みますか?」
「そうだな…このパンケーキなんてどうだ?」
「先輩って、甘いのいける口何ですか?」
「そりゃぁ俺は根っからの甘党だぞ。昼食にあまい物でも全然平気だ」
彼女が笑う。
「私も甘いの大好きです。それじゃ、このイチゴがたっぷり乗ったパンケーキにしましょう」
昼にあまい物を食べる、これは初めての試みだった。
今までに経験したことのない、胸やけが俺を襲う。
「先輩大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと量が多かっただけだ」
実際俺はそこまで甘い物が得意ではない、しかし、彼女は友人が言うには根っからの甘党なのだという、朝昼晩スイーツでも生きていける体らしい。
先輩が甘党ではないことは知っていた。
それなのに、パンケーキを食べようと誘ってくれて嬉しかった。
そして、目的の場所に到着した。
「うわ~、あらためて見るとデカイな…」
「私何人分くらいでしょうか…」
何も飾られていない、クリスマスツリー。
クリスマスが近づくにつれて、どんどんいろんな人がデコレーションしていく。
デコレーションにお願いを描いて飾ると願いが叶うという噂もあってか、大勢の人がこのクリスマスツリーに足を運ぶのだ。
「先輩もデコレーション貰いましたか?」
「ああ、このリンゴみたいなやつを貰ったよ」
「じゃあ、それぞれお互いにお願い事を書きましょう」
「そうだな」
デコレーションに願い事を書き、ボックスに入れる。
「これで、クリスマス当日までに職員の人が飾りつけを行ってくれるはずです」
「見える位置にあるといいな…」
「そうですね」
その日の帰り道。
彼女が隣で歩いている。
彼が隣で歩いている
手を出せば届きそうな位置に彼女の手がある。
手を出せば届きそうな位置に彼の手がある。
あたりはすっかり暗くなってしまった。
「もう暗いから、家まで送るよ」
「ありがとうございます」
そうして俺は彼女を家まで送った。
「先輩今日はありがとうございました。私の誘いに聞いてくれて」
「いや、俺も暇してたから丁度よかったよ」
終わってしまう…
終わってしまう…
何もせずに…ただ普通の休日になってしまう。
「あの!クリスマスも一緒に行きませんか!」
「クリスマスイブも一緒に行こう!」
被った、お互いが喋った言葉が重なり合い、ちゃんと理解するのに時間がかかる。
そして笑った。
「重なりましたね…」
「そうだな…」
「先輩!好きです…」
自然に出た言葉だった。
あれほど口に出すことが難しいと思っていた言葉なのに、すっと口からこぼれだしたのだ。
自分でも恥ずかしくなり、顔が熱くなる。
彼は驚いた様子で目を見開いている。
「お、俺も君のことが気になる…これは好きってことなのかな」
彼は好きという気持ちを知らなかったらしい。