「お前とのこんにゃくを破棄する!」
……どうしてくれるのでしょうか、この空気。いや、私が考えることではないのでしょうけれど。
私の名前はカートン・システニア。自分で声高らかに宣言することでもありませんが、公爵令嬢で王太子であるトゥーン・ウェスタ―殿下の婚約者となります。……いえ、もしかしたらもう元婚約者かもしれませんが。
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数刻前、貴族の通う学園で、卒業記念パーティが開かれておりました。そして、婚約者であるトゥーン殿下の元に向かった私を待っていた殿下の周りには、険悪な雰囲気が漂っていたのです。
「システニアか」
「何を他人行儀にしているのです。このようなめでたい席なのです。私のことはいつものようにシスティとお呼び下さい」
周りの雰囲気に内心気圧されながらもそう言って伸ばした私の手を、殿下は思い切り振り払いました。
「ふざけるな、この阿婆擦れが」
「……!」
その心無い言葉に、私は思わず立ち尽くしてしまいました。
「ほう、流石は帝王国一の恥知らずだな。人を欺く演技にしても一流だと見える」
「……な、何を言い出すのですか、ウェスタ―様」
崩れ落ちそうなほどに衝撃を受けている私の周りをコツコツと歩きながら、殿下は(殿下曰く)私の罪を話し始めた。
「私も、ミランダに聞くまでは全く気が付かなかったよ。まさか君が私を……国を裏切る毒婦だったなんてな。学園に勤める複数の平民に対し淫らな関係を深め、もし関係者以外に露見した場合は退学や暗殺で処分を行う。他にも民からの税を贅沢の為に浪費し、あまつさえ自分と関係を持った者さえも脅迫し金を巻き上げる。今聞いただけでも反吐が出るような話だ」
「お、お待ちくださいウェスタ―様、私には何のこと……」
「汚らわしい口から私の名を呼ぶな!」
周りの視線がまるで槍のように刺さり、実際に痛みを感じるほどの鋭さを一身に受けながら、私は絞り出すように声を出しました。しかし、殿下に私の声は届きません。そして、あの言葉が吐き捨てられたのです。
「システニア!お前とのこんにゃくを破棄する!」
その瞬間。空気が凍りました。
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痛いほどの沈黙。そしてその視線は、先ほどまで視線の中心であった私でなく、殿下の方に向いています。勿論その空気は決して私の時のような指すようなものではありませんが、何か驚愕するような、あり得ない物を見るような眼でした。
「お、お前との婚約を、破棄する、は、破棄するからな!」
その、取り繕ったように言いつのる彼の言葉に、先ほどひどい言葉を言われたにもかかわらず、なんだか幼子を見るような熱が篭りました。
「な、なんだその目は、そんな目をしても、私は騙されないぞ!お前が毒婦であることには変わりないのだからな!」
そうしてどもっている殿下を見ると、なんだか緊張していた空気が緩み、私の頭も回り始めました。
「私は無実ですわ。それほど言いつのられるのであれば、確たる証拠があるのでしょうね、ミランダ様」
私はどもる殿下を無視して、その後ろにいたミランダ様に目を向けました。すると、ミランダ様は私に圧倒されるように後ずさり、しかし気丈に声を発せられました。
演技だとすれば、大したものですね。
「も、もちろんよ。貴方が何人もの人とそ、その、えっちな関係だったって、証人もいるんだから!」
そう言うと、ミランダ様は何人かの令嬢に連れられた二人の男を呼び出しました。
「この人たちが、ミランダ様と関係を持った男たちよ!脅されてお金をとられ続けて困っているのを私に打ち明けてくれたの!」
それを聞いて、私はそのにやけた顔の男たちに語り掛けました。
「……あなたたちは、掃除夫のデリーと料理人見習のバンブーですね。このようなことに加担するのです。命が惜しくないのですね」
私の言葉の内容にか、それとも名前を言い当てられたことになのか、男たちは動揺しているようです。
「な、なんで俺たちの名前を」
「そ、それよりも命が惜しくないってどういう……」
「……ふぅ。私は王妃となるべく日々教育を施されてきました。そして、学園は王の所有物。王の所有物である学園で働く者達の顔と名前は、全て覚えておりますわ。
それと、私は王子の婚約者以前に公爵家の一人娘ですわよ。このようなことで家の権力を使うのははなはだ不本意ではありますが、無実の罪を着せられて黙っているほど物わかりはよくありませんので……まぁ、もしも本当のことを話してくださるのでしたら、特別に恩赦なりなんなりがあるかもしれませんわね」
それを聞いて、男たち二人の顔にブワッと汗が噴き出しました。同じ場所にいる私達だが、その立場は天と地ほどにも違う。このようなことを考えるのははなはだ不愉快なことだけれど、世間的には私と彼らの命は宝石と石ころほどの差があるのですから、それを思い出せば当然の反応でしょう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ嬢ちゃん……俺たちは」
「無礼者!私を貶めようとした男の声など聴きたくありません!話すのならば真実を話しなさい!」
慌てて私に近づき、話しかけようとするデリーにぴしゃりと言いつけると、どうやら観念した様で、大声で騒ぎだしました。
「ミランダ嬢ちゃんにそう言えって言われたんだ!俺たちは公爵の嬢ちゃんにはあったことはねぇ!そりゃ、廊下ですれ違うくらいはあったろうが、それだけだ!」
「そうだ!俺たちはミランダ嬢ちゃんにそそのかされたんだ!宿から出る時に、私が王子の玉の輿に乗るために追い落とすんだって!だから、だから侯爵の嬢ちゃん!ほんとのことを言ったんだから許してくれ!」
それを聞いて私はため息をつき……取りあえず衛兵を呼んだ。
「あの二人をしっかり尋問して頂戴。私と関係を持ってたにしろ、持ってなかったにしろ、公爵令嬢を物理的か世間的に傷物にした犯人ですから。とはいえ、約束は約束だから百叩きくらいで勘弁してあげてくださいね」
茫然とする男たち二人を連れて衛兵が去っていくと、同じく呆然とした王子と、悔しげな顔をするミランダの姿があった。
「それで、どうかしら、ミランダ様。男たちはああいっていましたけれど」
「そ、それは……そ、そうよ。きっとさっきの脅しで本当のことを言えなくなったんだわ!もしくは、私を陥れるために……」
その言葉をミランダ様が言っている途中で、私はぴしゃりと手を叩く。
「あぁ、そういえば、バンブーの方が妙なことを言っていましたね。ミランダ様と、宿を出た時に依頼をされた……と。なぜ、ミランダ様はバンブーと宿に行ったので?」
「それはっ!先ほどのバンブー?という男の虚言でっ!信じてください王子様!私はあなたをお慕いしていて他の方なんて今までっ!」
「なら、確かめましょうか」
私の言った事が理解できないのか、ミランダ様がこちらを凝視しました。
「えぇ、どうにもどちらが正しいか分からないようなので、確認いたしましょう。幸い、私も公爵令嬢。生娘の証はまだありますので……そうですね。公平にするために、申し訳ないけれど皇帝家の方々に証明していただこうかしら。ことは妃になる者の正当性を示すものですから拒否はしないでしょう。ミランダ様も、よろしいですね?」
それを聞いて、ミランダは脱兎のごとく逃げ出して、そしてあっさりと衛兵に捕縛されました。
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「すまん!システニア!俺の目が節穴だった!」
「いえいえ、良いのですよ。あなたの目が節穴だったことは否定できませんけれど、破棄するのはこんにゃく?なのでしょう?」
そう言って、私はウェスタ―殿下を許しました。まあ、政略結婚だからと殿下との交流を最低限にし、知り合い程度の関係を保ってきた私にも原因の一端があると皇帝やお父様から言われたからなのですが。
「……あぁ!恩に着る!」
とはいえ、あれだけの大衆の中で節穴っぷりを見せつけたのだから、殿下の株はだいぶ下がってしまったに違いない。現在は王子は彼だけだけれど、もし皇帝に第二子が生まれた日には赤子に帝位継承権を奪われるかもしれません。
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帝国歴1900年に即位したウェスタ―帝は、厚顔王とも呼れた王である。
その功績は、ガンビア地方の苦芋から栄養価こそ低いものの可食可能な食材を作り出したことが最も有名であろう。
作り出した食材は灰黒色で独特の臭気と食感をもつもので、帝によってコンニャクと名付けられた。
名前の由来は「私は昔一度、正義感と思い込みで大きな間違いを犯した、だからこそ、その内面を見つめ、それがどれだけ素晴らしいものかを、或いは、見てくれに騙されず、正しい物を選び取れるように考えていた。だからこそ、私はこれを、私が初めて自分の力で見出したこれを、決してもう二度と捨てないという意志もこめてコンニャクと名付けたい」と語ったという逸話から来ている。
思うんですよ。なんで無実の場合悪役令嬢側が糾弾された時に反撃できないのかと。いうてあの人たち王太子の元婚約者。
無実だとすれば普通に国の重鎮の娘たちなわけで、勿論断罪イベントの時に記憶戻る系なら仕方ないですけど、王妃教育も受けてる優秀な人材が、たかが平民に言いくるめられるって不自然だと思うんですよ。(その時代の男尊女卑に目を背けつつ)
なので、今回は大事なところで噛むというやらかしで緊張が吹き飛び、本来の力を発揮できるようになった令嬢様に自力で何とかしてもらいました。
なお、最後のコンニャクは後付けです。
……こんな短編書いてるから連載中の作品の書き溜めが進まないとかいうのは止めて。少しづつ書いてるから許して。